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「素晴らしい。これこそ真実の愛だ!」


 学生の一人である男爵令息は手がちぎれんばかりに拍手を送りながら、そう思わず呟いて隣の学生たちと頷きあった。


 その向こうで、王太子たちが衛兵に伴われて会場を出てゆくのが見えた。その後ろを一人の学生が付いて行く。赤い癖毛に十人並みの凡庸な顔立ち。


 “あれは王太子の従者だな。どこかの準男爵の息子だったか?“


 下級貴族の学生が、より高位の学生に従者として付くことがある。学園に通う間、金銭的な援助を受ける代わりに彼らを主と仰いで仕えるのだ。


 男爵令息が、ふんっ、と鼻で笑った事に周りの誰も気付かなかった。


 “王太子を見限って人ごみに隠れれば良いものを。そうしたら、お前ほどの小物に累が及ぶことは無かったのに”


 王太子について行けば、その一派と見做されて罰を受ける。主が死地に陥ったら、如何にさりげなくその元を去るか、その機微を捉える事こそ下級貴族の立ち回りなのに。同じ下級貴族として、あの青年がとんでもない無能に思えた。


 でもそんな考えはすぐに頭から追いやった。この卒業式の後、長期休暇に入って学期が閉じるまであと数日。その間に、今まで軽んじて来たあの侯爵令嬢に、どうやって取り入ったら自然に見えるだろうか?目の前の二人に祝福を送りながら、男爵令息はその頭をフル回転させていた。



***


 

 婚約破棄騒動から二週間が経った頃、一台の馬車が王宮の門を出た。立派な黒塗りの馬車だったが、その所有者を表す紋はどこにも見つからなかった。


 その馬車の中にはアーサーが乗っていた。


 あの後、父である国王と母である王妃の前に、引き出されるようにして連れて行かれると、そこでアーサーの廃嫡が言い渡された。そして一言を発する機会も与えられぬまま西の塔に幽閉され、そして昨日、法相がやってきて王の裁決が伝えられた。


 北の離宮への幽閉。アーサーは王家から籍を抜かれ、残りの短くない生涯に渡り、これから連れて行かれる離宮に幽閉される事となった。


 卒業パーティーでの婚約破棄、あれには勝算があった。


 その根拠は先王の例。アーサーの祖父に当たる先の王は、上級貴族令嬢との婚約を解消して子爵令嬢を后とした。その行動は当時、真実の愛に従ったとして国民に称賛され、貴族たちにも受け入れられた。先王は高く支持され、その御代は歴代王の中でも長い四十年に渡った。


 アーサーはその端正な容姿もあって、国民にも貴族にも慕われていた。その彼が、真実の愛に目覚めてそれに従ったとあれば、先王の例があるのだから同じように受け入れてもらえる。


 時代は彼に味方していると、アーサーは信じて疑わなかった。


 でも彼は、今こうして離宮に送られている。何がいけなかったんだろう?多くの学生の前で婚約を破棄したのは確かに乱暴だった。でも卒業したらアリスティーナと結婚する事になる。それだけは避けたかった。


 幼い頃の彼女は大好きだった。よく笑う子で、その豊かな表情を見ているだけで楽しかったし、心から愛おしかった。


 でもある時期を境に、彼女の顔から表情が消えた。


 彼女は母である王妃のようになった。決して表情を見透かさせず、腹の中を明かさない怪物に。それが許せなくて、いつしか愛しさは深い憎しみに変わった。

 

 でもイルミナは違った。可憐な顔に浮かぶ表情はコロコロと変わり、それを見ているだけで心が暖かくなった。アーサーは、幼いアリスティーナがそのまま大きくなったような彼女を愛した。そして愛しいアリスティーナを失った心の穴を埋めるように、イルミナに溺れていった。


「イルミナ嬢はもう出立したのだろうか?」


 向かいに座る王宮官吏に声をかけたが返事はない。彼は何も聞こえなかったかのように、顔をやや俯かせて目を閉じていた。


 彼女も一緒に北の離宮に幽閉されるはず。だったら彼の地では、イルミナを愛でながら、死にゆくことのみが目的である残りの人生を静かに費やそう。そう考えていたから、窓の外を眺めるアーサーの顔は、憔悴しながらもどこか楽しげだった。



***



 ここはアクアテウム帝国の首都、エレミア。


 その中心部から少し外れた商業地区の一角、一軒の店の前に女性が立っていた。紫色のローブを纏いフードを目深に被った彼女が見上げると、そこには小さな看板が店の壁から突き出していた。焼き鉄色の金属板には、白い文字で“ノーラ魔道具店”とだけ書かれていた。

 

 店の扉には“開店準備中”と書かれた木の看板がぶら下がっていたけれど、女性はそれを無視して店の中へと入って行く。すると床には、封を開けられていない木の箱が雑然と並べられ、左右の壁の商品棚は空だった。


 奥のカウンターに店主らしき若い男が座っている。


「ほんとに準備中なのね。」


 女性は床の箱を避けながらカウンターへ歩いて行った。


「開店まで、あとどの位かかりそう?」


「適当に体裁を整えるだけだからすぐに終わるさ。どうせこの店は目くらましみたいなもんだ。寧ろ繁盛したら困る。」


「お店を繁盛させるのは難しいのよ。客商売は厳しいんだから。」

 

 カウンターの前に立った女性は、目の前の店主のボサボサの黒髪を撫でた。


「こまめに手入れしなさいって言ってたでしょ。あれから二週間しか経ってないのに、すぐにこうなっちゃうんだから。店主さんの髪がこんなにボサボサだったら、お客なんて寄って来ないわ。魔道具屋さんって言ったら高級店なのよ。」


 すると店主は彼女のその手を捕まえた。


「良いじゃない。お客さんが来なければ、僕はずっとこのカウンターで君と二人っきりでいられる。」


「なに?私に店番をさせるつもり?」


「あぁ・・・」


 そこで店主は、初めて気が付いたかのような声を上げた。

 

「それもそうだね。やめておこう。君をカウンターに立たせたら、君目当ての男たちで店が繁盛してしまいそうだ。」


 それを聞いて、女性はもう一方の手でフードを外した。するとその下から、ふわふわのピンクブロンドの髪が露になった。


「いえ、そうはならないわ。だって私、この魔性の女をあなたに殺してもらいに来たんだもの。」


 そう言うと、女性は店主の唇を奪うように、カウンター越しに口づけを交わした。


「会いたかったわ。」


「あぁ、僕もだよ、イルミナ。」


 そして二人は、もっと深い口づけを長い時間楽しんだ。

 

第三話は今日深夜に更新予定です。

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