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閑話⑫ 『そのころ男爵令嬢は《慰問》』

じわじわと終わりが近づいてきております。

最後までお付き合いいただけると大変嬉しいです!

 

 ルルはリリーエン・リュシリューとして孤児院の慰問に来ていた。


 孤児院の慰問。

 それは子供好きの、可愛いもの好きのリリにとって生き甲斐だった。そのことは家族のみならずリュシリュー家に仕える家人全てが知っていることなのである。


 先週は魂魄置換したばかりで慰問どころではなかった。しかも不味い事に先々週も橄欖かんらん宮へ出向く用事があり孤児院へ行っていない。今週も行かなければ3週連続して慰問しないことになる。


 通常の貴族令嬢なら別におかしくはない。しかし、今までリリは忙しいにも関わらず、月に2、3回は孤児院を慰問しているのだ。3週連続して慰問しなければ、リリの父オーウェンと兄アスランも怪しむ可能性がある。いや、家人たちも絶対に怪しむ。


 仕方がないので、ルルのまま孤児院訪問を断行したのだ。


 まあ今ならエルゼ監修アンナ演出のもとルルは『黙っていれば美人令嬢』である。しかも、あの後に更なる扱き(とっくん)により新たな技も体得した。


 黙っていればいいんじゃねと、行ってOKとここのところ態度が軟化したメネイヤよりお墨付きも頂いている。


 こうしてルルは護衛兼お目付役兼専属侍女のアンナに連れられて、リリ行き付けの孤児院に来たのだ。


 そう、ここはリリがよく来訪している孤児院である。その全てを飲み込むかのような闇を連想させる漆黒の髪に恐れ、深い海のように引き摺り込まれそうな深い青の瞳におののき、子供たちが決してリリに近づいてこない、いつもの孤児院。


 リリに黒い髪と青い瞳を呪わせた、あの孤児院である。


 その孤児院にルルはリリーエン・リュシリューという子供たちの畏れる姿で訪れている。必然いつものように孤児院の子供たちはその姿に恐れ慄き逃げまどい、隠れて遠巻きに……


 ……せずに、ルルに群がっていた。大人気である。


 自分の姿で子供たちから慕われているこの光景を見れば、リリは間違いなく血の涙を流して項垂れるだろう。


 ルルは何もしていない。ただ黙ってにこにこ笑っているだけだ。だが、リリの時とはえらい違いである。この孤児院にはこんなに孤児がいたのかと思わせる程ルルの周りは大盛況だ。


 にこにこと黙って微笑むルルの周りには、今や我先にと子供たちが押し寄せ押しくら饅頭状態だ。


 小さな紳士たち(ジェントルメン)小さな令嬢(リトルレディ)たちが我先にとルルに詰め掛けたが、人数が多過ぎて小さな紳士たちが弾き出されたようだ。


 その溢れて悔しそうな顔をした男の子たちに背後から影がさす。


「貴方たち……」

「「「うわぁ!!!」」」


 降って湧いたように現れたアンナに子供たちはびっくりして悲鳴を上げたが、鋭く見下ろすアンナの冷たい視線に彼らは一瞬にして竦み上がり、蛇に睨まれた蛙のごとく硬直した。


 その様子を見ながらアンナの口の端が釣り上がる。美しくも冷たいアンナの笑みに少年たちは恐怖に足が竦み、震え上がった。


「……きれいなお姉さんは、好きですか?」


 しかし、アンナの口から出たのは、何処かの美容機器の広告のような台詞。少年たちは顔を見合わせて頷くと一斉にアンナの方へ顔を向けて声を揃えて主張した。


「「「だいすきです!」」」

「けっこう!」


 アンナは満足気に頷く。


 リリは容姿のせいで懐かれないと思っているようだが、なんのことはない。子供といえども男、綺麗なお姉さんは大好物だ。そして小さな令嬢(レディ)たちも綺麗なもの可愛いものは大好きだ。砂糖に群がる蟻の如く子供たちが押し寄せるのも納得だ。


