第46話 『侯爵令嬢は最後まで友人を見捨てない』
なんとか本日終了します!
今夜残り3話を投稿します!
だけど気がついた……
後書きコントやらなきゃ、とっくに終わってたんじゃね?
「はぁ~はっはっはっはっ!!!」
戦場に響き渡るはエルゼの高笑い。
「なんだなんだ?」
「気でも狂ったか?」
突然のエルゼの狂ったような笑い声に周囲の傭兵たちも引き気味だ。
その顔はどこか狂気に染まった殺戮者のようであった。
「これこそ『酒血肉林』よ!若い男が選り取り見取りだわ!!!」
「それってセレブマダムが男を漁っているみたいですよぉ」
距離がある安心感からかルルはエルゼの顔を見て他人事にように呟いたが、すぐに他人事ではなくなった。
「くっくっくっくっ腕がなります」
「あっ……こっちも悪い顔してますぅ」
指をポキポキ鳴らす隣のアンナに身の危険を感じたルルは避難場所を求めてキョロキョロとする。
「やっぱりリリ様の近くが安全そうですぅ」
ルルはアンナから素早く離れるとリリの方へとトテトテと走り出した。
ルルがどこか愛嬌のある走り方で近寄ってくるとリリは首を傾げた。
「ルル?アンナの側にいなくて大丈夫なの?」
「いやぁ、あそこは危険ですぅ。ここが安全地帯なのですぅ」
そう言われてアンナの方を見たリリは「ああ」と納得してしまった。今まさにアンナとエルゼが不穏な空気を垂れ流しにしているところだった。
「ここのところ歯ごたえのない奴らばかりでフラストレーションがマックスです!」
眼鏡が怪しく光り、背後からゴゴゴゴゴと怒涛のオーラを醸し出すアンナ。
「最近運動不足だったのよね。美容に悪いからちょうどよかったわ」
にこにこ顔のエルゼだが、その笑顔の奥に何か残忍な色が見えるような気がする。
「エルゼ様?ここは私が広範囲魔術で……」
2人に任せると相手が可哀想なので、リリは控えめに提案したのだが……
「リリちゃんは戦っちゃだめよ!」
「リリ様では相手を殺してしまいます!」
即行で拒否されてしまった。
2人がリリの参戦を拒むのは、決して戦闘ができなくなるからではない。
「さすがにこのレベルの相手なら手加減して一網打尽でき……」
「フレンドリーファイヤーが怖いでしょ?」
「リリ様お下がりください。このような雑魚どもリリ様の手を煩わせるまでもありません」
2人がリリの助力を遠慮するのは、決して獲物が減るからではない。
「いや、だから私が魔術で一発……」
「ざっと見て200人ほどですか……」
「アンナちゃん!ヒフティーヒフティーだからね」
「そんなの早い者勝ちです!」
「あ!こら!ズルい!」
もはや聞いていなかった……
次々と傭兵たちに襲い掛かる2人の暴走を止められず茫然とするリリの肩がポンと叩かれる。
「リリ様、あの2人は野菜の星の戦闘民族なのですぅ。もはや誰にも止められないのですぅ」
野菜の星ってなに?とリリは思ったが、あの戦闘狂どもを止める手立てがないことだけは理解した。リリたちの視線の先で暴走する黒い悪魔Gと血塗れ狂姫。
「な、なあ……加勢しなくていいのか?」
「馬鹿!ヘタに近づけば殺されるぞ!」
1人1人は大した使い手ではないとはいえ、さすがに200人もの傭兵を相手にするのは無理だろうとディッケルは常識的に提案したのだが、デイモンはディッケルの腕を引いて止めに入った。
「だけどさすがにあの人数は……」
デイモンの叱咤に気を取られたのは一瞬だけ。2人の美女に視線を戻してディッケルは言葉を失った。
既に数十人の傭兵たちで死屍累々の山が築かれていたのだ。
「王宮生活で退屈だったのよぉ。たまには若い子たちと戯れるのも刺激的よねぇ」
領地で数多の盗賊団を1人で壊滅させてきた血塗れ王妃。
「さあ!私を倒した大型貨物自動車の時のような血湧き肉躍る戦いを繰り広げるのです!」
大型貨物自動車に勝負を挑みトラ転した女。
「まあ!『じゅっとんとらっく』という方はアンナを倒したの?凄い方がいるのね」
「いえリリ様、大型貨物自動車は人ではなくて、私たちの世界では普通に道を走り回っておりまして……」
「まあ!ルルやアンナのいた世界はアンナを倒すような生き物が普通に道を走り回っているの?恐ろしい世界なのね」
「うん……もう説明がめんどいや」
ルルは説明することを放棄した。
こうしてリリの中ではルルたちの世界はアンナさえ倒される凶悪な世界という認識が定着した。
ルルが説明に苦慮していた間にも戦場は動いていた。いやもはや戦場とは呼べまい。一方的な虐殺である。
「おらおらおらおら!」
「あ~たたたたたた!」
手あたり次第に傭兵たちを食い散らかすアンナとエルゼ……
もはや周囲の傭兵たちは獲物でしかなかった。
数の優位?
