第45話 『侯爵令嬢は友達のために戦場へ向かう』
ついに約束の期日は明日!
終わらせる!(/・ω・)/
絶対終わらせる!(。-`ω-)
おれはやったるどー(∩´∀`)∩
王都の城壁から少し離れた開けた平野。
そこに多数のならず者たちが集っていた。
ここはゲルハルト・コラーディン伯爵が指定した場所である。
ならず者たちは傭兵団『黄昏の死鴉』の団員たちである。
その数およそ200名。
その大所帯と数々の戦場における残虐性で悪名高い傭兵団である。
「ダンナァ、全員集めましたぜ」
「うむ。さすがにこの人数は壮観だな」
傭兵団の団長の報告に満足そうに頷くゲルハルト。
「しかし良かったんですかい?この人数に恐れをなしてヤツら現れないかもしれませんぜ」
「それならそれで問題はない」
「まあ、あっしらは貰えるもん貰えればいいですがね」
ゲルハルトと団長がそんな話をする隣でベルクルドがおどおどと不安そうな様相を見せていた。
「伯爵様、こんなに集めては目立ってしまいます。大丈夫なのですか?」
「我々は咎められる謂れはない」
「ですが……」
「ふん!自分の娘を人質など誰も信じんし、何かあっても全ての罪は例の傭兵団どもに着せる手筈は整っている」
「あの異能集団ですか……」
「お父様!この様な事は許されませんわ!」
その会話に少女の声が割って入った。少女は後ろ手に縛られ、背後の屈強な傭兵に拘束されていた。
「ふん!役立たずの娘がよく囀る」
「今ならまだ間に合いますわ。私がリリーエン様に謝罪して執り成していただきますわ。だからこれ以上罪を重ねるのは……痛ッ!」
マリーの言葉を遮るように背後の傭兵が手を締めあげた。あまりの痛みにマリーは呻き、身を捩るとたわわな胸が揺れる。
周囲の傭兵たちがそれを見て下卑た笑い声を上げ、マリーは羞恥に顔を赤くした。
「ふん!胸しか取り柄のない使えん娘だ」
「そろそろ約束の時間ですな」
自分の娘のため興味のないゲルハルトと幼女趣味のベルクルドは興味なさげにマリーから視線を外した。
「ダンナ!どうやら来たようですぜ」
「ふふふ……時間通りか」
遠くから2人の少女のシルエットが近づいて来るのが見て取れた。1人は黒髪、もう1人は銀髪。どうやら約束通り2人だけで来たようだ。
ここは開けた平野である。他に人がいればすぐに分かる。傭兵たちは周囲を警戒したが、2人以外に人影はない。
「本当に2人だけで来やがったぜ」
「バカじゃねぇのか?」
「この人数に恐れをなさずに来たのだけは誉めてやるぜ」
傭兵たちは自分たちの勝利を疑わない。だから、のこのこと現れた少女2人を馬鹿にするように笑った。
「約束通りに2人だけで来たようだな……」
「こちらは約束を守ったのです。マリーを離してください」
尊大なゲルハルトに黒髪の美しい少女が臆せず言い放った。
「ひゅ~!いい女じゃねぇか」
「むしゃぶり付きたいねぇ」
「どうせ殺るにしても楽しんでからじゃダメですかい?」
「オレは銀髪の方がいいなぁ」
「おまえ幼女趣味だったのかよ!」
その少女に周囲の傭兵たちが揶揄や口笛を吹いて下品な言葉を投げかけながら下卑た笑い声が上がる。
「ふん!マリーはまだ人質だ。リュシリューの小娘は魔術の天才と聞いているからな。無駄な抵抗はするんじゃないぞ」
「下衆が……」
黒髪の美少女は吐き捨てるように呟いた。
「リリーエン様!早くお逃げください!ルルも私の事はもういいのですわ!」
「黙れ!」
「きゃ!」
パン!
