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第34話 『侯爵令嬢は独断専行する』

さすがに今月中には終わりそうです(*´ω`)

一時はどうなることかと;つД`)

もうちょっとなんで最後までお付き合いください(-ω-)/

 

「ここがベルクルド商会ですか」

 

 リリは目の前の大きな建物を観察した。


 現在は日も沈み、数少ない街灯のみの闇夜の世界。リリの前には4階建の大きな商会。1階は商業スペースのようだが、上階には居住空間もあるように見受けられる。

 

 家族の団欒の時は甘えてしまったセシリアを直視できなくて、リリは食事が済むと素早く部屋へと引き返した。そんな様子のリリを微笑ましそうにセシリアは見ていた。


 これが却ってリリが部屋に籠ったことに違和感を感じさせず、勘の良いセシリアに気づかれずに窓から脱走することを容易にさせた。


 まあ、そんな感じの行動であるので、当然アンナやエルゼには黙ってやってきている。もっとも、あの2人のことだから、伝えていなくとも察知されていそうだ。

 

 リリは『隠形』の魔術を発動した。これで周囲からリリは知覚できないが、リリも他の魔術を行使できない。何かしら魔術を使用する時には『隠形』を解除する必要がある。その為、発見された時ように、アンナ発案の『擬態』を既に行使していた。


 今のリリは黒髪に赤い瞳になっている。この暗闇の中ではよっぽどのことでもなければ正体は露見しないだろう。


 さて、と商会の勝手口の前に立ったリリはルル考案『錠前開け(ピッキング)』の魔道具を取り出した。魔術にも『開錠』があるが、貴族や商人の家となると魔術対策は取られているものだ。


 アンナの目を盗んでルルに尋ねたところ、錠前に直接魔術を行使するのではなくピッキングの魔道具を作ったらよいとアドバイスを受けた。


 再び三角眼鏡を装着したルルは錠前の構造説明をしだした。トップピンとボトムピンがうまく外筒と内筒に別れれば内筒シリンダーが回って開錠できる。トップピンが開錠位置に押し上げられたかは応力で感知できる。魔道具でボトムピンを押し上げ、圧力を感知できればピッキングは楽勝と曰った。


 何故ルルはそんな知識を持っているのか?こいつ前世で泥棒してたんじゃなかろうかと少し心配になった。


──ん?


 魔道具を差し込もうとしたが、リリは既に鍵は開いていることに気がついた。


──あからさまですね。


 何となくアンナの影がちらつく。


──アンナはやはり今回の首謀者を既に把握しているわね。


 アンナは間違いなく知っていて隠している。


 いったい何を企んでいるのか。少し気にはなったが、考えても仕方がないとベルクルド商会探索に意識を戻した。


『隠形』はうまく作動している。リリは建物内に忍び込んでから誰にも咎められることなく移動している。まったくもって恐ろしい魔術だ。


──この『錠前開け(ピッキング)』の魔道具と『隠形』の魔術で私は世紀の大泥棒か伝説の暗殺者になれそうですね。


 スムーズに探索できるお陰で1階はすぐに済んだ。もっとも収穫は無かったが。通常の商業スペースだ。怪しいものを置くはずもない。


──やはり2階より上ですか。


 リリは階段を登る。軋んでいる筈のステップからは、『隠形』のお陰で全く音が出ない。本当にバレる心配がない。


 まず開けた部屋は豪華な調度で設られた部屋で、おそらく応接間であろうと判断し、すぐに探索を切り上げた。その隣の部屋に入れば、成金趣味の執務室といった風で、ベルクルドが普段使用している部屋だろうとあたりをつけた。


 中に侵入したリリは『隠形』を解除すると、魔術構文を編み始めた。魔術が起動すると床一面に足跡が浮かび上がる。人の痕跡を辿る探索用の魔術である。


 部屋中を動き回っているのは秘書かそれに準じる家人のものだろう。扉から窓側一番奥の立派な机が、おそらくベルクルドのもの。扉から真っ直ぐその机へ向かう足跡がベルクルドのものであろう。


