閑話⑧ 『母たちの語らい』
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セシリアはメネイヤを屋敷内の小さな応接間に案内した。
「ごめんなさいね。家ではこれで精一杯」
小さな部屋。安物のテーブル。安物のソファー。とても上等とはいえない調度の数々。高位貴族のメネイヤからすればありえない対応だろう。
だが特にメネイヤは何も反応を示さなかった。
「ちょっと待ってて。お茶を淹れてくるから」
通常なら侍女もしくは女中が行うべき仕事。女主人が手ずから行うことではない。かなり失礼にあたる行為である。何故ならホストがゲストを放置することになるからだ。貴族の応対としてはとてもありえない。
ところが、これにもメネイヤは眉一つ動かさない。
ソファーに座るメネイヤは時が止まったかのように目を閉じ微動だにしない。
室内の振り子時計のカチカチという音だけが室内に響く。
やがて扉の向こう側からパタパタ人の歩く音とカチャカチャと食器がぶつかり合う音が聞こえてくるとメネイヤはそっと目を開けた。と、それを図ったかのように扉が開きセシリアがトレイを片手に入ってきた。
「粗茶よ。まごうことなきね」
メネイヤの目の前にお茶を用意すると片目を閉じておどけて見せるセシリアにメネイヤは苦笑いした。まるで先ほどまで止まっていた時間が動き出したかのようだった。
音もたてずソーサーを片手にティーカップを持ち上げるとメネイヤは一口お茶を口に含んだ。反対に座ったセシリアはティーカップだけを手に取りごくりと飲む。
「相変わらずね。セスはいつも茶化してばかり」
「しょうがないでしょ。家はしがない男爵家。そんな空気の場所よ」
そのセシリアの言葉にメネイヤは目を閉じ、部屋に再び沈黙の空間が訪れた。
セシリアはそんなメネイヤをじっと見詰めてただ彼女を待った。
ほんの十数秒の沈黙であったはずだが、セシリアには2人の間に随分と長い時が流れたようにも感じた。それは2人が隔ててしまった時間のせいなのかもしれない。
「まずは謝罪と感謝を」
目を開けたメネイヤが最初に発したのはそんな言葉だった。
「突然の訪問の先触れを許してくださり。そして、それを受け入れてくれたこと感謝いたします」
セシリアはただ呆れた。
「相変わらず堅いのね」
「そう言う貴女は相変わらずいい加減」
そう言い合いをしているように見えて2人は微笑んでいた。対照的な微笑みではあったが。
セシリアは春の木漏れ日のような明るさと暖かさがあるのに対して、メネイヤは真夜中の満月のようなひっそりとそれでいて周りの目を引くような笑みであった。
「それにしても……私たち2人だけで話がしたいだなんて」
「どうしてもセスだけと話がしたかったの……」
お互い視線を交わし合っていたが、やがてメネイヤが少し視線を落とし膝の上で掌を組んだ。
「昨日、王妃様の拝顔を賜りました」
「エルゼリベーテの?」
尊貴の名を呼び捨てするセシリアにメネイヤは少し眉を顰めたが咎めることはなかった。セシリアとエルゼリベーテはそういう気安い関係なのだ。本来はメネイヤもだが……
むしろエルゼリベーテは敬称で呼ぶメネイヤに苦言を呈しているくらいなのだ。
公の場ならともかく私的に2人でいる時くらいは名前で呼んでくれと。昨日の会談の時にも苦情を言われたくらいだ。だが、メネイヤはそんな自分を変えることはできない。
そう変えられない……
どんなに悩んでも。
どんなに苦しんでも。
──私はエルゼやセスの様には生きられない……
そうメネイヤは思う。
分かっていたことだ。
自由で奔放なこの2人。
嫉妬と羨望を抱きながら、だけれども憎めない。
無意識のうちに掌をより強く固めてしまったメネイヤは気がついても緩めることをせず、チラリと覘くようにセシリアに視線を向けた。
「セスも気がついているのでしょう?要件は私の娘と貴女の娘こと……」
その言葉にセシリアは軽くため息をついた。
「そう……ルルの中にはメイの娘が……」
「ええ……リリと、私の娘リリーエン・リュシリューと貴女の娘ルルーシェ・ルミエンは入れ替わっているわ」
「私と貴女のねぇ……ふふ、こういうのを巡り合わせというのかしら?」
笑顔を向けるセシリアに対してメネイヤはその美しい顔を少し歪めた。
