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第30話 『侯爵令嬢は氷の遊戯を披露する』

思った以上に長くなってしまいました。

やはり3話に分けて正解でした。

最初に2話でいけると思った見通しが甘々でしたね。

 トゥルーズ伯爵令嬢の構築した魔術構文が大気に干渉して、彼女の周りの気圧が急激に下がる。


「この風で貴女がたの服を切り刻んで、殿方好みにしてさしあげますわ」


 周囲の木の葉が舞い上がり草木が騒めく。トゥルーズ伯爵令嬢の制服がはためき、スカートの裾が軽く翻った。


──定型文の『鎌鼬(かまいたち)』!


 リリは素早く『身体強化』の魔術構文を展開し、一目散にマリーの元まで駆け抜けた。いきなり現れたリリに、トゥルーズ伯爵令嬢は髪の毛を逆立て憎しみの目で睨みつけた。


「ルルーシェ・ルミエン!貴女は!!!」


 トゥルーズ伯爵令嬢はルルに含む所があるのか、ルルーシェ・ルミエンの介入に激昂して『鎌鼬(かまいたち)』を解放した。


 彼女とリリたちの間に舞い落ちてきた葉が切り裂かれ、地面に浅い亀裂が無数に入っていく。間にある木の幹にも、浅い傷が次々に生まれて、地面に落ちていた石や木の葉などが舞い上がり、風に翻弄されている。


 ルル曰わく『鎌鼬(かまいたち)現象は、古く真空や低圧によって皮膚が引き裂かれると言われていましたが、これは物理的にあり得ません。まだ解明されていませんが、気化熱による生理的現象か、風で飛ばされた鋭い木の葉などが原因じゃないでしょうか』


 つまり制服だけ切り裂くなどという芸当はできない。このままではマリーのきめ細かな柔肌が、傷だらけになってしまう。リリは彼女を両腕で抱きかかえた。通称『お姫様抱っこ』だ。


「きゃ!」


 意外と可愛らしい悲鳴を上げるマリーを抱えたまま、『鎌鼬(かまいたち)』から逃れるように藪を突っ切って、リリは校庭まで走り抜けた。


 突然現れたリリたちに、校庭にいた数人の生徒たちは驚愕の表情だ。なんせ幼女に間違えられる小柄なルルの身体で、女性にしては背の高いマリーを『お姫様抱っこ』して藪から出てきたのだ。違和感半端ない。


「マリー!大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫ですわ」


 リリは視界の端にトゥルーズ伯爵令嬢たちが追ってくるのを捉え、マリーを降ろすと彼女を庇う様に背後に押しやり、4人の前に立ちはだかった。


 このまま逃げてもよかったのだが、マリーを傷つけられそうになり、リリはこのまま捨て置けないと判断した。


──私のマリーに何してくれてるんですか!


 つまりはお冠なのだ。そして、マリーはお前のものではない。


「はぁはぁ……お得意の、はぁ……身体強化……ですの?はぁはぁ……でも逃しませんわ!」


 令嬢のため走るのは得意ではないのだろう。随分と遅れて追いついたトゥルーズ伯爵令嬢は啖呵を切ったのだが、息を切らせていて締まらない。他の令嬢に至っては膝に手を置き、肩で息をして全く言葉を発せないようだ。


「ルルーシェ・ルミエンもいるようですし……」


 トゥルーズ伯爵令嬢は再び魔術構文の構築を始めた。『定型文』にある『水球』だとリリにはすぐわかったが……


──先ほどの『鎌鼬(かまいたち)』でも思いましたが、この方は意外と……


 ……出来上がった水球は大きかった。


 通常、定型文の『水球』では拳2つ分ほどのものしか生み出せない。だが、トゥルーズ伯爵令嬢が生み出した水球は、人が入れる程の大きさはありそうだ。その水球は表面に細波(さざなみ)を立てて彼女の頭上に浮かんでいた。


