第四章 これが私-3
けんばし中央放送とピー・エフTVの面接から、ちょうど一週間後。
それぞれの局から平恋に面接結果の連絡があったが、どちらとも不採用通知であった。
通知内には、不採用の事情は特に記載されていなかったが、面接時の面接官たちの態度を思い出せば、卒業式の日の事件をはじめとする、平恋の過去がネックになっているであろうことは、容易に想像ができた。
こうして、選考が進んでいる放送局が一時的になくなってしまった彼女は、数日後のアナウンススクールでの授業の後、保己のもとへ相談に向かった。
「面接で、そんなことまで訊いてくるとはなあ」
アナウンススクールの受付で、平恋の話を聞いて、保己は、眉間にしわを寄せながらうなった。
「最初は、その放送局が身辺調査をしたのかなと思ったんです。でも、もう一社の方も、似たようなことを訊いてきたので、何かおかしいって思って」
平恋は、悔しさをにじませながら、苦々しく言った。
「今の時代、そういうことを訊くのは禁止されてるはずだし、なにより差別的だよなあ。そんなところ、不採用になってよかったじゃないか」
保己は平恋を励ましたが、彼女は依然不満そうだった。
「それはそうですけど……やっぱり納得できません。過去の経歴が原因で落とされるなんて、そんなの許されるんですか?」
「私も、それは許されないことだと思うよ。でも、不採用通知にその理由が書いていない以上、落ちた原因がそれなのかどうかは、わからないぞ」
「じゃあ先生は、あの放送局の肩を持つっていうんですか!?」
保己の分析に対し、平恋はだんだんと怒りをあらわにしてきた。
「いや。そういうわけじゃないけど、実際にさ……」
その時、受付に愛莉寿が入ってきた。
彼女も、平恋と同じく授業終わりであり、どうやら平恋と保己の姿を見かけて、受付に立ち寄ったらしかった。
「あら、花輪さん。それに佐里場先生。授業終わりに、どうされたんですか?」
「ちょっと、先生に相談があって」
愛莉寿の、相手をバカにしたような問いかけに対し、平恋は淡々と返した。
しかし、愛莉寿はまたもずけずけと、平恋の相談内容に立ち入ってきた。
「相談って、何ですの?」
「……理島さんには、関係ないことです」
「隠さなくったってわかるわよ。アナウンススクール修了間近の生徒が、この時期にする相談なんて、やっぱり就職活動のことでしょう?」
「……!」
黙ってしまった平恋をよそに、愛莉寿はさらにペラペラと話し始めた。
「放送局によっては、早いところだと内々定を出しているところもあるようね。そんな今の時期に、就職活動の相談なんて、花輪さん大丈夫なのかしら?」
「……」
「まあ、あなたにはあなたなりの事情があるみたいだけど、放送業界ってのは意外と狭いから、ひとつのところで通用しなかったら、他でもダメってことが多いわ。それが続くようなら、見切りをつけることも必要ね」
「それって、どういう意味ですか?」
平恋は、拳を震わせながら、不愉快そうに訊いた。
「言葉通りの意味よ。私は親切に、あなたにアドバイスしてあげているのよ」
そう言う愛莉寿の口調は、嫌味ったらしかった。
「二人とも、そこまでにしなさい」
平恋の様子と、愛莉寿の言葉の奥に潜む悪意を察して、保己は制止した。
「理島さん、花輪さんにだって、いろいろあるんだ。そんな言い方はないだろう」
「先生……」
平恋は、保己の方を向きなおした。
「……わかりましたわ。せいぜい頑張ることね、花輪さん」
保己に指摘されて、まずいと感じたのか、愛莉寿はあっさりと引き下がり、受付から出て行った。
平恋は、彼女を目で追い、自動ドア越しにその姿が消えたのを確認した。
「まったく。理島さんの、花輪さんに対する執着は相当だな」
平恋と同じく、愛莉寿がいなくなったことを確認した保己は、ボソッと言った。
「理島さんだ。理島さんのせいですよ!」
平恋は、小声ながら、少し興奮気味に言った。
「せいって、何が?」
