第四章 これが私-2
保己からのアドバイスを受けて、平恋は、アナウンサーになるための就職活動を開始した。
アナウンススクールに貼り出されていた募集要項や、ネット検索等で、応募資格を満たす放送局をいくつか探し出し、エントリーやウェブテスト等を経て、履歴書を郵送するなどしていた。
その後彼女は、九州の地方局であるけんばし中央放送と、大手インターネットテレビ局であるピー・エフTVから、それぞれ面接の案内を受けた。
偶然、二社とも面接日は同じになったが、どちらもネット環境を用いたウェブ面接であったこと、また面接開始時間が異なっていたことから、平恋は運よく、どちらの面接も受けることが可能であった。
そして、二月下旬のある平日。とうとう面接日がやってきた。
「これでよし、と」
時刻は、午後一時間際。
自宅アパートの洗面所で、平恋は、スーツが着崩れしていないかどうか、チェックしていた。
昨年まで学生だった平恋にとって、面接の場でスーツを着るのは初めてだった。
「面接と言っても一次だし、去年ショップを受けた時の要領でやれば、いいよね……」
平恋は、自分を落ち着けるように独り言を言いながら、居室へ移動し、パソコンを起動した。
彼女が現在住んでいるアパートは、ワンルームタイプのものであり、居室内は、どの家具も整然と置かれていて、きれいに保たれていた。
そして、部屋の中央には、折りたたみ式の机と椅子が置かれており、机の上にはノートパソコンがあった。
(パソコン画面越しとはいえ、面接はやっぱり緊張するな)
そう思いながら、平恋はメールボックスより、けんばし中央放送から案内を受けたURLを開き、面接の開始を待った。
やがて、パソコン画面の端に表示された時計が、午後一時を示した。
それと同時に、画面が切り替わり、けんばし中央放送の会議室らしき部屋が映った。
そこには、長机一つと椅子が二つ置かれており、椅子にはそれぞれ、面接官と思われる男性が横並びで座っていた。
一人は眼鏡をかけており、もう一人は禿頭が特徴的だった。
「花輪さん、こんにちは」
「こんにちは。本日は、よろしくお願いします」
眼鏡をかけた面接官のあいさつに、平恋ははきはきとあいさつし返した。
「今日は一回目の面談なので、リラックスして受けてください。申し遅れました、私が担当の江戸川で、隣が……」
「同じく、富田です。どうぞよろしく」
「よろしくお願いします」
眼鏡をかけた江戸川と、禿頭の富田の名乗りを経て、面談という名の面接が始まった。
二人は一度も面接という言葉を使っていなかったが、これは、新卒等を対象にした就職活動の正式な解禁日が、まだ来ていないための配慮だと思われた。
そんな面接は、江戸川が主導で進み、最初は平恋の自己紹介から始まり、その後は志望理由の確認と、典型的な質問が続いた。
志望理由について、平恋は、叔母の滝乃が九州に住んでいることなどを挙げ、それを絡めながら話を進めていった。
やがて面接の流れは、平恋がそもそもアナウンサーを志望した理由の話題へと移っていった。
「高校を卒業されてから、約一年のブランクを経てアナウンサーを志望されているとのことですが、大胆な人生の方向転換ですね。何か、転機があったのですか?」
江戸川が、穏やかな口調で訊いた。
「高校卒業後、事情があって入院をしたのですが、その時にお世話になった、アナウンサーがおられたんです。その人の姿を見て、アナウンサーになりたいと考えるようになりました」
平恋は、力強く答えた。
「入院されていたのですね。何か、ご病気でも?」
「いえ、ちょっとしたケガをしまして……」
江戸川の質問に対し、平恋がぼかして回答したその時、今までほとんどしゃべらなかった富田が、口を開いた。
「卒業式の日に遭った事件と、何か関係があるのですか?」
「……!?」
富田の急な質問の前に、平恋はパソコン画面越しに硬直してしまった。
「花輪さんは、昨年の三月下旬、高校の卒業式の後に、ご自宅でお父様に襲われたんでそうですね。そして、お父様はその場で逮捕され、今は収監中と」
「……」
富田は、平恋の想像以上に卒業式の日の事件の詳細を知っているようで、彼女は唇を噛みしめて、ただ黙って聞いていることしかできなかった。
「首筋に、サポーターを巻かれているようですが、それはその時のケガのせいですか?」
「……答えなければ、いけませんか?」
平恋は、富田の容赦ない追及の前に、ようやく言葉を絞り出した。
しかし、動揺のあまり、その声は震えていた。
「答えるのが難しい、あるいは答えたくないということであれば、無理にご回答いただかなくても結構です」
富田はそう言ったが、面接の流れと雰囲気からして、ここで卒業式の日の事件のことについて話さなければ、平恋にとって不利になることは明らかだった。
「当時は……」
それだけ言って、平恋は再び硬直してしまった。
卒業式の日の事件のことを話せば、富田たちの質問に沿って答えることになるため、自分にとって有利に働くだろう。
しかし、この面接を突破したからと言って、まだ複数回の面接を突破せねばならないため、採用が確約されているわけではない。
そして何より、保己たちの支援のかいあって、一時期に比べればかなり立ち直った平恋であったものの、まだ卒業式の日の事件と、真正面から自分の中で向き合う勇気が、持てていなかった。
「申し訳ありません。やはり、そのご質問には、これ以上お答えすることはできません」
平恋は、卒業式の日の事件には触れない決断をした。
「そうですか。では、このお話はここまでにしましょう。続いてですが……」
その後の面接は、一転して富田主導で進んだ。
質問自体は、再び面接において訊かれやすい一般的なものばかりになったが、富田の態度から、やる気の無さが感じられた。
「では、これにて一次面談を終了します。結果の可否については、どちらの場合でも一週間以内にご連絡いたしますので、しばらくお待ちください」
「承知しました。ありがとうございました」
江戸川と平恋のあいさつで、けんばし中央放送の一次面接は終わった。
画面がブラックアウトし、アクセスが切断されたことを確認してから、平恋は大きくため息をついた。
「どうして、あのことを……?」
平恋はこの時、面接の結果よりも、なぜ富田が卒業式の日の事件の詳細を知っているのかが気になっていた。
彼女は今まで、自分から卒業式の日の事件に触れたことは、一度も無かった。
滝乃や保己などは、事件のことを知っているが、それは皆、彼女の主治医だった石井医師などから聞いたためである。自分自身が直接話したからではない。
そうなると、誰がその情報を、富田たちに伝えたのだろうか?
(面接のために、身辺調査をしたのかな)
ピー・エフTVの面接の時間が迫っていたこともあり、平恋は不満を覚えながらも、無理矢理自分を納得させた。
* * *
その後、ピー・エフTVの面接に臨んだ平恋であったが、その流れは、途中からけんばし中央放送の時と似たようなものになり、話題は卒業式の日の事件へと移っていった。
卒業式の日の事件はどうだったのか、父親である宗也との関係等、根掘り葉掘り訊こうとする面接官たちの前に、平恋はやはり、回答することができなかった。
そして面接は終わり、平恋はパソコンを閉じた。
(やっぱり、おかしい)
一社ならまだしも、二社続けて似たようなことを追及されることに、平恋は疑問を感じていた。
そして、これからも続く就職活動に、嫌な予感を覚えていた。
読んでいただいたご感想や反応等いただけると、励みになります。
お待ちしておりますので、どしどしよろしくお願いします!