侯爵令嬢リリーエン・リュシリューは困らない
2021年10月23日 改稿
「困りました……」
彼女は困っていた。
彼女の名前はリリーエン・リュシリュー。
リュシリュー侯爵家の長女である。
親しい人たちは彼女をリリと呼ぶ。
リュシリュー侯爵家はこのシュバルツバイス国の貴族でも権勢は抜きんでており、所領の領地も安定して豊かでもある。
そんな大貴族の令嬢リリは努力家で才能にも恵まれており、知性も魔術の腕も同年代の貴族子女たちより抜きんでている存在だ。
容姿を見ても母親譲りの黒絹のような艶やかな髪と、蒼玉さえも霞む美しい瞳を持つ絶世の美少女である。
さらに彼女は何事にも動じない胆力の持ち主だ。高位貴族の甘やかされて育った子息のような軟弱性は持ち合わせていないのだ。
つまり彼女はおおよそ困窮とは対極に位置する人物なのである。
過去の例を見るまでもないのだが……
娘命の親バカ父と妹至上主義のシスコン兄に24時間365日監視干渉されても、気持ち悪いが愛されているのだと思って流している。その態度がいっそう父と兄を狂愛の道に走らせたのだが。なんせ仕事を放ってストーカーよろしく、付け回そうとするのだ。しょうじき鬱陶しかったが、まあでもリリは微笑をもって流した。
専属侍女としてやってきたアンナが、リリの美しくも愛らしい容姿に狂喜乱舞する奇行を見せたが、侍女として優秀であるならば良いかと折り合いつけて納得した。リリの匂いを嗅いだり、抱きついて弄ってきたりと重度の変態かと(貞操の危機を感じたが) 幼心にも思わないでもなかったが、仕事は非常に優秀で真面目にやるので専属侍女の奇行に関してもリリは微笑をもって流した。
また好きでもない第一王子ライルと婚約を結ばされた時も不本意だったが、貴族の娘としての責務は十分理解しているので割りきった。むしろリリ命の父と兄の方が発狂寸前になって駄々をこねて、ゴネまくっていたのが大変面倒だったが、彼らは母に任せて全て流した。
ライル王子と顔合わせした時も、彼がリリを前に顔を真っ赤にしてモジモジウジウジしてばかりで話にならなかったので、こんなんで将来の王国は大丈夫かね、と思わなくもなかったけど、自分が舵取ればいいかと思い、心で嘆息しながらも表面では微笑みながらリリは流した。
学園入学後にライルが堂々と恋人作って浮気しだした。まあ、ライルのことは嫌いでもないが好きでもないし、特に心動かされることもなかったので、リリは得意のアルカイックスマイルで軽く流した。ショージキこれはホントにどーでもいいと思ったのは内緒だ。
ほっといたらライルとその取り巻き達が浮気相手を連れてきて嫉妬するな、イジメをするなと訳の分からないことを喚き散らし始めた。かなり煩わしかった。だいたい好きでもないアウトオブ眼中の王太子が浮気しようがどーでもいいのに、嫉妬だのイジメだのと言い掛かりも甚しい。まあそれでもリリはその絶世の美貌に美しい微笑みを浮かべて流した。
黒鋼装甲の精神を持つ令嬢と言われているリリはこれら程度のことでは動じなかった。婚約も王太子妃教育も冤罪も浮気も婚約破棄も国家存亡の危機でさえリリは困ったとは思わなかった。
婚約は貴族の義務。妃教育は頑張ればいい。浮気も冤罪も証拠を固めておけばいい。婚約破棄は……まあむしろバッチコーイ?
どうにもならない事などそんなにあるものではないし、あっても自分の力の及ばないことはしょうがないと笑って流せば良いのだ。
だからリリは困らない。どんな状況でも困らないはずだった……
読み猫様より表紙絵を作っていただきました(∩´∀`)∩
アンナが可愛いです(●´ω`●)
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