第17話 『侯爵令嬢は襲撃される(侍女のターン)』
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10万字突破!!
申し訳ありません。これは20万弱いきそうだ……
昨日の休みで3話書き上げたかったのに……
結局2話にも届かなかったorz
「ここでは耳目を集めてしまいます」
アンナは素早くリリとアイコンタクトを取るとリリも軽く頷いて了承した。
「そうねですね。リュシリュー様。馬車への同乗を許可してくださいますでしょうか?」
突然声をかけられたリリーエン・リュシリューは体をビクッと一瞬振るわせた。
「は、はい!ど、ど、どうぞ」
挙動不審な自分の姿にリリは苦笑いした。
──アンナの言うとおりこれでは耳目を集めてしまうわね。
リリが黙礼を返すとリリーエン・リュシリューを筆頭にリリ、アンナと続いて車内へ乗り込んだ。
3人を乗せるとリュシリュー家の紋章の意匠が凝らされた馬車は学園からリュシリュー家の所有する王都の屋敷へと向かう道をゆっくりと走り始めた。
「あ、あのリリ様……リリーエン様でよろしいのですよね?」
自分の姿で自分の名前を呼ばれることに可笑しみを感じリリはクスリと笑った。
「ええ、そうよ。私はリリーエン・リュシリュー。ふふ、『リリ』と呼んでもいいですよ。貴女はルルーシェ・ルミエンね?」
「はい……『ルル』とお呼び下さい」
「ええ。そうさせてもらいます。皆さん私を『ルル』と呼ぶから馴染んでしまって」
微笑むリリを見てルルはとても自分の姿とは思えなかった。笑い方1つ上品で別人のような気がする。
「たった1日のことなのに可笑しいですよね」
クスクスと今度は砕けた感じで笑うリリにルルはエルゼの雰囲気を感じた。
──リリ様ってエルゼ様に似てる?だけど学園では……
目の前にいる自分の姿のリリが多分に茶目っ気のあるエルゼのようだと思ったが、ゲームでのリリやライルと共に噛みついていた時のリリはむしろリリの母メネイヤ・リュシリューに似ていた。とルルは思った。
まあ、エルゼにしろメネイヤにしろルルからすれば萎縮してしまう相手だ。
──ううう、自分の姿なのに圧力が凄い。
馬車という密閉空間でリリの持つ独特な雰囲気にルルは飲まれ気味で、緊張して黙り込んでしまった。が、突然アンナが話に割って入った。
「それにしても……」
アンナはリリを頭の天辺からあしの爪先まで舐めるように眺めて大きく嘆息した。
「リリ様……おいたわしや。そのような不器量なお姿に」
「何でですか!?可愛いでしょ?それなりに美少女でしょ私!」
自分の容姿をディスられてルルは激おこだ。しかし、アンナは気にしない。
「リリ様……くっ!見る影もありません」
「アンナさんヒドイ!リリ様と私の姿じゃ違って当たり前じゃないですか!」
「プッ!クックッ……ふふ……だ、だめ……あははは」
2人の気安いやり取りにリリは可笑しくなって笑い出すと止まらなくなった。その目に涙を溜めて笑うリリの姿に撫然な表情のアンナとルル。
「笑い過ぎて涙が……2人ともたった1日で随分と仲良しさんになったのね」
「「なってません!」」
みごとに声を揃えて否定する2人の姿にリリはお腹を抱えて笑い出した。
「本当に凄いわ。アンナがこんなに心を許すなんて」
リリには分かっていた。アンナがルルの緊張をほぐすためにわざと先程のようなやり取りをしたのだと。
──アンナが随分と気にかけている。やはり悪い娘ではないのでしょうね。
「笑い過ぎですリリ様」
