第40話 『侯爵令嬢は悲嘆の男爵令嬢を慰撫する』
ぐは!いつの間にか前話から2週間がΣ(゜Д゜)
やべぇよやべぇよ(。-`ω-)
「さて、どこからお話ししましょうか?」
青褪めブルブル震えるルルを無視してイダーイはにこやかに語り出した。
「今回の魂魄置換の解説からにしましょう」
「ま、まだ今回の件が魂魄置換と決まってはいないはずですぅ」
「ルミエン家の可愛い仔猫ちゃんを連れて来れば分かるでしょう?」
にこにことシャノワの事も知ってるぞと暗に告げてくるイダーイ。素敵に見えたナイスミドルの笑顔も今のルルには恐ろしいものにしか見えない。ルルはもう口を開くことができなくなった。
「明敏なリリーエン嬢のことですから、もう試されたのでしょう?」
「ええ……魔力回廊は通りました」
イダーイの問いにリリは苦々しげに答える。イダーイはそれに大仰に頷くと話を再開した。
「今回の魂魄置換はおかしな点がありますよね。一つ幼少期しか成功しないのに成人女性で成功していること。一つ遠隔の場合に必要な依代の入手はどのようにしたのか。一つ何故最初からルミエン嬢に目をつけていたのか。この事にリリーエン嬢の並列魔術構文編纂が関わっています」
一呼吸置いて皆を見回すイダーイ。黙って鋭い視線を送るリリ。ただ青褪め震えるルル。氷の表情を更に厳しくするアンナ。いつもにこにこエルゼ。
「結論を述べましょう。リリーエン嬢とルルーシェ嬢は以前、そう5歳の流行病の時に魂魄置換を使用されているのです」
この場に居る者は全て予想していた結論。
「実に上手いやり方です。実は成人女性の魂魄を置換することは可能です。ただ魂を置換しても置換先の器と適合しなければ直ぐに弾き出されてしまいます。おそらく数日と保たずに元に戻ってしまいます。成長してからでは交換は基本的にできない。しかし、元々の魂魄の移植なら……そうです。子供のうちに魂を入れ替え、成人してからもう一度入れ替える方法を思いついた。これなら魂と器の親和性を高めることが可能です」
「何でそんな無駄な真似を……実用性は皆無でしょう」
リリは憎々しげに呟いた。
「ええ全く。研究としては実にユニークで興味深いのですがリリーエン嬢の仰る通り完全に無意味です」
「だけど今回の黒幕たちは利用方法を思いついた」
エルゼが話を引き継ぐ。
「リュシリュー家の乗っ取りよ。幼少期にリリちゃんとルルちゃんを入れ替え、頃合いを見てルミエン家から借金の形としてルルちゃんになったリリちゃんを手中にし洗脳なり恐喝なりしてから再び魂魄置換を行い、リリちゃんの体に戻ったリリちゃんを操ろうとしたのね。だから彼らは最初から……魂魄置換を行った10年前からルルちゃんに目を付けていたのよ」
計画の内容までは知らなかったリリが呆れた目をした。
「随分と遠謀で浅慮な計画なのですね。穴だらけではないですか」
「ふふふ、ホントに。最初の魂魄置換からして無謀だもの」
「そ、それじゃあ私はもともとリリーエン・リュシリューだったと言うことですか?」
その言葉にイダーイは首を横に振った。
「王妃殿下も仰ったでしょう。いくら幼少期に成功率の高いとは言えそうそう成功するものではありません。それにリリーエン嬢が2つの魂を持っている説明になりません」
「そ、それじゃあいったい私とリリ様は……」
ルルの動揺にイダーイは全く気にする風もない。
「彼らは依代までは用意できたようですが、肝心の用意ができなかった。この術には行使する為に魔術保持容量の大きな術者を必要としますが、さすがに警備の厳重なリュシリュー家へそんな術者を送り込むことは不可能でした」
「今回の魂魄置換の発端は10年程前に起きた流行病なのよ。ちょうどリリちゃんもルルちゃんもこの病で生死の境にあった」
「彼らは本当に面白いことを思いつく。ルミエン邸に術者を潜り込ませることは可能だった彼らはリリーエン嬢の依代を使ってルルーシェ嬢の魂魄だけをリリーエン嬢の肉体に送り込むことにしたのです」
「つまりね彼らは瀕死のリリちゃんなら魂魄送り込めばリリちゃんの魂魄を追い出して上手くルルーシェ・ルミエンの魂魄を潜り込ませることができるのではないかと考えたのよ」
「そうすればリリーエン嬢の体とルルーシェ・ルミエンの魂魄という少し不安定な状態となる。後日、自分たちの操り人形にした別の被験体での魂魄置換の成功率が上がるかもしれない」