 基本的に本棚周辺はそのベルクルド以外の者の足跡、おそらく秘書に相当する家人の者が殆どであったが、机から真っ直ぐ本棚に向かうベルクルドと思しき足跡が一つ。


 迷い無くその場所にのみ向かう様子から、明らかに何かあると推測できる。


──少しあからさまですね。


 あまりに都合が良すぎる。


 誰の思惑なのか気になるところではあるが、しかし今は先にすべきことがある。リリは迷わずその本棚を調査することに決め、その辺りの本を下から順に調べていく。


「あら?」


 ルルの身長でちょうど目線の高さの棚の本を手に取って違和感を覚えた。カバーが少し草臥れているのに中の紙は新品同様の状態。


「何度も取り出した跡……でも読むのが目的ではなかったということね」


 そのあたりの本を数冊取り出して奥を調べるために魔術で光源を生み出す。


──色が僅かに違う……


 本に隠れていた部分の壁の色が他とは違うことにリリは気がつき、その壁に魔術を行使すれば指紋が浮かび上がり、触れた部分が丸分かりになる。


 鉛筆削って吹きかけても同じことが出来ますよとルルが言っていたのを思い出してリリは遠い目をした。


 ルルはいったい何を目指していたのか……


 壁はスライドし更に奥があり、そこから小さな金庫が姿を現した。金庫を開ける魔術もある。当然ルルの知識だ。あの娘は本当に何をしたいのか。


 だがリリは魔術を使う必要はないという予感があった。金庫のレバーハンドルに手を掛ければ、やはりかちゃりと回った。とっくに鍵が外されていた。


──やっぱり……本当にあからさま過ぎます。


 金庫の中身は帳簿らしき帳面が数冊。こんな隠し金庫の中にある帳面などまともなものであるはずもない。


 開いてみれば、けっこう怪しげな使途不明金。


──内容を転写してアンナに調査してもらいましょう。


 もっとも、アンナはとっくに証拠を押さえていそうだ。が、まあリリが持っていくという形式がアンナには必要なのだろう。


 裏帳簿を写し取り、その中を確認していたリリの耳に馬の嘶きが聞こえてきた。窓から外を覗けば正面玄関に馬車が停留していた。『望遠』で確認したが、車体には紋章が見て取れない。


 だが、貴族のものだろう。馬車の周囲には護衛と思しき男たちの姿が見える。一般人にしては物々しすぎる。


 その男たちは騎士ではなく傭兵のようだ。貴族のお忍び、それもあまり褒められた内容のものではなさそうだ。


 と、観察していたリリの方に1人視線を向けた護衛がいた。まだ若い、12、3歳くらいの幼い金髪の少年だった。その少年と一瞬目が合った。


──見つかった!?


 慌てて窓から離れたリリはありえないと思った。リリは身を隠しながら、『望遠』でこっそり覗いていたのだ。それに気がつける者がいるなど。


『隠形』を発動し、潜める必要のない息を潜め、周囲に注意を配った。しかし、特に物々しい気配は伝わってこない。


──やはり気のせいでしょう。


 やがて、下の階から上がってくる人の気配にリリはどきりとして、ゆっくりと部屋の外を伺う。そこには商人風の初老の男と覆面のおそらく男、そして護衛らしき燃えるような紅蓮の髪を持つ二十代の男の3人がこの階に上がって来ていた。


──この護衛は少し注意が必要でしょうか?


 その赤髪の護衛らしき男から独特の圧力を感じる。かなりの使い手ではないだろうか。紅蓮の髪に同じ紅蓮の瞳。無精髭を生やしていたが、それは整った顔と尖った雰囲気のため男の野性味の一つの魅力となっているようだ。


 そのまま観察していると護衛らしき男を1人扉の外に待たせて、商人風の男と覆面の男の2人がリリのいる隣の部屋へと入っていった。先ほど確認した応接間だ。


 リリはそっと扉を閉じると応接間側の壁に身を寄せた。ここまでは『隠形』のお陰で物音1つ立てずに行動できた。気取られた気配はない。


──さて、どうしましょうか?


