三
「アリスティーナ嬢の様子はどうだ?」
皇太子に割り当てられた学園の執務室で、カイルベルトは側近に問うた。
「あれ以来、お茶会のお誘いが引っ切り無しのようで。今日も同窓の御令嬢のお屋敷に出向いておられるようです。」
「以前のように虐げられたりしていないだろうな?」
「その心配は無いです。何と言っても、かのアクアテウム帝国の、未来の皇太子后様ですからね。」
カイルベルトは、そうか、と言って、窓の外を眺めながら安堵の吐息を漏らした。
アリスティーナについての情報は、王国に留学していた学生からの定期報告でもたらされた。その内容は驚くべきもので、婚約者の王太子は彼女との婚約を破棄するつもりらしい。その情報を手にしたとき、カイルベルトは、使える、と思った。
帝国には二大公爵家があり、それらの実力は拮抗していた。そしてそれぞれに妙齢な令嬢が居て、皇太子の婚約者の座を巡って水面下で熾烈な争いが繰り広げられていた。そうなってはどちらかの令嬢を選ぶわけにもいかず、かと言って帝国内の他家から召す訳にも行かない。婚約者選びは難航した。本来、皇太子がその年齢まで婚約者を持たない状況は異常だった。
でも隣国から婚約者を召せば、当然反発はあるが国内の分断には繋がらない。しかも令嬢の家は、隣国でも実力を持つことで知られるマクシミリアン家。実家を上手く取り込めば、第三勢力となって強くなり過ぎた両公爵家の力を削ぐことが出来るかもしれない。
そうした思惑を秘めながら、皇太子は交換留学生としてこの王立学園に来た。皇太子の留学は以前から決まっていた事だった。
しかし実際の状況は、確かにアリスティーナは疎まれてはいたが、婚約破棄まで事態が進行している状況ではなかった。その情報をもたらした者は、その姿を見せること無く、帝国式暗号で書かれた手紙を通して情報を伝えて来たという。
“王太子とマクシミリアン嬢との婚約破棄について、こちらで探ってみたがそのような情報は得られなかった。どういうことか?”
その問いを伝えると
“まだ時期ではない。だが卒業までには必ずその状況になる”
そう書かれた手紙が帰って来た。とりあえずその内通者とのやり取りは、そのまま継続することにした。
先日、その内通者から卒業パーティーで婚約破棄が断行されるとの情報がもたらされた。アリスティーナとの婚約を破棄し、男爵令嬢と婚約を結びなおすという。
その報を持って国王陛下に謁見すると、王は額に手を当てて大きなため息を漏らした。
「先王の事は存じておるな?」
「はい、反面教師として。」
すると王は苦虫をかみつぶしたような顔で頷きながら、アーサーの決断については王家も把握していること、そして敢えてその愚行を起こさせて、アーサーに責任を取らせる方針であることを教えてくれた。
それを聞いてカイルベルトは、即座にアリスティーナを皇太子妃としてもらい受ける事を願い出た。公の場で王族により辱められる。しかも王家の容認の元で。その賠償は必須で、だから王太子后と同等の栄誉を容認することで償う。それは王家にとっても筋が良い話。案の定、その場であっさりと内諾を得た。
***
カイルベルトが謁見を求めたとき、王は渋い顔をしながらも、こちらから動く手間が省けたのは有難いと思った。あちらにアーサーの婚約破棄の情報が伝わったのだろう。皇太子はアリスティーナの動向を熱心に監視していたし、今の帝国の状況を鑑みると、きっと彼女を后としたいと願い出て来る筈。既にマクシミリアン侯爵とは話をつけている。
当初は王家が斡旋するつもりだったが、その方が賠償としては形は良いものの、先方から乞われた方がより美しい。渡りに船だ。
そして両者の思惑通りの展開になり、満足そうに退出する皇太子の背中を見送った。
それを見やりながら一瞬胸が痛んだ。皇帝の息子は幸せを手にし、こちらの王子は破滅を迎える。あまりにも対照的だ。
“アーサーはなぜ気が付かないのか・・・”
それを思うと王は顔をなお一層渋くした。
王太子教育は一向に進まず、アーサーに次代の王の資質があるか王は以前から不安を感じていた。そして彼が婚約者である有力侯爵家の令嬢を蔑ろにしだした事で、その不安は疑念に代わった。でも王は様子見を続け、その頃から王妃が第二王子の教育に自ら乗り出した真意を問う事もしなかった。しかしアーサーが学園に通い出してから確信に変わった。
器にあらず。
学園では、アーサーは婚約者のある身ながら、下級貴族である男爵風情の令嬢に溺れた。
先代の王は子爵家の令嬢を后とした。やがて二人の間に子が生まれると、后の父である子爵は、外戚の権威を縦横に駆使して国の中枢に入り込み、権力を濫用して私腹を肥やした。それを横目に見ていた他の下級貴族たちも、王に見目麗しい側妃や愛妾を争って差し出しては権力を私にしようとした。そして国政は大いに乱れた。
先王は四十年にも渡って王位にあり、しかも王のまま死んだ。王位は生前に譲られるのが通例だったから、それは異常だった。結局、佞臣たちにとって都合の良い王は、死ぬまで王冠を脱ぐことを許してもらえなかったのだ。
だが今代の王になり、奸臣たちは徹底的に粛清された。王妃もそれに協力し、お茶会に参加する夫人たちとの腹芸から、その家の逆心の有る無しを探った。王妃はその術を優秀なアリスティーナにも伝授して、凡庸なアーサーを補佐させようとした。
四十年の腐敗は重すぎて、佞臣の蠢動の気配は絶えず、王と王妃のその努力は今だ途上だ。だからそれを無にしかねないアーサーの行動は決して許されない。
後はアーサーをどう切るかだ。下位貴族の令嬢に溺れるその醜態は学園の子息、息女が遍く知るまでになったが、それだけでは弱い。だからアーサーが犯そうとする失態を敢えて見逃す事にした。
“愚息よ、何故分からん。時代が許さんのだ”
そう心で呟きながら、王は深いため息を漏らした。
最終話は明日投稿予定です。




