第13話 『侯爵令嬢は友人と団欒する』
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おかげで古芭白はまだまだ頑張れそうです!
リリはマリー、カーラ、サラ(サラマリン・ラベチュアが要求した愛称)を伴い、食堂へとやってきた。
高位貴族で王太子の婚約者であるリリはその圧倒的な美貌と学園の生徒たちと同年代とは思えない落ち着いた風格の持ち主であるため、生徒たちは近寄りがたいのか遠巻きにしており、リリには学園内に気心の知れた友人を持つことができないでいた。
そのため、リリは学園で友人と昼食を一緒にできることにいつも通り表情に出してはいなかったが、内心は狂喜乱舞していた。
学園生活のことについてエルゼと話したこともあったなとリリはふと思い出した。
──エルゼ様は学園時代について『メイは黒百合、私は赤猿よ赤猿!』っておっしゃっていたけれど……
リリは破天荒だがとても有能な、でも『王妃様』と呼ぶと愛称呼びするまでツーンとそっぽを向いて返事をしてくれないお茶目な王妃のことを思い出していた。
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リリがエルゼについて印象が強いのは妃教育でのことだ。
エルゼの教育は厳しい。と言うより超高難度な内容だ。
婚約が決まり初めて王宮に上がったまだ幼いリリを待っていた妃教育は予想を外れるものではなかった。確かに内容は高度だ。王家の儀礼や妃の作法、教養に始まり、語学、経済、歴史、ダンスは当たり前。自国のみならず重要国の貴族の情報なども詰め込まれた。
ただ、リリも高位貴族の端くれ。ましてや真面目なあの母の教育を受けてきた。
また非凡なリリは周りから見て軽々と熟しているようにしか見えなかっただろう。
リリ自身も多少の労苦は感じたものの、この程度であれば妃教育を然程厳しいとは思わなかった。母に似て真面目過ぎるリリはこの程度は貴族としてしなければならない事なのだからとしか思っていなかったのだ。
妃教育を卒なくこなして1年余り、そんなリリを見詰めてエルゼは違うことを思ったらしい。
その日はマナーの一環で行うお茶の時間であった。彼女はテーブルに頬杖をつきながら突然曰わったのだ。「リリちゃんは素直で頑張り屋のいい娘。メイそっくりよ」と。
その貴族女性にあるまじき態度に思わずリリは少し眉を顰めたが、そのリリの様子にエルゼはむしろ声を立てて笑った。
「そういう優秀だけど真面目で頑固で融通が利かないところもね」
リリは困惑した。目の前にいるのはこの国の王妃。この国の女性の頂点に立つ人物だ。全ての貴族女性の規範になるべき彼女がこんな明け透けな態度を取るなんて。リリの持つ高位貴族に思い描いていたものが音を立てて崩れていきそうだった。
この女性はよく笑う。それも感情を悟らせない微笑ではなく、コロコロと表情を見せる。いつも楽しそうだ。それはリリにとって羨ましくもあり疎ましくもあった。だからリリはエルゼに対して少し苦手意識があったのかもしれない。
「メイはホント優秀な子。あの子が王妃だったらリリちゃんみたいな王様作って、すっごい名君の母となっていたでしょうね。でもきっと退屈な国よぉ」
その瞬間、エルゼの表情が一変した。
いや、先程までと同様笑ったままの筈なのに雰囲気が全く違う。暖かな春を連想させていた笑顔の出す空気が真冬の極寒のように刺すものに変わっていた。
そんなエルゼの鋭い雰囲気にリリは呑まれてしまった。
「ほーんと真面目過ぎてつまんない」
「は、母を侮辱しないでください」
「あら意外。リリちゃんお母さんとは仲がいいの?」
そう指摘されリリはドキリと心臓が跳ねるような気がした。私はお母様と仲がいいのだろうか?と。
リリにとって母親との思い出は躾だ。決して厳しいだけのものではなかったが、果たしてこれは母娘の関係として正しいのか?