「私はゼルマイヤ・ダマルタン様とは違いましてよ!」


──そのようです。定型文を改変できるあたり、この方は魔術言語を多少は齧っているみたいですね。


「マリーは下がっていてください」


 右腕を庇う様に広げて、チラリとマリーの方を一瞥するとマリーがリリの手を握ってきた。


「ルル!危害を加えてはいけませんわ!」

「分かっています。校内での私闘は厳禁ですから」


 マリーは(かぶり)を振る。


「そういうことではありませんわ」

「マリー?」

「トゥルーズ様たちも同じ学舎で学ぶ仲間ですわ。傷つけてはなりません!」


 あっ、とリリは思った。マリーは噂の渦中にあったルルでさえクラスの仲間として受け入れようとしていた善良な娘なのだ。


──この()はどこまでお人好しなのでしょう。


 まったくマリーはこんな状況、こんな相手まで心配して困った()だとリリは思いながらも、その口の端が嬉しそうに上がる。


 マリーが友達になれて良かった。心の底から本当に思う。


 マリーはリリのそんな様子を見て、悪戯っぽく片目を瞑って見せた。


「トゥルーズ様もいずれマリークラスで一緒に学ぶのですわ」

「ふふふ。そうでした」


 マリーはトゥルーズ伯爵令嬢も見捨てたくないらしい。きっと彼女に感じるものがあるのだろう。だから彼女も自分の内側に引き込もうとする。


 マリーは掛け値なしのお人好しだ。だから、リリは楽しそうに笑う。心の底から本当に楽しそうに。


 リリの体から魔術構文が紡がれる。それはトゥルーズ伯爵令嬢のそれよりも遥かに速い流れ。その光の激流にマリーは見惚れた。


「綺麗……」


 そんなマリーを振り返り、くすりと悪戯っ子の様に笑う。マリーの様子を確認したリリは、トゥルーズ伯爵令嬢に向き直り、彼女の生んだ水球を人差し指で指し示した。


──みんな鬱憤が溜まっているのです。それを解消しましょう。


 自分と体が入れ替わった少女の事を思い出す。自分自身の体で話しかけられるのは違和感もあったけれど、彼女の語る前世のことはとても興味深いものだった。


──あの()は魔術の可能性を広げてくれた。


『隠形』以外にも、ルルはただ楽しいだけの魔術まで色々と考案した。その時のことが脳裏に浮かぶ。リュシリュー邸の庭で試しに魔術を披露すると、その光景に(ネネ)飼い猫(シャノワ)がきゃっきゃと喜ぶ、愛らしくも可愛い姿が思い出され、自然と笑みがでた。


「ふふふ、さあルルーシェ・ルミエン監修のアイスショー開幕です!!!」

「馬鹿にして!」


 かっと頭に血が昇ったトゥルーズ伯爵令嬢が、突き上げた右腕をリリに向かって振り下ろすと、頭上の大きな水球が勢いよくリリへと放たれた。


 が、その瞬間にリリも魔術を展開した。すると放たれた水球が、瞬く間に白く変色していった。凍結して、氷の球体となったのだ。球体は運動エネルギーを失って、速度をを落として2人の間に落ちた。


「そ、そんな……一瞬で凍るなんて!?」


 これにはトゥルーズ伯爵令嬢ばかりか、取り巻きたちも周囲で様子を伺っていた生徒たちも唖然とした。


 ムペンバ効果の応用。

 ルルが語った前世の科学。彼女は物理学50年の謎と言った。まだ、完全には解明されていないとも。

「水分子は水素結合で六角形の形を取ることで氷になるのです。しかし、低温ではエネルギーが小さくクラスター構造を破壊できないのです。しかし、高温時ではエネルギーが大きすぎて安定した水素結合が成立しません」


 何故か三角眼鏡をかたルルはビシッと何故か手に持つ教鞭でリリを指し示した。つまり、水をクラスター構造を壊す程度の励起状態とし、水素結合力を強力にすれば、瞬間凍結も可能だと言うのだ。リリなら並列魔術構文編纂デュアルコンパイルで実証が可能のはずだからと、実験に付き合わされた。


──適度なエネルギー状態と程よい結合力を模索するのには骨が折れましたが………


 それだけの価値はあった。目の前の氷の球体を見て満足気にリリは笑うと、すぐに次の魔術構文を構築した。


 現在、氷の球体の周りは一気に冷やされている。いまの校庭は風もない好条件。魔術で周囲の空気に水分を含ませ、ムペンバ効果の時と同様に水素結合力を調整する。


 キラッ!


 と何かが輝いた様な気がして、周囲の生徒たちは己の目を疑ったが、次々と光が瞬く。強い光ではない。か弱く一瞬だけ光って消える氷の精たち。氷の球体の周りでキラキラと煌めき、踊り回っているよう。


 ダイアモンドダスト。

 寒冷地のよく晴れた無風の早朝に見られる幻想的現象。


 この温暖な王都では決して見ることができない光景にこの場にいる者は立ち尽くす。


「な……に?」

「綺麗……」


 誰ともなく呟く声が、あたりに感染していき、感嘆の細波となった。


「くっ!だから……だから何だと言うんです!」


 一瞬、氷たちの儚い演舞に心奪われたトゥルーズ伯爵令嬢は、自らの激情を鼓舞するかのように声を張り上げ魔術構文を紡ぐと、先ほどの『鎌鼬(かまいたち)』よりも強い風が吹き荒れる。一瞬にしてダイアモンドダストは吹き飛び、周囲の生徒たちの制服がはためく。


