第66話 絶対服従の本領
「さー、もっと戦おう。
君の本当の実力を見せてくれ」
男がヘラヘラ笑いながら歩いてくる。
「……」
『タ、タケシくん!とにかく逃げよう!
ここには神官もいる!
ひとまずは彼らの下まで行こう!
そうすればきっと…!!』
神官なら回復魔法を使えるはずだ。
たしかに勇者の言う通り、
そこまで行ければ生き延びる確率は
上がるだろう。
………そこまで行ければ、の話だが。
(神官ね…)
俺は遠くの方を見やる。
神官たちは、魔人との戦いに
巻き込まれないように遥か遠くに
移動していた。
この瀕死の体で、
この目の前にいるサイコパスから
逃げながらあそこまで行く?
歩くこともままならないこの状況で?
「……」
刹那の黙考。
そして俺は各々に指示を出す。
(サナ。神官たちに念話を飛ばしてくれ。
内容は治療の要請だ。)
『は、はい!わかりました!』
(具体的な内容としては……
魔人を倒したこの世紀の大英雄が、
サイコパスなクソ暴漢に襲われて今にも死にそうだ。
動くこともままならんから、
お前らの方からこっちに来て助けてくれ、
…とか適当に伝えてくれ)
(りょ、了解です!!)
(勇者。お前には俺の体のすべての
主導権を一旦譲る。だからお前は……)
"だからお前は……"
そこで言葉が止まる。
……それで?
主導権を渡してどうしてもらうというのだ?
神官がくるまで時間を稼ぐ?
それとも走って逃げてもらう?
そんな悠長なことをしていられる時間が、
果たして俺の体に残されているのか?
「……」
わずかな沈黙。
そして俺は言葉を紡ぐ。
(俺の体の主導権をお前に渡す。)
(だから倒せ。なんとしてもぶっ倒せ。
あのキチガイ野郎をぶっ飛ばしてくれ)
『なっ……!?
そ、そんなの無理に決まってるよ!
こんな体で戦うなんて……』
勇者は強く反論する。
この傷で戦うのは無理だと判断してるようだ。
「……」
目を瞑る。
暗い視界の中、俺は勇者とのつながりを確かめる。
勇者と俺の間には線がある。
ピン、と線を張るように
勇者と俺との間には線が繋がれている。
"絶対服従"のスキル。
それは、天界での騒動の時に、
ひょんなことから俺と
勇者の間にかかった呪いのようなスキル。
そのスキルが確かに勇者と俺との間に
繋がっていることを確かめる。
そしてもう一度、俺は勇者に向けて語り出した。
「絶対に。なんとしても、
俺をここから生きて返せ。」
『で、でもそれは…』
「これは"命令"だ。
なんとしてもこの命令を達成しろ。
勇者イレブン」
「なっ……!」
絶対服従の命令は、
何をもってしても最優先に履行される。
俺の言ったことは絶対に達成しなければいけない。
なんとしても達成しなければならない。
それこそが絶対服従のスキルの本領。
途端、俺と勇者の見えない線が、
より強く太くなるのを俺は直感的に感じ取った。
「……ほ、本気なの?」
「本気だよ。それしか生き残る術がない。」
血があまりにも出過ぎている。
逃げ回って時間を稼ぐなんてことをしたら、
先に俺の体が死んでしまう。
俺が生き残るには、
もはやこいつを倒すしか道はない。
「最速最短で、あの男を倒せ」
「……」
「俺の命も何もかもお前にかかってる。
あとは任せたぞ、英雄」
長い沈黙。
そして勇者は語り出す。
「いいんだね?」
「おう。いいぞ」
「……わかった。
絶対に君を死なせない。
この選択を絶対に後悔させない。」
「おう。信じてるぞクソ勇者」
✳︎
準備は整った。
俺は再びサイコパス男を睨みつける。
「ん?やっと準備できた?」
男はニコニコと減らず口を叩いている。
この野郎…俺が裏で画策してる間、
ご丁寧にも待っていてくれたようだ。
まるで正義のヒーローの変身シーンを
律儀に待ってくれる悪役のようである。
「目つきが変わったね。
ようやく君の本気が見れそうだ」
「うるせぇ死ね。
その減らず口、二度と聞けなくしてやる」
そして、何の脈絡も
何の必然性もない戦いが、始まった。
・・・
・・
・
【勇者の視点】
手足が動く。
