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吸血姫と最果ての羅針盤  作者: 蒼凍 柊一
第一章 ~吸血姫と銀の匙~
4/4

依頼

 屋敷の中は思ったよりもかなり豪奢な造りだ。

 木造の建物の中は十分に光が差し込み、明るかったことにルーカスは驚いた。

 というのも、この辺りでは高価であろう硝子を惜しげもなく使っていたからだ。しかも縁の方は金の美しい装飾まで施されている。


 硝子は作ること自体が大変労力を使うのだ。以前に作り方についてうっすらと聞いたことがあるにはあるのだが、うろ覚えで詳しいことは知らない。だが、世界を旅していて硝子が安かった場所など聞いたことも見たこともなかったので、非常に高価であることだけは知っている。故に、ルーカス自身もこんなに大量の硝子を見るのは初めてなのだ。


「驚いたな……」

「そうね、本当に……。あきれるくらい豪華ね。領主というより王様の城って言われた方がしっくりくるわ」


 確かにこのように豪奢なつくりをしていると、ここにはやんごとなき立場の者が住まいとしているのかと勘違いしてしまう。いや、立場的にはこの街の領主であり、一番上に立っているであろう人物なのだろうが、硝子が使われているとなるともっと上の身分、それこそルネの言うとおりに王族に連なるものでなければこのような家は建てられないだろう。


「きれいだよね、このろうか! わたし、ここすきなの!」


 硝子を指さしてはしゃぐメアリーにルーカスは苦笑いで返す。

 このような豪華なものを見て育つ子供と言うのはどのような大人になるのだろうか。というどうでも良い感想が頭をよぎったからだ。


 メアリーはそんなルーカスの想いにもちろん気付くことはなく、はしゃぎながらとても楽しそうに廊下を進む。

 硝子を割ってしまわないかと心配したが、そこはよく教えられているようで、硝子のある側を歩くのではなく、硝子がはめ込まれていない方を歩いていたので心配はしなくてもよさそうだ。


「はい、ついたよ!」


 今更ながらに気付いたことだが、不思議なことに屋敷の中には執事もメイドもいないようだ。

 おかげでメアリーといることを誰にも咎められることなく、領主の部屋らしい場所へ着いた。

 ちょうど朝市へ買い出しにでもいったのだろうか。何か事情がありそうだがなんとも予想がつかない。


 考え事をしていたからだろうか。メアリーがそのまま領主の部屋の扉を開けたことに気付くのが数秒遅れてしまった。


「おねえちゃーん、ちずをかいてくれるひと、みつけてきたの! これであそんでくれるっ?」


 ふふん、と得意そうにふんぞり返るメアリー。頭の上についている猫の耳がピンと誇らしげに立っていいてなんだか微笑ましい。


 そんな小さな子供の大きな働きに応えるべく、部屋の奥から一人の女性の声がした。

 おそらく領主のシェルミとやらだろうか。メアリーの開けた扉の隙間からでは姿までは確認できない。

 といっても、確認するわけにもいかない。ルーカスたちはノックもしていないのだ。

 礼儀を欠いたままでは仕事をフイにされるかもしれない。ルーカスはそう思った。


「あらメアリー、どういうこと?」

「だから、おねえちゃんのさがしてたちずをかいてくれるひとをみつけたの!」

「本当に!? ありがとうメアリー! さすが私の妹!」

「えへへー」


 どうやらメアリーは領主に頭を撫でられているらしい。満足そうにごろごろと音を立てているのがここまで聞こえてきている。

 美しい姉妹のやりとりではあるが、ルーカスとしてはいつまでもこの廊下に突っ立っている趣味はない。

 小さく咳をしたふりをすると、二人の世界に浸っていた領主がようやくこちらに気付いたようだ。


「いけないいけない。お客様を立ちっぱなしにさせてしまいました……。メアリー、続きは後でしてあげるから、今は部屋に戻っていてね?」

「うん、わかった!」


 メアリーが入り口の扉を開けて出てくると、こっちに向かって満面の笑みを浮かべた。


「ありがとう、るーかすさん、るねさん!」

「いや、役に立ててよかったよ」


 ばいばい、と手を振って自室に戻るメアリーを見送った。

 さて、とルーカスは気合いを入れなおす。扉の向こうに居るのは年若い娘のようだが、この一帯を治める領主でもある。仕事の話は慎重に進めねばならない。


「いいか、ルネ。何かを聞かれたても、馬鹿まじめに答えなくていいからな」

「それくらい心得てるわよ。私を甘く見ないでくれる? ほら、私を気にするより、さっさとノックをしないと、領主様は入れてくれないわよ」

「分かってるならいいんだ。さぁ、いくぞ」


 コンコンコン、と小気味よいノックをする。


「どうぞ」


 先ほどとは打って変わって、威厳のある声がした。

 相手も切り替えが早いことに少し気落ちしてしまう。和やかなムードで話ができれば報酬も高めを要求してもよさそうだが、このタイプの領主は何があっても決めておいた報酬以上のものは出してくれないだろう。

