時計の針
「小鳥遊くんが、給食費を盗みました」
……え?
右斜め前でこちらに向けて指を差す彼、原田拓の言葉に僕は耳を疑った。
拓……今何て……。
「え、それ本当?」「小鳥遊くんが……?」「まじで?」「給食費盗むとかやばいでしょ……」
クラス内が再び騒つき始める。
「ちょ、ちょっとちょっと皆静かにしなさい!」
先生は拓の突然の一言に呆気に取られていたが、すぐに気を取り戻し騒つく生徒達を静める為にバンバンと教卓を叩いた。
「ね、ねぇ原田くん。それは本当なの?」
「はい。この目でしっかり見ました。他にも見た人はいますよ。なぁ」
拓はいつもの話し方からは窺えないしっかりとした敬語で応え、僕の後方の席に視線を向ける。
すると後列から聞き覚えのある声が複数聞こえてきた。
「見ましたよ〜」
「放課後……教室で……」
この声……もしかして……。
それぞれ声が聞こえてきた方向に振り返る。
そこに見えたのは頬杖をつきながら悠揚と右手を振る佐藤くんと控えめに手を挙げる鈴木くんの姿だった。
佐藤くん……鈴木くん……なんで……。
僕は呆然としたまま二人を見つめる。
「小鳥遊くん。本当にあなたが盗んだのですか?」
教卓の方から先生が静かに問い掛けてくる。
「え、いや、あの……」
先生の謎の圧力に僕はしどろもどろになる。
ふと周りに目を向けるとクラスメイト達が僕を見て何かヒソヒソと話している。
その時、頭の中に昔の光景が蘇ってきた。
一人ぼっちの僕を見てクスクスと笑うクラスメイト——。
激しく言い争う父さんと母さん——。
終わった……。また、一人に……。
すると視界がどろーんと歪み始める。ヒソヒソと話すクラスメイト達の声がスローモーションのように遅く、低く耳に入り込んでくる。
怖い。周りの目が、声が、何もかも……。
耳を押さえても聞こえてくる。僕を蔑む声、軽蔑する声。全てが僕の心に突き刺さる。
……正直に言おう。もう僕に味方をしてくれる人なんていない。
どう足掻いても、結局一人になる運命なんだ……。
「僕が、給食費を盗みました」
机を見つめたまま、弱々しく応える。
「……そうですか。放課後、校長室に来なさい」
先生は何か諦めたようにハァとため息をつくと布袋を持ったまま教室を出て行った。
こうして波乱だらけだった教室に沈黙だけを残して、朝の会は終わった。
***
朝の会が終わると、一目散にトイレに駆け込んだ。
……終わった。もうここに僕の居場所は無い。
拓も佐藤くんも鈴木くんも、皆友達なんかじゃ無かった。
彼らは僕のことを最初から友達なんて思って無かったんだ……。
今までのあの笑顔も嘘だったのか……。
友達欲しさに拓に話しかけてしまった僕が馬鹿だった。
きっと今頃三人で僕の事を大笑いしてるんだろうなぁ……。
……悔しい……悔しいよぉ……。
……もう ″トモダチ″なんていらない……。
この時、僕の胸の奥で動いていた時計の針が止まった——。





