第6話 『侯爵令嬢は登校する』
なるべくコミカルな感じに執筆しております。お楽しみいただければ幸いです。
2021/6/18 改稿
「まあ、なんだ。学園は普通に楽しんでくれればいい。ノノも別段ルミエン家の存続や継承のことは気にしなくていいからな。ルルもノノもネネも家の事は気にせず好きに生きればいいさ」
おや?とリリは父の言葉に疑問を感じた。
──何だかルミエン家が潰えること前提のような?
「僕は冒険者になる!」
ノノは男の子らしい希望。
「ネネはネネは、ん〜ん〜〜お姉ちゃん!」
ネネはよく分かっていないようで、大好きな姉になると宣言する姿は愛らしく微笑ましい。
──か、可愛い!可愛い!可愛いです!!!
先ほどまでの父への疑念は吹き飛び、愛らしい妹にリリの語彙は崩壊寸前だ。
堪らずネネを後ろから抱き締め頬擦りすると、姉に構って貰えて嬉しいのかネネもはしゃぐ。そんな2人の様子を母が少し不貞腐れた様に横目にじっとりと睨む。
「普通そこはお姉ちゃんではなく、お母さんとかお嫁さんじゃないかしら?ネネちゃんをルルに奪われてお母さん悲しいわ」
わざとらしくヨヨヨと泣き真似をする母の姿にネネがオロオロしだした。
姉と母を交互に見て不安そうな顔をしたが、ネネは意を決したようにリリの膝からチョンと飛び降りた。そのままトテトテと母の元までやって来ると、母のスカートの裾をその小さい手でキュッと握った。
「お母さんにもなる?」
「ん〜ネネはいい子ねぇ。将来は良いお母さんになれるわ」
ネネは母を見上げて小首を傾げながら訴えると、母はネネを優しく撫でた。ひとしきりネネを愛でた後、母はリリにドヤ顔を向けた。
「お、お母様!それは狡いです!!」
「んふふふ。母親の特権よ」
「に」ではなく「にも」と言うあたりは幼いながら姉に気を遣ったのだろうが、それでもリリはネネの裏切りに心の中で号泣した……
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「ネネちゃん名残惜しいですが、しばしのお別れです」
シクシク泣きながらネネに抱き着くリリに感化されたようでネネもグズり始めた。
登校前の玄関での一幕である。
「やー!ネネ、お姉ちゃんといっしょがいいぃぃぃ」
「ああ、ネネちゃんがそう言うなら今日は学校を休みましょう」
リリとネネはひしと抱き合う。
「そんな訳にはいかないでしょ。さっさと学校へ行きなさい」
リリとネネを引き剥がし、母がネネを抱き上げてあやすが、ネネはうーと唸って頬を膨らませて不満の意を表した。
「くっ!身を切られる思いですが仕方ありません」
「やー!お姉゛ぢゃん!お姉゛ぢゃ~ん!」
びゃーと泣きながらリリに向かって必死に手を伸ばすネネの姿に、母は大きく溜め息をついた。
「この状況って、お母さん二人を引き裂く人買いみたいで、罪悪感が半端ないのだけど?」
「ネネちゃんと私は相思相愛なのです」
「ソーシソーアイです」
意味が分かっているのかいないのか。それでも、ねーっと2人で相槌を打ちあうその姿は微笑ましい。
「もう馬鹿なこと言ってないの。だけどどうしたのかしら?ネネは確かにお姉ちゃん子だったけど今日は凄まじいわね。いつもはここまでではなかったのに」
「ちょっと朝から構い過ぎました」
母に抱きかかえられているネネの頭を優しく撫でるとネネは涙を溜めた目でリリをじっと見つめた。
「ネネちゃん、帰ってきたら一緒に遊びましょう。だから少しだけ待っていて下さい」
「うん。まってる」
何かに耐える様に母の服をギュッと握っている姿は意地らしく離れ難いものがある。
──ほとんどの5歳児なんて我儘放題なのに、ネネちゃん何て健気!?
「ネネがいい子で待っていれば、お姉ちゃんすぐに帰ってくるわ」
母がネネをあやすと、ネネはコクンと頷いた。
「ネネいい子にしてる。だから早くかえってきて……」
リリを一瞥した後、ネネはグスグスしながら母の胸に顔を埋めた。
「ネネちゃんは十分良い子ですよ。す〜ぐ帰ってきますから」
そう言うとリリはネネの頭を優しく撫でた。
「本当に今日は朝からルルもネネもお互いにべったりだったわね。2人とも甘えん坊さんになっちゃったかしら」
クスクスと笑う母に少し気恥ずかしさから、リリは顔を赤らめた。
「ルルは所作だけではなく、雰囲気も別人みたいね」
「え?」
パッと母の顔を見ると変わらず笑顔であったが、スッと細められた目はリリの奥底を見透かされているようで、リリはドキリとした。
「ルルの今日を見て貴女がとても良い子だって思いました」
──ルルの今日……お母様はやはり気付いている?
