第10話 『侯爵令嬢はチートです(アンナ談)』
「それでは今よりルルーシェ・ルミエンとゼルマイヤ・ダマルタンとの魔術模擬戦を行うのであーる」
サージェイの突然の宣言。
「え!?」「模擬戦!?」「攻撃魔術を使用するのか?」「危険じゃないのか?」
生徒たちは騒ついた。
──ダマルタン伯爵家の次男でしたか。
周りが騒然としている中リリは名前を聞いて、相手が誰かを初めて認識して以前にどこかの夜会であったダルマン伯爵の優秀な嫡男が出来の悪い愚弟だと言っていたなと思い出した。
下を見て上を見ない。魔力保持容量があっても努力をしない。と……
「ふ、ふん!望むところだ。私とてシュバルツバイスの貴族だ。怖気いたりはしない」
「さすがゼルマイヤ!」
「そんな下賤な男爵家の者など蹴散らしてしまえ!」
ゼルマイヤは息巻き、その取巻きらしき子息たちも煽っていたが、リリの関心はサージェイのもつ2つの黒いバンクルに向けられていた。
──もしかしてあれは魔道具では?
『魔道具』
『魔術言語刻印用貴石』通称『魔刻石』が組み込まれた特定魔術を発動する道具や装置の総称である。
『魔術言語刻印用貴石』通称『魔刻石』
魔獣などの魔法を使用する獣の体内から発見された貴石で、流し込んだ魔力が刻み込まれた魔術言語へ変換され魔術が発動する。現在の知見では魔獣はこの自分の体内にある貴石を用いて、ブレスなどの魔力を用いた超常現象を引き起こしていると考えられている。
この『魔刻石』は刻み込まれた魔術構文の魔術しか発動できないので応用力は皆無である。が、定型文以上の発動スピードと簡便性を持ち、魔力さえ流せば魔術言語を知らずとも使用できることもあって、先述の『魔道具』として生活や軍事に広く利用されている。
「まずはこれを受け取るのである」
サージェイが取り出したバングルに魔力を通すと組み込まれている魔刻石の周りに魔術言語が浮かび上がり魔術が発動した。その起動を確認するとサージェイはそれぞれリリと伯爵子息に投げて寄越した。
──ちらりと発動した魔術構文を見た感じ、おそらく模擬戦用の防護魔術が施されていますね。
投げ寄越されたバンクルを示指と中指ではしっと受け取ったリリは、一瞬考えたがすぐに魔刻石の魔術構文を読み取るべく魔術を行使した。
バングルを持つリリの手に魔術言語が光の紐が絡み付く様に浮かぶと魔刻石に刻まれた魔術言語も光となって浮かび上がった。魔刻石に刻み込まれた魔術言語を読み解き、動作確認を行うための魔術である。
──間違いなく防護魔術ですね。動作も問題ありません。
魔道具を精査しているリリとは異なり、一方のゼルマイヤは投げ与えられたバンクルをお手玉して取落とし、慌てて拾い上げていた。
「い、いきなり何だ!」
いきり立ったゼルマイヤと冷静なリリを比較するように見比べたが、ゼルマイヤに呆れた表情を向ける以外は特に何も述べず説明を始めた。
「そのバンクルは摸擬専用の防護魔術を施した魔道具であーる。キャパを超えない限り装着者を魔術の攻撃から防いでくれるのであるが、ある一定以上のダメージを受けるとバンクルが赤に染まる仕組みになっているのである」
リリとゼルマイヤはその説明を受けると各々自分の腕にバンクルを装着した。
「魔術での攻撃のみ有効!物理攻撃不可!魔術を使用して間接的に物理攻撃をするのも不可!先に相手のバンクルを赤に変えた方の勝利!それでは準備はよいであるか?」
──さて、どう戦いましょうか?
見せ場を作り盛り上げるか、大技で度肝を抜くか、相手に何もさせず一瞬で終わらせるか。
──サージェイの意図は、魔術師にとって魔術構文が重要であることを知らしめること。
リリ自身もこのクラスの状況を放置する気にはなれなかったので、戦い方の方針はすぐに決まった。
──魔術構文の熟知が戦況に影響する展開としましょう!