 その強風に、女生徒たちは翻りそうになるスカートと乱れる髪を手で押さえたが、その中にあってリリは悠然と屹立し、余裕の表情を浮かべていた。


「いい風です」


 リリは瞬時に魔術構文を展開した。氷の球体に干渉して、その結合に細工をすれば、瞬時に粉々となって微細な氷が風に乗って宙を舞う。


 氷嵐となったあたりは、先ほどの幻想を打ち破る猛々しさ。すぐさまリリの魔術が嵐に干渉して、その力を弱めると校庭一帯に微細な氷の結晶が充満し、続いてリリが魔術で光源を作れば、皆が煌めく光に包まれた。


「素敵……」


 この神秘的な光景に女生徒たちは頬に手を当てて、ほぅと小さな溜め息を吐き、1部の生徒たちの中にはまるで光を纏おうと両腕を広げる者も出て、その景観にただただ声を失くした。


「こんなの……こんなことって……」

「ルルーシェ・ルミエンの氷の演目はお気に召しましたか?」

「み……ない……」


 拳を強く握り締め、俯くトゥルーズ伯爵令嬢の口からか細いが、暗い声が漏れ聞こえた。前髪でその表情は見えないが、声には怨嗟が込められているようにリリには感じた。


──この()もルルの様に何か抱えているのね。マリーにはルルやこの娘の心に潜む闇を感じ取れるのかしら?


 マリーには何か独特の感覚があるのだろう。彼女たちの様な苦しみを持つものを見極める嗅覚と、そんな彼女たちを捨て置けない優しい心を持つ少女マリー。


「認めない……絶対に認めない!」


 きっと顔を上げリリを睨むトゥルーズ伯爵令嬢の双眸(そうぼう)に宿る暗い情念。今ならリリにも分かる。マリーがトゥルーズ伯爵令嬢に感じているもの。マリーが彼女から祓いたいと願っているもの。


──そんな可愛い友人の願いを、私が叶えてあげます。


 リリの背後で祈るように両手を握る顔立ちで誤解を受けている気の良い友人を、安心させるようにリリは笑いかけ手を振る。


──存外、人の抱える闇なんて笑い飛ばせる程度の小さなもの。


 リリはいつものように微笑む。


「随分と余裕でいらっしゃること!その余裕の表情をすぐ泣き顔に変えて差し上げて差し上げます。貴女たち!」


 トゥルーズ伯爵令嬢は取り巻きたちを振り返り呼び掛けた。


「こちらの魔術を相殺して魔力切れを狙う……ダマルタン様の時は上手いことしたようですが……こちらは4人!」


 トゥルーズ伯爵令嬢の視線を受けて、取り巻きの子爵令嬢たちが魔術構文を発生させると、両手に収まるサイズの水球を生み出した。


「先ほどは水球を凍結させて止めましたが、これならいかがかしら?」


 子爵令嬢たちに近づくと、トゥルーズ伯爵令嬢は2人の水球に魔術を行使した。次第に2人の水球が泡立ち湯気が立ち登る。熱湯に変えたようだ。


「あのぉ。さすがにそれはまずいのでは?火傷してしまいます」


 取り巻きの男爵令嬢は困惑を隠せない。


「こんなことをするなんて聞いていません」

「男爵令嬢のくせに口答え?」

「貴女は黙って従いなさい」


 どうやら本当に数合わせに連れて来られたらしい男爵令嬢の彼女は、上位貴族からの強い物言いに怯えた。


「で、でも……こんなの大問題に……」

「構いませんよ」

「え?」

「今からここで行われるのは、全てお遊戯ですから」


 リリは余裕のある微笑みを崩さず、男爵令嬢に優しく告げた。


「これからすること全て不問です。全員かかってきなさい」

「戯れ言を!」


 子爵令嬢たちが水球を放とうとした刹那にリリの魔術が発動した。


 ムペンバ効果。

 それは高エネルギー状態を相変化させるために、必ずしも熱量を奪う必要がないことを示した現象。だからお湯であろうと関係ない。既にクラスター構造は壊れている。リリは水分子の結合を促進するだけでよいのだ。