「この試みは不幸な事に半ばだけ成功しちゃったのよ」
「ルルーシェ嬢の魂魄は上手くリリーエン嬢の体に定着しました。当然リリーエン嬢の魂と一緒に。つまりリリーエン嬢が持つ2つの魂は元からあるリリーエン・リュシリューと後からやって来たルルーシェ・ルミエンのもの。賢い貴女ならもうおわかりですね」
ルルはしかし耳を塞ぎ首をふるふると横に振った。だが、イダーイは構わず話し続ける。
「現在のリリーエン嬢の魂魄はリリーエン・リュシリューとルルーシェ・ルミエンで構成されています。首謀者たちはルルーシェ嬢が生存した事で自分たちの魂魄置換が成功したと勘違いしているようですがね」
「せ、成功したんじゃ、な、ないんですかぁ?だ、だから私は……」
ガチガチと歯を鳴らし震えるルル。
「強情ですねぇ……では決定的なことを指摘しましょう。貴女は5歳以前の記憶がないでしょう?」
「ルルちゃん……貴女はルルーシェ・ルミエンではないし、もちろんリリーエン・リュシリューでもないのよ」
「そ、それじゃ……私は……誰?」
「貴女は転生者なのでしょう?」
「ただしギベン・デルネラやアンナちゃんたちとは違う……ね」
「彼らは生前の記憶を出世時より保有しています。他に確認できている転生者も皆ね」
「つまり今のルルちゃんは5歳の魂魄置換により空白となったルルーシェ・ルミエンの肉体に憑依した転生者の魂」
「言うなれば魂魄転移。貴女は正確には転生者ではなく魂魄転移者と呼ぶべき存在。実に興味深い!」
「こらこらイダちゃん興奮しない」
「ですが王妃殿下、これは凄いことなんですよ。ルルーシェ嬢の魂はルルーシェ・ルミエンの体にもリリーエン嬢の体にも適合しているのです。これは推測ですが、ルルーシェ嬢の魂魄はおそらく誰の体にも適合できる言わば寄生魂。是非にも研究したい被験体です!しかも魔力保持容量は2つの魂を保有するリリーエン嬢に匹敵するはずで……」
「イダちゃん」
「……」
エルゼの静かな圧にイダーイの興奮は冷や水をかけられたかのように瞬時に鎮静した。部屋の中に訪れる静寂。いや……
ヒック、ヒック……グス……
啜り泣く声が微かに響く。
「私はぁ……それじゃぁ……私はぁ……」
「ルル……」
両手で顔を覆って泣き崩れるルルにリリはそっと近づき、慰めるように肩にそっと手を添えた。その温もりにびくりと震え、恐る恐る上げた顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。
「リリ様ぁ……」
「お願い泣かないでルル……」
「違う……ルルじゃない……私はルルじゃない……私はルルーシェ・ルミエンじゃないんだぁ」
ルルはガシッと縋るようにリリの腕を掴む。
「お父さんもお母さんもノノもネネも私の家族じゃないんだぁ……全部偽物……ううん……偽物は私なんだぁ……私だけが……私だけが……偽物……」
「違う!それは違うわ」
ルルは首を激しく振った。
「違わない!だからネネやシャノワがリリ様に懐いたんだ。それが『しろくろ』の設定だったから……」
リリはルルの頭を掻き抱く。ルルはその胸に顔を埋め両手をリリの背中に回して服をぎゅっと掴みながら、えっぐえっぐと咽び泣く。
「全部……全部リリ様のもの……ルルーシェ・ルミエンもリリーエン・リュシリューも、その全てが本当はリリ様のもの。ごめんなさい……ごめんなさい……私はリリ様のものを掠め取っていたんだぁ……ごめんなさい……ごめんなさい……許してリリ様ぁ」
「お願いだから謝らないで……」
「私はお父さんとお母さんの娘じゃない……お父さんの愛情も、お母さんの温もりも、生意気な弟も、可愛い妹も……みんなみんな私がリリ様から奪ったもの……私……酷いことしてた。本当はリリ様が享受するべきものを盗んだんだ……」
やはりこうなってしまった。だから連れてはきたくなかった。無理矢理にでも置いていくべきだったと悔恨だけがリリの心を支配する。
「ルミエン家が私の本物の家族だって……私の本当の居場所だって……私のいつも帰る場所だって思ってたのにぃ……やっと手に入れられた宝物だったのにぃ……」
リリの両肩を掴みルルはリリに顔を向けた。不安と恐怖と悲しみとやるせなさと負の感情がないまぜになった泣き顔を。
「リリ様ぁ。私……私……帰る場所無くなっちゃったぁ」