「それでは始め!」
その瞬間リリは同時に2つの魔術を発動した。
一つは視力の補助。これにより動体視力向上と視力向上を、もう一つは脳の伝達速度の加速により反応速度の高速化。どちらもリリのオリジナルである。これで相手の魔術構文を読み取り、高速で魔術を打ち出し相殺するのがリリの狙いだ。
このオリジナルの魔術も高度なものだが、特質すべきはオリジナルよりも2つ同時に魔術を発動したリリの能力だ。
『並列魔術構文編纂』と命名されているリリ特有のスキルである。
人は2つ以上の魔術構文を同時に構築することはできないとされている。必ず魔術は1つずつしか構築できないのだ。何故できないのかについては諸説あるが、現実としてリリ以外に2つ同時に魔術を行使している者は存在しない。
つまり、リリは世界で唯一の理論上不可能とされている『並列魔術構文編纂』能力者なのである。もし、この能力を公表すればリリは間違いなく魔天の称号を授けられるであろう。
だが、このことをリリは公表するつもりがなく、他にはアンナのみが認知しているのみである。その彼女からは魔力保持容量のことも併せて「リリ様はチートです」とよく言われていた。チートって何?とリリは小首を傾げたが。
「高位貴族の俺の方が優れていることを……教えてやる!」
そんな開始の合図と共に魔術構文を展開したリリと異なり、ゼルマイヤは鼻息荒く啖呵を切っていた。悠長なことだとリリは思う。もし、リリが速攻で倒す方針を選択していたら、この啖呵の間に2〜3の攻撃魔法を見舞っていたことだろう。その段階で勝負ありだった。
宣言してからゼルマイヤは右腕をリリに向けると、その右手に巻きつく様に魔術言語が浮かび上がり、魔術構文が出来上がると赤い炎が手のひらの前で踊った。
大気中の魔力を変換した炎を相手に放つ定型文にある典型的な火系の攻撃魔術の1つ『紅蓮の火球』である。因みに、きちんと魔術構文を読み解くことができれば『紅蓮』は『輝黄』『白光』『紺碧』と威力を上げることも可能である。
「どうだ!」
得意げな顔で自慢するゼルマイヤ。
──お、遅い……遅すぎます……
ゼルマイヤの魔術発生までの遅さに予想以上のレベル差だと、リリは肩透かしを食らった気分だった。リリは相手の魔術構文を構築中に読み解き、相手より魔術言語を削った短い構文で処理することを考えていた。そのための開始直後の補助魔法だったのだが……
──これは身体補助なしでもいけたのでは?
「凄いぞゼルマイヤ!」
「あいつビビってるぜ!」
「やっちまえ!」
そんなリリの様子に何を勘違いしたのか煽る取巻きたち。
リリは頭を抱えたくなった。
魔術の水準もだが開始の啖呵といい、今の自慢といい、魔術の力量云々以前の問題である。もう戦闘は始まっているのだ。何を呑気なことを……
「くっくっくっくっ!もう謝っても遅いからな……くらえ!」
自信満々のゼルマイヤの渾身の一撃は……不発に終わった。
ゼルマイヤが炎を放つ前にリリがさっと魔術を発動してゼルマイヤの上空から大量の水を滝の様に注いだのだ。これは定型文にあるただ水を生成するだけの『水玉』だ。その魔術構文を短く改竄して発動までの時間を短縮し、尚且つ精製する水の量を膨大にしたのだ。
さすがに大量の水とはいえぶっ掛けただけなのでバンクルは赤に染まることはなかったが、ゼルマイヤは一瞬茫然自失だ。
「み、水か、ならば……」
何とか気持ちを立て直すと凝りもせずにゼルマイヤは再び魔術構文を編みだす。
──ふ~ん、定型文の『月長石の氷刃』ですか。
これも定型文の典型的な氷系の攻撃魔術で、威力も最低限のものだ。リリならばより硬度を上げた『玻璃』『金剛』クラスもお手の物だ。
今度はゼルマイヤが氷を精製していく間にリリは『加熱』というただ温度を上げるだけの定型文をその場で先ほど同様に改竄して発動した。
「くそ!」
精製したはしから氷が溶かされゼルマイヤは舌打ちした。
その後も諦め悪くゼルマイヤは次々と魔術を行使しようとしたが、片っ端からリリに相殺されてしまい、ついには魔力が枯渇状態となって座り込んでしまった。
「まだバンクルは赤になっていないのであるが、ゼルマイヤ・ダマルタンの魔力枯渇によりルルーシェ・ルミエンの勝利とするのであーる!」
その宣言にゼルマイヤは項垂れた。
「な、何故だ!?俺の魔術が全く通じない。それに俺の方が魔力保持容量が大きいはずだ同数の魔術を行使しているはずなのに俺の方が先に魔力が枯渇するなんて」
「ありえん!」
「男爵令嬢如きが!」
「まぐれだ!」
訳がわからないと髪を掻きむしるゼルマイヤと騒ぐ取り巻きたち。
「分からんのか?今ルルーシェ・ルミエンが貴様にやったことは単純明快なのである」
そんなゼルマイヤたちを呆れた目で睥睨しながらサージェイは模擬戦の解説を始めた。
「レディ・ルミエンは貴様の魔術構文を読み取り、相殺できる魔術を選択して貴様の魔術発動に合わせて撃ち込んだだけであーる」
