To be me 番外編 〜distance
先にあげてた話の裏設定です
「王族の品位を保つために、身分に応じた対応をしなければなりません。私が皇后として振る舞っているのはわかりますか?アイリーン」
宮廷中の尊敬と信頼を集める皇后の母が穏やかに語る。
「はい。わかります」
「よろしい。あなたも身分にふさわしい振る舞いをせねばなりません。そういった義務を果たして、周囲の敬意を得られるのです」
皇后である母と話をする時はいつも緊張した。王宮の誰もが誉め讃える皇后に、大好きな母に、認めてもらいたかったからだ。
年齢が同じくらいの召使いの子どもと遊んでいると報告を受けた母は、正しい振る舞いを教えに来た。忙しい合間の来訪だとわかっているので、尚のこと口答えなどできるわけもない。
「はい、承知しております」
私は膝と腰を折って、最大限の礼節を保って応対した。
皇后もその意図をくんで微笑み、衣擦れの音と共近付いてきた。
「お説教はここまでね。アイリーン、元気そうで何よりだわ」
ふわりと良い香りがして、頭を優しく撫でられた。母はどんなに忙しくても週に一度は必ず会いに来てくれる。
「はい、お母様もお元気ですか?」
今からなら皇女らしくないとは怒られないとアイリーンは瞬時に判断し、母に抱きついた。周囲の召使いたちも束の間の美しい母子絵図を見て嬉しそうに微笑んでいる。
「皇后様、お茶が入りました。アイリーン様が皇后様のためにお選びになった茶葉です」
「まあ、そうなの。嬉しいわ。楽しみね」
白くほっそりした手がアイリーンの頬を撫でる。
アイリーンにこんな触り方をするのは母だけだ。美しく威厳ある皇后が私にだけ示す愛情が誇らしく嬉しかった。
召使いの子どもと遊んだのは、自分の世界とは全く違う世界にいる子どもが珍しかっただけだ。しかし、皇女としての尊敬を失うほどの価値を召使いの子どもとの遊びには見出せなかった。
「世の中には色んな世界があるのだと知れたから、もっとちゃんと皇女として適切に振る舞えると思うわ」
アイリーンは王族が立ち入らない場所で遊んで、召使いたちがどんな話をして、どんな仕事をしているのかもわかった。
お茶を飲んで菓子を食べるのも、身綺麗にして豪華な衣装を着られるのも、たくさんの召使いの働きがあればこそだ。その労働にふさわしい振る舞いを求められるのは当然だとよく分かった。
「あなたは賢いから安心だけど、悟りすぎていて驚くわ……私のせいね」
「いいえ、お母様は正しい道を教えてくれているだけです」
そういう時、母は嬉しいようなこそばゆいような顔をする。
「あなたと同じ年頃だった私は、あなたほど賢くはなかったわ。私より皇太子妃にふさわしい方がいらして……その方の真似ばかりしていたわ」
「まさか!」
「テレサ=ホラストルはホラストル家の至宝とも言われていたわ。美しく賢く優しく……でも強くてしっかり者で、私の憧れよ」
「ホラストル家?お母様のウィザード家とは長年の仇敵ではありませんか?」
「不思議でしょうけど、テレサと私は姉妹のように育ったの。あの頃は皇太子と皇太子妃候補の娘たちは宮廷で育てられていたのよ。テレサは皆の模範だったわ。盲目にならなければ、皇后になっていたのは間違いなくテレサよ。今は国立修道院の院長をなさっているのよ。いつかアイリーンに会わせたいわ」
「お母様がそこまで仰る方なら、ぜひお会いしたいわ」
私がそう言うと、母は微笑んで紅茶を口にした。その所作の美しさに誰もが目を奪われる。
「私は今もその方の真似をしているだけかも……ね」
その時の母が何故寂しげに遠い目をしていたのか、その時の私には全くわからなかった。
わかるのはウィザード家が滅んで、私が修道院送りになってからずっと後の事だ。