第28話 『侯爵令嬢は婚約者について考える』
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自分の心の奥に何か理解できないもやもやとした感情の澱が、しこりとなっている感覚が晴れない。このわだかまりにリリはイライラするような、胸が締め付けられるような気分になって戸惑った。
──私とライル様はまだ婚約者なのです。王位継承権に関するような重大事を、私に相談しないことに対する怒りがあるのでしょう。
リリは自分の意味不明な感情を、そう結論づけようとしたが、ライルの顔を思い出しても、怒りのようなものは湧いてこない。無関心だった相手だったとは言え長い付き合いだ。きっと情のようなものがあって、心配したのだろうと、思ってみても何か違うと感じる。
リリは自分の中に芽生えた、この小さな小さな違和感を伴う感情がよく理解できなかった。
──ルルの体になってから、私は自分の感情が制御できなくなってきているように感じます。
リリが自分の感情をもてあましながら、自分の想いに言い訳するような思索にふけっていたが、側近3人組の話題に俄かに変わり、そこにあがった名前がリリの耳朶を打った。3人がルルの話を始めたのだ。リリは再び3人の話に意識を戻した。
「ところでルミエン君のことなんだが」
「ん?ルミエンがどうかしたか?」
「このままでは不味いと思うんだ」
「それは私も思っていました」
「何か問題があるのか?」
マックがよく分からないという顔をしたので、ムゥとミカは残念な者に向けるような目でマックを見た。そして、ムゥは一つ溜め息を吐くと解説を始めた。
「『婚約破棄偽装計画』は順調です。ですが、そのせいでルミエン嬢の評判は最悪になりました。借金を返済しベルクルドの件が片付いても、彼女はもはや貴族社会には戻れません」
「マック分かっているのかい?彼女の結婚はもう絶望的なんだよ」
そう説明する2人を今度はマックが呆れた目で見返した。
「何を今さら。それは最初から予想していたことだろう」
「な!マックは彼女が心配じゃないのかい?」
「彼女は私たちと友情の誓いを立てた仲間だぞ。まさか見捨てる気じゃあるまいな!」
激昂する2人にマックは、ふぅやれやれといった態で肩を竦めて首を振った。脳筋男にバカにされムゥとマックはイラッとして、むっとした表情でマックにキツい視線を向けた。しかし、マックは全く意に介さない。
「そんなこと予測できた時点で対策するもんだろ?」
「ぐっ!確かに正論なんだけど……」
「こいつに指摘されると異様にムカつくのは私だけでしょうか?」
「だ、だけど僕だってちゃんと考えているさ。その話をしようとしたんだ」
「そうなのか?だが、その件ならすでに解決済みだ」
「「なんだと!!!」」
2人はありえないものを見る目をマックに向けた。何せ脳筋マックが、自分たちに先んじて行動していたなど誰が信じられよう。もっともお前ら同じレベルだけどな。
「簡単なことだ。ルミエンは俺が嫁に貰う。これで万事解決だ」
「なんだと!?私はそんな話し聞いていないぞ!」
「マック!君はいつの間にルミエン君とそんな関係に!?」
「いや、これからルミエンに話そうと思ってな」
2人はあからさまにホッと安堵した表情になった。やはり、所詮はマックだ。
「驚かせないでよ。これから僕がルミエン君に結婚の打診をしようと思っていたのに」
「何!お前もか!」
「いや私が代表して彼女と婚約を結ぼう」
「「ムゥはない!」」
「なんだと!お前たちは幼子だとかロリだとか言っていたではないか!」
「「それはお前もだろ!」」
意外とルルは周りが思う以上にモテているようだ。狭い需要は貴族の世界に集中しているのかもしれない。
だけど彼らは気づいているのか?全員が廃嫡されればルミエン家を救う手立てがなくなるだろうに。やはりこいつらは頼りなさすぎる。この連中にはとてもルルとルミエン家を任せられない。リリは再びチベスナ顔になった。
ルルとルミエン家はやはりリュシリュー家で救うことにしようと、リリは固く決意した。
──もうこの3人は放っておきましょう。