そんなものこの2人の前には何の意味もない。
むしろ餌が多いだけ、入れ食い状態、バーサーカーモード突入である。
「あの2人の暴走モードはもはや止まりません」
「そうね」
「確変万発くらい出れば納まるかもしれません」
「何それ?」
「問題は相手が弱すぎて中途半端に終わった場合ですぅ」
「考えたくないわね」
目の前の光景にリリは現実逃避しそうになった。
「ちょっとアンナちゃん!それ私の獲物よ」
アンナは団長と思しき人物に狙いを定め、血に飢えた獣のように襲い掛かった。美女の方が野獣の様に野獣のような荒くれ者に突撃する様相はシュールだ。
「この中じゃ一番マシそうだったのに!」
「早い者勝ちです!」
アンナは左手を前に突き出し右腕を腰元に構えた。
「さあいきますよ!この一撃に耐えられたら合格です」
「あ!アンナちゃんその技はダメ!一撃で沈んじゃう!」
ただの正拳突きの構えのはずである。熟練の傭兵から見ればただのテレフォンパンチ。『黄昏の死鴉』の団長も余裕を持って剣を構えアンナを迎え撃ったのだが……
「バカめ!素手で俺の剣技に勝てるわけ……え!?」
気がついた時には目の前に眼鏡をかけた侍女の姿が。そして腹に正拳突きを食らっていた。
「ぐはっ!な……んだ?」
訳が分からない。団長が意識を手放す時に思ったのはそれだけだった。
ドサリと前のめりに倒れた団長を睥睨してつまらなそうな表情のアンナ。
「この程度で倒れるとは情けない」
「アンナちゃんの今の一撃は私だって完璧には躱せないのよ!こいつらには無理に決まってるでしょ!」
技としてはただの正拳突き。しかし、意識を外され繰り出された拳は必殺の一撃。それを目撃したディッケル、レミー、デイモンの3人は絶句した。
「今のはいったい何だ!?」
「化け物がもう1人いたぁ!」
「あれには近づかない方がいいと思う。撤退を推奨」
「だから言ったんだぁぁぁ!あれに関わっちゃなんねぇって!」
デイモンの絶叫にディッケルは乾いた笑いしかできなかった。
「あれは確かに無理だな。どう足掻いても勝てる気がしない……」
3人の視線の先は阿鼻叫喚の地獄絵図であった。
「とにかく今はあの2人が味方であったことを幸運と思うか」
「俺はもう逃げたいよ」
茫然とする3人を他所にアンナとエルゼは争うように男たちに襲い掛かっていた。
「何ですか!?弱すぎでしょう!」
「ア、アンナちゃん、もうちょっとスローダウンして!あっと言う間に終わっちゃう」
「強いヤツはいねぇがぁ!」
「さっきアンナちゃんが一撃で沈めちゃったでしょ!やり過ぎよ!」
「王妃殿下こそ生け捕りの予定なのに相手を殺しているじゃないですか!」
「失礼なこと言わないで!ちゃんと生きてるわよ!ほっといたら死ぬけど……」
「それもう虫の息でしょう!半殺しどころか9割死んでますよ!」
戦闘開始からほとんど時間が経っていない。なのに100人以上は倒され、団長も既に倒され白目を剝いている。『黄昏の死鴉』の団員たちは戦々恐々となった。
「うわぁぁぁ!」
「なんだこいつら!」
「ば、化け物だ!」
もう統率もとれていない傭兵たちは三々五々と散らばって逃げ出した。
「あ!逃げる!」
「漢なら戦えぇ!」
逃げ惑う傭兵たちを追剥ぎよろしく追いかけ回す2人。
「逃げるなぁ!卑怯者ぉ!」
「命果てるまで戦えぇ!」
アンナやエルゼが逃げる傭兵たちの背後から首根っこを掴むたび、ビリビリと衣服や鎧が引き裂かれ、裸にされた男たちが悲鳴を上げた。
「きゃ~」
「いや~」
「やめて~」
「おたすけ~」
「かあちゃぁぁぁん!」
「おれ本当は童貞なの!ゆるしてぇ~」
「ごめんなさ!強がってましたぁ!自分も未経験者であります!」
泣き叫ぶ男たちの命乞いなど2人には関係ない。
「誰でも初めてを経験するのです!」
「痛いのは最初だけよ!」
「あのぉ俺たちの部下や近衛の連中が周囲を囲んでいるから逃がしはしませんぜ?」
鬼の形相で傭兵たちを追いかけ回すアンナとエルゼにディッケルは恐々と2人を制止するが、アンナとエルゼの鬼気迫る顔を向けられて縮こまった。
「馬鹿ですか!逃がす逃がさないの問題ではありません!」
「そうよぉ。獲物の取り分の話なんだから」
2人の凶宴はまだまだ終わりそうにない。
もうあの2人は放っておこうと決め、リリはゲルハルトと対峙した。
「ゲルハルト・コラーディン!私は貴方を許すつもりはありません……」
