第7話 『侯爵令嬢は講義を受ける(説明回です)』
リリパートに戻れた……
この世界での魔術を紹介します。
一応アンナ&ルルの後書きでも説明補足しています。
多少道に迷いながらも目的の学園の建物が見えてきたところでリリは徐々に速度を落とし、学園の門の前で魔術を解除した。
──この体は私の移動用魔術に対応できる『魔力保持用量』を持っているのですね。
汎用の移動魔術では大きな魔力保持容量を必要としないが、リリのオリジナルは移動速度、加速度、運動性を遥かに向上させており、運用のさい常時魔術言語を入力することが要求される。そのため、ある程度魔力保持容量が無ければ使用ができないのだ。
魔力保持容量については後の講義で解説する。
──やはり、この体はかなりのスペックを持っているようですね。『魔力保持用量』は私と同じか、もしかしたそれ以上かも。これだけの能力があるのに、この娘は一体何を考えているのかしら?
リリは一度ルルときちんと話さなければいけないと感じていた。
──ですが今は何を置いても講義です!
実は王太子妃教育のためあまり学園での講義に出席していなかったので、リリはこうしてルルとしてではあるが、講義を受けられることを結構楽しみにしているのである。
リリやルルが通うこの学舎はシュトレイン学園という。貴族子女が貴族の素養を高めることを目的に設立された。出資は国と貴族達であり、当然、貴族のみが所属できる。よって市井にある庶民の為の民間学校とは資金のかけ方が違い、その設備は贅が尽くされた立派なものなのである。
まず学園の門からして荘厳で威圧的、それでいて装飾は華美なのだ。権威的である必要性はリリも認めている。だが、警備上その門は堅牢であるのはよいのだが少々華飾ではないかと常々感じている。
──見窄らしいのはいけませんが、もう少し実用的な所にお金をかけられないものでしょうか?
この学院の生徒であること示す制服と校章に身を包んでいるリリは門衛に咎められる事なく素通りし校内へと歩を進めた。中に入れば外の街とは別世界であり、煌びやかな建造物が建ち並んでいる。
100年以上の歴史のあるシュトレイン学園は十数年前に老朽化から建物を一新していた。
華美を好んだ前国王の指示により建造物が出来上がったわけだが、必要以上に権威主義が表に出ているこれらをリリはあまり好きになれなかった。
質実剛健が国是であった王国の暗澹たる未来を暗示している様に感じて、リリは改めるべきではないかと感じている。この最近の国の状況が王太子妃の打診を拒否しなかったことの一因でもある。自分にできることがあるのではないかと考えたのだ。
生徒が座学やホームルームを受ける教室のある建物は4階建てで、白を基調にした造りにはなっているが、随所に凝った意匠が施されているのが見て取れる瀟洒な建物である。
この学園は15歳から18歳までの貴族子女が通っていて、全部で3学年、入学者数によって多少変動するが1学年4クラス、1クラス20人前後程の生徒が在籍している。この建物の中には12クラス分の部屋と特別な講義の為の講義室が幾つかある。
教室は4階が1学年、3階が2学年、2階が3学年と割り振りがされており、1階はそれ以外の専門の講義室がある。リリやルルは1学年であるので教室は4階だ。
学年ごとのクラス分けは成績と家の爵位を基準にしており、高位の侯爵令嬢であり、尚且つ成績も主席のリリと下位貴族の男爵令嬢で成績も中程度のルルは当然別クラスだ。
時間にはまだ余裕があったはずだが、既に生徒たちの大半が登校しているのだろう。教室の前に立つと中から騒がしい声が聞こえてきた。
扉を開けて入室すると教室内の喧騒がやみ、リリに多数の視線が集まった。その視線は厭忌の色が見えるものが多くルルの教室からの感情が露見していた。
──ふむ。あまり好意的な視線ではありませんね。無理もありませんが。
王太子やその取り巻きに付き纏っているルルの評判は少々宜しくはない。同級生も敵意を持つ者か
関わり合いを避ける者に分けられるのだろう。
「皆様おはようございます」
とは言え挨拶は人としての基本である。相手への好悪は関係無い。いつもの慣習のままに穏やかな微笑を張り付けて女性の礼法を披露する。
が、その所作に対して一瞬動揺が見て取れたが、この教室の生徒は会釈どころか全員無視を決め込むことを選択したようだ。
──あらあら。無視はいけませんね。貴族なら己の好悪は隠すもの。敵意があるなら尚更でしょうに。
ルルへの悪感情を隠しもしないクラスメートたちに少し呆れた。このクラスの生徒達はあまり貴族として質は良くなさそうだ。
伯爵位の子女もおり、それ程深い付き合いではないがリリとして面通しくらいはした者も数名いる。侯爵令嬢に戻ることができたら付き合い方を考えた方がよさそうだと顔色は変えずに算段をつける。
──ルルーシェも宜しくはありませんが、級友たちがこれでは……
ルルを擁護するつもりは無いが、級友がこれでは確かに付き合いは控えたいし、人当たりも良く見目も良い王太子に優しくされればころっと落ちるのも無理はないかと思わないでもない。
──さて、私はどう対応しましょうか?
