第7話 スカウト #3
タケシの心は風見鶏。
優柔不断なおとこです。
「タケシはもしかしておバカなのかしら」
ばかじゃないわい
「タケシ、タケシ。
私の話がよくわかってないみたいだからわかりやすく言うわね?
このままいくと、タケシは死んじゃうかもしれないってことなの。
ここまではわかる?」
んなもんわかっとるわ!
駄々をこねる子供をあやすように、
貴族女はしゃがみこんで俺の顔をじっと覗き込む。
あれからこいつはしつこく俺を説得しようとしてくるのだ。
(お前の魂胆はわかってるぞ!
自分の意見に従わせたがる貴族特有のマウント取りなんだろどうせ!)
しかし俺の意思は巌のごとく硬いのだ!
小娘の言葉一つで変わるはずがない!
「タケシは死んでもいいの?
タケシが死んだら悲しむ人もいるんじゃないの?」
真っ直ぐ見つめてくる眼差しに俺は思わずたじろいでしまう。
うっ…そ、その真っ直ぐな目で見るのやめろよぉ!
ええい!いいんだよ!やるったらやるんだ!
それに男が一度言ったことを撤回するなんて
無様な真似できるわけないだろ!
これでいいんだこれで!
「王国の都合で道具のように殺されることもあるかもしれないのよ?」
むっ……。
「死ねたらまだ楽な方だわ。
もしも戦争で敵国の捕虜にでもなったりしたら、それはもう悲惨よ?
死んだ方が楽だと思えるくらいにね。」
………。
「西国の鉄の国に捕まるのが一番悲惨ね。
捕まえた敵国の兵士は例外なく全員機械人間に改造されるっていう話だわ。
死にたくても死ねない死なない兵器として、
戦っては壊されて、修理されて、
戦っては壊されて、修理されてをずっと繰り返すんだって。
タケシはそれでもやるって言うの?」
アリアの眼差しは俺だけを見つめて離れない。
その必死の眼差しに、ようやく俺は
彼女がどれだけ真剣に俺のことを案じてくれているのか気がついた。
彼女は知識を自慢したいわけでも、マウントを取りたいわけでもない。
ただ純粋に俺のことを心配してくれているのだ。
「タケシ……」
ついさっき知り合ったばかりの相手をこれだけ心配することができる、
それはなんと尊く有難いことなのだろう。
これほど心配されては、
流石の俺も無下にはできない。
(これ以上…誤魔化すわけにはいかないな)
冗談も誤魔化しも、虚栄も見栄も全部捨てて、
俺はその眼差しを真っ直ぐに見つめ返した。
言葉で伝えきれない思いを視線に込めて、
俺は真っ直ぐに見つめ返す。
……そして見つめ合うこと数秒。
「わかった。ごめん、そうだよね。」
アリアは言葉を漏らすように呟いた。
「こんな決断、相当な覚悟がないとできないに決まってるものね…
そんな決意に満ちた目をされたら私からはもう何も言えないよ……。」
さらり。
上着の裾からずっと伝わっていた緊張が解けていく。
俺がなにを言おうとも、握って離されなかった服の裾が
するするとアリアの手元から離れていった。
アリアの表情は俯いていてよく見えない。
いまもしも、心配するように俯くアリアの顔を覗き込めば
きっと彼女がどんな表情で何を憂い何を思っているか、
痛々しいほどわかってしまうだろう。
「………」
だからこそ、俺は振り返らない。
迷わないよう、まっすぐ前だけを見て、
神官に告げた。
「神官様。」
「うむ」
「さきほどの私の発言を………
ととととと取り消したいんですけど可能ですかね???」
手のひらクルックルー!
さながら風見鶏!吹く風に任せてクルクル方向転換!
(あーよくよく考えたら俺に硬い決意も意思もなかったわー!
やっぱ死ぬのこえーわー!王国のために死ぬとか無理だわー!
こればっかりはアリアが全面的に正しいね!
よし!撤回おねがいしまーす!)
俺はなんて無様なのだろう!
しかし無様で結構!意思が弱くて結構!
結局は最後に生き残っていたものが勝者なのだ!
誇り高い意思など死んでしまえ!
「さすがタケシね!さすがだわ!」
アリアは手を叩いて喜んでいる!
…………やめて?
ここで流石って言われるのは
なんか遠回しに馬鹿にされてる感じがするからやめて?
一方、神官はというと、
眉を寄せ困った顔で独り言のようにぼやいていた。
「むぅ…そうなると困ったことになるのう…
気がすすまぬがこれも全ては王国のため…
仕方のないことか……」
ん?何が困るって?なにが仕方ないって?
清々しい気持ちでいっぱいでいる俺を脇目に、
神官はおもむろに手を上げる。
そして、振り上げた手をゆっくりと振り下ろそうとしたまさにその時、
一人の神官が制するように手を挙げた。
「だ、大司教様、お待ちください!
私からも少しお話ししたいのですがよろしいでしょうか?!」
「う、うむ?それはよいが…」
「はい、ありがとうございます!
タ、タケシ君。私からひとついいだろうか?」
慌てた様子で一人の神官がずずいと俺の前に出る。
どうしたどうした急に……ん?
よく見たらこいつはスキル授与式のときの若い兄ちゃんじゃんか。
あわててどうしたんだ