「ひ、卑怯だ!」
「ずりぃ!」
「何と卑劣なっ!」
途端にサージェイ食ってかかった取り巻きたちだが、サージェイは意にも介さない。
「貴様らはそこまで愚かなのか?レディ・ルミエンは見事である!!」
その怒声とも思える様な大声。ゼルマイヤたちだけではなく、自分には関係ないと無音の観客となっていた生徒たちまでサージェイに注目した。
「レディ・ルミエンがやったのはバーバン・セリューの魔術師殺しと同じなのであーる。言うは易く行うは難し」
サージェイは生徒たちを見渡すと威圧する様なオーラを発した。
呑み込まれ生徒たちは黙ってサージェイを見上げる。
「これを行うには魔術発動速度が相手より圧倒的に速くなくてはできん」
当然だ。相手より後に魔術構文を構築するのだから。
「そのためには、魔術言語の深い造詣が必須である。そのことで、単語1つ1つの変換速度が速くなるのである。当然、同じ長さの魔術構文なら魔術発動までの時間が短くなるのである」
サージェイの説明に幾人かの生徒が頷く。
「更に!レディ・ルミエンは定型文を利用していたようであるが、これの構築を短いものに書き換えて編んで見せたのである。つまり、同じ定型文でも単語量が少なく発動まで時間を短縮できるのである」
反論できなくなったゼルマイヤたちと真剣にサージェイの説明を聞く生徒たち。全員をもう一度見渡したサージェイは水色髪の大人しそうな女生徒に目を止めた。
眼鏡のせいか容姿は整っているのに地味な印象を与えているが、女性にしては少し身長が高いようで目を付けられたようだ。その女生徒はサージェイに見られて何か嫌な予感に襲われた。
「サラマリン・ラベチュアであったな」
「は、はい~!」
突然の呼称に思わず直立不動の姿勢になる水色髪の女生徒サラマリン・ラベチュア。
ゼルマイヤといい、この教諭はきちんと生徒たちを把握しているようである。
「魔術構文を簡略化する事の利点は魔術発動時間の短縮のみであるか?」
「いえ、魔術言語の単語数が少なくて済むので~、魔術言語を生成する必要魔力も小さくて済みます~。つまり~、同じ魔術でも~魔力の省エネが可能になります~」
「そのとーりであーる。ゼルマイヤが先にへばるのは自明の理なのであーる」
大きく頷くサージェイにサラマリンはホッと胸を撫で下ろした。
「ゼルマイヤ・ダマルタン!貴様は必要以上に魔力を消費していたのであーる。魔術発動が遅すぎる!消費魔力が多すぎる!加えて定型文そのままのため威力も低い!貴様の魔術なぞ実戦では全く役に立たないのである」
がっくりと項垂れるゼルマイヤ。それに取り巻きたちも描ける言葉がない。
「貴様達はまだ一年。これから魔術言語と魔術構文の勉強をやればやり直しはきくのである」
サージェイはそう言って講義を締め括った。
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「レディ・ルミエン。わざわざ魔力保持容量ではなく技量差を遺憾無く見せる戦い方を披露してくれたのであるな?」
実論も終え運動着から制服に着替えようと生徒達は更衣室へと移動を開始している最中にリリはサージェイにそう声を掛けられた。その言にリリは片目を瞑ってクスリと笑った。つられてサージェイもニカっと笑う。
「だが気を付けるのである。ああいう輩や身分を笠に着る連中はレディ・ルミエンを快く思わないのである」
「はい、肝に銘じておきます」
1つ言い残すとリリは皆に遅れて更衣室へと移動した。
そこでは既に着替えを済ませていた女生徒の集団がおり、遅れて入ってきたリリを見てその幾人かがクスクス笑っているのが気になった。
何だろう?と小首を傾げながらリリはルルーシェのネームプレートの張られた戸棚を開いた。
──おやおやこれは……
そこで、リリは嘲笑の原因を知った。
戸棚の中を見れば中に入っていたルルの私物がぐちゃぐちゃになっており、制服のスカートも無残に切り裂かれていたのだった。
──おお!これが噂に聞くイジメというやつですか!
リリは苛めを受けても困らない。さてさてどうしてやろうかな……
ルル「おお!リリ様強い!」
アンナ「チートですから当然の結果でしょう」
ルル「相手の魔術構文見てから魔術使っちゃうんですから凄いです」
アンナ「魔術言語の造詣が生成速度に、魔術構文の構築力が構文の簡略化につながるので、魔術発動までの速度が段違いなんですよ」
ルル「加えてデュアルコンパイルと圧倒的魔力保持容量ってほとんど反則です」
アンナ「このチートスキル、実は物語上きちんと意味があるんですよ」
ルル「え!?ただのフレーバー設定じゃないんですか?」
アンナ「チェンジに関わることです」
ルル「リリ様なんだか色々ヒロインしてますね。ゲームのヒロインは私なのに」
アンナ「貴女はヒドインかチョロインでしょ」
ルル「ヒドインはアンナさんの方だと思う……」