 では、何故リリの時には子供たちは恐れたのか……


──やはり、リリ様の気格の違いが子供たちに畏れを抱かせたのでしょう。まあ、リリ様は女神の如き存在。その風格に畏れ敬ってしまうのは至極当然のこと。


 では、何故ルルの時のは子供たちが群がったのか……


──やはり、子供たちにはわかるのでしょう……ルルが自分たちと同じレベルだということに。


 表面だけ取り繕っても所詮はルル。如何に『黙っていれば美人令嬢』といっても、その高い品位(オーラ)、その絶対的風格(プレッシャー)までも模倣は無理なのだ。


 だが、逆にそれら垣根が取り払われたことでルルの人気が爆上がりだ。これはこれでありだとアンナはほくそ笑む。l


──ルルの教育も順調ですね……


 ルルの覚えは悪くない。『黙っていれば美人令嬢』は完璧に近くなった。昨日はアンナの特訓の成果が実り、ついに新たな技も身につけている。


──ルルを教育するのも楽しいものです。私が自由にリリ様のお姿を躾けられるなんて……


 突然アンナは目をくわっと見開いた。


──わ、私はなんて恐ろしいことを思いついてしまったのでしょう。


「ルルとリリ様がこのまま元に戻らなければなんて……」


 ルルという真っ白なキャンバスを自分の好みの色に調教、もとい教育してしまいたくなる衝動に駆られるアンナ。


「いっそのこと元に戻さないという選択肢も……」


 そこでアンナは自分の恐ろしい考えにはっとなって我に帰った。


──いけません!リリ様の忠実な専属侍女(げぼく)が危険な思想に……


「しかし、なかなか魅力的な思い付きです」


──リリ様もルミエン家を満喫しているご様子。


「ルルもきちんと調教、もとい躾けてあげればリュシリュー家に順応できるはず……」


 1人勝手に納得して頷くアンナ。


「リリ様もルミエン家で幸せになって嬉しい。私もリリ様になったルルを好みに調教できて嬉しい。何というwin-winの関係!」


 もはや欲望が口からダダ漏れのアンナをルルはジト目で見ていたが、アンナは気づかず欲望を垂れ流し続けて自分の世界に陶酔している。


 アンナに軽蔑の眼差しを送っていたルルは背後から突然声をかけられた。


「あら?リリーエン様ではありませんの」


 ルルが自分が呼ばれたのだと気がつき振り返ると、そこには金髪碧眼で胸部の主張が著しい迫力美女がにっこり笑って立っていた。


 もちろんマリーだ。顔を見ずとも胸を見れば一目瞭然。派手目の美人顔だが服装は白を基調に水色の模様が入った清楚なワンピース姿で、意外と似合っていた。


 だが、薄手のワンピース姿では彼女のシンボルが目立って仕方がない。小さな紳士諸君が色気づかなければよいがとルルは周囲を見れば、先ほどまでルルに群がっていた子供たちの姿が消えていた。


 あっという間の出来事だった。


 マリーが登場した瞬間に子供たちは蜘蛛の子を散らすが如く逃げ去っていた。各所で隠れてこちらをコソコソ伺っているのが分かる。


──マリーも悪役令嬢でしたねぇ。


 逃げ出した子供たちを悲しそうな目で追うマリーが少し憐れになってきた。


「リリーエン様もこの孤児院に慰問に来られたんですの?」


 視線をルルに戻したマリーの目に先ほどの悲しみはなく、薔薇が咲いたような綺麗な笑顔を見せた。ルルは『黙っていれば美人令嬢』を発動。微笑み頷く。


──それにしても……


 ルルは思う。子供たちに避けられ気落ちしながらも、ルルに向ける美しくも優しい笑顔にはそれを感じさせない。子供たちにもルルにも気づかいをするマリーは、リリの言った通り良い子なんだとルルは思った。


──私、ゲームに囚われ過ぎですねぇ。


 ゲームの先入観からこれまでマリーのことを正面からきちんと見ていなかった。この間の顔合わせではマリーから嫌な感じは受けなかった。


「随分と子供たちに慕われていたようですが、リリーエン様はよくこちらに慰問にいらっしゃるのでしょうか?」


 ルルの隣に座りながらマリーは嬉しそうに尋ねてきたので、ルルは習った通りの美しい笑顔で頷いた。


「さすがはリリーエン様。お噂では幾つも孤児院に寄付や慰問をなさっているとか?」


 ここは黙って頷くルル。このことはルルも聞いていた。新たな孤児院ならワンチャンいける?と無駄な希望を持って性懲りも無くリリはあっちこっち孤児院に寄付、慰問を繰り返しているのはリュシリュー家では有名らしい。


「高位貴族として寄付や慰問は当然の義務ですわ」


 ここも黙って頷くルル。


「ですが、リリーエン様はその義務の範疇を越えておられますわ」


 え!?っとルルは戸惑った。これは黙って頷くべき流れなのだろうか?