「あ、あの私……」
何と言えばいい?貴女の娘と魂魄が入れ替わったと?信じて貰えるだろうか?とグルグル思考が回り、考えが纏まらない。
──私、どうしたのかしら……
いつもならどんな事にも動じず最適解を導き出し、それに向かって淡々と努力する。それが侯爵令嬢リリーエン・リュシリューだったはず。なのに今はどうにも答えが導けない。
いや、本当は分かっている。分かっていてその答えを出せないでいる。自分のことであるはずなのに、制御できないその感情に、リリは戸惑いを覚えた。
何も答えられず黙って立つリリを見詰めていた母は、リリの頬を優しく撫でリリの瞳を覗き込む。その眼は穏やかで優しい。
「ネネはこんなにも貴女に懐いていて、貴女はネネを大事にしてくれています。貴女はとても優しい娘。貴女は人を騙したり、陥れたりする人には見えません。もちろん無闇に人を傷付けることはないでしょう」
「お母様……」
「だから今は貴女を信じます」
そう言ってニッコリと笑う姿は慈母。母はまだグズるネネを抱えて家の中へと入って行った。
その後姿に自然とリリは深く頭を垂れた。
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「さて、いつもなら馬車で向かうのですが……」
侯爵令嬢であるリリは移動に馬車を使用する。徒歩なぞありえないことだ。だがそれは大貴族として権威と保安、雇用や消費を目的としているのであって、リリ自身は歩くのを厭うているわけではない。むしろ馬車での移動の方があまり好きではない。
何故なら馬車での移動におけるあの揺れ、あの閉塞感、あの間怠っこしさにリリはいつも辟易していた。その理由はリリは魔術が使えるので、できれば自身の力で移動する方が何かと楽だったからだ。
「歩いて行くのも良いのですが此処から学園迄の道に不慣れですから、時間があまり無いですね」
周りを見渡し近くの家を建築中の現場に近寄ると、リリは手頃な大きさの木材を拾い上げて近くの大工の棟梁とおぼしき中年男性に声をかけた。
「申し訳ありません」
「おう!なんだい嬢ちゃん」
「この木片は廃材ですよね?頂いても宜しいでしょうか?」
「ん?もう廃棄すんだけのゴミだかんな好きにしな」
口調は荒く少し強面の棟梁だが、気風の良い人物の様で特に咎められることも無かった。
「感謝します」
にこりと微笑みリリは木材を胸に抱き綺麗に頭を下げて礼をすると、棟梁は面食らった様にたじろいだ。貴族の令嬢の様に見える少女が、一般臣民に頭を下げるなど滅多に見られるものではない。
「随分と行儀のいい嬢ちゃんだな。そんなゴミどうすんだい」
リリに多少の興味を持ったのか、棟梁は繁々とリリを眺めた。
「ちょっと移動用の基本台に」
そう言ってリリは貰った木材を自分の前に放り、素早く魔術構文を頭で構築すれば、紡がれた魔術言語が木材の上を光の川の様に流れ、浮力が働きフワリと浮かんだ。
リリはその木の上に乗るとトントンと軽く足で踏み鳴らす。それはリリを乗せたままスッと音も無く前進した。
「うぉ!すげぇ!!」
棟梁の感嘆の声を置き去りにして、リリは走り去った。
木片に足が固定されているのか、それなり速度が出ているのに危なげなく風を切って駆ける。馬車と比べて速度もあり、揺れも少なく、肌に感じる風は気持ちが良い。
「やっぱり馬車よりも魔術での移動の方が爽快ですね」
馬車の横をすり抜け、思いのままに駆け抜ける。
流れる景色、全身で受ける風、自分自身で駆る爽快感。
侯爵令嬢の時の融通のきかない窮屈さから解放されて些か浮かれていた。
リリにとってリュシリュー家という家柄はとても奢侈な頸木であったのだと今なら分かる。リリは生来贅沢をしたいとは感じていなかった。侯爵令嬢という立場にとって必要があったからの浪費に過ぎない。むしろ豪奢な生活に息苦しささえ覚えていた。
──今はまず出来る事を一つ一つ増やしていきましょう。いつ戻れるか分からないのだから。
それは言い訳。
本当はこのままここに居たい気持ちを隠しているから。
──後は、この身体の潜在能力も測らないと。何をするにしても力は必要ですしね。
それは誤魔化し。
本当はこのままこの身体でいたい希望を隠しているから。
リリは更に速度を上げた。
白銀の美しく長い髪が風にたなびき、スカートがはためく。
高位の貴族令嬢としてありえない行動。
──でも今はリリーエン・リュシリューではありません!
リリは構わず疾走した。想いを振り切るかのように。
リリは貧しい男爵家の生活でも困らない。それ以上の喜びがそこにはあるから……
アンナ「リリ様が魔術で颯爽と登校……見に行かないと!」
ルル「アンナさん悦に入った表情で私を置いていかないでぇ!」
アンナ「ううう……何故私はこんなポンコツを相手にせねば」
ルル「私アンナさんに見捨てられたら……でも、どっちみち今のリリ様の姿は私ですよ?」
アンナ「そうでした」orz
『令嬢類最強!?~悪役令嬢より強い奴に会いに行く~』の連載中。
https://ncode.syosetu.com/n0744gy/1/
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