第3話 『侯爵令嬢は子供がお嫌い』
2021年6月11日 改稿
リリは子供が嫌いです――
子供は幼稚だ。
礼儀知らずだ。
とても気分屋で、
無鉄砲で、
無い物ねだりばかり。
心変わりと出来心で生きている。
甘いものをあげれば懐くけど、
あげないと悪態をつく。
リリは思うのです。
この世の中から子供がみんないなくなったらと。
大人だけの世界ならどんなに素晴らしいことでしょう。
だからリリは子供が嫌いです――
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「お姉ちゃんアサだよ」
「ん〜あと5分~」
ベッドの上で毛布に包まりながら微睡んでいたリリは、いつも起こしに来るアンナとは違う、少し舌足らずな幼い声に訝ったが、考えるよりも惰眠を貪ることを選択した。
「も〜はやくおきて〜」
毛布を頭から被って団子になっているリリの体がゆさゆさと揺さぶられ、リリはやはりこの声の主はまだ幼い子供であると認識した。
──しかし、我が家に幼子の使用人はいなかったはず?
リリが疑問に思うのも無理はない。第一にリリは子供が嫌いだ。リュシリュー家ではそのことが周知されているはず。だからたとえ幼児の使用人がいたとしても、リリを起こしにやってくるはずがないのだ。
しかし、リリを起こそうとゆさゆさ揺するこの手は、小さな子供のものに相違ない。
リリはせっかく惰眠を貪っているのに邪魔をされてイライラマックスだ。
重要なことだから2度言います。
リリは子供はキライだ。
デリカシーは無いし、無礼だし、悪さをするし、感情的だし……
馴れ馴れしいし、だけど全然懐かないし(涙目)
無神経だし、失礼だし、駄々を捏ねるし、すぐ泣くし、論理的じゃないし……
図々しいし、なのにいつも怖がられるし(涙目)
だからリリは子供がキライだ。
決してリリが近づくと逃げたり、怖がられたり、泣かれたりするからではない!―――悔しくなんかないもん!
そんな嫌いな子供がリリの貴重な二度寝の邪魔をする。到底許されることではない。
ここは一つこの家の主人として、ビシッと注意せねばなるまい!そうリリは決意した。
「いったい誰ですか!?」
いつもなら、この程度のこと微笑み1つで流すリリだったが、どうにも朝は低血圧でいけない。微睡を邪魔されたことも相まって、感情の抑制ができなかったようだ。
リリは少し声を荒げながら毛布を撥ね退けると、そこには5〜6歳くらいの美幼女が両手で必死にリリが被っている毛布を握って剥がそうと、悪戦苦闘している愛らしい姿が目に入った。
少し癖のある蜂蜜色の甘そうな髪。起き上がったリリを見つめる大きい瞳は、緑色のキラキラと光るガラス玉のよう。白い肌はマシュマロの様にふっくら柔らかく美味しそうで、まだ凹凸のない幼児体形はまるでぬいぐるみやお人形、その手は紅葉の様にちっちゃくて……
「お姉ちゃんおきた?」
「―――ッ!!!」
大きなお目々をぱちくりさせ、身を乗り出してくる小さな存在。
いつもなら、泣き、喚き、走って逃げる幼き存在。
しかし、目の前の存在は逃げだしもせず、怖がりもせず、泣きもせず……
「ふぉお!なんですかこの天使は!?」
目の前の可憐な天使(注:普通の幼女です)はリリの不可解な言動に、意味が分からないと不思議そうに小首を傾げたが、その仕草の愛らしさにリリは胸を押さえて悶絶しそうになった。
「何ということ!後光がさしてます。本物の天使です!」
ああ、窓のカーテンの隙間から朝日が差し込んで神秘的ですね。
「こ、これは!天使の輪があります。モノホンです!」
差し込んだ朝日が幼女の髪で反射してますね。綺麗なキューティクルです。
その奇怪な言動に目の前の幼女は不安そうな瞳でリリを見詰めた。
「だいじょうぶ?お姉ちゃん」
このお姉ちゃんは頭が大丈夫じゃなさそうです。
「だ、大丈夫ですよ。えぇっと―――」
──逃げません、怖がりません、泣きません!むしろ労ってくれます。すごく良い子です!
注)それは今リリがルルだからです。実の姉になっているからです。
「―――貴女はいったい何処の天使様?」
「何を言ってるの?ネネはネネだよ?お姉ちゃんの妹だよ。わすれちゃったの?」
悲しそうにリリを見上げるエメラルドの様に輝く綺麗な目にウルウルと涙が溜まり、離れまいと毛布をキュッと握る小さな手はフルフルと震えて、目の前の天使は今にも涙が決壊しそうだ。
──そうでした。私はルミエン男爵令嬢と入れ替わっていたのでした。ということは、目の前のこの愛らしい天使様(注:普通の幼女です)はルミエン男爵令嬢の妹?