その目から止めどもなく流れる涙。頬を伝い流れ落ちる大粒の雫をそのままにルルはリリにひたすらごめなさい、ごめんなさいと呟きながら嗚咽を漏らす。
リリは優しくルルの頭を撫でながら黙って彼女を見詰めた。しばらくしてリリはルルの両頬を両手で優しく挟んで顔を近づけてその瞳を覗き込んだ。
「リリ……さま?」
戸惑うルルににっこりと笑顔を向けて優しく語りかけた。
「ねえ聞いてルル。今回の件でね、私わかったのよ。私はやっぱりリリーエン・リュシリューでしかないってね……」
「でもリリ様の中にはルルーシェ・ルミエンの魂が……その記憶もあるんでしょ?」
「そうね。私はルルーシェ・ルミエンになって、懐かしさもあった、何かに魅かれる自分を感じた。でもね、やっぱり私はルルーシェ・ルミエンには成れなかった。ルミエンのお母様にも直ぐにばれちゃったしね」
「だってそれはこの10年以上私がリリ様からルルーシェ・ルミエンの時間を奪っていたから……」
「そうよ。この10年以上は貴女がルルーシェ・ルミエンだった。貴女がルルーシェ・ルミエンとして過ごした時間は偽物じゃないの」
「でも……でも……私は皆を騙してた」
「ねえルル。貴女がルルーシェ・ルミエンとして過ごした10年は……ルミエン家の家族として過ごした時間は本物よ。この10年を家族として育んだ絆を偽物と言わないで。ルミエンのお父様もお母様もノノもネネも全て貴女の大事な家族で、貴女は彼らの大事な家族なのよ……その彼らが貴女に注いだ愛は、貴女を労る想いは、貴女との間に結ばれた縁は紛い物なんかじゃない」
ルルは相変わらず泣き顔だったが、その表情には少しだけ希望のような、期待のような、絶望を払拭する感情が芽生え始めていた。だから、リリは続ける……
「それは私も同じ。私の10年もリリーエン・リュシリューのもの。私はメネイヤ・リュシリューの娘よ。お母様の娘であることが私の誇りであり、私の根幹をなすもの。ルミエンのお母様にも言われたの。私はメネイヤ・リュシリューにそっくりだって」
リリは愛おしそうにルルの頭を胸に優しく抱き締めた。
「だからね私はリリーエン・リュシリュー。それ以上でもそれ以下でもない。私は他の何者にもなれず、他の何者も私にはなれない。そして貴女はルルーシェ・ルミエン。貴女の他に誰もルルにはなれず、他の何者もルルにはなれないの」
「それじゃ私はルミエン家に居ても……ルルーシェ・ルミエンでいてもいいの?」
「もちろんよ。ルミエンのお母様も貴女を待っているわ。確かに貴女を愛しているの。誰が何と言おうと貴女はルルーシェ・ルミエンよ。この10年という時に嘘はないわ」
ルルは泣いた。思いっきり泣いた。リリの胸の中で泣いた。
不安も、恐れも、悲しみも、苦しみも、胸の痛みも何もかも全部洗い流すように。
希望と、期待と、喜びと、胸に湧いた暖かく優しいものを噛みしめるかのように。
やがてリリの胸から顔を起こしたルルは少し悪戯っ子のような明るい表情が戻っていた。
「だけどリリ様は元に戻るのは少し残念だって思っているんじゃないですかぁ?」
「何でかしら?」
「だって私のお母さん素敵でしょ?」
「あら言うわね。私のお母様もとっても素敵なんだから」
「えぇ〜リリ様のお母さんはちょっとおっかないですぅ」
「まぁ!ルルったら」
笑い合う2人。
ルルの普段の表情にリリはほっと安堵した。
まだ彼女の抱えている闇は全て払拭できていないかもしれない。だけどきっと大丈夫。そうリリは感じるのだ。
──だってルルには、あんなに素敵な家族がついているんだから。
リリはやっぱり困らない。ルルが明るく元気に戻れたから……
アンナ「寄生魂……」
ルル「な、なんですかぁ、人の傷口をえぐるつもりですかぁ?」
アンナ「いえ、何だか昔読んだマンガ『寄○獣』を思い出しまして」
ルル「いやぁ!やめてぁ!私の右手から目が出るんですか?鎌に変形するんですか?」
アンナ「ミギーは右腕だけに寄生したのでしょ?貴女は魂……つまり完全寄生体!」
ルル「え!?それじゃあ……」
アンナ「頭がこうバックリ割れて……」
ルル「いやぁぁぁぁぁぁ!!!」
アンナ「これから貴女のことは『寄生ルー』と呼びましょう」
ルル「何ですかそれはぁ!」
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