「生意気な小娘が!」
ゲルハルトがリリに掴みかかろうとしたが、リリは軽く躱して手首を取ると捻り上げた。
「いた!いたたたたた!」
情けない声を上げるゲルハルトをデイモンの方へと突き飛ばせば、すぐに意を汲んでデイモンはゲルハルトを組み敷いた。逃げようとしたベルクルドはすでにレミーに取り押さえられている。
「……許せませんが、私には貴方に報復するよりも大切なものがあるのです」
「きゃ!」
リリはマリーの細い腰をグイッと引き寄せると可愛い悲鳴をマリーが上げた。そのマリーを安心させるようにリリはいつもの穏やかな微笑みを湛える。
「私の大事な優しい親友の願いを叶えることです」
「リリーエン様……」
潤んだ瞳でリリを見詰めるマリーから目を離すと、再び地に伏すゲルハルトを睥睨した。
「ゲルハルト・コラーディン!貴方を殺しはしない。マリーを悲しませたくはありませんから。ですが、一切の権限を剥奪され田舎で生涯を終えることになるでしょう」
「こ、小娘が!私は必ず……いた!」
呪詛を吐きそうなゲルハルトの頭をルルがポコリと可愛く叩いてゲルハルトを黙らせた。
「これで一件落着ですぅ」
ルルが終結を宣言すると、リリは愉快そうに笑って頷いた。
「だけどあちらは収拾がつきそうにありませんね」
苦笑いしているリリの視線を全員が追うと、アンナとエルゼが憤懣やる方なしといった様相で言い争いをしていた。
「全くもって不本意です!」
「アンナちゃんは獲物を横取りしてたじゃない!」
「あんなの数の内に入りません!」
「あれだけの人数がいたのに満足できなかったわ!」
「期待しただけに却って欲求が不満で爆発しそうです!」
「再戦を要求するわ!」
「しかしもう相手がいません」
「ねえアンナちゃん……あれは?」
エルゼの視線にアンナが追随した先には赤髪の団長がびくりと体を震わせていた。ディッケルは逃げようと試みたが、一瞬のうちにアンナとエルゼという2人の美女に肉迫された。
「貴方!報告ではかなり使えるそうね」
「小さな傭兵団ながら皆一様に使い手だとか」
「良い事を思いつきました!貴方たち、もう一度コラーディン側につきなさい!」
「いい案です。こんな雑魚どもより骨がありそうです」
美女2人の頼みといえど、死刑宣告に近い提案など飲めるはずもない。ディッケルは首をブンブン横に振った。
「こんな化け物どもを相手にできるかぁぁぁ!!!」
哀れな傭兵の悲痛の叫びが響き渡った……
「だから関わらない方がいいって言ったんだ」
「撤退を推奨」
自分たちの団長の不幸を目の当たりにしている団員たちは諦めの表情だった。
「ぷぷっ!」
「ふふふ!」
「くすくす」
そんな混沌とした状況に逆に可笑しさを覚えたリリ、ルル、マリーの3人の少女たちは思わず声を出して笑った。楽しそうな少女たちの愛らしい笑い声が戦場となった殺伐とした空間を優しく包み込んだ……
リリは友達を傷つける者を許さない。だけどそれより大切なものは友人の願いと笑顔を守ること……
ルル「『黄昏の死鴉』団はホントに死にかけ黄昏ちゃいましたねぇ」
アンナ「憐れな鴉どもです」
ルル「張本人が何を他人事みたいに」
アンナ「私はリリ様の敵を可及的速やか且つ冷静に排除しただけですよ?」
ルル「明らかに自分の欲望のためにしか見えませんでしたよ。それに冷静というより狂気を感じましたぁ」
アンナ「血に飢えた獣のようでしたか?」
ルル「いえ男に飢えたケダモノのようでしたぁ」
アンナ「私は漢に飢えても男には飢えませんよ?」
ルル「漢って……そう言えば一番強そうな傭兵団長を倒した技って最初に襲撃を受けた時に使っていたやつですよね?」
アンナ「ああ『アンナストラッシュ』ですか?」
ルル「え!?あれが!ただの正拳突きじゃないですかぁ!」
アンナ「確かに出した技は正拳突きですが、重要なのはそのへ至る過程です」
ルル「それじゃあ『歩法』と機を外すのが『アンナストラッシュ』なんですかぁ?」
アンナ「まあ、それだけではありませんが、ぶっちゃけるとそうです。なので、刀なら刺突で喉を突き、斧鉞なら薙ぎ払って首を狩り、長弓なら相手が気がつく前に脳天を貫き、薙刀なら……」
ルル「もういいです!もういいです!もういいですぅ!なんでそんなに物騒なんですかぁ!?」
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