少し険のある目で非難するアンナが照れ隠しをしていることぐらい長い付き合いのリリには分かっていた。が、あまり揶揄うものでもないし、今は時間がない。
「ふふふ。ごめんなさい。そうね時間がないからさっそく情報交換ね。まずは今日のお互いのできごとについて話をしましょう」
リリがアンナたちに会うまで過ごした出来事について手短に話し、次に促されたアンナが昨日から今までのことを簡単に説明していく。
「まだ1日経過していないのに随分と濃厚な日を過ごしたものね」
「私たちの方はリリ様ほどではないと思いますが」
「アンナさんにはそうでしょうが、私はエルゼ様にお会いしただけで濃厚すぎますよ!」
ルルの物言いにリリはクスクスと笑いながら「そうね」と頷いた。あのエルゼの相手はルルにはきついだろうと。
「ですがエルゼ様のご協力を頂けるのなら助かります」
「はい。魂魄置換に関してはエルゼ様から情報が入るものと……」
「エルゼ様、専門家に伝手があるみたいなこと言ってましたもんね」
「連絡が入ったらリリ様にもお知らせします」
「ええ、おねが……」
と、突然だった。馬が嘶き、馬車が急停車した。
「きゃっ!」と悲鳴をあげ狼狽するルルをリリが支え、アンナは素早く御者への連絡窓を開けて状況を確認するため覗きこんだが「ちっ!」と舌打ちしてすぐに閉じた。
「リリ様、襲撃です!御者が矢を射られたようです」
「ここは街中ですよ!?」
「いやぁ!!」
「ルル落ち着いて!大丈夫です。私たちがついています。アンナ!」
声をかけられたアンナは口に黒のグローブを咥え、左手に指ぬきのグローブを装着しているところだった。その黒の指ぬきグローブには両手とも魔刻石が埋め込まれているのが見て取れる。魔道具であった。
「リリ様、敵は私が!」
「分かりました。私は御者を診ます。ルルは中に隠れていて」
「そんな!アンナさん1人で戦うんですか!?」
悲鳴のような声を上げたルルをチラリと見ると、いつも無表情のアンナが背筋が凍るような不敵な笑いを浮かべた。
「問題ありません」
そう言い残して馬車を飛び出して行くアンナ。
「大丈夫。アンナは強いから」
リリはルルに笑いかけると続いて馬車の外へ降りて行った。御者の様子を見にいったようだ。
中にいるよう言われたルルだったが居ても立っても居られず、また1人でいる不安に耐えられず2人の後を追った。
外に出ればアンナは既に襲撃者と相対しており、リリの方は血を流して倒れている御者の近くで魔術構文を編んでいる最中だった。
「リリ様!」
「ルル!どうして外に……いいえ、私の傍から離れないで」
リリは今から馬車へ戻すよりも自分の傍らに置いておく方が安全だと判断した。
──早急に治療しないと。
リリは並列魔術構文編纂で2つの魔術を行使した。止血の魔術と殺菌洗浄の魔術。洗浄が済むと止血の魔術はそのままに傷口を塞ぐ魔術構文を構築。通常、複数の術者でしか行えない治療をリリは単独で行っていた。
──リリ様すごい……
その光景にルルは驚愕した。
しかし、ただリリの規格外の魔術の使い方に驚いただけではない。
「治癒魔術?この世界に治癒魔術はないはずじゃ……」
魔術は魔力を使った学問である。事象を具現化するには、具現化する事象を理解していなければならない。つまり、ルルの前世のように生体の知識が不足しているこの世界で治癒はできないはずだった。
「治癒魔術ではないわよ。『医療魔術』。八魔天の1人ギベン・デルネラが生み出した魔術よ」
「――!?」
リリの言葉にルルは驚愕した。
──『八魔天』?ゲームじゃ『七魔天』だったはず。それに『ギベン・デルネラ』なんて魔天の中にいなかった……もしかして転生者!?
