閑話⑮ 『そのころ王妃殿下は《腹黒》』
残りも今日中に投稿です!
それから数日が過ぎた。
ゲルハルト・コラーディンは爵位を剥奪されコラーディン家所領の田舎に幽閉されることが決まった。近いうちに護送されるだろう。
ベルクルドは資産の全てを差し押さえられ、商会は取り潰されることになった。商会の者たちは事件への関与の度合いによって処分が仕分けされることになる。
どちらも極刑にならなかったのだからかなりの温情といってよい処置だ。これらはリリの思惑が大きく影響している。
しかし傭兵団『黄昏の死鴉』の者たちは微妙だ。ただの雇われであったこともあるが、人数も多い上に、残虐な所業の噂は箔を付けるために自分たちで流したブラフだった。団員の半数以上は露頭に迷っていた者たちで、それを団長が見るに見かねて拾ってきたのだそうだ。
本当は半数以上が殺しどころかまともに武器も持ったことのない連中で、そりゃ弱いはずだとエルゼは納得した。が、ここで問題が発生した。この200人もの大所帯がみな食いつめ浪人であるのだ。彼らの身の振り方が難しい。エルゼは隣国の福祉はどうなっているのかと問い詰めてやりたくなった。
それらの頭の痛くなりそうな連中の処断に奔走し、やっと一段落がついたのが現在である。
エルゼは橄欖宮の庭園の咲き誇る赤い薔薇に囲まれた四阿でイダーイと向かい合っていた。
「見事な薔薇ですなぁ」
「ええ、うちの旦那が私のために奮発してくれたのよ」
四阿からは見える景観は見事なまでの赤一色。エルゼリベーテ・シュバルティナ・ドゥ・オーヴェルニの色だ。そして、その由来はエルゼの髪の色だけではないことをオーヴェルニ領での彼女の所業を知るイダーイは背筋がぞっとする思いを抱いた。
「あ、愛されておいでですな」
「そうねぇ、溺愛されちゃってるわ」
くすくす笑うエルゼの笑貌はあまりに美しく、男なら誰もが惚れてしまいそうだ。しかし、この稀代の美女に手を出せば国王によって自分だけではなく一族郎党皆殺しにされかねないこともイダーイはよく理解していた。
「全く……恐ろしいお方だ」
「ふふふ、そうかしら?」
表面では取り繕っているが内心ビクビクのイダーイの鼻腔を薔薇の芳香が満たした。その香りの刺激にイダーイの緊張が僅かに弛む。落ち着きを取り戻したイダーイは、ふと香りの作用に関する研究を思い出した。
「そう言えば薔薇の匂いには鎮静の効能があるとか……」
「美容にもいいんですって」
「国王様の贈り物の意図には王妃殿下の色だからというだけではないのですね」
「転生者の入れ知恵らしいわよ。確か『あろまてらぴー』だったかしら?」
「転生者ですか……」
イダーイは先日この宮で会った銀髪の少女を思い浮かべた。
──彼女の知識と寄生魂とても興味深いのですが……
その思い浮かべた銀髪の少女の背後から黒髪の少女が現れ、銀髪の少女の両肩に手を乗せてにっこりと微笑む。この世の者とは思えぬ程の絶世の美少女。しかし、その下に隠されている巨大な力に、自分の想像した虚像のはずなのにイダーイはブルっと体を震わせた。
イダーイが何を考えているか想像のついたエルゼはくすくすと声を出して笑った。
「それにしても今回は鼠一匹のために随分と大事になったものね」
「最初は10年前の治療薬不正取り引きから始まった事件でしたね」
「ええ、そこから禁術『魂魄置換』の件が判明して、それを調べるために研究所へ赴いたのがイダちゃんとの馴れ初めよねぇ」
馴れ初めって……イダーイは苦笑いした。国王に聞かれていたら命が危うい。
「だけどこの件を調べている最中にライルが婚約破棄を企んだりリリちゃんたちの魂魄置換が絡まり始めた時にはちょっと焦ったかな?」
「御冗談を随分と楽しそうでしたよ」
あらそうだったかしら?と韜晦してくすくす笑うエルゼにイダーイは肩を竦めた。
「だけどその小物のお陰で大収穫だったわ」
「そうですか?ルルーシェ嬢もマリアヴェル嬢も今はリリーエン嬢の専属侍女となりました。王妃殿下が得たものがあるようには見えませんが……」
「目に見えるものだけが得られるものではないのよ。分かってないのねぇイダちゃんは」
「はあ……なるほど?」
得心の行かない顔のイダーイにエルゼはいつものにこにこ顔を向けた。
「リリちゃんの次期王妃としての自覚を促し、メイとリリちゃんの母娘関係改善させ、それによりリリちゃんに大きな貸しを作り、リリちゃんに息子を意識させることに成功したわ。1石で2鳥どころか3鳥も4鳥も獲れたわ」
「何となく分かりました……が、最後のはうまくいっていないのでは?」
「確かにまだ弱いわね。でも今まで恋愛感情が理解できなかったリリちゃんがちょっとでも婚約者のこと意識したのは大きいわ。これからリリちゃんの心は大きく揺れ動くわよ」
