決意
ニ〇〇八年 一月
「はい、それでは皆さん。新学期が始まりましたがここで転校生を紹介します」
「小鳥遊 璃都です。よろしくお願いします」
このクラスの担任と思われる若めな女性の先生の一言の後に僕は黒板に自分の名前を書き、控えめに礼をする。
パチパチパチと丁度人数分の音を鳴らすクラスメイト達はそれぞれの座席から、何か不思議な物を見るような目で僕に視線を集めていた。
僕はあまり人と接するのが得意じゃない。
人の前に立って話すのも苦手だし、こうやって誰かに注目されるのも好きじゃない。
前の学校でも、周りに知らない人しかいない環境に慣れなくて誰とも話せず、ずっと自分の殻に閉じこもっていた。
休み時間の時も、給食の時も、どんな時でも僕は一人でいることしか出来なかった。
そのせいで周りからは気味悪がられ、僕があまり話さないのをいいことにありもしない噂が立つようになり、次第には避けられるようになってしまった。
それでも、これが一番楽なんだ。どうせまたすぐに引っ越すんだからと自分に言い聞かせて、日々の生活をやり過ごしてきた。
——どうせここでも同じようになるんだろうなぁ……。
過去の自分をまた繰り返すことに、今の僕にはそこまで抵抗が無かったのだ。
「皆んな小鳥遊くんと仲良くしてあげてね」
先生の軽い挨拶が済むと僕は誰とも目を合わすことなく、用意された自分の席に着いた。
その日は周りの席の子に軽く話しかけられたり、何個か質問されたりしたけど、軽く頷いたりするだけで特に自分からは話すことなく終わってしまった。
——その夜。
「もう友達は作れたか? 前の学校の時も楽しそうにしてたしもうとっくに作れたよな」
僕の反対側の椅子に座る父が夕飯の焼き鮭を箸でつつきながら聞いてきた。
「う、うん」
僕は自分の一番近くに置かれている味噌汁に視線を落とし頷いた。
まだ友達ができてないなんて言えない。
「璃都は優しいからな。そりゃそうだよな。はっはっは」
父さんは口の中のものを飲み込んで、高らかに笑う。
……僕は嘘をついた。
前の学校でも自分の殻に閉じこもってばかりで友達は作れなかったが、男一人で僕を育てている父さんに心配だけは掛けまいと、即席で作ったでっちあげの話を毎晩していた。
僕が学校の話をしている時の父さんはいつも笑顔でとても嬉しそうだった。
あの頃の本当か嘘か分からない笑顔じゃなく、僕の話を心から楽しんでいる笑顔だった。
今の笑顔もそう。僕に友達ができたことを知って心から喜んでいた。
僕はここまで自分に興味を示してくれる父さんを騙しているのだと思うと、心臓が抉り取られるような気持ちになった。
こんな形で本心の笑顔を見たくはなかった。
もし、本当は友達なんていないことがバレたら父さんはどんな顔をするだろうか。
……早く友達を作らなきゃ。
転校初日、味噌汁に映し出された背徳感に焦りを覚えながら、僕は友達を作ることを決心した。
後にこの決心が僕の人生を大きく変えてしまうということも知らずに——。