指を軽く動かして、いまのタケシくんの
体がどれくらい動くか確かめる。
(……だいぶ鈍いかな)
体は思っていた以上に動かない。
頭の中のイメージと2秒程度の遅延があるようだ。
次は切られていない左腕を軽く振るってみる。
直後、猛烈な痛みが走った。
が、そんなものは無視すればいい。
僕は意識的にアドレナリンを増大させる。
痛覚は一時的に遮断された。
体は機械、体は武器、体は器。
体という物体を少しずつ
僕に合わせて調整していく。
だが技術どうこうではどうしようもない
問題がある。
それはこの体の鈍さだ。
この体では、剣を振るったとしても
十分な速度も威力もでないだろう。
仮に剣が当たったとしても、
おそらく致命傷には至らない。
(最速最短で倒す、か…)
怪我は思っていた以上に進行している。
もしも通常の僕なら、
生き残ることを諦めて、
相手と刺し違える覚悟で相手に斬りかかって
果てたことだろう。
(いける。勝てる。絶対に勝てる)
しかし、いまの僕は
不気味なほどに気持ちが前向きだった。
絶対に勝てる、生き残れるという確信と
言いようのない力が胸のうちから湧き上がる。
体のコンディションは極めて最悪だが、
心のコンディションは、僕の人生史上最高と
言っていいくらいに絶好調だ。
これが絶対服従による洗脳の効果なのだろう。
「……」
僕は魔人に突き刺さったままの神剣を一瞥すると、
小さく言葉を唱えた。
「来たれ、神剣」
そう言うと、神剣はふわりと浮かんで
僕の横に縦のように並び立つ。
そしてゆっくりと隻腕で剣の柄を握った。
「ふふふ」
男は笑う。
「その構えだけでわかるよ。
ふふふ。強い。強いね君は」
「……」
男の言葉に一言も返さない。
喋る力を消費するのも許されない。
「援軍なんてめんどくさいと思って
心底興味がなかったけど……ふふふ。
ここに来て正解だったよ。
本当に僕は神様に愛されているようだ」
「……」
「やる気満々、って顔だね。
よしそれじゃあそろそろ。いい加減始めようか」
そういうと、勇者は構えていた剣を
ダラリと下ろした。
脱力。無気力。自然体。
男は構えもとらずにそこに立っている。
(構えを解いた…?
もしかして戦うつもりがなくなった?)
そんな可能性が一瞬よぎるが
すぐにその"構えなき構え"こそが、
彼の本領だと気付かされる。
「さぁ、精一杯に殺し合おう!」
脱力しきった構え。
そこから一気に男は動き出す。
7メートルほどあったはずの距離が猛烈に縮まった!
そして僕も、戦闘に向けて動き出す!
(さぁ、頼んだよ神剣)
神剣に命運を託すようにギュッと握る。
それから僕は神剣を空へと放り投げたのだ!
この体に剣を振る力は残されていない。
この体に攻撃手段はない。
ならば、悪魔や魔人を倒した時の
"あの手"しか残されていないだろう。
✳︎
さて、問題はここからだ。
ここから先が最大の問題だ。
「ふふふ」
男は上に飛んだ剣のことなど
意にも介さず剣を振るう。
……これから男の連続攻撃が始まる。
神剣が男に飛び向かうまでの間、
これをこのボロボロの体で
なんとしても僕は避けなければならない。
(……スイッチ)
そして僕は切り替える。
長年培った戦闘技術により、
"脳のスイッチ"を切り替えたのだ。
その途端、見える世界は大きく変わる。
男の鋭く速い剣筋を、僕の視界は
"超スローモーション"でゆっくり捉え出す。
剣の小さなひび割れから何から何まで
じっくり見えるほどに、その剣筋がよく見えた。
超スローモーション。
言うなれば、いまの僕の目は
とんでもなく「動体視力が良い」状態だ。
目が映像を捉える仕組みは
大きく分けて2つのステップある。
眼球で画像を取得するのが1stステップ。
その画像を脳が認識・検知するのが2ndステップ。
一般的に「動体視力が良い」というのは、
2ndステップの処理時間が圧倒的に速いという状態だ。
ボクサーが速いパンチを避けられるのは、
この処理時間が早いから、即座に攻撃を
認識して、避けることができるのだ。
では、処理時間を早めるにはどうすれば良いか?
