第27話 『侯爵令嬢は婚約者を意識する』
いつも拙著『チェンジ!~侯爵令嬢リリーエン・リュシリューは何が起きても困らない~』をご愛顧いただきありごうございます!
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休みが明けてリリは学園へとやってきていた。
ルルとアンナは『ルル改造計画』のためにエルゼのところへ出向いている。今頃ルルは涙目になりながらアンナとエルゼに扱かれていることだろう。
リリは現在ルルである以上サボるわけにはいかない。しかし、学園に来ればライルたちに出くわす可能性が高い。なんせ相手はルルを探しているようなのだ。
そこで昨日どうしたものかと相談すると、アンナとルルの前世の話から適した新しい魔術を作ってみることになった。
今それらの魔術を試している。
それは『隠形』とルルが命名した魔術の数々。
原理は光の吸収と屈折なのだとか。
視覚は光を捉えて物を見ている。そしてその光は波なのだという。
色などは特定の波長以外を吸収し、一部反射した波長の色を視覚で捉えているのだというのだ。全てを吸収すれば黒となるので暗闇では隠れるのにちょうどよい。
──これはベルクルド商会の潜入に使用できそうです。
そして、光を屈折させれば相手から姿を隠すことも可能であると、その理屈をルルがガラスのコップと銅貨を使って説明してくれた。
ルルの説明は意外と分かりやすく、リリはそれを元に新たな魔術を生み出した。かなり画期的な魔術だとリリは思う。ただ問題はどちらも魔術構文が複雑な上に、発動中も魔術言語を発生させねばならず、魔力保持容量が大きくないと使用できない点だ。まあ、リリには問題ないが。
──あの娘きちんと魔術が使えればギベン・デルネラの様になれたのではありませんか?
前世で成績が良かったというのは本当らしい。
どこまでも残念なポンコツである。
音の原理も聞けば、同様に波なのだと身振り手振り図解を交えて説明してもらい、集音、消音など利便性の高そうな魔術の創作が完成した。
そして現在、リリは周囲から姿を隠し、音を消して隠れ潜んでいた。誰もリリには気づかないようだ。
──凄いですね『隠形』とは。これならライル様たちに見つかる心配もありません。先週はいきなり側近たち3人に出くわすし、最後はライル様にまで……
その時、先日のライルの申し訳なさ気な表情を思い出し、リリの心の内に少し罪悪感が生じた。あの時は仕方がなかったのだ。そう自分に言い訳してみても、あの人の好いライルを傷つけてしまったことに後ろめたさがどうしても残る。
確かにライルとの婚約は乗り気ではなかった。だからといって粗雑に対応してよいものでもない。それに善人であるライルを嫌っているわけでもないのだ。
──ライル様は確かに悪い方ではないのです……いいえむしろ、為人はとても好いのです。
では好きかと言われると、そうではないなとリリは思う。じゃあ嫌いかと問われると、やはりそうでもないとリリは思う。敢えて言うなら無関心……いや考えたことが無かったと言った方がよい。
しかし、実はそれはライルに限ったことではない。
そもそもリリは恋というものが分からない。
そもそもリリは誰かに恋をしたことがない。
そもそもリリは恋について考えた事がない。
だからだろう。王太子で次期国王、容姿端麗で温厚な性格、国王になるにしては好人物すぎるが努力家で能力も決して低くはない。通常で考えればライルはかなりの好物件なのだ。女性なら誰もがときめく相手にリリの心は全く動かされなかったのだ。
そのため、リリにとってライルのことは好きでも嫌いでもなく、ただ王家が決めた婚約者というだけの相手であったのだ。
──そこへ持ってきてルルとの浮気の件でしたから……
突然ライルとルルの浮気の噂が流れだし、しだいに彼らがリリに難癖をつけ始めたのだ。好きでもない相手からの誹謗中傷に良い感情が生まれるはずもない。
しかし……と、この時にリリは思った。
学園に入る前まで、ライルはリリの元によく来訪してきていた。忙しい身でありながらだ。最初は色恋沙汰に疎いリリには理解できなかったが、今ではさすがにライルが自分に対して強い好意を抱いているのだと理解できた。
だから奇妙だと思った。
心変わりだろうか?