半世紀前から活躍している定型文の提案者にして魔天の1人ギベン・デルネラはルルの予想通り転生者である。定型文以外にも現代科学を応用した魔術を考案し、10年ほど前に開発した『顕微魔術』と彼の医療知識がこの世界の医術方面を大きく飛躍させた。
現在、ウィルス感染症はまだ無理だが細菌感染症であれば魔術による治療が可能になっており、また解剖の知識が広まり始めており、今後まだまだ多くの傷病が治療できるようになることが予測できる分野でもある。
「これで大丈夫ね」
御者は一命をとりとめたようで驚愕のルルもほっとしたのも束の間、ルルをさらに驚かす事態がアンナの方で起きていた。
アンナが襲撃者に囲まれていたのだ。
「ちょ、ちょっとアンナさん!?」
「慌てないで。大丈夫よ」
そっとリリはルルの手を握る。
「で、でも囲まれて……あっ!リリ様なら魔術であんな連中を」
「落ち着いてルル。乱戦の状態に魔術はかえって危険よ。アンナなら大丈夫」
縋ってきたルルにそう言うとリリはクスクスと笑い出した。
「アンナのこと心配してくれているのね。アンナのこと好きになった?」
「え!?……あっ……うっ……」
ルルは顔を真っ赤にして誤魔化すようにアンナの方に視線を向けた。それを微笑ましそうに見たのちリリもアンナの観戦をしつつ……
──周囲にまだ何人か隠れていますね
リリは自分たちの周りに気を配ることも忘れなった。
一方、アンナは短剣を持つ4人の覆面の男たちに囲まれていたが、取り乱す様子もなくいつのも不愛想な顔で構えることなく立っていた。恐ろしいまでの自然体で。
──この4人以外に人が配置されていますね。街中で人がやってこないのはそのせいですか。
しかし、ここは貴族街に近い。時間をかければ警邏の騎士たちが異常を察知して飛んでくるだろう。
──こいつらには時間が無い。狙いはおそらくリリ様かルル。あるいはその両方か……
ならば自分をできるだけ早く排除したいはず。とアンナは表面上全く素振りを見せずに4人の挙動を注意深く捉えていた。
予測どおり、男たちはすぐに行動に移した。
男たちは視線でアイコンタクトを取ると示し合わせたように左前方と右後方の2人が同時に短剣を振るってきた。
と、アンナは右足をスッと引いた。たったそれだけだ。体幹の角度が僅かにずれ、相手の襲ってくる方向が変化する。
アンナは右から短剣を振り下ろしてきた相手の手を素早く掴み、軽く捻りながら2、3歩動いただけの様に見えたが左から襲ってきた男に対して手を捻り上げた男を盾にしていた。ほんの一瞬のできことだ。
「がぁ!」
「くそっ!」
手を捻り上げられた男はあまりの痛みに呻き短剣を話して離脱した。仲間を盾にされた男の方も舌打ちしていったん引き下がった。
「え?なに今の?」
ルルには訳がわからない。アンナは特別速く動いたわけではない。むしろゆっくりな動きに見えたし、動いた範囲もほんの僅かだった。なのに一瞬のうちに2人の男の襲撃を防いだのだ。
「私にもよく分からないのだけれど、エルゼ様がおっしゃるにはアンナは足の運びが独特なのだそうよ。エルゼ様もかなり驚いていらっしゃったわ。アンナに尋ねたら『ほほう』って言っていたわね」
「ほほう?」
「侍女服のスカートは長いから足が隠れていっそう動きが分かりずらいのよね」
リリの言うとおりで、男たちからすれば距離が近い分だけアンナの動きが理解できていなかった。けっして速い動きではなかった。なのに何をされたか全く見えない。魔法でも使われたのかと思うほどだ。
──短剣を振りかぶってくるなど落第です。殺しにくるなら4人同時に突いてくるべきです。
そんな彼らを見ながらアンナには余裕がかなりあった。
──暗殺には慣れていない。傭兵か冒険者崩れですね。チンピラよりマシというレベルですか。つまらない。なんだか面倒くさくなってきました。
観察していたアンナの雰囲気が変わった。
その気配をリリはすぐに感じ取った。
「あ……アンナ、面倒になったのね」
「え?面倒にですか?」
「ええ、たぶん脳筋にかわっちゃったわね」
「はい?脳筋ですか……」
「アンナは凄く優秀なんだけど、戦闘面では繊細な動きするのに性格が大雑把になるのよねぇ」
リリとルルが見守る視線の先のアンナの両手の指ぬきグローブに魔術言語が浮かんだ。
夥しい数の魔術言語だ。
何か仕掛けてくる!