それは、ひたすらの反復学習しかないと言えるだろう。
はじめてのピアノは上手に早く演奏できない。
しかしなんども繰り返し練習することで、
その速さは次第に早くなっていく。
反復学習により、脳は処理を最適化させていき、
処理を素早く行えるようになっていくのだ。
同様に、
「斬りかかられた時」の僕の脳内処理は、
長年の経験という学習データにより、
最大限にまで反復学習され、
処理時間が短縮されている。
だから僕は動体視力がとてもいい。
が、それはあくまで常人の範囲内での話である。
ただそれだけの特技では、
この男の剣筋を捉え切ることは難しい。
男の剣速は間違いなく人間の限界を超えている。
人間の限界をこえたこの速さを
捉えるには一体どうすればいいだろう?
(……答えは単純だ)
人間の限界をこえた速さを捉えたいなら、
こちらも人間の限界を越えれば良い。
だから僕は脳のスイッチを"切り替える"。
僕は人体のとある部位のリミッターを外した。
だが外すのは体のリミッターじゃない。
ここで体のリミッターを外せば
確実に体が先に限界を迎えて死ぬだろう。
だから犠牲にするのはこの"目"だ。
僕は迷うことなく目のリミッターを外した。
その途端に眼球が燃えるような熱さを発する。
僕が目指す品質。
それは先ほどの例で言うならば
1stステップの精度向上だ。
1stステップ。
眼球が画像を取得する処理。
人間の眼球が一秒間に取得できる画像の枚数は100枚。
それを僕は、リミッターを外すことで
1000枚ほど処理枚数を増やしたのだ。
まさしく、スローモーションカメラばりの性能。
しかし、これだけじゃまだ足りない。
今のままでは、枚数が増えただけで、
脳はそれだけの画像を処理しきれない。
精々一秒間に50-60枚が限界だ。
だから僕は"脳の作りを作り変える。"
「目の映像をスローモーションに捉える」
ただそれだけのための機械に、
この体を、この脳みそを改変する。
思考を除いたあらゆる脳の処理を停止させ、
代わりに眼球からくる画像の処理を並列的に行わせる。
もはや今の僕は人間ではない。
自分自身をスローモーションカメラに
作り変えてしまったのだ。
(……熱い。)
燃えるように目が熱い。
たった一秒間の間に1000枚の画像が
電気信号となって、眼球のか細い神経を通っていく。
小さな小さな抵抗熱が積み重なって、
大量の熱を発生させる。
もって10秒…いや、6秒か。
あと数秒もすれば、
この目は確実に失明する。
だがいい。
これでいい。
命と視力どちらを取るかと言われれば、
言うまでもなく命を取るに決まっている。
タケシ君は、なんとしても
生きて返せと確かに言った。
ならばその通りにするまでだ。
そして僕は、
男の攻撃を避けるためだけに、
視力を犠牲にしたのだった。
・・・・
・・・
・・
・
一方その頃。
「だがいい、これでいい……
じゃねえええよおおおおおお!!!!!!」
「目がッッ!!目がぁぁぁぁぁあ!!!!
ぎゃーーーーーーーー!!!!!!」
いたいたいたいたい!?!?
なにこれ死ぬほど痛い!?!?
体の元宿主、絶賛痛みで転げ回ってる最中である。
勇者の方は、痛みを遮断してるみたいだけど、
俺には痛みそのままダイレクトに
くるんだけどぉぉぉ……!?!?
え?というか痛みもそうだけど、
こいつ目を犠牲にするとか言ったよね?
それって失明するってこと?
「視界を犠牲ってお前なに言ってんの!?!?
やめろやあああああ!!!!」
しかし勇者に俺の言葉は届かない。
絶対服従のスキルにより、勇者は
「絶対に俺の命を救うマン」
と化してしまっている!
このクソ勇者には
俺の言葉はもはや届かないのだ!!!
「痛い!痛い痛いまじで目が居てええええ!!
やっぱクソだわこいつ!!!
信じなきゃ良かったああああ!!!
クソ勇者絶対ゆるさねえええええええええ!!!!」
……1人俺は、痛みと怒りで
のたうちまわるのであった。
新連載はじめました!
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「ディベートしないでイチャコラしてる弁論部員2人の話。」
日常ラブコメです!よろしくお願いします!