「そんなにうまく行きますか?」
「行くわよ……と言うより行かせるわ」
エルゼの強気にイダーイの笑いが引き攣った。
「それにルルちゃんのことも収穫だった。私の手元にいなくてもリリちゃんがいいようにしてくれるし、ちゃんとリリちゃん経由で彼女の知識の恩恵は得るわよ」
「そのためのリリーエン嬢への貸しですか」
イダーイは目の前の穏やかに笑う底の見えない美女を心底畏れた。
「ふふふ……だけどリリちゃんも可愛いけど、ルルちゃんもよかったわぁ。ホントに2番目の息子の嫁にしちゃおうかしら?」
「あんまり欲張ると、今度こそ本当にリリーエン嬢がキレますよ?」
そうよねぇ、とエルゼは悩ましげに呟いたが、その顔はにこにこ笑っているので懲りてはいなさそうだとイダーイは諦めの溜息をついた。
「それにしてもリリーエン嬢の専属侍女はよく王妃殿下に協力しましたね。あの忠実な方が主人を裏切るとは思えなかったのですが」
アンナはリリとルルが入れ替わった後にエルゼと結託していた。そのため、お互いにこの件の裏事情を把握していた。
「アンナちゃんはリリちゃんを裏切っているつもりはないわよ」
「そうなのですか?王妃殿下と裏で暗躍しているようでしたが……それに今回の魂魄置換だって本当はあの侍女の仕業なのでしょう?」
結局のところゲルハルトは踊らされただけ。全ての仕込みはアンナの手によるものだ。
「リリちゃんがもう限界だったのよ」
エルゼはいつもの笑顔を納めると、いつになく真剣な顔になった。
「リリちゃんはやっぱりメイの娘なのよ。どんなに強がっても、どんなに悪ぶっても、根は優しすぎて、しかも真面目過ぎるから何もかも抱え込んじゃうのよね……」
母メネイヤとの確執
侯爵令嬢としての責務
王太子妃の重圧
そして婚約者との関係と婚約破棄
「黒鋼の精神力なんて言われているけど、実際はとっても脆い一人の女の子。あの娘って何でも卒なくこなしちゃうから皆んな勘違いしちゃうのよね。余裕があるって。確かにリリちゃんは天才だけど、本当はそれ以上に人一倍努力しているだけなのよ。彼女はどんな困難もその才能と努力で全てに対処してきたけど無自覚に無理してたのね」
何とかしてあげたかったのだけど出来なかったわとエルゼは独り言ちる。
「それにリリちゃんはもう一つ爆弾を抱えていた」
「2つの魂魄を内包していることですな」
「さすがに分かる?」
「ええ、彼女の2つの魂はどちらも強い力を持っていました。あれではどちらかが主となることができず不安定だったでしょう」
「そうね。リリちゃん自身は気づいていなかったけど、あの子はもういつ壊れてもおかしくなかった」
「だからあの侍女は魂魄置換を強行した……」
「リリちゃんに必要だったのは自分がリリーエン・リュシリューとルルーシェ・ルミエンの魂が混ざり合っていることを自覚することだったのよ」
「なるほど……自分が2つの魂を持つことを自覚することで2つの魂の融和を促したのですな?」
「荒療治ではあったけどね。そしてそれにアンナちゃんは私を利用したのよ」
エルゼはティーカップを持ち上げ一口お茶を含んだ。カップをソーサーに戻すころにはエルゼはいつものにこにこ顔になっていた。
「アンナちゃんは本当に恐ろしい子ね。彼女には気をつけないと」
「あの脳筋侍女をですか?」
ええそうよとエルゼは頷く。
「彼女の手足は我々王家のよりも多いのよ」
「まさか!?」
この国の王家が持つ配下はかなりの質と数が揃っている。それを上回ることは大貴族でも難しい。それをたかだか一侍女が抱えるなどあり得ない。
「アンナちゃんは色々と規格外だから」
エルゼは四阿から見える青い空を見上げた。
「ギルが彼女を射止めてくれたら助かるんだけどな……」
そう言って含み笑いをするこの国の腹黒王妃はどうやらまた何か企んでいるようだった……
アンナ「この腹黒王妃!まだ諦めていなかったのですか!?」
ルル「私もですかぁ!?」
アンナ「あのなよなよした男は絶対にいやです!」
ルル「私だって続編の攻略者はごめんですぅ!ネネと喧嘩になったらどうするんですかぁ!」
アンナ「だいたいあの男は私より一回り以上歳上ですよ!」
ルル「私だって歳下はいやですよぉ!」
アンナ「貴女はそれほど年齢かわらないでしょ?」
ルル「6才も歳下ですよぉ!?」
アンナ「『永遠に0』の貴女にはお似合いです」
ルル「ヒドイ!私だって一応この世界じゃ成人女性なんですよぉ!」
アンナ「成人女性(笑)『ロリの救世主』が聞いて飽きれます」
ルル「私だって微笑ですしぃ!もてるんですからぁ!」
アンナ「その相手は捕縛されましたが(笑)レオナルド殿下も10年後にはロリ疑惑がたちそうです」
ルル「ぐぬぬぬぬぬ!なんか否定できない」orz
誤字脱字衍字御意見等々ありましたらご報告いただけると助かります!