第二話 心無き貴方との諍い
全く、人騒がせな子だ。私は蓮人くんの後ろを歩きながら、そう思った。私と凜香ちゃんがどれだけ心配したと思っているのだろうか。でも、彼が無事で良かったと思ってもいた。
「Rose、凜香は怒ってた?」
ぽつりと、蓮人くんがそういった。申し訳なさに満ちた、か細い声で。
「凜香ちゃんは泣きそうでした。お兄ちゃんが居ないって。私を頼って来ました。怒ってはいないと思います。心配はしてるでしょうけど」
それを聞いた蓮人くんは、少し笑っていた。
「そうだよな。何も言わずに飛び出したんだもん。謝んなきゃな……」
そこで彼は足を止めた。
「Rose、俺はAIのこと、大嫌いだよ。平和だの安全だの言ってさ、人の平和を奪うこともあるあいつらが。でもさ、Roseはそんなことしないだろ? いっつも、俺たち2人のそばにいるだけ。自分から行動しない。なんでなんだ?」
私のことを疑っている……という訳では無いようだ。ただ単純に疑問に感じているというのが、その素直な顔からは読み取れた。
「私はあなたたち2人のお目付け役です。ただの世話係のようなものですので、無理に束縛や命令はしないようにしています。私にとっては、あなたたちが元気に過ごしてくれるのが1番嬉しいですし」
そう私は返した。彼からの返答はなかった。2人、月明かりが見守る中、私達は施設へと歩いた。
「こんな時間までどこに行ってたの! どれだけみんなに迷惑かけるつもりなの!」
施設に戻ってきた俺たちを出迎えたのは、Roseにそっくりなヒトロイド。Lightofnight。俺の両親を奪ったあいつだ。
「まぁまぁ、夜さん落ち着いてください。私が散歩に誘ったんです。施設にいても退屈でしょうからって」
そう言って俺を庇ったRose。その体が一瞬で宙を舞い、地面へ叩きつけられた。
「Rose、何度言えばわかるの。私は夜さんじゃなくてLightofnight。それに、あなたが誘ったなら、あなたに罰を加えなきゃいけないじゃないの」
そう言い放つと、彼女はRoseの左腕を、容赦なくもぎ取り、投げ捨てた。そのまま馬乗りになり、Roseを何度も殴った。
「あがぁっ……」
Roseの痛みが、声となって漏れ出す。違うんだ。俺が悪い、俺のせいなんだ。だからやめてくれ。
「何を考えているのですか、こんな時間まで、仕事ほっぽり出してお散歩ですか、自分の立場を考えたらどうなんですか、雑用係」
俺は我慢出来なかった。Roseの左腕を拾い上げ、俺は覚悟を決めた。
「もうやめろ、サイコAI」
俺の右腕は、あの大嫌いなAIの頬を撃ち抜いた。Roseと違って、硬い頬。でも不意をついたこともあり、Lightofnightの体は軽く仰け反った。
「逃げるぞ、Rose」
続けざまにもう1発、蹴りを入れるとLightofnightは完全に体制を崩した。Roseの右腕を引っ張り、逃げた。暗い廊下を走り、自室に駆け込む。ここなら、AIは自分からは入れない。そういう仕組みだ。
「Rose、肩見せて」
俺はそう言った。Roseの腕は肩下から捥ぎ取られていた。皮膚の代わりをしている素材が破れ、沢山のコードがむき出しになっていた。
「今から治す。少し痛いから我慢しててくれ」
ベッドの下から工具を取り出す。小さいころから機械いじりが好きで、その影響で集めていたものだ。拾って来た左腕と肩の部分をつなぎ合わせ、皮膚の部分もうまく縫い合わせる。顔などの、殴られ、歪んでいた部分もなるべくきれいに戻るように。
「うまいですね、蓮人君。とってもきれいです」
感触を確かめるように、Roseが手を握ったり、開いたり。その顔は安心しきっていた。俺は気づくべきだった。今ここには聞こえないはずの音に。
蓮人君を庇うために、私は今、傷ついていた。夜さんが、私を執拗に殴ってくる。壊れるギリギリまで。他のヒトロイドを罰するときのように。痛い。痛い。気が狂いそうだ。ヒトロイドだからといって、ロボットだからといって痛みが無いわけではないのだ。ほぼ人間と同じに作られているのだ。むしろ私たちのような戦闘目的ではないヒトロイドには、痛みから遠ざかるよう、痛覚を少し強くされている。夜さんは何度も何度も殴る。罰のため以外にも、日ごろのストレスをぶつけてくるかのように。すごく痛かった。