男たちも警戒した。
が、それは無意味だった。
「ぐぁ!」
「な!ぶふぉ!」
2人の男たちが沈んだ……
────[襲撃者A]────
警戒していた。
間違いなくこの無表情な侍女を見ていた。そのはずだった。
だが、気がついたら侍女が仲間の前にいた。いや目では追えていたはずなのだ。
あの女の上半身はまったくブレることなく長いスカートで足が隠れているせいか、まるで幽霊がすっと動いてきたかのような感じだ。
いきなり仲間が間合いを詰められたのだ。体が反応しなかった。
理由は分からない。
そしてその侍女の一撃。あり得ない。
2人の仲間がそれぞれ左右の拳の一撃で沈んだ。
それ程強い打撃には見えなかった。
軽く腕を出したようにしか見えなかった。
じっさいに2人とも吹き飛んだりせず殴られたその場で泡を吹いて倒れたのだ。
おかしい!防御結界は機能していないのか?
大型魔獣の一撃だって余裕で防ぐ結界をはる魔道具だったはず。
なんだこれは!意味が分からない。
この時、俺は悟った。こいつに関わってはいけなかったと。
こいつは人じゃない!
こいつは人の形をした……人ではない何かだ!!
化け物?
そんな生やさしいものではない。
ダメだ!ダメだ!ダメだ!!
こいつに触れてはいけなかった!
貴族の令嬢を攫うだけの簡単な仕事?
いつもか弱い侍女しか側にいないから楽勝?
ふざけるな!こいつはそんな生やさしい奴じゃない!
こんな依頼受けるべきじゃなかった!!
俺が未知の恐怖に慄いた瞬間、隣にいた最後の仲間も倒れ伏し、
そして俺も……ドンッ!!!
──────────―(ブラックアウト)
「な、なんですかあれ!相手まったく動けなかったですよ!?」
「意識を外されたのね。アンナに聞いただけで私もよく分からないのだけれど、人間どんなに意識していても反応できない瞬間があるんですって、特に身構えている体が固まっているときは顕著だって言っていたわね」
「よく分かりませんが……で、あの一撃はなんなんです?」
「あの一撃はね魔道具の手袋によるもの。アンナ専用脳筋仕様になっているの。防御不能の絶対物理の打撃を出すのよ。どんな防御結界も一撃で粉砕しちゃうの」
「なんですかそれ!?反則じゃないですか!!」
「でも膨大な魔術言語を必要とするから魔力消費量が半端ないのよ。しかもほとんど一瞬しか効果がないの。欠陥品って言われていてね。あの魔道具まともに使えるのはアンナだけなの」
「リリ様やエルゼ様でも無理なんですか?」
「私では使い熟せる程の体術がないし、エルゼ様では魔力保持容量が足りないの」
「も、もしかしてアンナさん最強?」
「まあ、私なら魔術で遠距離攻撃するわね。アンナは自分の内包魔力を全て物理に変えちゃう脳筋なのよ」
アンナは周囲の気配を探って残りの襲撃者が逃げたのを察知するとリリの元に戻ってきた。
「脳筋は言い過ぎですリリ様。相手の意識を外す歩法、機を読み魔術のタイミングを測る目、そして打撃の力を100%相手に叩き込む技あってです。殴った相手はその場で倒れましたでしょう?」
「なんか軽く殴ったように見えました」
「打撃力が全て乗りましたからね。我ながら素晴らしい一撃でした。相手が後ろではなく僅かに前に倒れるのがポイントです」
なんだかいつもよりアンナが生き生きしているなとルルは思った。自分の技について語る声はいつもより抑揚があるし、それに無表情のアンナの顔が少し上気しているような気がした。
だからルルは断定した。
──間違いない。アンナさんは真正の脳筋です!
リリは突然の強襲でも困らない。頼もしい侍女が傍にいるから……
ルル「アンナさんせっかく格好良く戦い始めたんだから最後まで持続してくださいよ」
アンナ「いやぁなんだか面倒くさくなりまして」
ルル「はぁ……(意外と大雑把な人だな)それにしてもなんだかリリ様の話し方変わっていませんか?」
アンナ「貴女に合わせて砕けた感じを出していらっしゃるのでしょう」
ルル「ええ~でも私あんなしゃべり方じゃないですよぉ?」
アンナ「ギャップの差でしょう」
ルル「ギャップですか?」
アンナ「リリ様が完璧すぎるのです。そして貴女がポンコツ過ぎるのです」
ルル「アンナさんヒドイ!」
令嬢類最強!ー悪役令嬢わたしより強い奴に会いに行くー『第三死合!悪役令嬢vs虐待の乳母』を執筆開始しました。今週末か来週あたまくらいにはアップする予定です。