お人好しでルルにとって良い友人たちだが、些か頼りない3人はもはや戦力外だ。これ以上は時間の無駄と、そっとこの場を離れて教室へ向かった。
教室に戻ればマリー、カーラ、サラの3人が集まって談笑しているのが目に入った。リリは思う。マリーの表情は最初に会った頃と比べて随分と柔らかくなったなと。
──たった数日前のことなのに。
変に責任感のあるマリーは、あまり良い友人関係を築けていなかったのかもしれない。カーラやサラが良い友人となったようだ。
「ご機嫌ようですわ」
「おはようございます〜」
「ルル、おはよう」
リリは当然のようにその輪の中に入ると、三者三様の挨拶に「おはようございます」と返した。
続くのは友人たちとの他愛ない雑談。リリーエン・リュシリューの時には叶わなかったささやかな願い。リリも自分で気づいていなかった小さな望み。
この友人たちとの絆をリリに戻っても繋ごうと決意した。だから、リリは企みを成功させなければならない。その思惑のためにアンナには指令をだしている。アンナはそんなリリの魂胆など知りもせずに今頃はルルを教育していることだろう。
その策略に気がついた時のアンナの様相を想像しながら、リリは自分の役割を果たすことにした。マリーたちに2、3日後にはリリーエン・リュシリューと面会出来ることを伝えたのだ。
「本当にリュシリュー様とお会いできるんですの!?」
「凄いじゃないルル!」
「うわ〜嬉しいです〜」
3人は手放しで喜んだ。普通ではありえないセッティングだ。これほどの偉業は近年まれだとリリを誉めそやす。
「任せてください!きちんと約束を取り付けてきました」
褒められたリリは、気を良くして自信満々に告げる。が、そんなリリの様子を見て、逆に3人は冷静になった。
「夢……ですわね」
「そうね。幻覚かも」
「白昼夢かもしれません~」
「何の話ですか!」
リリは全く信用がないようだった。無理もない。今は男爵令嬢ルルーシェ・ルミエンなのだから。
「相手は侯爵令嬢ですよ〜」
「しかも国内随一のあのリュシリュー家のよ」
「間違いなく幻を見たのですわ」
「本物です!」
信用しない3人に業を煮やして、リリは3日後に顔合わせをすることを確約し、マリーに学園の高位貴族用のサロンを一部屋借りて貰うことにした。
まだ、3人は半信半疑だったが……
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休み時間になり、3人と別れて『隠形』の改善点を模索していると、馬車乗り場の方からライルと側近3人組の歩いてくる姿が見えた。どうやらライルが橄欖宮から戻ってきたようだ。
リリは『隠形』を行使しているので、彼らから姿は見えないはずだったのだが、ライルの姿を見て思わず息を潜めてしまった。自分でも理由が分からない。ただ、息苦しさと胸の締めつけられる感じがする。
──何ですか全く。今朝からどうにも変です。
自分の異変にリリは戸惑うばかりだ。その原因であるライルは気落ちした様子で歩いてくる。どうやら側近3人組はそれを慰め、励ましているようだ。
──エルゼ様とアンナが、上手く誤魔化してくれたようですね。
ライルの様子から橄欖宮での出来事が何となく想像できて、リリはホッと胸を撫で下ろした。が、ライルの悄然とした様が目に入ると、なんだかわからないが少し心が痛む。
ライルが思い詰めている。それに対して以前よりも同情的になってしまう。自分でも理由が分からずライルから目が離せなくなった。
きらきらと光りそうな綺麗な金髪と引き込まれそうな深い青色の瞳。白皙の整った面貌と均整の取れた体躯。女性なら誰もが憧れる王子さまである。
文武両道、温厚篤実にして王族としての風格もあり、誰からも次期国王と嘱目されている貴公子である。
こうして考えてみると、特に嫌う理由はないのだ。ただ、今までリリは彼には無関心であっただけ。いや、リリにとって婚約の相手が誰でも同じなのだ。結婚とは貴族の責務。そのため、リリは恋愛感情というものを考えたことがなかったのだ。
──ライル様は、私にとって一体どのような存在なのでしょうか?