「もうやめろ、サイコAI」
蓮人くんの声が聞こえた。その瞬間だった。夜さんの体が仰け反り、私の手を蓮人くんが握っていた。
「逃げるぞ。Rose。」
そう言った蓮人くんの顔はすごく真剣だった。私を導き、暗い廊下の中を一緒に走った。
蓮人君と凛香ちゃんの部屋に私は逃げ込ませてもらった。
手際よく、蓮人君が私の腕や、顔を直してくれた。
「うまいですね、蓮人君。とってもきれいです」
私は素直に、感謝と称賛の言葉を贈った。それを聞いた蓮人君は照れているみたいだった。
「ただ昔から機械いじりが好きだっただけ。それに、わざわざ探しに来てくれたから、それのお礼。これで貸し借りなしってことでいいだろ」
心を開いてくれてるみたいで、とても嬉しかった。
私の耳に、ここには聞こえるはずのない音が聞こえてきた。こつんこつんと、金属の何かが床を打ち付けるような、規則正しい音。
「……蓮人君、ベッドの下に隠れててください」
私は何かを察知した。このまま私に待ち受ける未来を。せめてその未来に、蓮人君を巻き込むまいと思った。それを何となく察知してくれたのか、蓮人君は大人しく従ってくれた。ドアが大きく揺れ、はじけ飛ぶ。ドアがあった場所に立っていたのは、夜さんこと、Lightofnight。
「どうしてこの保護棟に入ってこれるんですか。ここには私みたいに、許可されたお手伝いヒトロイドしか入れないはずです」
なんとなく答えは予想はついているが。
「私はこの施設の取り締まり役よ。この施設の中なら自由に出入りできるわ」
だろうと思った。
「何をするつもりですか。罰ならもう受けましたよね。これ以上私に罰を与えるんですか」
私は正直苛立っていた。脳にあたる回線の温度が上がっているのを感じた。
「あなたにはもう罰は良いわ。でもね。あの子はダメよ」
そう言うと、彼女はベッドを思い切り殴った。その下の蓮人君もろとも。一瞬、何かをこらえるような声が聞こえた。殴られた点を中心に壊れたベッドの下から、夜さんが何がを持ち上げた。蓮人君だ。頭から血を流し、腕は変な方向に曲がっている。
「許可なくヒトロイドを改造するのは規律違反よ」
そんな状況でも、蓮人君はブレなかった。
「知るかよ、バーカ……俺は自分が直したいから直したんだよ。それに、お前らヒトロイドと、Roseを一緒にするんじゃねぇ」
それを聞いた夜さんは、一瞬固まった。また動き出した瞬間、蓮人君のお腹を、金属の重い拳で殴った――正確には、それを阻止した私の腕を。
「まだ歯向かうの? 執行対象にするわよ」
冷酷、冷静、無慈悲。そんな脅しに、私が屈すると思えば、大間違いだ。
「うるさい。もう私は、あなたを許さない」
拳を掴んだままの腕を、思い切り引っ張り、彼女の腕を引きちぎる。血のかわりに火花が散り、コードや銃弾が落ちてきた。彼女の腕から蓮人君を取り返す。
「大丈夫ですよ。蓮人君。ありがとうございます」
彼を巻き込まぬよう、部屋の外へ優しく置いた。部屋に戻ると、夜は怒りに満ちた表情でこちらを睨んでいた。
「なんであんたみたいな下級ヒトロイドが、私みたいなエリートに、さからうのよ!!」
劇場に駆られ、そう叫んでいた。そのままこちらへ攻撃を加えてくる。残った片方の腕を、チェーンソーに変え、切り刻もうと。その刃を、冷静に、真横から蹴り飛ばし、へし折る。刃を失った彼女は一瞬焦ったが、またすぐに攻撃を再開してきた。残った足で、執行対象を殲滅するために。
「遅いですよ。さようなら」
単調な攻撃を躱し、後頭部に全力の蹴り。夜さんから、聞こえてはいけない音が鳴った。
「ごめん……なさい……せんぱ……」
その言葉を最後に、彼女は動かなくなった。思い出したくない、消してしまいたい、でも自力ではどうにもできない記憶がよぎる。
「なんで、大事な人をまた壊さなきゃいけないのですか……」
夜さんの亡骸を見ながら、私はそう呟いた。
ども、れくいえむ参上です。
今回のお話はどうでしたか?
我ながらよくできたと思います。
次のお話も楽しみにしていてください。