「おかしいことかしら?」
「だって、学生時代の親友の娘が入れ替わって関わりを持ったのよ。凄い偶然じゃない?」
その言葉にメネイヤは苦い顔をした。
「私のことを親友と呼んでくれるのね」
「あら違った?私の一方的な片想いだったのかしら」
「そうかも知れないわね」
「またまたぁ。私のこと大好きなくせにぃ」
メネイヤはセシリアのおどけた言い回しに苦笑いした。
「貴女とエルゼ様のそういうところ嫌いよ」
「あ!エルゼって呼んだ!」
「あ!」
セシリアが指摘すると失言したとメネイヤは慌てて口元を抑えたるが、むふふふと笑うセシリアに少し頬を膨らませてそっぽを向いた。
──かぁわいいなぁ。
幾つになっても可愛らしさのある親友をセシリアは微笑ましく見詰めた。この親友は『黒百合姫』などと呼称されて近寄りがたい雰囲気を帯びているが、セシリアは中身は随分と可愛らしいことを知っていた。
「貴女はいつもそう!そうやって私をからかって!」
「だってメイ可愛いんだもん」
普段はあれほど澄ましているのに、セシリアがからかうとこうやって地が出てしまう。
「貴女はそうやって私の内をさらけ出そうとする」
「その方がメイは魅力的よ」
「そうかしら……」
「そうよ」
2人は真顔に戻るとお互いを見合い、しばし沈黙が流れる。
「……私はね」
先に沈黙を破ったのはメネイヤだった。
「私はね貴女が羨ましかった」
「しがない田舎の子爵令嬢だった私を?」
「そう、羨ましくて妬ましくて……憎らしかった」
「裕福で高い地位の貴族で高い能力と惜しまぬ努力。しかも誰もが羨む美貌の持ち主の貴女が?」
セシリアは「ふふふ」とおかしそうに笑った。
「普通は逆でしょ」
「そうね……そうかもしれない」
メネイヤは「だけど」と続けた。
「貴女はいつも自由で、活発で、そして誰からも愛されていた」
「メイだって皆から愛されていたでしょう」
「私は違う!!」
思わず声を荒げたメネイヤはそんな激情を飲み込むようにぐっと歯を食いしばった。
そして、セシリアを少し恨みがましい眼差しを向けた。
「……私は畏怖されていただけ」
「それは貴女が真面目だから。高位貴族としての責務を全うすることに妥協しなかったからでしょう?」
「そうよ!!!」
そう叫んで、再び昂った気持ちをぐっと堪えようと唇を噛みしめたメネイヤは顔を落とし、両手で顔を覆った。
「……そう。私は高位貴族として果たさなければいけない責任がある。そしてそれを背負っている矜持がある。私は……私はセスやエルゼ様のようには生きられない」
「メイは十分によくやっているわ。もう少し肩の力をぬいたら?」
「できないわ……私そんなに器用じゃない。知っているでしょう?」
色々と拗らせている友人をセシリアは痛ましそうに見詰めた。
「セスやエルゼ様はすぐ皆と打ち解け、周囲に溶け込んだわ。皆がすぐにセスやエルゼ様を好きになる」
「メイ……」
「でも私は……リリだってそう……あの子、エルゼ様に懐いているわ」
メネイヤはきっ、とセシリアに顔を向けた。
「セス……私からリリを奪わないで!」
その顔は目に涙をため、今にも泣きだしそうだった。
ああ、メイはまた拗らせたのね。とセシリアは合点がいった。きっと娘と上手くいっていない、もしくは上手くいっていないと思い込んでいるのだろう。
だからセシリアはメネイヤの横に移動して彼女の手をしっかりと握る。
「何を言っているのメイ……私はリリちゃんを奪ったりしないわよ」
「違う!リリはきっと貴女に懐いてしまう。エルゼ様の時もそう……あの子は……リリは私を嫌っているもの」
ついに決壊した涙は次から次へと流れだす。
「何でそう思うの?リリちゃんは良い娘よ。貴女を嫌うわけないでしょ」
「だって……私は……いつも厳しい態度だし、うぅ……冷たい人間だって、グス……思われているわ」
セシリアに向けたのは流れだした大粒の涙でとくしゃりとした顔で……メネイヤはいつもならこのような表情は絶対に見せないはずなのに。
その子供の様な泣き顔はメネイヤの心のうち、弱く脆い彼女なのだとセシリアには思われた。だからセシリアはメネイヤの華奢なその肩を優しく抱き寄せた。
メネイヤはそのセシリアに縋りついた。
「お願いよセスぅ……私からリリを奪らないでぇ」