 否!断じて否である!


 これこそ『黙っていれば美人令嬢』では切り抜けられない状況。


 だが今のルルはもはや今までのルルではない。ルルも日々進化をしているのだ。アンナより新たな技の教えを受け、昨日とうとうアンナとエルザから及第点を貰ったのだ。


 その成果を今こそ試す時!


 もう『黙っていれば美人令嬢』などとは言わせない。


 ルルは少しだけ不思議そうな顔になり首を僅かに傾げ、その頬に手を軽く添える。そして、この一言に万感の思いを込めて今ルルは口を開く。



「そうなんですの?」



 言えた!完璧だ!


 アンナが教えてくれた。この一言には「そうなんですの?」と疑問系と「そうなんですの」と相槌系と2種類の受け答えが可能!


 アンナリサーチによればこれだけで会話の9割が成立するらしい。しかも、これを使いこなせば聞き上手と言われるのも夢ではないとか。


 これぞアンナ考案『この一言で聞き上手美人令嬢』大作戦!


 後はにっこり笑って黙って頷けば大抵は切り抜けることができる。それでも対応できない内容や対処がよく分からない内容はただ黙って微笑みを(たた)えていれば、相手が勝手に察してくれる。


「凄いわアンナちゃん!たった一言完璧に出来れば会話のほぼ全てが解決ね」


 エルゼ大絶賛。さすがリリちゃんの専属侍女アンナ!『さすアン』『さすアン』と持て囃す。気を良くしたアンナは調子に乗ってルルに猛特訓を強いた。それが功を奏して(わず)か2日でルルはこの新技を体得したのだ。


 これでもはやルルに怖いものは何もない。


「はい。リリーエン様は毎月慰問されているうえに、行く先々で寄付をされているとか。殆どの貴族令嬢は寄付だけの者が少なくありませんし、慰問も年に数回もすれば多い方かと思いますわ」


 ちょっと顔を曇らせ、はい!

「そうなんですの」


「べ、別にそのことが悪いというわけではありませんわ!」


 不思議そうな顔で、はい!

「そうなんですの?」


「はい!私はとても素晴らしいと思いますわ!」


 ちょっと嬉しそうに、はい!

「そうなんですの」


 凄い!

 アンナリサーチ恐るべし!完璧に会話が成立したと言って過言ではあるまい。どんな会話もどんと来いだ。ルルは少し楽しくなってきた。


「私もリリーエン様を見習いたいと思っておりますわ」

 ここはにっこり笑って黙って頷く。

「はい……ただ……」


 マリーの顔が少し曇る。


「お恥ずかしい話し、この孤児院へは初めて来ましたの」

「そうなんですの?」

「はい。我がコラーディン家は……いえ……身内の恥を晒すようですが、私の父はこのような寄付や慰問はあまりしないのですわ」

「そうなんですの」

「お祖父様がご壮健であれば、父を叱咤してくださいましたものを……」

「そうなんですの?」

「はい!私の祖父はとても厳格な方だったのですわ。私に『ノブレスオブリージュ』のなんたるかを教えてくださいましたわ」

「そうなんですの」


 もう「そうなんですの」だけで十分だ。


「だからせめて私だけでもと思い立って寄付と慰問を行っているのですわ」

「そうなんですの」

「ですが、私が融通できる私財はたかが知れていて、この1年で僅かに2件が精一杯ですわ」

「そ、そうなんですの」


──え!?この、自分のお小遣いを寄付してるの!