「そんな……そんな……」


 令嬢たちは茫然とした。先ほどまで沸騰していた水球が一瞬で凍結して、子爵令嬢たちの両手の上にストンと落ちてきたのだ。だが、リリの細工はまだ終わっていない。


「「きゃぁ!」」


 突然、2人の持つ氷の球体から水蒸気が噴き出す。しかしそれはすぐに止まり、水蒸気の収まった球体の表面から、氷の結晶が咲いていた。


 氷の花束だ。


 フロストフラワー現象からヒントを得た氷の造形。

 氷の球体内部はお湯のままにして表面だけ凍結させ、1部に噴き出し孔を作ったのだ。それを氷の結晶構造に結合させた。


「「ま、まあ……」」


 2人は今まで貰ったこともない、単色だけれどもキラキラと輝くクリスタルの様な素敵なブーケに、頬を朱に染め言葉を失った。もう2人の戦意は無くなっていた。だって、このブーケを落として壊すのは勿体ないから。


 そして、トゥルーズ伯爵令嬢は圧倒的な力の差とその見事な魔術に、怒らせていた肩から力が抜け、膝から崩れるように地面に座りこんだ。


「まだまだ行きますよ!」


 リリはトゥルーズ伯爵令嬢をもう相手にはしていなかった。観客たちを氷の饗宴で沸かせ、あたり一面に氷の花を咲かせて感嘆させる。その後も続けざまに氷の魔術を行使して、生徒たちの心を奪っていった。


 トゥルーズ伯爵令嬢は膝を突いたまま、リリの作る氷のイルミネーションを黙って眺めていた。その彼女の氷の結晶が舞い落ちる。トゥルーズ伯爵令嬢は空を見上げると六華たちがキラキラと瞬きながら舞っていた。


「綺麗……」


 自分のやっていることは何だろう?

 自分のやってきたことは何だったのだろう?

 トゥルーズ伯爵令嬢の目から自然と涙が零れ落ちた。


「本当に綺麗ですわね」

「コラーディン様」


 トゥルーズ伯爵令嬢が隣を見上げれば、いつの間にかマリーが側に立って、同じように見上げていた。


「笑いにいらしたの?」

「笑う?私が?何故ですの?」

「だって、大見得を切ってこの様ですから」


 マリーは見上げていた顔をトゥルーズ伯爵令嬢に向ける。その顔はとても不思議そうだった。そこには相手を蔑む感情は微塵も見て取れない。


「貴女たちを退けたのはルルであって私は後ろで眺めていただけですわ。そんな私がどうしてトゥルーズ様を笑えますの?」


 マリーは制服が汚れるのも厭わず膝を地に着けトゥルーズ伯爵令嬢と視線を合わせた。


「トゥルーズ様は私などよりも魔術の才能がおありになられますわ」

「コラーディン様……」


 マリーはトゥルーズ伯爵令嬢の両手を自分の手で優しく包む。


「これだけ魔術を使えるのは、随分と努力をなされたのでしょう?」

「私……私は……」


 トゥルーズ伯爵令嬢の瞳から次々と大きな涙が溢れてきた。今まで誰にも話せなかった。誰にも理解されなかった。


「貴女はきっと魔術が好きなのですわね。だけど貴族女性だからと学ばせてもらえなかった……」


 魔術は戦いのためか、生活魔術の様に社会の発展のために学ぶ。そのため、貴族令嬢が魔術を学ぶことを忌避する者たちも少なくない。


 トゥルーズ伯爵令嬢は魔術の才能がありながら、家では魔術を学ぶことを禁じられていた。だから、こっそり独学で魔術言語を習得したのだ。誰からも教えを乞えず、それでも1人頑張れたのは魔術が好きだったからだ。


 しかし、希望を胸にシュトレイン学園の門を潜ってみれば伯爵令嬢としては落ちこぼれのクラス。無理もない。他の伯爵子女は家庭教師をつけて学んできているのだ。多少の才能があっても独学のトゥルーズ伯爵令嬢には太刀打ちできるはずもない。


 この時点ならまだトゥルーズ伯爵令嬢は持ち堪えていた。しかし……


 大事な講義は他のボンクラ子息どもに邪魔され、同じ条件であるはずのカーラやサラの様な優秀な子息令嬢には力が及ばなかった。どうしようもない現実に打ちのめされ、どろどろと心の奥底で汚泥のように溜まる悔しさ。この暗い感情の持っていき場がどこにもなかった。


 そんな中、クラスの問題児と思われたルルーシェ・ルミエンに『実論』の講義中にその実力の違いを見せつけられたのだ。


 分かっていた。ルルーシェ・ルミエンに八つ当たりしても意味がないことくらい。しかし、憎しみで歪んだ自分の心を自分で制御することができなかった。そして、同じ伯爵令嬢でありながら、彼女と交友を結んだマリーを許せなくなった。


