第75話 調査の依頼 #1
あまりにも遅すぎる招集を聞いてから、
俺たちは大急ぎで病院を出た。
「タケシ様。どうぞお乗りください」
「おう。助かる」
メアリが車椅子を引いてやってくる。
俺だけは車椅子での参加だ。
元気に見えるが実はそうでもないのだ。
立ち上がろうとすると、
足がガクガクと震えだしてしまう。
ようやくこの前治癒魔法で切れた右腕がくっついて、
失明した目もすこし回復したが、
両足の筋肉がまだ全然回復していない。
大量出血に加えて、鍛えられていない体で
無茶に動いたしっぺ返しがもろに返ってきていた。
「安全運転で頼むよメアリ」
(コクリ)
そして俺たちは、病院のロビーへ向かった。
✳︎
「それじゃあ行こうか」
「うん」(うん)「はい!」
病院の扉を開く。
俺、アリア、オリビア、メアリの四人に加えて、
サナも連れて行く。
魔人事件の事情聴取をされるかもしれないので、
一応連れていく方針だ。
それにこんな幼女を
一人置いていくわけにはいかんしな。
「どうせ遅刻確定だ。ゆっくり行こうぜ」
(了解)「わかりました!」「うん」
車椅子をガタガタ走らせながら、道を歩く。
ひさびさに外に出た。
今日は実に気持ちのいい天気である。
「……にしてもなぁ」
空を見上げてメアリに車椅子を
押してもらいながらふと思う。
「入院中なのに呼び出されるとはなぁ…。
一体どんな用件なんだろう?」
わずかに緊張した声色でボソリと本音を呟いた。
怪我人を呼び出すなんてよっぽどの事態である。
相当に緊急の何かがあるのだろうか?
もしかして怒られたりする……??
俺の懸念を先回り。
メアリがそっと補足する。
「大した理由では無いと思いますよ
王国の召集は、大概の場合いつも
こちらの都合などお構いなしですから」
ほー、そうなのか。
「この前も、手術中している最中に
王国から召集の人が手術室に押し寄せて
来たことがありましたからね……」
「……」
それはやべえな。
「王国の行政はそういうところに気が回らないんです」
とメアリは最後に一言添える。
「……なるほどなぁ」
ツッコミどころのあるエピソードだが、
とりあえず、怒られる心配はなさそうだ。
俺はツッコミを横に置いてホッとする。
「……」
それからチラリとアリアを見る。
さて…いつもなら、この辺りでアリアが横槍を入れて
余計な知識を補足してくるところなのだが
今日はえらい静かな様子だ。
「……」
アリアはすっかりダンマリである。
露骨に怒気を漏らして、憮然とした態度だ。
「……タケシ。」
「ん。どうした」
アリアは真っ直ぐ前を見据えたまま続ける。
「あの人のことだけど…」
「あー、うん」
"あの人"
誰のことかは確認するまでもない。
クレイジー大英雄サタケのことだろう。
「あの人がタケシにした事、
タケシ自身はどう思ってるの?」
「うん?うーん…」
うーん…難しい。難しい質問だ。
本当に難しい質問だ。
とりあえず俺は、利害も何も考えずに
率直に思ったことを言った。
「バチ当たって雷落ちて
ドブに落ちてそのまま死ね、って思ってるよ」
「うん。そうだね。私もそう思う。」
間髪入れずにサラっとアリアは同意する。
その率直な感想にハハと思わず俺は笑うが、
アリアは咎めるように俺をジトリと見る。
大英雄に対してこの塩反応。
相当に、あの男に対して思うところがあるようだ。
「あの人がタケシを殺そうとしたことは、
私は"然るべき機関"に訴えるべきだと思うの」
「……然るべき機関?」
アリアはそう言うと、
どこからともなく長方形の
鉄の板のようなものを取り出した。
「なんだそれ」
「魔法具。音を記録することができるの」
【ピッ】
そう言ってアリアは板のボタンを押した。
すると鉄の板に無数にあいたい穴ボコから、
声が聞こえてきたのだ。
それは、先程男と会話していた内容そのままである。
【ピッ】
再びボタンを押して声を止めると、
アリアは続けた。
「証拠も撮った。
さっきの会話からして、
明らかに向こうに問題があるよ。
訴えよう、タケシ」
「……」
アリアの真剣な声に、
俺はどこか上の空で相槌をうつ。
訴えるというのは、
王国の裁判所に訴える事を言ってるのだろう。
だが、国の英雄を訴えて、果たして
王国が英雄の不利になる判決を下すだろうか?
(正直、俺たちが何言ったところで
どうにかなるとは思えないんだよなー)
……と、思いはするものの口には出さない。
アリアのこの怒りは俺を想ってくれての怒りだ。
簡単に蔑ろにするわけにもいかない。
「……まぁ。そのあたりは後で考えよう。
いまはとにかく急ごうぜ」
・・・
・・
・
そして15分ほどかけて
ようやく中央議会場に到着したのだった。
俺は車椅子での移動だ。
これだけかかってしまってもしゃーない。
「し、しつれいしまーす」
議会場の扉を開く。
それから受付に話を通して、俺たちは謁見室と
呼ばれる場所へと誘われた。
✳︎
「……ひっろ」
ひ、広い。バカ広い部屋が俺たちを迎える。
部屋というか、これはもう言うなれば"玉座の間"。
向こうにひとつだけ大層高そうな椅子が備えられていて、
まるで、よく王様が偉そうに座ってるような、
王様の謁見室にきたような気分になった。
???「よく来たである」
(あん?)
ん?どこからともなく声がする。
よくよく見れば、その広間の最奥、
王様が座りそうなその高級椅子に、
小さな背をした小柄な男が座っていたのである。
???「よく来てくれた。
朕は大変うれしく思う。
さぁ、私の前に跪くが良い」
「……」
はぁ…?な、なんだこいつ。
とんでもなく背が小さいチビが、
デカイ椅子に座りながら王様のような口調で
俺たちに偉そうに語りかけてきた。
子供か?とも思ったが、
顔は普通に老けてるおっさんである。
(中央議長様よ。
この施設で一番偉い人、みたいなものね)
アリアが念話でこっそり教えてくれる。
ふーん…?議長ってのはそんなに偉いもんなのか?
世の中ってそういうもん?
色々と違和感を感じるが、
めんどくさいのでスルーする。
大人しくそいつの前に跪き、
俺は適当に挨拶をかましておいた。
「お会いできて光栄です。議長様。
車椅子を使っている身ゆえ、失礼な振る舞い
ご容赦ください」
「朕は寛大じゃ。許すのじゃ」
妙に淡々とした偉そうな言葉遣いである。
無表情で偉そうに喋られると
無意味にイラっとするな…まぁいいけど。
「ありがとうございます…。
それから申し訳ございません。
30分も遅刻してしまって…。
ですがこれには訳がありまして……」
「サタケ様に頼んだ段階で
遅れることは覚悟していたでおじゃる。
むしろ、早く来てくれて感心していたでおじゃる」
お、おじゃる……!?
喋り方が気になりすぎて内容が頭に入ってこない。
だ、だが、どうやら許してもらえたようだ。
「全て許そう。よく来てくれた。
朕は嬉しいぞよ」
淡々と、感情の起伏なく、真顔で
ひとつも嬉しくなさそうに告げるその口調。
……何で俺は、こんな誰かも知らん
ちっこいおっさんにヘイコラ頭を下げてるんだ?
俺の中の反骨精神がくすぶり始める。
(頭下げといたほうがいいわよ
この人、貴族会でも有名な家の出だから。)
お、大人しくしておこう!!
・・・
・・
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