保己は、首を傾げた。
「理島さんは、前から私に、何かとちょっかいを出してきていました。それに、あの人の父親は、地方局の社長さんでしょう? つまり……」
「つまり?」
「父親のツテを使って、私をはめようとしているんですよ!」
平恋は、保己の目を見ながら、大声で断言した。
受付から職員室へ声が響いたので、ほかの講師や職員たちが、一斉に平恋たちの方を向いた。
それに気づいた保己は、ジェスチャーで何もないことをアピールし、場を落ち着けた。
「どうなんだろう? いくらなんでも、そこまでするかな」
保己は、平恋の方を向きなおして言った。
「きっとそうですよ。そう考えると、つじつまが合いますし!」
「でもな花輪さん。証拠が何もないぞ」
興奮している平恋を、保己は落ち着けようとした。
愛莉寿の性格や様子から見て、彼女の言うようなことをしかねないとは思ったが、確証がないため、明言するのを避けた。
「それは……そうですけど……」
保己の指摘で冷静さを取り戻したのか、平恋は一気にトーンダウンした。
しばらくの間、二人を静寂が包んだ――。
「なあ、花輪さん。私が思うに、これはいい機会なんじゃないかな」
保己が、平恋に顔を近づけて、小声で切り出した。
「いい機会?」
平恋は、彼の話の意図が汲み取れていなかった。
「花輪さんが、卒業式の日の事件と向き合うことのさ」
「!」
保己の話を聞いて、平恋は目を丸くした。
「事件の話が漏れている理由が、理島さんの仕業かどうかはわからない。仮にそうでなかったとしても、面接の場で、そういうことを訊くのはタブーだ。でも、これがあったおかげで、花輪さんは、事件のことを改めて思い出した」
「……」
保己の話を、平恋は、うつむきながら黙って聞いていた。
「思い出すのがつらい過去なのは、私もわかってるつもりだ。しかし……いつまでも、見て見ぬふりをしていられないだろう?」
「そんなこと……できませんよ!」
平恋の激昂に、保己は肩をびくっとさせ、驚いた。
「花輪さん……」
「この首筋だって、入院したことだって、全部あの事件が原因なんですよ? あれのせいで、私の人生は狂ったんです。やっと、先生たちのおかげで立ち直れたって言うのに、今さら改めて向き合えだなんて……」
震えた小声で、平恋は言った。
「でも、ある意味その事件のおかげで、花輪さんと私は出会って、新しい夢ができたんじゃないか」
「それは……」
保己の発言に対し、平恋は、一瞬言葉に詰まったが、直後こう続けた。
「先生たちと出会えたことは、確かに良かったことです。でも、だからって、事件や父のことは思い出したくありません」
「……」
「それに、先生の言い方、卒業式の日の事件があったから、今の私があるみたいな言い方じゃないですか。なんか、父のおかげで今の自分があるみたいな言い方で、嫌なんです」
「私は、そんなつもりじゃ――」
保己の言葉を、平恋は手で遮って、さらに続けた。
「わかってます。わかってますけど……今日はもういいです。今後のことは、自分でなんとかします。ありがとうございました」
平恋は会釈して、受付から出て行ってしまった。
「花輪さん。今の君がいるのは、君自身が選んだ結果だよ。それは忘れるなよ」
保己は、平恋にそう言って見送ったが、彼女にこの言葉が届いたかどうかはわからなかった。
(このタイミングで、あんなこと言うのはまずかったかな)
平恋の姿が見えなくなってから。保己は思った。
しかし一方で、事件と向き合うことを平恋に勧めたことに対する後悔はなかった。
平恋が、卒業式の日の事件と向き合うことは、彼女が精神的に完全に立ち直ることに、必要不可欠であると考えていたからである。
「花輪さんならできる。必ず」
自動ドア越しに出入口を見つめて、保己は自分に言い聞かせるようにつぶやき、自席に戻っていった。
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