胸中から湧く感情を冷静に頭で判断しようとして、リリはじっとライルを見詰めていた。俄かにライルの落ち着きがなくなる。忙しなくあたりを見回し始めた。
「リリ?」
「どうした殿下?」
「いや、今リリに見られていたような気がして」
──え!?見えてる?
リリはドキリと心臓が跳ね上がった。バクバクと心臓が鼓動を始める。『隠形』は完璧に作動しているはず。姿も見えず、音も聞こえないはずなのだ。
「何を仰います。こんな所にリュシリュー嬢は居ませんよ」
「リュシリュー嬢恋しさに幻覚まで……」
──やっぱり見えていませんよね?
側近たちには確かに見えていないようだ。しかし、ライルは見えないはずのリリの姿を求めてウロウロ、キョロキョロと忙しない。そのライルの様子にリリは動揺し始めた。
いつもならこの程度で狼狽することはないはずなのだ。しかし、心臓はドクドクと煩く音を立てて、無意識に手で胸を掴んで、自然と体がそわそわとしだす。
「いや確かにリリの気配がするんだぁ!」
「落ち着いてください殿下!ここにリュシリュー嬢はおりません!」
──本当に私がいると分かるのでしょうか?
ライルの確信の言葉に、思わずリリは両手を頬に添えた。自分の顔が火照っているのが分かる。そこはかとなく胸の内側から喜びがじんわり湧いてくる。
心臓がドキドキして苦しいのに、胸が締め付けられるように痛むのに、いたたまれない程の羞恥心もあるのに……なんでこんなに心が弾むのか?
──もしかして……もしかして、私はライル様のことを……
「間違いない!いる!リリが近くにいる!」
「いかん!殿下は重症だ」
「早く医務室へお連れしろ!」
「降ろせぇぇぇ!リリィィィ!!」
「…………」
側近3人組に抱えられるようにして、運ばれながら叫び声を上げる滑稽で憐れなライルの姿に、心にも体にも籠っていた熱が一気に冷え、リリはなんとも言えない表情になった。
──あり得ませんね。そんなこと。
リリは冷静になると、いつものように論理的思考を始めた。
きっとライルに見つかったと思い、焦って心臓がドキドキしてしまったことが原因でしょう。一種の吊り橋効果ですね。この熱はきっと錯覚だ。リリはそう結論づけた。
恋愛ごとにどこまでも残念な王太子と王太子妃候補であった……
リリは結婚でも婚約破棄でも困らない。だけど最近、婚約者のことが少しだけ気になります……
ルル「やっと異世界恋愛ものらしくなってきましたぁ」
アンナ「くっ!やはりジャンルを異世界ファンタジーに変えさせねば!」
ルル「ジャンル関係ないですってぇ。これは運命なんです!ロマンチックですぅ」
アンナ「貴女だけで3馬鹿とロマンチックすればいいでしょう」
ルル「えぇ~あの3人、顔はいいんですけどぉ、好みじゃないですぅ」
アンナ「貴女も大概ひどいですね。そう言えば王弟殿下推しでしたね。あんなのがいいんですか?」
ルル「現実で20近い年齢差はちょっと……あれ?アンナさんギル様ご存じなんですかぁ?」
アンナ「……」
ルル「(そう言えばアンナさんって……)もしかして、アンナさんってギル様とデキてるぅぅぅ?」
アンナ「何故そんなイラつく巻き舌で!私があんな男と付き合うはずないでしょう!」
ルル「知り合いは否定しないんですね(これはエルゼ様に報告です)」
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