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第2話 わけあってぼんやり



 あんな風に言ってみたものの少し見直している部分もある。細腕のお嬢様では井戸からつるべも上げられないと弱音を吐くかと思ったが、意外と力強い。

 手指の様子からは農作業などやったこともないだろう。けれど体がしっかりと出来ているのは、食生活が良かったのだと思う。


 食事の心配をせずに暮らせるのは幸いだ。

 ルーシャは今までそれが幸せだと考えたことはないだろうけれど。それどころかスープの次は何が出るのかと当たり前のように訊ねられた。



 アムレトの魔女の森を含む近隣地域一帯を治めるシルワリエス伯爵家。その次女に生まれたルーシャ。

 農産物に恵まれた地域だとは言っても、それは毎日多くの人々が働いて作る豊穣。寝て遊んでいて湧いてくるものではない。


 知識としては知っていても従事したことはない。

 毎日食卓に並ぶものがどうやってそこに届けられているのか。まさか神様とやらが不思議な力でくれているなどと本気で信じてはいないだろうが。




「っと、いけないいけない」


 家と納屋の間にある井戸に向かったルーシャの姿はもう見えない。

 他にやらなければならないこともある。



 畑の脇に行って灰色の幹を見上げる。同じ種類の木は近くにはない。

 うねるように柄だが絡み合い伸びている大樹。フラァマの目線の少し上に置いた器には、幹と似た灰色の樹液が溜まっていた。


「これくらいあれば足りるでしょう」


 器を取り、代わりに樹液を漏らしていた枝の傷に別の葉っぱを当てる。


「ごめんね、傷つけて」

「――」


 樹は答えない。

 植物なのだから当然だ。

 だけどお師様は、耳をすませば木々の声が聞こえると言う。森の魔女だから。

 聞こえるから森の魔女なのだ。



 漏れていた樹液で当てた葉っぱがくっついた。

 これでしばらく置けば枝の傷も癒えるはず。樹液が流れ続けるように傷つけた。必要とはいえ大事な木をそのままにはできない。


 灰色の樹液。

 お師様がいない今、あまり大きく傷つけるわけにもいかず溜めるのに二日もかかった。



「またぼんやりしているじゃない!」

「……はあ」


 苛立ちからか手早く水を汲んできたらしい。

 後ろからの不満の声に溜息をついた。


 この樹液はとても粘度が高く、流れるのを見ているのは確かにぼんやりしたように見えるだろう。


「わたくしに水汲みをさせてあなたは――」

「この木は虫除けの効果があります」



 何の為にやっているのか教える為に振り向いた。今度は並々と水を溜めた桶を横に置いたルーシャに向かい。


「虫が出ると騒ぐあなたに教えてあげます。この木から落ちた葉を(いぶ)せば小さな羽虫は逃げていきます」

「そ、そうなの? なら」

「やりませんよ。虫の中には草花に必要なものもいますし――」


 きいきい(わめ)く居候の為に害のない虫を追い払ってやったりはしない。


「お師様の言いつけで、ここでは火を使うのは最小限です」

「それならどうして」

「この樹液を」


 採取した灰色の樹液にルーシャの視線が向いた。

 決して綺麗には見えない。飲めとでも言われるのかと一歩引いた。



「強いお酒と混ぜて部屋の隙間に塗ります。木窓の縁にも。そうすれば穴も塞がるし虫も寄り付きにくくなります」

「あ、そう……なの?」

「木材も腐りにくくなるので数年に一度塗りますが、飛蝗(ばった)ひとつで大騒ぎするあなたに起こされるのは嫌なので」

「きゅ、急に鼻の上に乗ったんだから仕方ないじゃない」


 屋根裏部屋の隙間から入った飛蝗で大騒ぎ。

 明け方近くに起こされたのは三日前のことだ。


 それまで環境の変化に塞ぎ込んでいたルーシャだったが、それから会話することが多くなった。

 落ち込んでいた時より我が侭さが目立つようになったのは歓迎しがたい変化だ。



「わたくしの為にだったのね」

「……」


 また夜中にたたき起こされるのが嫌だったから。

 それは言わぬが花、と。


「ありがとう、フラァマ」

「別に……」


 礼を言うルーシャの笑顔は、また面倒事が増えそうな気がして、それでもまあ悪い気分ではなかったけれど。



  ◆   ◇   ◆


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