乾いた音が響く。
ゲルハルトがマリーの頬を叩いたのだ。
「あんた!」
それを見た銀髪の少女の方が表情が怒りで染まる。
「マリーは父親のあんたを信じて!きっと分かってくれるって信じていたのに!それを……絶対に許さしません!」
「え?まさか……ルル?」
赤く腫れた頬の痛みにも忘れて銀髪の少女の啖呵にマリーは茫然とした。
「こらルル!まだ早いでしょう」
飛び掛かろうした銀髪の少女を黒髪の少女が羽交い締めにして抑え込んだ。身長差があるせいか、暴れる銀髪の少女は宙に浮いて足をバタバタとさせている。
「だってあいつマリーを……実の娘を叩いたんですよぉ!」
「貴女が日本での毒親に虐待を受けていたせいで暴力に敏感なのは分かりますが、今は我慢なさい」
2人のやり取りを見ていたマリーは悟った。
「リリーエン様ではありませんわ」
「なんだと!」
マリーの呟きが耳に届いたゲルハルトは怒声を上げた。
「お、お前たちは何者だ!」
ベルクルドは震える指で黒髪の美少女と銀髪の美少女を指差す。
「私はルルーシェ・ルミエンですよぉ」
幼さの残る容姿の銀髪の美少女はどこか間の抜けた声で答える。
「馬鹿な!ルルーシェ・ルミエンは魂魄置換でリリーエン・リュシリューと入れ替わっているはずだ!」
「そ、それでは黒髪のお前は!」
「私はリリ様の忠実な下僕、アンナ・ギムレットです」
黒髪の美少女が見事な跪礼を披露する。礼の後に顔を上げると髪の色が黒から少し茶色がかった色へと変化した。『擬態』の魔術だ。
「くそ!騙したな」
「それではリリーエン・リュシリューはいったい何処に……」
「ここですよ」
「エルゼちゃんもいるわよ」
突然、間近から聞こえてきた声にゲルハルトとベルクルドはぎょっとして振り向けば、いつの間にかマリーを拘束していた屈強な傭兵がのされており、黒髪の美少女と赤髪の美女、3人の傭兵がマリーを守るように立ちはだかっていた。
「い、いつの間に!」
「貴様らどうやってこの人数の中を気づかれずに!」
ベルクルドは絶句し、ゲルハルトは憎々し気にリリたちを睨みつけた。
「遅くなって申し訳ありません」
怒り狂うゲルハルトを無視して、マリーに近づくとリリは赤く腫れた頬に手を当てた。ひんやりと冷たいリリの手が熱を帯びた頬を冷まし気持ちがいい。恐らく魔術で冷却しているのだろう。
マリーは自分の手をリリの手に重ねた。
「リリーエン様……なのですか?」
「はい」
「ルルではなく?」
「そうですよ」
黒絹の如く美しく艶やかな黒髪、透き通って輝くばかりの深い青の瞳、白磁機のような真っ白な肌、全てが完璧な美で構成された少女。
その黒髪の美少女は昨日までは確かにルルーシェ・ルミエンだった。しかし、マリーはこの黒髪の美少女が昨日までとは違うことを感じていた。むしろ目の前の黒髪の美少女は先週までの銀髪の親友の面影があった。
「本当にリリーエン様とルルは入れ替わっていたのですね」
その事実を改めて認識したマリーの頬を一筋の涙が流れ落ちた。この2人が入れ替わっていた原因が己の父親にあることをマリーはもう知っていたから。
「リリーエン様!申し訳ありません。我が父のしでかした蛮行はとても許されることではありません。ですが、もし願いが叶うなら……」
しかし、マリーは最後まで言葉を口にすることができなかった。リリがその口に指をあてたからである。
「貴様!どうやって元に戻ったのだ!」
激昂するゲルハルト。
答えは簡単である。
手薄となったコラーディンの屋敷を『魂魄置換』の魔術の資料を入手するため、リリの魔術と『爪弾き者の巣』の異能者で潜入したのだ。何故か『魂魄置換』の魔術研究者がリリたちに協力的でかなりすんなりとリリとルルは元通り。
そして、素直に人質を解放するとは思っていなかったリリは自分と容姿の近いアンナを身代わりにして、自分はエルゼたちを巻き込んで『隠形』で接近したのだ。
リリは優しくマリーに微笑むと、今度は鋭い視線でゲルハルトとベルクルドを睨む。
「貴方がたが知る必要のないことです」
もっともそれを教えてやる義理はリリたちにはない。当然リリはその質問を切って捨てた。
「これでもう人質はいませんね」
「だがこの人数を相手にお前たちだけで何ができる!」
圧倒的な人数にゲルハルトは未だ強気だ。その彼の前にエルゼがずいっと出てくる。
「ゲルハルト・コラーディン伯爵。よもや私の顔を見忘れたわけではありませんよね?」
「ま、まさかエルゼリベーテ王妃殿下!」
「あ、この展開は……」
「まさか異世界で見る機会があるとは思いませんでした」
ルルとアンナはどこか懐かしい展開に和んでしまった。
「ふふふ。まさか王家に弓を引くような真似はしないわよね?」
エルゼの不敵な笑いにゲルハルトは生唾を飲み込んだ。
「あのエルゼ様の笑顔は……たぶん内心では反抗しろと思ってますぅ」
「間違いありませんね。あの態度、戦いたくてうずうずしています。絶対です」