現状維持か、クラスに迎合するか、それとも……
考えるまでもない。
お父様は自由にしろとおっしゃって下さったのだ。現状維持も迎合もありえない。それがリリの結論。だから……
──だから私は今を楽しむまで。
(超)厳しい王太子妃教育も王太子の婚約破棄の陰謀もリリは乗り越える能力と胆力がある。クラス内で爪弾きにされた程度は些事である。
──さて、今日の学園生活はどうなるでしょうか?
顔には出さず、心の中でリリは不敵に笑った……
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1限目『魔術構文』
授業の時間になり入室してきたのは還暦をとうに過ぎているであろう男性教諭であった。
リリは淡々と進められる講義を聴講しながら一部の私語が気になった。
──この教諭は確かケイマン男爵家の方でしたね。
伯爵位の子息達があまり真面目に講義を受けていない。どうやら自分より下位の爵位家の者を軽んじているようだ。
──まったく……魔術構文は魔術を行使する上での基礎であり最も重要な内容なのに。
前期では魔力と魔術の概念について、前期後半からこれからの後期にかけて魔術言語と魔術構文について学ぶ。いずれにせよ座学であり確かに退屈ではある。だからと言ってそれらの重要性が低いわけではないのだ。
『魔術』
魔術は魔力を用いて様々な事象を具現化する技術、学問のことである。
まだ魔族が蔓延っていた数百年前は『魔法』と呼ばれ人種では一部の魔法使いのみが使用できた力。当時、魔法使いたちもこの魔力を具象化する理論的なことは何一つ理解していなかった。
魔力とは世界中のあらゆる所に存在する不可視のエネルギーのことである。
その殆どが大気中に存在し、生物や物質は呼吸や浸透などによりこの魔力を内部に取り込む。この内包された魔力のことを『内包魔力』、内包魔力の最大値のことを『魔力保持容量』と呼ぶ。
しかし、魔力を具象化するのには莫大な魔力を消費するのだが、一般的生物の持てる魔力保持容量では小さすぎて事象の具現化はできなかった。
だが魔獣や魔族は魔力を様々な事象として行使し、人種でも魔法使いが『魔法』という形で魔力を使用していた。
これら魔力を行使している者たちがいるのだ、ならば必ず方法があるはずだ。
人々は魔法を手にするため膨大な検証を重ねた。
その結果、魔族や魔法使い達が自身の魔力を呼び水にして大気中の魔力を利用している事を突き止めた。なるほど大気中の魔力は膨大だ。これを使えるなら『魔法』の使用も可能だろう。
大気中の魔力の具現化が解明できれば一般人でも魔法を使うことができるのではないか?
