第33話 『侯爵令嬢は男爵令嬢を謳歌する』
連載開始してちょうど2ヶ月……
終わりが見えてきました。
最後までお付き合いいただけると嬉しいです!
今週は土日(金は残業確)とお仕事なので、次回投稿は来週です。
地で「月月火水木金金」だなぁ(>_<)
「困りました」
リリはまたまた困っていた。
「困ってしまいました」
リリは頬に手を当てて、さも困ったという表情を作った。
「ネネちゃんが可愛いすぎて困ります」
おい!
「これだけの美幼女です。拐かされるのではないかと気が気ではありません」
リリは鏡台の前に座って膝の上のネネの髪を弄り髪型を変えたり抱き着いたりしながら戯れていた。
「これは由々しき事態です」
由々しき事態はお前の頭の中だ。
「ネネちゃんが良い子すぎて困ります。これだけ素直だと、将来悪い男に騙されるのではないかと心配です」
「お姉ちゃん?」
リリの言っている事がいまいち理解できずネネは膝の上から不思議そうにリリを見上げる。
そんなネネを後ろからお腹に手を回して抱きしめ、リリはネネの頭に自分の顔をグリグリと押し付けた。
「幸せすぎて困ります。家族は優しく円満です。幸せ過ぎて怖いです」
──もういっそ元に戻る事は放棄して、この家の娘として生きていくのもいいかもしれません。
しかし、そう言うわけにもいかない事はリリも理解していた。
──私が良くてもルルが耐えられませんね。それにネネちゃんやセシリアお母様を騙すのも心苦しいですし。
その時リリの脳裏に浮かんだのは母メネイヤ。生真面目で貴族の矜持をリリに叩き込んだ厳格な母。その教育に愛情があったことはリリにも分かっていた。しかし、ぬるま湯のようなルミエン家の愛情の中にいると離れ難い気持ちも湧いてくる。
──いけません。ここはルルの居場所。私の居場所ではない……
ぶんぶん頭を振って、自分の邪まな願望を振り払うと、ネネの髪を再び弄り始めた。
リリには他にも不安がある。ライルやアンナにもバレているように、強がっているがリリは子供好きだ。そして、猫も好きだ。とにかくリリは可愛いものが大好きなのだ。
しかし、リリはどんなに可愛いものを愛でようとしても、何故かそれらに避けられていた。きっと黒い髪と深い青の瞳が冷淡に見えて子供や猫を怯えさせていたのだろう。
それがルルの姿になってから、ネネとシャノワに懐かれてリリはご満悦だった。しかし、元に戻ればネネやシャノワともお別れだ。そして、自分の髪と瞳に子供たちが怯える日々がまたやってくることにリリは憂鬱になりそうだった。
──こういう触れ合いも今だけ……
リリは寂しさを感じる。
「さあネネちゃんできました。今日もお姉ちゃんと一緒です」
リリは先日のポニーテールを纏めてみたら、簡単な結上になるのではと試行錯誤していた。所謂シニヨンだが、会心の出来に満足しネネを捕まえて同じ髪型にした。ネネは少し大人っぽい髪型に少し姉と同じ大人に近付いたとご満悦だ。
もっとも姉のルルーシェは低身長の幼児体型だ。同年代の令嬢達と比較するまでもなく子供っぽい。その愛らしい容姿もあり庇護欲を唆られるとの声もあるが、学園では『ツルペタの代名詞』『幼児神の権化』『ロリコン達の救世主』などと揶揄もされている。とても大人っぽいとは言えない。
嬉しそうにしているネネを見ていると、リリは自然と顔が綻んだ。この揺り篭のような安穏とした生活はリュシリュー家では求めることができない。
──だからと言って、このままで済ませるわけにもいきません。このルミエン家を守るためにも。
喜びはしゃぐネネを後ろからぎゅっと抱きしめリリは決意する。
──手がかりはベルクルド商会だけ。1度探らねばならないでしょうね。
ルルーシェに拘りすぎるベルクルド商会はあまりに怪しい。他に手掛かりも無いのだ。どのみちルミエン家の借金もある。探ってみても無駄ではないだろうとリリは判断した。
──それに潜入に適した『隠形』や『擬態』、他にも音や光の魔術も色々できましたし、試すにはちょうど良いですね。
新たな魔術を実戦で試すのは中々に心が躍る。リリは意外と自分は魔術が好きだったのだなと思った。
──ルルを誘って魔術研究に勤しむのもいいかもしれません。
新しい目標に夢が膨らむ。
ライルのことは……今は忘れよう。
明日はエルゼに呼ばれているので、橄欖宮へ行かねばならない。今夜ベルクルド商会に潜入しようと考えている。
この生活の終わりが近いような予感がした。だから残り少ない男爵令嬢生活を謳歌しようと、今日はネネやシャノワとキャッキャウフフと1日中過ごす予定でいた。
コンコンコン!
