第11話 『侯爵令嬢は持たざる者の辛酸を知る』
ロッカーの中の惨状をリリは観察した。
その様子を茫然としていると勘違いしたのか、意地の悪いクスクス笑いが聞こえてくる。
──なるほど。狂言ではなく、実際にイジメを受けてはいたんですね。
とは言え他クラスの事であり、リリは関わってはいないしその実態も把握はしていなかった。
──では何故彼女は私がイジメをしたと主張したのか?
リリが首謀で令嬢たちに指示をしたと思ったのか?
それとも誰がやったかは関係なく、リリを陥れられればよかったのか?
──まあ大方、この状況を利用しようとしたのでしょう。
今までの影からの情報。そしてルルになってからの周りの状況。ライルの狙い……
リリはある程度予想がつき始めてはいた。
──そこら辺のことは後で調べましょう。今は……
リリは引き裂かれた制服を手にすると魔術構文の構成を練る。
──初めての魔術ですが……大丈夫でしょう『修繕』!
リリの手の中で制服の周りに魔術言語が光の帯のように纏わりつき、裂かれた布地が次第に結びついていった。それ程の時間を掛けずに修繕されるとリリは制服を翳して状態を確認した。着用しても問題のない状態だ。
「す、すごいですわ……」
「ん?」
突然の声に振り返ると意外と近くに1人の女生徒が立ってリリを見詰めていた。
巻き髪の波打つ金髪と碧い瞳で切れ長の釣り目を持つ美少女……というより迫力のある美女だ。リリは確かコラーディン伯爵のマリアヴェルだったわねと相手を見据えた。
彼女とはそれほど面識はないが強面ながら他者を圧倒する美貌はそうそう忘れられるものではない。
それにリリは彼女の祖父、故人である前コラーディン伯爵とは知己であった。
──古き良き誇りを持つ貴族を体現したような方だったわね。
ノブレス・オブリージュ……
この貴族たる指針を言葉だけではなく実際の行いで示し、それでいて下にも上にも迎合せず泰然たる態度を貫いた真なる貴族であったとリリは認識していた。その施政も優れておりコラーディン家を守り抜いた。
が、教育には失敗したようで、息子の現コラーディン伯爵からはあまりいい噂は聞かない。
その彼女がリリの持つ制服を凝視していた。
「あの何か?」
「その制服は……いいえ、問題ないのならいいのですわ」
マリアヴェルは何か奥歯に物の挟まったような言を残してリリをチラチラと見ながら更衣室を出て行った。
──この件に関わりがあるのでしょうか?
疑問に思ったが最後の1人になっており、時間もないのでリリはすぐ着替えると他のクラスメイトを追うように教室へと向かった。
すっかり遅くなったが次の講義の時間には間に合ったようで、教諭の到着していないだろう教室はガヤガヤと騒がしい。
扉を開けると朝と同様に一瞬教室が沈黙に包まれたが、すぐに教室内の数名の女生徒がクスクスと不快な笑い声をたて始めた。
リリは小首を傾げたが彼女たちの嘲笑の理由はすぐに判明した。
「あら?」
リリが自分の机に着くと荷物の異変に気がついたのだ。
次の授業である歴史の教科書が無くなっていた。
──こうきましたか……
リリは苦笑いした。
先ほどは修復してみせたので、教科書を隠すという行為になったのだろう。
彼女たちはまだリリを横目で見ながら嘲っている。
──未熟ですね。自分たちがやっていると言っているようなものでしょう。
貴族なら謀略の類は自分の関与を疑わせないようにするものだ。
まあ、警告の意味を込めてわざと関与を仄めかすことはないこともないが。
「それにしても幼稚ですわね。この程度で私が困るとでも?」
特に弱った様子もなくリリはクスリと笑った。
「あらあらルミエンさん、どうかしたのかしら?」
そんなリリの前に再び金髪碧眼の迫力美女マリアヴェル・コラーディンが悪役っぽい満面の笑みを携えて声を掛けてきた。
その華美な美貌と自信のある態度と言い回し。
威圧の為かマリアヴェルは胸を反らして背の小さいリリを睥睨していた。
登場の仕方がまるで私が首謀者よと言わんばかりだ。
しかし、リリはそれよりも気になったことがある。
マリアヴェルの反らした胸は元の身体のものより大きそうだ。
いや確実に大きい!と……
遥かにデカい!
圧倒的重量感!
超越的存在感だ!
いや、決して羨ましいわけではないのだ。
彼女の胸は確かに巨大だ。しかも柔らかそうで、美味しそうだ。
しかし、自慢ではないがリリのものも十分立派である。きちんと大きい!