解説に徹している2人を他所にエルゼとゲルハルトの口撃の攻防が続く。もっともエルゼが一方的に攻撃しており戦いになったはいなかったが……
「我々は疚しいことは何もしておりません!」
「あら?『魂魄置換』でずいぶんと愉快なことを企んでいたみたいだけど?」
「しょ、証拠はあるのですか?」
「証拠?」
ゲルハルトの悪足掻きは続く。
「いかに王妃殿下といえども証拠もなしに誹謗されるのは如何なものか」
「証拠ですか……そのようなものは必要ありません」
「は?」
ゲルハルトは間の抜けた声を上げた。
「最初から『魂魄置換』の件で貴方を断罪しようとは思っていません。そうよねリリちゃん」
「はい」
進み出たリリは手に持つ書類をゲルハルトに提示した。
「これらは貴方の執務室にある隠し部屋から見つけたものです。貴方がたが行った10年前の流行病の治療薬に関する不正授受とベルクルドと結託して今まで行ってきた脱税や違法取引に関する証拠です。『魂魄置換』の件で立件すれば、禁術の使用や王家への反逆罪でマリーにも累が及びますし、貴方がどのような父親であれ処刑されればマリーが悲しみますから」
「リリーエン様!」
マリーににっこりと笑いかけるリリに、マリーは感極まった様子で瞳を潤ませていた。
「だから最初から『魂魄置換』に関してはどうでもよかったのです」
「くっ!」
「貴方は伯爵位を剥奪され、一族から適当な者が代りに爵位を継ぐことになります。素直に田舎で隠遁しなさい」
エルゼにビシッと指を差されてゲルハルトは奥歯をぎりりと噛みしめ、ベルクルドはおたおたとするばかり。
そして追い詰められたゲルハルトの取った手段とは果たして……
「かくなる上は!こんなところに王妃殿下がいるはずはない!」
「あ、こいつ往生際の悪いパターンですぅ」
「まさか異世界でこのセリフを聞くことになるとは」
ルルとアンナは前世でお馴染のセリフに懐かしさから遠い目になった。
「こいつは偽物だ!お前たちやってしまえ!」
ゲルハルトの命令に周囲の傭兵たちがにやにやと嫌らしい笑いを浮かべながらリリたちを囲み、ジリジリと範囲を狭めてくる。
8対200
しかもリリたちの方は2名が非戦闘員の上に武器を持つのは傭兵の3人だけ。
絶体絶命!
この状況なら誰もがそう思うだろう。
周囲の傭兵たちもそう考えているから余裕の表情なのだろう。
「ダンナァ、王妃さんも殺っちゃっていいんですかい?」
「全員始末すれば証拠は残らん」
「死人に口無しですな」
「だけど見れば見るほどいい女ばっかじゃねぇか」
「ただで殺すにゃ惜しいぜ」
「ヘヘヘへ、殺す前にちょいと楽しんでもいいですかい?」
「好きにしろ」
ゲルハルトの許可で傭兵たちが色めき立つ。
「ちっ!さすがに多いな」
「撤退……できないね」
「何してんだ!さっさと離れるぞ」
ディッケルとレミーもあまりの敵の多さに絶望するが、それをデイモンが怒鳴りつけた。
「嬢ちゃんたちも早く!」
マリーとリリの手を引くデイモンの必死の形相に『黄昏の死鴉』の傭兵たちが声を立てて笑い出した。
「ばーか、逃すわけないだろ」
「お前ら全員ここで終わりなんだよ」
「ヤローどもはさっさと殺って、女どもを犯っちまいましょうぜ」
そんな傭兵たちをデイモンは恐れる風もなく睨む。
「お前らなんか恐かねぇんだよ!それよりも化け物が降臨する。巻き添え食う前に離れな……」
「うふふふ……」
必死にディッケルとレミーに訴えていたデイモンの耳に届く微かな含み笑い。それはデイモンにとって最悪の記憶を呼び起こす。
「この笑いは!やばいやばいやばい!『血塗れ戦姫』だぁぁぁ!」
真っ青になったデイモンの絶望の絶叫。
その大きな叫びをもエルゼの声が突き抜けた。
「はぁっはっはっはっはっ!!!」
全ての音をかき消して、エルゼの高笑いが戦場を響き渡った……
リリは友達のためなら戦場も厭わない。かかってくるなら叩き潰します……エルゼが。
ルル「うわぁ~エルゼ様が狂いましたぁ」
アンナ「前に王宮で籠の鳥だからフラストレーション貯まりまくりと仰っていました」
ルル「あれのどこが籠の鳥なんですかぁ?」
アンナ「まあ、檻のドラゴンと言った方がしっくりきますね」
ルル「王妃に対するイメージぶち壊しですよねぇ、あの人」
アンナ「『血塗れ戦姫』なんて新たなあだ名が判明しましたしね」
ルル「きっと盗賊団の中での通り名なんでしょうねぇ」
アンナ「あのデイモンとかいう男の怯え方……哀れみを覚えました」
ルル「次回は周りの傭兵団に哀れみを覚えそうですぅ」
アンナ「そうですね。『黄昏の死鴉』団は本当に黄昏を迎えそうです」
ルル「ぎったんぎったんになるのですねぇ、可哀想な人たちですぅ」
アンナ「全くです。王妃殿下も手心を加えてくださればいいのですが……」
ルル「他人事のように言っていますが、あの人たちが可哀想なのはアンナさんがいるからですよ?」
アンナ「え?」
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