ノックの音に振り向けば、開け放たれた扉に寄りかかるようにセシリアが立っていた。
「ごめんね。ちょっとお姉ちゃんを借りるわよ。リリちゃん来てくれる?」
「!」
『リリ』と名前を呼ばれて、リリはセシリアを凝視した。セシリアは今のルルの中身がルルでないことは見抜いている。それはリリにも分かっていた。しかし、自分が『リリーエン・リュシリューで』あることは分からないはずだ。
どこから漏れたのか……
──考えるまでもありませんか……お母様がいらしたのね。
先週のあの時かとリリは当たりをつけた。自分たちがリュシリュー邸に赴いている時に来た来客が母だったのだとリリは悟った。
リリたちはネネとシャノワを部屋に残し、連れ立って移動する。行き先は応接間。
──応接間……ですか
やはり自分は異分子なのだと実感する。
勧められるままソファーに腰掛けると、セシリアは「まごうことなき粗茶よ」とリリの前にカップを置いた。それを見てリリはふふっと笑う。
「ありがとうございます」
そう言ってソーサーを片手にカップを持つと一口こくりと飲むリリに対し、セシリアは直接カップを持ち上げて紅茶を飲み始めた。
「リリちゃんはとても真面目ね。メイにそっくり。だけどメイよりちょっとお茶目かな。エルゼの影響かしら?」
カップをソーサーに戻すと、セシリアはリリに優しく笑いかけた。
「やはり母が来たのですね……」
「ええ、先週ね」
リリは居住まいを正し、セシリアに深々と頭を下げた。
「まずは謝罪と感謝を」
その様子にセシリアは目を点にして固まった。頭を下げているリリは、そんなセシリアに気づかずに続ける。
「不可抗力とは言え大切なご息女と入れ替わり、その事を今まで黙っていましたことお許しください。そして、それに気づきながらも私を受け入れてくださったことに感謝いたします」
「ぷっ!くっくっくっく……ふふふ……もうダメ、あ~ははははは」
突然のセシリアの笑い声にリリは顔を上げて目をパチクリとさせる。そのセシリアがお腹を抱えて大笑いしていたのだ。
「何故笑うのですか?」
少し撫然としてリリが苦情を申し立てると、ひとしきり笑ったセシリアはごめんごめんと謝りながら笑い過ぎて出た涙を指で拭った。
「あんまりにリリちゃんがメイとそっくりだったから。こないだ来た時と同じセリフなんだもん」
そう言われてリリは納得した。確かにあの母なら言いそうな台詞だった。自然に、そして咄嗟にリリの口から溢れでた言葉。それだけ自分は母の影響を受けている。
「それだけメイと向き合っていた証拠ね。リリちゃんはちゃんとメイの愛情を理解して育ったのね」
違う。母からずっと薫陶を受けていた証拠。
「でも、メイもリリちゃんもお互い距離を取っているみたい。母娘なのに遠慮はダメよ」
距離?遠慮?これは自分と母の自然な間。
何か思い悩むリリにセシリアは苦笑いした。
「ねぇリリちゃんはお母さんのこと嫌い?」
「母のことは立派な貴族女性として尊敬申し上げております」
「そういうことではないわ……お母さんのことは好き?」
「……分かりません」
リリには本当に分からなかった。嫌いかと言われれば否定できる。
「そう……分からないのね。自分の気持ちが……それはリリちゃんがメイにきちんと甘えてこなかったせいね」
「甘えるなんて……母が私に望むのは、私が貴族令嬢として立派になることだから……」
「一生懸命メイの期待に応えようとしたのね。リリちゃんはホントに良い子なのね……そしてとても生真面目で不器用。ホントーにメイそっくり」
セシリアのその口から出る声は優しく、リリを見詰める目には慈しみが宿っている。しかし、リリは逆に居心地の悪さを感じた。これはやはり本当の母娘ではないからだろうか?