「その様子でだいたい分かったわ。メイは真面目過ぎるのよね」
そう言って何か思い付いたような顔をしたエルゼはニヤリと不敵な笑いを見せた。
リリはそんな目の前の女性が怖くなった。全てを見透かされていそう。
やはり、一国の王妃なのだ。彼女のお腹の中には一物どころか二物も三物も詰まっていそうだ。
「じゃあ今日からの妃教育を大幅変更しましょう!」
その日からエルゼの宣言通り妃教育は変貌した。
今まで行っていた教育の内容はそのままでありながら短時間で終わるように強要された。リリが卒なく熟していたとはいえ妃教育の内容はそれなりに高度なもだ。それをほぼ半分の時間で修めるのは至難である。リリはエルゼのことを鬼だと思った。
そして空いた時間は当然余暇ではない。エルゼとの地獄の戦闘訓練だった。突然、基礎訓練も無しでエルゼとの実戦形式の組み手をやらされたのだ。
彼女は辺境で『紅蓮の戦姫』の2つ名をぶら下げ暴れ回っていた猛者だ。完全な強者だ。話では近衛でもこの王妃には勝てないとか。この時まだ10歳を僅かに超えたばかりのリリが太刀打ち出来るはずもない。
来る日も来る日もリリは投げ飛ばされた。
「お、王妃様!普通走り込みのような基礎訓練から始めるものでは?」
「『エルゼ』よ!エ・ル・ゼ!」
堪らずリリは訴えたが、エルゼにとって愛称で呼ばないことの方が重大事らしい。まあリリの訴えもエルゼ曰く、『社交も外交も戦闘も虚実よ!』らしく、一蹴されたが。
いや間違ってない。確かに間違ってないのだが、なんか違うと遠い目をしてリリは思った。
そうして月日が流れ何とかエルゼともましな組み手ができるようになったのは、リリがシュトレイン学園に通うようになる1ヶ月前のことだった。
「リリちゃんが私との組み手でここまで上達するとは思わなかったわ」
そう言って笑うエルゼにリリは苦笑いした。
エルゼの猛特訓に真面目なリリはまともに取り組み、才能もあったのだろう王城の騎士たちでさえ太刀打ちできない技量になっていた。
近衛騎士たちは顔面蒼白だ。守るべき対象の方が自分たちより強いのだから致し方ない。
さすがにこの頃になるとお堅いリリにもエルゼが求めているところが組み手の上達ではないことに気がついていた。戦闘面の上達は副産物だ。
「メイもリリちゃんも頑張り屋で努力家で融通が利かない状態が平常なのよね。だから何にでも全力で力を注いでしまう。そしてそんな自分が頑張っていること自体を認識していないのよ」
組み手でかいた汗を魔術でさっと流すと2人はテーブルにつき、エルゼは侍女にお茶を淹れるよう指示を出していた。
「きっと、なまじ何でもできてしまうからね。自分でも平然としていると思っているのでしょうね。だけどやっぱり頑張っているっていうのは力が入っているってことなの。いつまでもそんな状態続けていいものではないわ。時には力を抜いて楽しまないと。社交も戦闘も人生もみ~んな同じ!力を入れる時と入れない時の虚実で成立するのよ」
テーブルに頬杖をつくエルゼを見てリリは最初にこの姿を見た時自分は不快感を出したなと思い出した。今ではそれ程いやではない。むしろ少し好感を持っている。
「妃教育も大事だけど、暴れて少しはリリちゃんも力が抜けたでしょ?」
エルゼはリリに組み手の上達など求めていないし、上達などしなくてもよかったのだ。ただ一緒に体を動かすことでリリの中に溜まった澱を発散させようとしていた。
エルゼとの組み手でリリはいつもクタクタでヘトヘトだ。最後には立ち上がれなくなり、地面に仰向けになって倒れてしまう。淑女にあるまじき不作法だ。
だけれどもリリには不快感はない。エルゼとの組み手という触れ合いは、他人と距離をとっていたリリに人と向き合うことを教えてくれた。また弛緩した体に訪れる清々しい疲れと脱力は今まで自分がどれだけ張りつめていたのかを知らしめた。
リリが持つ力みという不純物が取り除かれたことで、心に余裕ができると不思議と周囲を見る余裕も生まれた。それは狭い世界の中で生きてきたリリの蒙を啓き、世界の本当の広さを見せてくれた。
「さ、リリちゃん笑って笑って!笑顔が全ての基本よ」
この頃になると能面のようなただ穏やかなだけの微笑を温かみと深みのあるものに変え、更には周囲に対して少し茶目っ気を見せるようになってきていた。これは多分にエルゼの影響のおかげかもしれない。