「もうネネはお姉ちゃんの妹じゃないの?」
──この天使様はネネちゃんというのですね。
リリは目の前の今にも泣き出しそうな美幼女を凝視した。とても可愛い。凄く愛らしい。そして自分を姉と慕っている様子だ。
──私を姉と呼ぶということはつまり、この天使様は私の妹なのですね!私のモノなのですね!
注)リリのではなくルルの妹です。リリのモノではありません。
「ごめんなさい。ネネちゃんがあまりに可愛いので、天使と見間違えてしまいました」
美幼女のこの世の終わりみたいな表情に、リリは取り繕う様にネネを抱き締めた。今まで子供に逃げられ触れ合いの機会が無かったリリにとって、その小さく柔らかいネネの温もりは初めての体験であった。
──こ、これは中々良いものです。
いい子、いい子と撫でまくるリリの顔はもはや締まりを無くし崩壊状態である。
苦節16年。思えば同年代の貴族の子供たちとの集まりでは、腫れ物を扱うが如く遠巻きにされてきた。慰問先の孤児院に行けば怯えられ、リリが近付けば泣かれるか逃げられるかされた。今までまともに子供達との触れ合いなど無かった。これでやっと想いが報われ……
──じゃなくて!暫くこの家で怪しまれずに生活するための仕方のない処置です。決して疚しい気持ちなど。第一私は子供が嫌いで……
「ホント?ネネかわいい?じゃ、ネネのことすき?」
ズキューーーン!
リリに抱き締められた状態で顔を上げ、上目遣いでリリを見つめる姿はどこまでも庇護欲をそそり、リリのハートを撃ち抜いた。
「え、ええもちろんよ!ネネちゃんのことは大好きよ」
──落ち着くのよ。そう、落ち着いて。私は父、兄の干渉にも、不本意な婚約や厳しい王太子妃教育にも、婚約破棄やましてや国家転覆にだって動じない黒鋼の強固な精神を持つと言われし者。幼女ごときで動揺など。そう!これは違うの。戦略よ。この家で怪しまれないよう、生き抜く為に必要な戦略……第一私は子供が大嫌いで……だから動じてない、動じてない、けっして……
いつもどおり満面の笑みを浮かべて周囲に感情を悟らせないリリはさすがであったが、思考は既にカオスだ。いったい何に言い訳をしているのやら。
「ホントにホント?」
「ええ、本当に本当です」
──これは作戦、これは作戦、私は黒鋼の精神を持つ女。幼女程度の精神攻撃でたじろいだりしない!
別に幼女は攻撃なぞしていない。
「ネネのことキライにならない?」
見上げる顔は心配そうな表情を呈しており、安心させようとリリはそっと髪を撫で梳いた。
「私がネネちゃんを嫌いになるわけないわよ?」
──落ち着け!私は子供が嫌い……
ネネは嬉しそうに破顔して、リリにひしと抱きついた。
──私は子供が大、大、大キラ……
「えへへ。ネネもね、お姉ちゃんだ〜いすき」
ピシッ!
っとリリは何かヒビの入るような音を聞いたような気がした。
──私は……
ちっちゃく柔らかい小さな身体でリリにしがみつく美幼女……
──私は子供が……
嬉しそうに笑顔でリリを見上げる顔はどこまでも愛らしく……
──私は子供が大好きです❤️
リリはやっぱり困らない。困らないし、今は何だか幸せいっぱいです……
ルル「えへへへ。私の妹なんですよぉ。かぁいいでしょぉ!」
アンナ「いけません!リリ様が篭絡されてしまいます」
ルル「リリ様はもうネネにメロメロですねぇ」
アンナ「リリ様は子供に懐かれる耐性が全くないですから」
ルル「やっぱり子供好きなのに、無理して子供嫌いと言ってたんですねぇ」
アンナ「領地はもちろんですが、王都でも数か所の孤児院を慰問されています」
ルル「そこまでして……」
アンナ「訪問すれば子供たちは蜘蛛の子散らすが如く逃げ去ります。全ての孤児院で……」
ルル「うわぁ」
アンナ「それでもめげずに寄付だけでなく、卒院の子供たちの職業斡旋まで裏で……」
ルル「そこまでしても怖がられているんですね。あ、憐れすぎる」
アンナ「リュシリュー家でも、この問題はかなりデリケートでして……」
ルル「あ!もしかして、リュシリュー家に幼女の使用人がいないのは、リリ様が子供ギライだからではなくて!」
アンナ「はい。そんな存在がいたら間違いなくリリ様が傷つきますので」
ルル「あ、涙が止まりません!」
最近推敲が怪しい……
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