 商人風の男はおそらくベルクルドであろう。だとすると覆面の男は……


──馬車や護衛から見て、あまりよろしくない密談をしに来た貴族でしょうね。


 このような夜中にお忍びで正体を隠した貴族。護衛は騎士ではなく傭兵と思われる。怪しさ満載である。


──今はなんでもいいのでベルクルドの弱味を掴みたいところです。


 できれば隣室の会話を聞きたい。しかし、隣の部屋の会話を傍受するには魔術が必要となる。その為には『隠形』を解除する必要がある。


──少し危険ですが『隠形』を解除しましょう。


 リリは多少の危険よりも隣室の会話を確認することを優先した。『隠形』を解除し、壁に右手を当てる。


 これまたルル考案『盗聴』魔術である。今まで音は風が運ぶと考えられていた。その為、屋外では風の魔術で遠くの音を拾っていたのだが、あまり精度の良いものではなかった。


 それが、音は波だと教えられ、その性質を理解すれば遠くの音を拾うどころか壁で隔てられた隣室の会話も聞き取れてしまう。


 リリが組み上げているこの魔術『盗聴』は、隣室の音波を壁伝いに感知し、直接鼓膜を震わせるものだ。


──それにしてもルルの発想は本当に恐ろしいです。これからは防諜も魔術に対応させたものを構築する必要がでてきました。


 魔術が起動すると、2人の男の声が耳の中で聞こえてくる。リリはこの不思議な感覚に未だに慣れない。


「『伯爵』様。こちらをどうぞお納めください」


──相手は『伯爵』の誰かですか……


「ほお?中身はなんだ?」

「いつもの甘味にございます」

「ほお!甘味とな?」


──ん?こんな時分に菓子折りですか?


「『伯爵』様は山吹色の菓子に目がないですからな」

「くっくっくっく……大好物だ」

「何卒これで良しなに」

「わかっておる。しかしベルクルド、お主も悪よのぉ」

「いえいえ伯爵様には敵いません」

「「わっはっはっはっは……」」


 リリは隣でのやり取りが段々と理解できて、呆れかえって自然と目が据わり溜め息が出そうになった。


──まあ、賄賂の現場です。裏帳簿と合わせてベルクルドを捕らえる証拠が増えれば……


 そんな算段をつけながらベルクルドと覆面の伯爵の話しを聞いていたリリの耳に核心の単語が飛び込んできた。


「それにしても『魂魄置換』が発動したとは……」

「『魂魄置換』用の魔道具が使用された痕跡がありました」

「いったい何者の仕業なのか」

「調査しておりますが、今のところ手掛かりがありません」

「ふむ……やはり、あの小娘どもの魂魄は置換しているのか?」

「おそらくは……しかし、どちらの娘も捕らえることができず。申し訳ありません」


──今回の魂魄置換は彼らにとっても想定外?


「しかし、そうなると娘たち、特にリュシリューの小娘の身柄を確保できなかったのは痛いな」

「面目次第もございません。荒くれどもを差し向けたのですが、まさか侍女があれ程強いとは思わず」

「アンナ・ギムレットか……」

「ご存知で?」

「噂はな……騎士団内部では有名らしい。近衞騎士が軒並みのされたとか。まともに相手ができるのが、この国随一の剣の使い手、近衛騎士団長のマスクル閣下だけだと聞いている」

「そ、そんなに強いのですか!?」

「まあ眉唾だな。王妃にも同様の噂が流れておろう。大方騎士団の連中が花を持たせたに違いあるまい」


 それ噂ではなく真実なんだけどな。なんなら寧ろ話しを過小にしているんだけどな。とエルゼやアンナに足蹴にされて涙を流す騎士団長の姿をリリは思い出していた。


「なんでも『リュシリュー侯爵の懐刀』『リュシリュー家の最終兵器』とか呼ばれているそうだ。果ては『リュシリューの黒い悪魔』『黒い悪魔G』などと……」


 いや最後のは女性に付ける二つ名ではない。


──ああ、アンナは『ギムレット』でしたね。


 ギムレットのGと黒髪を捩ってのあだ名。しょうもない嫌がらせをする騎士団員がいたものだ。これを知られたらエルゼやアンナにまたコテンパンにされるだろうに、あいつらはMなのか?