 というのも、報酬は交渉次第ではあるのだろうが、ルーカスにはそんな交渉術のようなものは身に着けていないので、より高い報酬をもらえることはないだろう。


 しかし、その気持ちを表に出すようでは仕事の話はできない。静かにドアを開けた時にはもう、ルーカスの表情は好青年といったような様相を呈していた。

 そうして、深くお辞儀をした後ルーカスとルネは領主の前に跪く。


「……お初にお目にかかります。私はルーカス・エルフェンバルドと申します。そしてこちらは旅の連れのルネでございます」

「初めまして」


 ルネは淡々とそれだけ言うとあとは黙っていた。

 これにはルーカスも肝が冷えた。あまりにも礼儀とはかけ離れているルネの態度にだ。なにか気に食わないことでもあったのかと逡巡するが、思い当たることなんてない。

 だが、ルーカスのそれは杞憂に終わる。

 なぜなら……


「ルーカス・エルフェンバルド……ですって?」


 ルネなど目にもくれず、ルーカスの方を穴が開くほど領主が見ていたからだ。

 これは面倒なことになりそうだ、と直感するが、ルーカスは表情に出ないように努めた。


「……もしかして、あなたがあの、『黄金の羅針盤』?」


 なんだそれは、という目でルネがちらちらとこちらを見てくるのを感じるが、今はそれに応じている場合ではない。

 相当昔に捨てたはずの名を出されて少したじろいでしまったが、これは好都合とも呼べるのではないだろうか。そこそこ功績を出した『あの』黄金の羅針盤といえば、信用には十分値するだろう。


「確かに、昔はその名で活動していた時期もありましたが、すでに私は、私の後を継ぐべきものに継がせていますので――ただの旅人と言った方が語弊がないでしょう」


 ルーカスが静かに言うが、シェルミはすでに話を聞いていないのは明らかだった。

 何故かというと、彼女は両手を組み、天に祈りをささげるような恰好をしたまま、声を上げ始めていたからだ。


「ああ、ああ――神がついに私をお救いくださいました! これ以上ないくらいの人材を遣わしてくださったのね!」


 先ほどの威厳は何処へいったのかと疑うほど、シェルミは浮かれていた。

 いや、狂喜乱舞しているといった方が正しいだろうか。やっと出会えたと目を輝かせながら領主の女性は言葉を続ける。まるでルーカスの言った『ただの旅人』という言葉が聞こえていないよう……というより、本当に聞こえていないのかもしれない。それくらい領主は興奮していた。


「あなたの噂は聞いています! 西方の国のすべての地方を独自の尺度を用いて測定し、地図を作り上げ、なおかつその正確さにおいては髪の毛一本程の狂いもないと……! 数年前に不幸な事故があってその姿を消したと聞いておりましたが……その腰に着けている羅針盤は確かに、噂に伝え聞いた通りの形状をしていますし! ああ、なんてことなのかしら!」」


 隣にいたルネの肩がピクリと揺れた。

 大方、過去の『不幸な事故』という単語に心を惹かれたのだろうとルーカスはあたりをつけて、ルネに何かを言われる前にさっさと話しを進めた。


「いやはや、昔の話です。それより今は、私が何者なのか、というお話よりも領主様のご用件の方が重要で御座いますよ?」


「あ、え、ええ、そうね、こほん、それじゃあお仕事の話をしましょうか?」


 助かった、とルーカスは安堵した。

 あのまま根掘り葉掘りこちらの事情を聞いてくるようでは、こちらから仕事を辞退するハメになりそうだったからだ。


「ええ、私もそのつもりでここに参りましたので。お話としては、この街の見取り図の作成をしたいと噂を耳にしました。その通りで間違いありませんか?」


「そうですね。その内容で間違いはないです。エルフェンバルドさん。この街にはお恥ずかしいことに正確に測量できるものが居なくって……。街の大工や私の臣下にも頼んだのですが、出てくるのはでたらめな地図ばかり! もう私、うんざりしてしまって……街の開発計画にも支障を来してしまっているの」