その発想から大気中の魔力に干渉する術を模索する学問が生まれた。
その学問こそが『魔術』の発祥となり、『魔法』からの脱却の一歩となった。
人類は数々の失敗と成功の繰り返しを延々と続け、数百年前にその飽くなき探究心がついに結実したのだ。
人の叡智の結晶である『魔術言語』と『魔術構文』の登場である。
一部の者たちしか使用できなかった『魔法』を『魔術言語』と『魔術構文』を使うことで『魔術』と言う形で行使する力を得た。
『魔術言語』
大気中の魔力に干渉することができる体内の魔力により生成された言語である。
『水』に相当する魔術言語を生成すれば大気中の魔力が水に、『火』に相当する魔術言語を生成すれば大気中の魔力が火に変換されるのだ。
様々な魔術言語が生み出された。が、それだけでは意味をなさなかった。
『水』や『火』が生まれるだけで、それらを意図する方向に作用させることができないからである。これを解決するために編み出された手法が『魔術構文』である。
『魔術構文』
魔術言語を組み合わせて編まれた大気中に存在する魔力へ干渉し現象を具現化する為の命令文である。例えば竈門に火をつけたいとする。『火』という魔術言語だけでは火が生まれるだけで上手く作用しないが、魔術言語を組み合わせて「種火ほどの火を前方1mに10秒点火」というように綴れば意図する現象を引き起こせるというわけだ。
つまり、これらは大気中の魔力と会話する言語学であり、魔術とは大気中の魔力に自分の魔力を言葉に変えてお願いする方法と言い換えてもよい。
しかし、魔術言語と魔術構文は高度な学問である。これらを熟知することは難しい。かと言って全員が熟知しなければ魔術を使用できないのであれば魔術の汎用性は低いものとなってしまう。
そこで『魔術定型文』通称『定型文』の流布が行われた。
最初から構築された魔術構文を教本として広めたのだ。これにより魔術言語や魔術構文をあまり理解しない者も定型文を丸暗記する事で魔術を行使できる様になった。
──伯爵子息ともなれば家で家庭教師から色々な定型文を習っているのでしょう。確かにそれで魔術を行使することはできます。ですが……
騒ぐ高位貴族の子息達にリリは嘆息した。
下位貴族は魔術を今から入学から学ぶ者が多いのである。邪魔をするものではない。
それに高位の彼らも定型文を丸暗記しているに過ぎないものがほとんどだろう。もし、魔術言語や魔術構文を理解しているなら伯爵位以上の子息がこのクラスにいるはずがないのだ。
それに確かに魔術構文の中身を理解していなくとも先人の産み出した定型文を暗記すれば、その者の魔力保持量が許す限り魔術を行使する事は誰にでも可能である。
しかし、魔術構文は同じような文章でも魔術言語の組み方によって、その応用性はとてつもなく広がる。魔術言語と魔術構文をある程度理解することができれば定型文の改良、改造も行え、状況に適した定型文の改変が可能になるのだ。さらにより深く理解すれば自ら魔術を構築することもできよう。
──自ら能力向上の機会を棒に振るなど論外です。
リリ自身は既に自身で魔術構文を編んで新しい魔術を構築できる才女である。講義を受けずとも問題はない。しかし、これではこのクラスの下位貴族の子女が教育の機会が失われてしまう。
──このクラスでは、やる気のある生徒も成長できないですね。
リリは授業妨害でも困らない。だけどクラスの未来を憂いています……
ルル「で、結局魔術言語とか魔術構文って何なんです?」
アンナ「魔術言語はプログラム言語、魔術構文はプログラムと思えばいいでしょう」
ルル「パソコンに対して命令できる言語とそれを使用した命令文なんですね」
アンナ「そうですね。定型文はさしずめEXCELのマクロみたいなものでしょうか」
ルル「うわぁ懐かしいですね。VBAで閲覧すれば色々改変できると。だから魔術言語と魔術構文が重要なんですね」
アンナ「(こいつポンコツのくせにVBAできるのか)もっと簡便なものだと魔道具ですね」
ルル「ファンタジーの定番ですね」
アンナ「これは魔刻石に特定の魔術構文を刻みこんで、魔力を通すとその刻まれた構文の魔術が発動するようになっています」
ルル「タップで動作するアプリみたいなものですね」
アンナ「前世の記憶があると理解が早くて助かります」
ルル「つまり私たちは電気を持たないので、直接パソコンの機能を行使できないけれど魔術言語でプログラムを作成することで色々な機能が使えるようになると。定型文はそれらプログラムの意味を知らずとも起きる現象だけ理解して魔術言語の羅列を丸暗記している状態というわけですね」
アンナ「!!!」
ルル「しかし魔法使いは魔術言語を使用していなかったようですが……もしかしたら『魔法』と言うのはキーボードを介さずに直接パソコン内に命令を与える行為。近未来的な電脳世界のような代物なのかもしれませんね。攻殻〇動隊の世界です!」
アンナ「貴女ほんとうにルルですか!?」
誤字脱字衍字などなど何かありましたらご報告いただけると助かります。