次から次へ流れ落ちる涙を拭いもせず、ただただメネイヤは訴えた。
それは彼女の思いの丈。
それは彼女を苛む恐れ。
「何を言っているのメイ……私は奪ったりしないわよ」
肩を抱かれたメネイヤはセシリアに縋りつきながら「うぅ、グス、ヒック……」と泣き続けた。
「でも、ヒック……リリは、ヒック……あの子は私を嫌っているわ!」
「そんなわけないでしょ」
メネイヤは顔を上げずにただ首を振った。
「だってぇ、グス……リリ、ヒック……私の前だと、うぅ……他人行儀で……」
「メイは本当に不器用ねぇ。リリちゃんの前でも格好つけて澄ました態度で接してたんでしょ?リリちゃんも対応に困っちゃうわよ」
「だって、だってぇ、ヒック……リリすっごく優秀なんですもの、グス……なんでもできちゃって……」
「意地を張るから。隙のない母親演じるから……最初から素の貴女で接していたら拗れなかったのに」
「もうだめよぉ……リリに嫌われたら……私もう生きていけない」
少し涙も落ち着いてきたようだが、今度は恐れと不安をないまぜにした目で見上げてくるメネイヤにセシリアは優しく頭を撫で笑いかけた。
「大丈夫。リリちゃんはメイのことをちゃんと愛しているわ」
メネイヤは首をふるふると振る。
「そんなはずない!あの子はエルゼ様のことが好きなの。きっと貴女のことだって……」
そう嘆くメネイヤの唇に人差し指をあててセシリアは言葉を封じた。
「貴女の娘はとても聡い娘よ」
だからね。とセシリアは続ける。
「大丈夫。リリちゃんはメイの不器用だけど確かな貴女の愛をちゃんと理解している」
「ほんとうに?」
いつも凛として美しい大人の女性が、冷たい氷のような美貌を備えた女性が、セシリアの目の前で子供の様な不安そうな顔をしている。セシリアは学園時代のメネイヤをそのまま重ねた。
──当時からこのギャップが凄く可愛いかったのよねぇ。
貴族としての矜持を大切にし、領民を守るために努力し、家族を愛しているため自分にも他人にも厳しくなる不器用で真面目な友人。だけどその内面はとても脆く弱い寂しがり屋なのだとセシリアは理解している。
だけどいつまでも親友を愛でているわけにもいかない。
「ええ、間違いなく。リリちゃんは貴女に似ているもの。メイをよく見ているからよ。それは貴女のことをちゃんと愛している証拠よ」
とても優しいのと抱きしめるメネイヤに囁くと、メネイヤは顔を上げてセシリアをじっと見た。
「リリは私のこと……好き?」
幼児退行してしまった美しいくも愛らしい親友にセシリアは苦笑いした。
「当たり前でしょ。もっとリリちゃんを信じなさい。リリちゃんは貴女に似てとっても良い娘でしょ」
「ええ……リリは良い子よ。優しいし、気配りがよくできるの」
次第に穏やかな表情になるメネイヤは、やがて満面の笑顔になっていた。
「ルルーシェさんもセスの若いころにそっくりよ」
「あら!私あそこまで粗忽者ではなかったわよ」
「そうだったかしら?」
クスリと笑うメネイヤはとても魅力的だとセシリアは思った。
「だけど、ころころ表情が変わるところと……思い遣りがあるところはやっぱり貴女の娘よ」
「まあ、あんなのでも一応自慢の娘だもの」
2人は顔を見合わせて声を出して笑った。
その後はメネイヤもセシリアも娘たちの話題は出さず、学園時代の話に花を咲かした。それは卒業してから疎遠になってしまった親友同士の溝を埋めるかのようだった……
ルル「えへへへ。うちのお母さんいい人でしょ」
アンナ「貴女の場合は前世の両親が問題すぎでしょう」
ルル「あんまり思い出したくない過去です。アンナさんの前世はどうなんです?」
アンナ「私の前世で思い出されるのは『ヤツ』との確執ばかりですね」
ルル「『ヤツ』ですか?」
アンナ「ええ。前世で一度も勝てなかった私の生涯のライバルです」
ルル「えええ!!アンナさんが勝てなかったんですかぁ!?」
アンナ「はい。ヤツは大会の日10tトラックに戦いを挑み帰らぬ人に……」
ルル「(おかしな人だったんだなぁ)」
アンナ「もうヤツに勝てないと知った私はヤツを越えるために10tトラックに挑んだらここにいました」
ルル「(アンナさんも大概だなぁ)」
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