「ねぇ、この前メイは何しに来ここに来たと思う?」
「は?」
突然の話題の変化にリリは一瞬戸惑った。あの母がしそうなこと。あの母が考えそうなこと。それはきっと自分にとって当たり前のことに違いない。
「何って……お互いの娘が入れ替わったのです。近況の報告と今後のことについてお話しになりに来られたのでは?」
リリがそう口にすると、セシリアはくっくっくっ……と笑いを堪え切れないという感じだ。リリには訳が分からない。
「あのね、あの子はリリちゃんを取り返しに来たのよ」
「は?」
セシリアが何を言っているのかリリには理解できなかった。
「『お願いよセスぅ……私からリリを奪らないでぇ』だって」
「え!?」
セシリアが胸の前で両手を組んで声音を変えて口にした内容にリリは唖然とした。自分の知る母とかけ離れたセシリアの物真似に、「それ母の物真似ですか!?」と突っ込みたくなった。
「メイったら大粒の涙ボロボロ流して子供みたいにえんえん泣くのよ。すっごく可愛いかったわ」
朱に染めた頬に手を当てて、ほぅっと小さい溜め息を漏らして回想するセシリアに、取り乱した母の姿を知らないリリは、「か、可愛い?何それ私も見たい!」と思ってしまった。
「あの子は意地っ張りなのよ。真面目で頑固で融通がきかない。だけどそれは自分に自信がないから。あの子リリちゃんに嫌われたって泣いてたわよ」
「母が……そんな」
絶句だ。あの厳格な母が自分から向けられる感情を気にしていたなんて。あの気丈な母が自分からの愛情を欲していたなんて。
「メイは繊細で弱い子なのよ。気丈に振る舞っているけどね。リリちゃんと一緒。このままじゃ2人とも壊れちゃうわ。あの子ね、泣きながら言うの『リリちゃんに嫌われたら生きていけない』って」
衝撃だった。母から嫌われてはいないと知っていたし、愛されているとは感じていた。でもそれは、貴族としての矜持に勝るものではないと思っていたのだ。
「私……知りませんでした。母がそんな方だったなんて……私は分かっていなかったのですね……母の本当の気持ちに……」
俄に自分の頬を伝う一筋の水滴を知覚し、リリは自分が涙を流したことに気がついた。気がつけばもう止まらない。次々と涙が溢れてゆく。
人前で涙を見せるなどあってはならないのに。いつものように自制できない。それどころか嗚咽まで漏れ出す。
「うっ……ひっく、それなのに……うう、私、私……勝手に……ひっく、勝手に母のこと誤解して……」
セシリアはリリの隣に座ると胸に抱きしめ、頭を優しく撫でさすった。リリはその胸に顔を埋めた。
「私は貴族の教育を完璧にできれば良いと勘違いしていました。私は駄目な娘です。人のことを理解できない出来損ないです」
「リリちゃんはホントに良い子ね。それに比べて……」
セシリアはやれやれと嘆息した。
「まったく、メイもエルゼも何を考えているのかしら。どんなに優秀でもリリちゃんはまだ子供なのに」
憤慨するような物言いのセシリアをリリは不思議そうに見上げた。
「メイは格好つけすぎ!エルゼは要求が高すぎ!あの2人はリリちゃんに要求してばかり。子供にはいーっぱい愛情を与えてあげないと」
「2人とも私に愛情を注いでくれていますよ?」
「どうかしら?リリちゃん甘えたことないでしょ」
「甘える?」
甘やかされているとは思う。だが、甘えるとはどういうことだろう?
「分かんないんでしょ?甘えたことがないからよね」
セシリアは両手でリリを思いっきり抱きしめる。
「お、お母様?」
「こういうことよ」
「少し恥ずかしいです……でも……」
リリはセシリアの背中に手を回して抱きしめ返す。
「あったかいです……何だか安心します……」
「リリちゃんは今まで気を使いすぎていたのね。あの2人は子供にこんなに気を使わせて……」
まったく母親失格ね、と憤慨するように話すセシリア。だけど彼女は本当に怒っているわけではなく、リリも母もエルゼも、みんなのことを慮ってくれているのだとリリにはわかる。
「ねえメイのこと、許してあげて」
「私は別に母の事を責めては……」
「そう?じゃあ私と約束。1回でいいの。メイに思いっきり甘えること」
「私が……母に……甘える?」
自分が母に甘える姿を想像して、リリは気恥ずかしくなった。
「ふふふ。お互い甘え下手ね。じゃあアドバイス。元に戻れた時が1番いいタイミングね。メイは寂しい想いでリリちゃんのこと待ってるわ」
セシリアの胸の中に顔を埋めたまま、リリは黙ってこくんと頷いた。
リリは男爵家の生活でも困らない。だけど少しだけリュシリューの母が恋しくなりました……
ルル「もう無理ですぅ」
アンナ「ほらほら!まだ今日のノルマは終わっていませんよ」
ルル「シクシク……お家に帰りたい」
エリゼ「お家ではリリちゃんがネネちゃんに絡んでいるわね。何だか美幼女たちの戯れって感じで可愛いわぁ」
アンナ「まあルルの体は『ツルペタの代名詞』『幼児神の権化』『ロリコン達の救世主』と言われていますからね。きっと『永遠のロリ』と呼ばれる日も近いでしょう」
エルゼ「そうねぇ。胸はとっくに『永遠の0』だけど」
ルル「私はロリではありません!胸だってちゃんとありますぅ」
エルゼ「意地を張らなくてもいいのよ。ルルちゃんは今のままが可愛いからそのままでいて」
ルル「そりゃエルゼ様やアンナさんみたくボンキュッボンじゃないけどぉ……( ノД`)シクシク…」
アンナ「そんなに羨ましいですか?この胸って格闘戦では邪魔でしょうがないんですが」
ルル「(くっ!戦っても負けるし、殺意で人が殺せたら……)」
エルゼ「そんなに悲観しなくても……そうだわ!ルルちゃんも私の娘にしちゃいましょう。王子妃よ!玉の輿よ!いい考えだわ!これで私にも可愛い娘ができるわ」
アンナ「え!?でも殿下はリリ様の……」
エルゼ「下の子がいるわ(10歳だけど)」
ルル「年下はちょっと……」
エルゼ「大丈夫!たいして変わらないから(見た目は)」
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