リリのライルへの接し方は塩対応と言ってもよいものだった。愛想をつかしても不思議ではない。しかし、入学直前まではライルの態度に変わった点は見当たらなかった。
不思議に思ったリリは密偵を放ったわけだが、それが初めてリリが他人に関心を示した行為となった。
皮肉なことに、ライルがリリと距離を置こうとした行為が、リリにライルのもとへ密偵を送る原因となり、頭の中に思い浮かべることもしなかった相手を毎日のように考えるきっかけとなってしまったのだ。
ライルとルルが連れ立ってリリの元に訪れる。密偵からライルの報告を毎日のように受ける。婚約破棄の企みはリリがライルの婚約者であることを認識させるようになる。その行いによるリリに与える好悪は関係ない。いままで婚約者としてのライルを意識していなかったリリがライルのことをいつも念頭に置いてしまっていたのだ。が、リリにはこの自覚はまだない。
やがて調査が進み、どうやらライルはリリと婚約を解消しようとしていることが分かり、ルルと側近たちを巻き込んで何やら画策しているらしいことまでは掴んでいた。
そこにきての魂魄置換である。
ルルの視点に立てたことで周囲の人々の様々な思惑が見えてきた。ライルのこともその一つだ。彼とルルの浮気は擬態であり密偵の報告と合わせて考えると、どうも彼は何かに悩んでいるようだった。リリとの婚約破棄を画策しているのもそれが原因のようだ。
しかし、どのような懊悩か分からないが、リリとの関係が拗れてしまっている今のライルの立場はあまりよろしくない。最悪の場合、王位継承権の剥奪まで考えられる。リリとてそこまで望んでいるわけではないのだ。
先週のライルのすまなそうな表情が再びリリの脳裏に浮かんだ。
──ご相談くだされば、お力になれますのに。
と考えてリリは苦笑した。今まで塩対応していた自分が何を身勝手なことを考えているのかと。
避けていたわけではない。しかし、懇意にしていたわけでもないのだ。そんな相手に相談もないものだ。ライルが悩みを打ち明けないことを詰る資格が自分にはないではないか。
そんなことを考えながらリリは小さく嘆息した。
いったい自分はどうしたのか?
ライルのことを考えるとイライラするし落ち着かない。ライルの姿が思い浮かぶと胸中に何か遣り切れないような気持のわだかまりが湧くのは何故だろう?
「殿下のお姿が見えないがどちらに?」
聞き覚えのある声とどうやらライルを探しているらしい会話の内容に、リリはどきりとして物思いにふけっていた意識が現実へと引き戻された。
──マクウェン・マスクル!
声の主はライルの側近の1人だった。
考え事をしていて、リリは随分と人気の少ない場所までやってきていたようだ。そこにはライルの側近たちマクウェン・マスクル、ミッシェル・ワズマン、ムゥレン・ゲニールの3人がこそこそと密談をしていた。
──危なかった。『隠形』がきちんと発動していなかったら見つかっていたところです。
リリは今一度『隠形』の魔術がきちんと作動しているかを確認しながら3人の言動に注目した。
「リュシリュー嬢に用事があるとかで王宮の王妃様のところへ向かったのをお見かけしたが」
ムゥレン・ゲニールの返答にリリはぎょっとした。
──まずいです!エルゼ様とアンナがうまいこと誤魔化してくれるといいのですが……それにしてもライル様が私に用事?