「しかし話半分としても厄介なことには変わりありません」

「だが早く娘どもの身柄を押さえねば」

「ルミエンの小娘の方は借金の形に強引にでも攫いますか?」

「もともとそのつもりであったしな」

「しかし、こうなってくると10年前に娘が生き残ったのは重畳でしたな」

「まったくだ。もともとリュシリュー家乗っ取りのための捨て駒としてリュシリューの小娘との『魂魄置換』に使った贄」


──10年前の魂魄置換!?


「はい。あの時はまだ『魂魄置換』も未完成。しかもルミエン家はともかくリュシリュー家の厳重な警備の前にはお互いの場所で術を発動させるのは困難」

「ルミエンの小娘の魂魄をリュシリューの小娘に送りつけたが」

「都合良く流行病で2人とも死にかけたのが功を奏して半ば成功でしたな」


──でも、それだとルルの体に魂魄が……


「抜け殻になったルミエンの小娘はそのまま死ぬと思ったのだが……」

「上手く置換したのでしょうか?」

「分からんが、そうだとするとリュシリュー家もルミエン家も滑稽だな。今までお互い他家の娘を自分の娘と育てていたのだから」

「ルミエン家に至っては借金までしてですからな」


 2人の嫌らしい笑い声が聞こえてくる。しかし、そんなことはリリにとってどうでもよかった。


──予想はしていましたが……


 10年前の流行病の時のリリとルルに起きた事象。その意味がもうはっきりとしてきた。そうなるとルルの存在は……


「しかしベルクルド。お主は娘に生き残ってくれて嬉しいのであろう?」

「あのように瑞々しい娘はなかなかお目にかかれませんからな」

「この好き者め」

「いえいえ『伯爵』様には敵いません」

「「わっはっはっはっは……」」


──まあ随分と好き勝手してくれたものです。


 リリは自身については別段どうでもいいと思っている。自分の中の2つの魂の正体は分かったが、だからと言って変わることは何もない。少しだけルミエン家に後髪引かれるだけだ。だがその心残りもルミエンの母との話し合いで吹っ切れた。


 だがルルのことは別だ。こいつらの企みは確実にルルを傷つける。


──あの()は明るく振る舞って見せていても、根は繊細で傷つきやすい。


 隣からまだ話し声や笑い声が聞こえてくる。


──それを……こいつら、どうしてくれましょうか!



リリは取り換え子(チェンジリング)でも困らない。だけど友達を泣かせる奴は許しません……



ルル「どうぞお納めください」

アンナ「なんですかこれは?」

ルル「くっくっくっくっ……山吹色の最中にございます」

アンナ「うーん。お金でリリ様の専属は買えませんからいりません」

ルル「そうだった……アンナさんには賄賂は通用しなかった」

エルゼ「貴女たち何をやっているの?」

ルル「私たちの前世で流行った悪代官と悪徳商人ごっこですぅ」

エルゼ「ルルちゃんたちの世界はおかしな風習があるのね」

ルル「風習というより様式美?」

アンナ「しかし悪代官と言えばやっぱり『あれ』ですね!」

ルル「もしかして『あ~れ~』ですかぁ?」

エルゼ「え?なになに?」

アンナ「『ぐふふふふ手こずらせおって』」

エルゼ「なんだかアンナちゃんが嫌らしい顔に……もとからか」

ルル「『お、お許しくださいお代官様』」

アンナ「『よいではないかよいではないか』」

ルル「『あ~れ~』」

エルゼ「なんでルルちゃんグルグル回っているの?」

アンナ「……やっぱり和服がないと無理がありますね」

ルル「……帯がないとただの間抜けですねぇ」

アンナ「それと布団も必要ですね。リリ様が元に戻る前に一度やっておきたいものです」

ルル「相変わらず主人に対して邪な……」


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