 ルルは動揺しまくった。


 貴族令嬢で自らの私財を投げ打ってまで寄付し、慰問まで行なっている者など聞いたことがない。マリー滅茶滅茶いい子である。


「それでも自分の出来得る限りのことをしたいと思いますわ」

「どうして?」

「え?」

「どうしてそこまでするの!?」


 決められた言葉以外口にすることは許されていない。だけどルルはもう黙っていられなかった。ルルは憤りを押し込められなかった。ルルはマリーの父親が許せなかった。


「寄付は貴族の義務だけど爵位を持っているのは貴女のお父さんであって貴女じゃないじゃない!」


 キョトンとした表情のマリーにルルはやってしまったと思ったが、一度言い出したら止まらない。


「親がすべきことを放棄して、どうして娘の貴女が尻拭いをするの?」

「それが貴族の家に生まれた者の責務だからですわ」


 マリーは迷うことなくきっぱりと断言した。


「その責務を貴女のお父さんは放棄してます」

「そう……ですわね」


 ルルの指摘にマリーは少し苦い顔になった。


「だからこそコラーディン家の者として……せめて私だけでもすべき事をするのですわ」


──なんでこのはこんなに強いの?


 前世の自分に無かった強さ。ルルにはマリーがとても眩しい。それだけにマリーの父親への怒りが強くなる。あるいは自分の前世の親を重ねてしまったのか。


「私はマリーのお父さんが許せません。娘にこんな真似をさせておいて……マリーはお父さんを酷いって思わないんですかぁ?」

「残念には思っています。ですが……」


 にっこり笑うマリーに迷いは見えない。


「それでも私の親ですわ」

「マリー……」

「いつかお祖父様の仰っていたノブレスオブリージュをお父様にも分かっていただけると信じておりますわ」


 ルルは知っている。ゲームの設定通りならばマリーの父親は悪事に手を染めている。きっとマリーの期待は裏切られる。


「どうして……どうして信じられるの?」


 ルルは前世で信じられなかった。あの親を信じられるはずがなかった。


「私は信じたいだけなのですわ。貴女は自分の親を信じたいとは思いませんの?『ルルーシェ・ルミエン』……」


 ルルは大きく目をみはった。その様子が全てを語っている。


「やはりそうでしたのね」

「……いつ?」

「確信を持てたのは今ですわ。ただ、薄々は感じておりましたわ。だってルルの所作が美しくなり過ぎていて……」

「今の私の中にはリリ様がいるから……」

「少しおかしいと思いましたわ。突然ルルが魔術も勉強もできるようになるのですもの」


 ふふふと笑うマリーの表情は悪役令嬢というより素直に感情を表に出す1人の少女だった。逆にルルは苦虫を噛み潰したような顔になった。


「どーせ私は魔術なんてできませんよぉ」

「私も魔術は苦手ですわ。でも……」


 マリーは立ち上がるとにっこり笑う。


「だからこれから一緒に学びますわ」


 そう言ってマリーはルルに手を差し伸べた。


「だって私たちお友達になりましたわ」


 その手をルルは座りながらじっと見つめる。


──リリ様が言っていたっけ。マリーは誰も見捨てない。ホントにいいなんだって……


 マリーはルルの変化に気がついていた。それは、ルルのことをずっと見守っていた証拠……


 ルルは一つ頷くと、差し伸べられた手を取って立ち上がった。この時マリーとの間に確かな絆ができたんだとルルには感じられた……


《勇者家庭教師編》

ルル「アンナ先生…!!魔術が使いたいです……」

アンナ「仕方がないですね。そこまでの決意があるならアンナ先生が修行をつけてあげましょう」

ルル「え!?マジ?」

アンナ「私の修業は厳しいですよ。ついてこられますか?」

ルル「え!?厳しいんですかぁ?」

アンナ「それではルルにはズバリ!1週間で勇者になれる特別(スペシャル)ハードコースを受けてもらいます」

ルル「いや勇者じゃなくて魔術師になりたいんですが……」

アンナ「この修行に耐えられたら『アンナストラッシュ』が放てるようになるでしょう」

ルル「いやだから私は魔術を使いたいのですぅ」

アンナ「ハンパじゃないですよヘタをすると……死にます!」

ルル「や、やっぱり今日はいいです」

アンナ「私の修業をいつ受けるか?今でしょ!」

ルル「いえ、今日は体調が悪くて……また今度いつか」

アンナ「いつかなんて日はいつだ!」

ルル「マ、マリー助けて!」

マリー「今日からお前も友達だ!ですわ」


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