──あ、でも今はちいさ……慎ましかったですね。
そう、元の身体の話であった。
今の自分の胸に触れて、リリは言葉を失った。
現在はルルの身体だ。
目の前の自己主張の激しい胸と現在の自己主張控えめの自分の胸を思わず交互に見てしまった。
──くっ!圧倒的じゃないですか、彼の胸は!
絶望した!
戦力の彼我の差に絶望した!
リリはこれまで胸の大小など気にも止めていなかった。胸の多寡など人の営みにおいてどれほどの価値があるものか。そうリリは思っていた。
しかし!リリはそれが『持てる者』の驕傲であると悟った。
持てる時には些細なことと気にも留めなかった胸のサイズ、『持たざる者』になって初めてこの胸の心許なさを、全力で走っても揺れることのない薄さを……この塗炭を!
──ああ、何と言う事でしょう。『持てる者』の時はきちんと『持たざる者』の苦しみを理解していると思っていたのに……
真の苦しみなど当事者にしか理解できないのだ。
リリは一つ真理を得た!
「何処を見ているのです!」
いつまでも顔を上げず胸に釘付けのリリにマリアヴェルは業を煮やした。
「あ、いや立派なものだなと」
リリは思わず自己主張の激しい双子の丘を指差した。
「む、胸の事は言わないで下さいまし!」
マリアヴェルはリリから隠す様に腕を胸の前で交差させた。彼女は彼女で劣等感があるようだ。
しかし、長いがあまりにも細い腕ではそのたわわに育った見事な二つの果実を隠すのには無理があった。
いや、寧ろ枯れ木の如き細腕で押し付けられた果実はたわんで、その圧倒的質量を見せつけている。
皆の前で『私はここよ〜私は大きんだよ〜』と先程よりも強烈に主張している。
男子生徒のみならず女子生徒たちも視線が釘付けだ。
「な、何ですか!?皆さん、そんな目で見ないで下さいまし!」
皆の視線から己の特大果実を隠さんとマリアヴェルは体を横に向けたが……
ぶるん♪
揺れた。
ぷるんぷるん♪
揺れている……
女子生徒たちは血の涙を流しガックリと膝を折り、両手を地につけた。
男子生徒たちは獣の如く血走った目を芳醇な果実から剥がすこと叶わず。
ああ!何とう言うことか!
戦う前からクラスの戦乙女たちの自尊の心を細枝の如く簡単にへし折る超重量。
クラスの益荒男たちの自制心をたやすく乱す柔らかく美味しそうな2つの果実。
この質量差は覆せない。
もはや勝敗は決した。
勝ち目が無い。
「何なんですの?皆さんひとの胸をジロジロと。嫌らしいですわ!」
(嫌らしいのはお前の胸だ!!!)
このクラスの心が一致した瞬間だった(マリアヴェルを除く)。
キッ!
女生徒たちは項垂れた姿勢から顔を上げ親の仇くマリアヴェル(の胸)を睨め付けた。
ギンッ!
男子生徒たちはまるで血に飢えた獣の如く血走った目でマリアヴェル(の胸)を凝視した。
「ひっ!」
その視線にマリアヴェルは涙目になった。
この気の強そうで、きつめの顔の一見気が強そうな少女が涙目である。
出るところは出て引っ込む所は引っ込んでいる、色気たっぷりの見た目大人びた美女の少女が涙目である。
迫力と顔立ちから肉食獣の様な威圧感があったのに、皆の視線に気圧されている姿は怯える小動物にしか見えない。
(なにこの可愛い生き物!?)
このクラスの心が再び一致した瞬間だった(マリアヴェルを除く)。
最初は高圧的な迫力美人で自信に溢れていたはずなのに、今は怯える子ウサギのような怯えた表情。
──何ですかこの落差は……はっ!もしやこれがアンナが言っていた『ギャップ萌え』なのですね。
リリは『萌え』を理解した。
確かにこれは可愛い。
ネネちゃんも可愛いかったが、これはそれとはまた方向性の違う可愛さだ。
──マリアヴェル・コラーディン!その名をこの心に刻みました!
リリはイジメに遭っても困らない。今はマリアヴェルが気になります……
ルル「巨大な胸!!!」
アンナ「胸ごときで……」
ルル「アンナさんは大きいからそんなこと言えるんです!」
アンナ「貴女も今は大きいでしょ」
ルル「ううう……リリ様の胸大きい……」
アンナ「あんまり揉むんじゃありません!」
ルル「あ、アンナさんが発情した」
アンナ「やはり質量感は大切です!」
ルル「手のひら返した……やっぱり戦いは質量だよ!アンナさん!」
アンナ「まあ、やつも数だよと言いながら最後は質量とりましからね……負けましたが」
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