「ねえトゥルーズ様。魔術は戦いや生活を豊かにしてくれますわね」

「はい……」


 だからこそトゥルーズ伯爵令嬢は魔術を勉強させてもらえなかった。貴族令嬢は戦に赴くこともなく、魔術の研究者になることもない。だから学ぶ必要はないと……


「でも、それだけでは勿体ないですわ」

「え?」

「見て下さいまし」


 マリーがリリの作る氷の世界に目を向けると、促されたトゥルーズ伯爵令嬢も視線を同じくする。2人はただ静かに鑑賞した。


「この光景は本当に素敵ですわ」

「ええ……本当に綺麗……」

「それではいけませんの?」

「はい?」

「ただ綺麗な、ただ美しい、ただ感動できる、そんな魔術には価値がありませんの?」

「……」

「戦う必要も、研究する必要もなく、ただ綺麗なものを見せるためだけに、魔術を学んでもいいと私は思いますわ」

「コラーディン様……」

「マリアヴェルですわ」


 マリーはにっこりと笑ってトゥルーズ伯爵令嬢の右手を取って立たせた。


「私のことはマリアヴェルと」

「では私のことはシェラザレーナ……いえ、シェラとお呼びください」


 マリーは頷くとシェラの両手をマリーは自分の両手で包み込むように握る。


「シェラ様は魔術がお好きなのですわよね?」

「そ、それは……はい……私……魔術が好き」


 シェラはコクンと頷いた。それに対してマリーも頷き返す。


「ではこれから一緒に魔術を勉強いたしましょう」

「で、ですが私はマリアヴェル様たちにひどいことを……」


 優しい目を向けるマリーを見返すシェラの涙で潤んだ目には狼狽が見て取れた。


「私たちは同じクラスの仲間ですわ」

「マリア……ヴェル……様」

「私はルルたちと勉強会を開きますの。同じクラスの仲間として、シェラ様にも入っていただきたいですわ」


 マリーは満面の笑みでよろしいですわね?と促すとシェラは堪えきれず嗚咽を漏らしながら涙をボロボロと流し始めた。


「はい………はい………」


 コクコクと小さく頷くシェラの小さな肩をそっと抱き寄せ、マリーは彼女の頭を優しく撫でた。



 マリーは決して見捨てません。みんな大切な友達だから……


《すらだんミッチー&オヤジ編》

ルル「アンナ先生…!!魔術が使いたいです……」

アンナ「諦めてください」

ルル「いやちょっと待ってください!諦めたら試合終了ですよぉ!」

アンナ「アンナ先生にも出来ないことはあるのです。無理なものは無理!人間諦めが肝心です」

ルル「ううう……リリ様は私の説明でバンバン魔術使ってるのにぃ」

アンナ「確かに……瞬間凍結とは恐ろしい……」

ルル「ホントは温度のムラや大気中の塵などの影響があるので簡単ではないんですけどね。まあ、魔術によるファンタジーということで」

アンナ「いきなりいい加減になりましたね」

ルル「仕方がないのですぅ。水素結合とクラスター構造で説明しましたが、本当はそんなに単純な話ではなくてですねぇ。ムペンバ効果は古くはアリストテレスの……」

アンナ「そういうのはいいです」

ルル「え!?では高エネルギー状態が相変化するために必要なのは必ずしも熱エネルギーへの変換だけではなく、これをビーズの実験で……」

アンナ「簡潔に説明しなさい」

ルル「物理学50年の謎ですよぉ。こんな場で簡潔に説明なんて無理ですぅ」

アンナ「諦めたらそこで試合終了ですよ!100字上げるからそれでなんとかしなさい」

ルル「そんなご無体なぁ!さっきは人間諦めが肝心って言ったくせに!これノーベル賞級の難題なんですよぉ」

アンナ「はい46文字」

ルル「うそ!えーと、えーと……瞬時に凍らせたり、瞬時に沸騰させたりエネルギー効率を良くできる可能性を秘めた現象ですぅ!」

アンナ「よろしい」

ルル「うう……世界的大発見なのにぃ」


すみません。筆者もNature購読していないし、物理学は畑違いなので漠然としか理解していないのです。昔は低温ではクラスター構造のせいで凍結できないんだから、ムペンバ効果は当たり前じゃね?そのせいで『過冷却』が起こるんだしって思っていたんですが、そんな簡単な話でもなかったようで……サイエンス系の番組で専門家が説明してくれないかな?まあ、この世界はファンタジーなので、ふわっとそんな感じなんだで、よしとしておきましょう!


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