――それでもやはりエルゼの様にはなれない。この方は本当に凄い。何でもないような素振りをしていながら、他人のことをよく見ていらっしゃる。
自分はどこまで行っても、あの母の娘だ。
とは言え、母のことは嫌いではない。
とても真面目で、優秀で、努力家で、貴族女性の鑑というべき人だ。
畏敬の、尊敬の念に堪えない。
貴族女性としての母を誇りに思っているのは変わらない。
――だけど、私が欲しかったのはそれじゃない……ああ、私は今まで『欲しい』と思ってこなかったのね。お母様に『母』を欲していなかった……
この時になってリリは欲することを知ったのだ。
だからこそだろう、リリはどんどんエルゼに憧れ、エルゼを慕い、エルゼのもとで学んだのだ。
──エルゼ様は同じ王太子の婚約者として学園生活を送っていても友人をいっぱい作って学生時代をめ目一杯楽しんでいそうね。だけどどれだけエルザ様に学んでも私はお母様と同じ……
母もおそらく学園時代は貴族としての矜持を持って孤高を貫き通して過ごしていたのではないかと、リリはその姿を想像して……自分と同じだからこそ想像できてしまって少し寂しい感傷に浸った。
「リリちゃん、お友達を持ちなさい」
エルゼは穏やかに言葉を贈った。
「お友達と笑いあいなさい。そうすればきっと退屈しないから」
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そして、今リリは友人とランチをしている。
──お友達……何という甘美な響き
リリは完全無欠に浮かれていた。
その浮かれ具合は……
「マリー」
「何ですの?」
「ふふふマリー」
「んもう。だから何なんですの」
「えへへ、マリーって呼んでみたかっただけ」
「ルルったらもう」
愛称を呼び合える初めての友人にリリは歓喜で崩壊気味だ。マリーの方も少し怒った様な雰囲気を見せながらも顔を真っ赤にしてまんざらでもなさそうだ。間違いなくツンデレだ。
確かに微笑ましいのだが、まるで甘々の(バ)カップルがイチャイチャしているかの様相にカーラもサラも呆れ顔になった。見せられる方はたまったものではない。
「2人とも仲良くなれて嬉しいのは分かったから」
「んふふふ」
「わ、私は別にそれ程のことはありませんわ」
顔にはそれほど出していないのに緩み切った感情が見て取れるリリに対し、顔の火照りで朱のさした顔をツーンと背けながらも口元がユルユルのマリーはまごうことなきツンデレだ。
「だけど教室でマリーがルルに声を掛けた時はどうなるかと思ったわ」
「私も~ひやひやしました~」
「まさかルルがあんな切り返しをしてくるなんて」
教室での教科書騒動の一件の顛末を思い出してカーラとサラはクスクス笑い出した。
「マリーの胸のおかげで~ほんと教室内がなごみました~」
「む、胸のことはおっしゃらないでくださいまし!」
「だけどマリーの胸はどうしたの?あきらかに大きさが今までと違うわ」
「あ、それは~私も思いました~」
そう言えばクラス中マリーの胸を初めて見たかのような素振りだった。
もう半年近くも一緒にいるはずなのに今まで気がつかないのはおかしい。
「あ、これですの?今まではサラシを巻いていたのですわ」
マリーは自分の胸を両手で少し持ち上げると、その大きな果実が強調され食堂の男子生徒たちの注目を集めた。もちろんすぐにカーラの冷たく鋭い視線を浴びて全員その胸から名残惜しそうに目を逸らしたが。
「サラシをですか~?」
「はい。学園での異性の視線があまりに……それでいつもはサラシを巻いて貰っていたのですが、先ほどの実論の時間での持久走で緩んでしまったのですわ」
「自分で巻ききれなかったのね」
「はい。ルルの制服が気になって時間を取られたせいもありますわ」
「もっときつく巻いて貰えばよかったのよ」
「最近また大きくなって、これ以上は無理ですわ」
「くっ!う、うらやましくなんて」
リリは3人の会話を黙って聞きながらじーっとマリーの胸を凝視していた。
――ぽよんぽよんです。なんでしょう?すごく魅惑的です。
その美味しそうで気持ちよさそうな巨大な双丘にリリの心は奪われ、その魅力に抗うことが困難になってきた。というより抗う気持ちは毛頭ない!