「本当ですかムゥ?殿下、今さらリュシリュー嬢にいったい何の用事が……」
リリと同じ疑問を発したのはミッシェル・ワズマン。
「そう言うなミカ。殿下は今でもリュシリュー嬢を深く愛しておられる。だからこそ殿下はリュシリュー嬢のために身を引こうと考えたのではないか」
──ふ、深く愛して……
ライルがリリのことを好きであると分かってはいたが、他人の口から言われて何となくリリは顔が熱くなって、思わず火照った頬に両手を当てた。
「分かっているさマック!愛しているからこそ相手のことを想って身を引く。その高潔な殿下の心意気に僕は涙を禁じ得ない。僕は殿下を心底敬服申し上げるぞ!」
「しかり!やはりこのムゥレンの忠誠を捧げるにたるは殿下のみ」
「おう!俺も殿下のそういう一本気なところは大好きだ。漢が漢に惚れるとはまさにこのことだぜ」
──この3人は本当にお人好し感が溢れていますね。
この3人のことはライルの側近であるため調べ上げていた。
密偵からの報告では3人とも能力は兄弟たちに劣っているが、兄弟たちよりも好感の持てる人物らしい。じっさいにライルに接する時のこの3人には表裏がなさそうだとはリリも感じていた。
「ムゥ、それで俺たちに用事というのは?」
「ああ、私の情報網によると予定通り殿下の継承権が問題視され始めたようだ」
「そうか予定通りか……このまま殿下が継承権を放棄されれば僕たちは……」
「殿下はあの時、私たちが家督を捨ててついて行くことをお止めになったが……」
おいおい。とリリは思わず3人に突っ込みたくなった。
──殿下は継承権を放棄するおつもりで、この3人は家督を捨ててついていく気だったのですか?
側近ならまずは継承権を放棄しようとするライルを止めろよとリリは言いたい。しかし、側近3人はむしろ盛り上がっているように見える。リリは頭を抱えたくなった。
「当然、家督など放棄だ!俺は1人でも殿下について行くぞ」
「マック1人で先走るな!私たちとて気持ちは同じだ!」
「そうさ!僕も家督は従兄が継げばいいんだ。殿下の心意気を知っては家督の相続なんて塵芥に等しいよ!」
「ミカに同意だ!家督なんぞ弟にくれてやるぜ。どうせあいつの方が俺より剣の腕は上だしな」
「そうだなマック!我ら三人生まれし日、時は違えども、心を同じくして殿下を助け、困窮する殿下を救わん。そして同じ日、同じ時に生まれることを得ずとも、同じ日、同じ時に死のうぞ!」
ムゥレンのどこかで聞いたことのあるような誓いの言葉を合図に3人は拳を突き合わせ、視線を交わし合って頷いた。
「そう!僕たち3人は殿下のために結集したんだ」
「ああ!俺たち3人は殿下のために協力しようぜ」
「そうだ!私たち3人はそのために友情を誓った」
「「「みんなは1人の為に、1人はみんなの為に!!!」」」
どこかで聞いたような友情の誓いで盛り上がり泣き笑いする3人が暑苦しく肩を抱き合う姿を見て、リリは何とも言えないチベスナ顔になってしまっていた。
まあこれで動機はまだ不明だがライルたちが企てていることは判明した。しかし確かに判明したのだがリリは納得がいかない。
ライルは勝手にリリに惚れて、勝手にリリの為に身を引こうとしている。勝手じゃないか。当の本人を蚊帳の外にして……
──ライル様もきちんとお気持ちを私に告げてくださればいいのに。そうすれば……
そうすればどうなのだろう?
自分はライルを助けただろうか?
リリの胸中は何かわけの分からない感情でいっぱいになり、それの持っていき場がなかった。
──なんでしょう?落ち着きません。私はいったいどうしてしまったのですか?
リリは婚約破棄でも困らない。困らないけどもやもやします……
ルル「ふわわわ……」
アンナ「なに顔赤くして口を間抜けに開けて惚けているんですか」
ルル「だって、あのリリ様がちょっと乙女チック……」
アンナ「ちっ!あの蛆虫め」
ルル「えぇ!いいじゃないですか殿下。カッコいいし、真面目で優しいし……」
アンナ「リリ様は恋に鈍感な方がよかったのにぃ!」
ルル「嫉妬ですかぁ……これ恋愛ものですから諦めてください」
アンナ「作者を脅してもう一度異世界ファンタジーに変更させてきます!」
ルル「ジャンル変えても多分無理ですよぉ?」
アンナ「ならば作者を殺して私も死ぬぅ!」
ルル「それじゃまるでアンナさんが懸想して無理心中するみたいですよぉw」
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