「なるほど……かしこまりました。では、私が測量を承りましょう。その要件だと街の見取り図の他に、どの家がどのくらいの面積を占有しているかの詳細も必要と見受けられます。そちらも考慮に入れ、測量いたしましょう」


「助かりますわ! 報酬はフェルデン銀貨で千枚でどうかしら?」


 フェルデン銀貨。この領地であれば一般的に流通している貨幣だ。他の土地でも信用されている貨幣らしいので、問題はない。というより、これ以外の貨幣で受け取っても正直どうしようもない。

 ルーカスは旅をしているので、独自の貨幣などを渡されても使いようがないのだ。


「ええ、報酬に見合った仕事をさせて頂きますので、そちらなら十分な地図を作製できるかと思います」


 千枚という報酬は決して少なくない。むしろルーカスの手間だけを考えたら破格ともいえるほどの条件だ。

 交渉するほどの頭はないので、あちらの都合に合わせ方がいいだろう。というのはルーカスの考えだ。


「……あら、もっと報酬をねだらなくて良いの?」


「いやいや、私ごとき流浪の旅人が領主様から大金をせしめるなどということはできません。それに、それだけの報酬があれば3年は遊んで暮らせますよ」


「それは残念です……報酬を多くするのなら専属の測量士として雇おうかと思っていたのですが」


 一般の測量士を目指すものであれば、目の色を変えて飛びつくような話だ。


「私などが専属など、恐れ多くてとても務まりません。しかも一つの土地に長くは留まれない性分なので……」


 チラリ、とそこでシェルミはルネの方を見やる。


「そうなのですか……そちらのお美しい奥方も、それでは大変でしょうに」


「おくっ……!?」


 ルーカスが言葉につまると同時に、ルネがシェルミの声に答えた。


「ふふふ、私も旅は大好きですから、問題ありませんわ。領主様こそ、伝え聞いた話に違わず、天性の才覚をお持ちのようで。ここまで大きな領地を統治しているのですもの。それなりの苦労があるかと思いますが?」


「そうですねぇ、優秀な部下でもいれば少しは楽ができるので、ルーカスさんのような有能な人材を放っては置きたくないのが本音です。……でも仕方ないですね。お二人は旅がお好きなようですし、それに、気ままな旅というのは私としても、少し憧れがありますから……」


 ルーカスは少し驚いた。

 ルネがいたってまともな回答をしたからだ。その雰囲気が伝わったのか、ルーカスのかかとをルネが絶妙な力加減で蹴った。痛い。


 そこで、シェルミがどこか悲しそうな顔から一変し、名案が浮かんだような顔になった。

 顔に気合がでるのは若い証拠だろうな、とルーカスは一人思う。


「……そうだ! このお仕事が終わったら食事会でも開くとしましょうか。もちろん、ルーカスさんも参加していただけますよね?」


 いたずらに成功したかのような笑みを浮かべるシェルミ。

 領主の誘いとなれば断るのは失礼に当たる。計算高いが年相応な無邪気さを持つ領主を見て、ルーカスは少し微笑んだ。


「もちろんです。領主様のお誘いとあらば、断ることはありませんよ」


 ルーカスはシェルミを少なからず好ましく思っていた。

 もともとルーカスは人当たりの良い方ではない。しかし、このように、立場こそあれども『変わった』人間と話すと大体意気投合してしまう。

 いまやルーカスのシェルミに対する印象は、『お転婆な友人の娘』くらいになっていた。


「うふふ、ありがとうございます。……それではルーカスさん。仕事の期限は一週間とします。よろしいですね?」


 ルーカスはざっとこの領地全体の地図を記憶から引っ張り出した。

 一週間あれば相当細部まで書き込むことができるだろう。問題ないと判断した。


「はい、承りました」


「えっ」


 シェルミは呆気にとられたような顔をした。

 当然だ。通常の測量士に頼んだのならば、二週間以上は必ずかかる作業だ。

 もしや、偽物なのだろうか? とシェルミの頭に疑念が浮かぶが、偽物だとしても出来の悪い地図を出して来たら報酬を払わなければよいだけだと思い、話を続けることにした。


「何か問題でも?」


 ルーカスが不安そうにこちらを伺ってくる。本当に疑問に思っている顔だ。シェルミは直感した。

 どうやら――『黄金の羅針盤』の腕は健在のようだ。


「ごめんなさい。なんでもありません。では、地図の程度は『詳細に』、かつ、『この領地』を指定します。よろしくお願いしますね」


 シェルミの依頼に、ルーカスは畏まりながら返事をして部屋を退出し、ルネもルーカスの真似をして部屋を出て行った。


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