閑話⑦ 『そのころ専属侍女は《暗躍》』
まいど!古芭白です!!
拙著『チェンジ!~侯爵令嬢リリーエン・リュシリューは何が起きても困らない~』をお読みくださりありがとうございます!
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リリはアンナの先導で正面玄関へと歩みを進めていた。
2人だけの時間が流れる……
昨日まではこれが当たり前のことだった。
それが今では他家の侍女とお客の立場。
今の2人の関係はなにか可笑しさを伴う奇妙な感覚と喪失感を伴う空虚な気持ちをリリに与えた。
──哀愁でしょうか?……このような気分になるなんて、私も随分とアンナに絆されていたのですね。
だが、今は感傷に浸っている場合ではない。
アンナと話をしておく必要があるとリリは考えていた。
だからこそルルを置いてきたのだ。
ルルも一緒に見送ると主張したのだが、あまり邸内を彷徨くと正体が露見するからと、リリは捨てられた犬の様な目で見詰めてくるルルを置いてきたのだ。
部屋を出るときクゥーン、クゥーンと幻聴が聞こえたような気もしたが……
「ルルのことお願いねアンナ」
「はい……」
前に立って歩くアンナはリリの方を振り向かずに応えたが、リリには何かアンナが言い難いことを話したそうにしているように感じた。
「どうしたのアンナ?」
「……リリ様」
歩を止めてリリの方に体を向けたアンナの顔はいつもと変わらぬ無表情の筈なのだが、リリにはどこか苦味を帯びているように見えた。
「本当に……本当にルルを私にお任せになってよろしいのですか?」
「ええ、問題ないわ。だって私はアンナを信じているもの」
──やはり、アンナは自分の失態に気がついたのね。そして、それに私が気づいていることも……でもねアンナ……
リリはアンナに優しい微笑みを向けた。
「私はアンナを信用し、そして信頼しているのよ。それはこれまでも、そしてこれからも……」
アンナは黙ってじっとリリを見詰めた。
「アンナは私にとって不利益になることはしないでしょ?」
「それは……もちろんです」
そう返事をしたアンナにリリは「うん」と頷き再び歩を進めはじめた。
2人はその後、正面玄関まで一言も発さず歩き、表に出るとアンナが手配していたリュシリュー家の馬車が停留していた。
「もう遅いのでこちらをお使いください。リリ様が並の相手に後れを取るとは思えませんが、護衛にリュシリュー家の手練れをつけております」
アンナはリリにそっと耳打ちすると、リリは了承したと軽く首肯し馬車に乗り込んだ。
「アンナありがとう……エルゼ様の件よろしくお願いしますね」
リリが車窓からアンナにそう伝えるとアンナは黙って頷き御者に出発するよう促した。
馬車はリリを乗せるとゆっくりと動き出す。それに合わせリュシリュー家の家紋を施した鎧を身につけている騎士たち2名もその馬車の周囲を警戒しながら馬を歩ませ始める。
アンナはリリを乗せた馬車を玄関先でじっと佇んで見送った。その顔にはもう先ほどの苦みを帯びた感情は見て取れず、いつも通りの無感情な氷の仮面に戻っていた。
やがて馬車が見えなくなるとアンナは今の仮初の主人の元へ戻ろうと踵を返して邸内に戻り、廊下を音もなく歩んでいた。が、不意に立ち止まった。
「いますね?」
鋭くもない、大きくもない、しかしはっきりと発したアンナの声に誰もいなかったはずの暗がりに人の微かに動く気配が感じられた。
「はっ!」
アンナの呼び掛けに姿は見えないが、その暗がりから男の声で返事があった。
「リリ様にベルクルド商会の件が漏れました」
「!!」
暗がりの男が息を呑む気配を感じながらもアンナは無視して話を続ける。
「おそらくリリ様は動きます」
「御自らでございますか?」
「ええ、そうなるでしょう」
「では我々はどのように……」
「そうですね……」
暗がりの男が戸惑うのが分かったが、アンナはすぐに答えず思案する姿勢を見せた。
「リリ様に危害が及ばぬ様に支援を」
「はっ!」
「彼奴らはもちろん、リリ様にも気取られぬ様に気をつけなさい」
「しかと」
「それとリリ様と言いましたが、現在はルルーシェ・ルミエンの姿をしています。くれぐれも間違えないように」
そのアンナの警告に暗がりの男は驚いた気配を発してしまったが、アンナは特に気にも止めなかった。
「……では全て猊下の思惑通りに?」
その言葉にアンナは答えず、ただ口の端を僅かに吊り上げて笑うのみだった。
そのあまりに冷たい笑いに、そのあまりに不敵な表情に、気圧されて暗がりの男はごくりと生唾を飲み込んだ。
「猊下……我らが主に伯爵の事をお伝えしなくてよろしいのですか?」
「必要ありません」
ピシャリと答えられ暗がりの男は恐縮した。
「リリ様はお優しいのです……どんなに気丈に振る舞っても、どんなに強がって見せても。そう……リリ様、貴女は優しすぎるのですよ」
無表情のアンナが声は出さずに口の端を更に吊り上げ笑う姿に暗がりの男は背筋に嫌な冷たい汗が流れるのを感じた。
突然アンナはふふふと笑いを漏らした。
「ベルクルド商会も伯爵も今頃は慌てふためいているのでしょうね」
「このタイミングでの魂魄転移は考えていなかったはずですので……」
暗がりの男は黒幕であるはずの2人に少し同情した。
「今日はお粗末な襲撃でした。まあ、突然のことで準備する時間もなかったのでしょうが……」
「まさか自分たちの計画が猊下に操られていただけとは思わなかったでしょうから」
「まあ実際に最初は彼らの計画ではあったのです。最初はね」
アンナはクスリと笑う。
笑っているはずなのに表情は1度たりとも温度を感じさせない。
暗がりの男は目の前の変哲もないはずの侍女が何かとんでもない化け物のように思えた。
「ですが今は全て私の手の平の上」
「……猊下は恐ろしいお方です」
暗がりの男は言葉だけではなく心の底からそう思った。
「……お喋りはここまで。行きなさい!」
「はっ!御心のままに」
男の気配が消えるとアンナは笑いを収めて何事も無かったかの様にいつもの無表情でリリの部屋へと向かった。
ルル「リリ様!アンナさんが裏切ってます!!」
リリ「大丈夫よ。あの娘は悪ぶって見せているだけだから」
ルル「そうなんですか?でも、何かすごく悪い顔してましたよ?」
リリ「アンナは様式美にこだわるから。ああやって悪人風を装っているのよ」
ルル「あぁ、アンナさんて細部の演出にこだわるところありますよねぇ」
リリ「そうねぇ。後でいつも思い出して羞恥でのたうち回るのによくやるわよね」
ルル「そういうのを『黒歴史』っていうんですよ」
アンナ「(*/∇\*))))))ィャ――――」
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