「えい!」
「きゃ!」
リリはマリーの右胸を思いっきり揉み拉いた。
「ふにふにです!なんですかこれ!気持ちがいいです!!」
驚愕のふわふわ感!
リリは虜になった。
「何やっているのよルルは」
「こ、これは!手が沈みます!ふおぉぉぉ!マリーの中、柔らかくて暖かい。蕩けそうです。何と甘美な。癖になりそうです!むむ、殿方が大きいのを好むのが分かるような気がします」
「ルルやめ!あっ……ダメ!」
「……き、気持ちいいの?」
実況を始めるリリに呆れ顔だったカーラもリリの手元の沈み具合が次第に気になり始めたのか、便乗してリリの揉んでいる側とは逆の胸をツンツンと指で突き始めた。
「なっ!ホント柔らかすぎ!」
「ちょ!貴女たち何をするんですの!……ん、やっ、あん!?」
「え~私にも触らせてください~」
2人のじゃれつきとマリーの色っぽい声にサラも触発されたのかサラは座っているマリーに近づくと、その背後から両手で両胸をガシッと鷲掴みした。
サラはいつもゆったりとした口調で大人しそうな顔をしているが、この中で1番大胆である。
「うわ~なんですか~この触り心地~!癖になります~」
「み、皆さんいい加減にしてくださいまし!……ふぁ、んぁ、くっ!」
あまりの突飛な行動とマリーの同世代と思えない艶姿に食堂の(男性陣の)視線は釘付けだ。
かなり注目を浴びたが、カーラとサラがマリーの胸に魅了されているうちにリリはとっくに3人から離れて素知らぬ顔である。結構ひどい……
「ちょっと!ルルが最初に揉みだしたくせに、なに他人の振りしてるの!?」
「ルルさんて~結構いい性格~してますよね~」
「2人ともいつまで私の胸を掴んでいるんですの!」
2人が十分堪能してやっと解放されたマリーは、はぁはぁ息を荒げながら胸を両腕で隠して涙目だ。
カーラとサラはそんな様子に声をたてて笑った。口を尖らしたマリーだったがそんな2人の様子につられて、「もう」と言いながらも両頬を手で覆いながら少し口元が緩んでいた。
その後4人は顔を見合わせて貴族女性らしからぬ笑い声をあげた。
リリはハードな妃教育でも困らない。おかげで友達ができたから……
ルル「王妃様の『赤猿』ネタってリリ様にもやってたんですね」
アンナ「あれ絶対楽しんでますね」
ルル「当時の学園生活も好き放題だったんでしょうね。なんか想像がつきます」
アンナ「リリ様も王妃様とまでは言いませんが、ご学友とよい学園生活が送れれば……」
ルル「送ってるみたいですね」
アンナ「なんですか!あの羨まけしからん女は!?」
ルル「メネイヤ様以上のツンデレです!逸材です!」
アンナ「悪役令嬢っぽい美女でツンデレ爆乳!しかもアホの娘……どれだけ属性をぶっこんでいるんですか!?」
ルル「いけません!私の存在感が薄くなりそうです」
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