第65話 八柱将軍 サタケ #3
目の前で吹き飛ばされた"それ"を、
認識できないしたくない。
しかし、猛烈な痛みが
嫌でも現状を理解させたのだ。
(右腕が……切り落とされた……?)
血が止まらない。
どくどくと右腕から赤い液体が噴出する。
右肩から先。俺の体についていた元右腕が、
血しぶきを上げながらクルクルと宙を舞っていた。
(はやく止血しないと死ぬんじゃないか…?)
というか止血しても死ぬんじゃないか…?
この時点で死ぬの確定じゃないか…?
唐突に提示された明確な「死」。
真夏だというのに指先が震えだす。
急激に体温が下がっていく。
"死ぬかもしれない。"
そんな思考が俺の思考を支配する。
しかし男は考える暇も与えてくれない。
(ニコニコ)
ニコニコと楽しそうに笑うその男。
右腕だけでは足りないらしい。
無邪気に笑いながら、男は再び剣を振るった。
攻撃を終わらせるつもりはこれっぽっちもないようだ。
「……」
体は恐ろしいほどに寒くなっていく。
だが、頭だけは沸騰するように熱いのだ。
"止まるな。動け。
はやく次の一手を打て。"
迫り来る剣。歯を見せて笑う男の顔。
思考回路は加速、フル回転で血が巡る。
(勇者、たのむ!)
「わ、わかった!」
阿吽の呼吸。
説明せずとも勇者は動き出す。
直後、俺の体はまるで糸で操られるように躍動する。
勇者主導のもと、俺の体は真後ろに
大きくジャンプしたのだ…!
【ズサササァ!!!】
命からがら男の斬撃を避ける。
一気に数メートル後方にジャンプする。
平凡な俺の体の一体どこから
生み出されているのか知らないが、
尋常ならざる力で地面を蹴った。
「がはっ……」
しかし、衝撃に耐えきれず、
着地と同時に俺の体は
もんどり打つように転がった。
地面の破片や砂が、傷口にどんどん刺さる。
俺の飛び去った跡が、一本道となって鮮血で彩られる。
血は赤黒く地面を濡らした。
(い、痛ぇ…)
いつもの減らず口を挟む余裕もない…。
俺はそのサイコパス野郎との距離を開けると、
急いでサナに念話を飛ばした。
(さ、サナ。時間、止められるか…?)
俺は必死な思いで頭に言葉を思い浮かべる。
もはや立ち上がることもできずに、たおれたまま
サナのことを思い浮かべる。
「……」
血が、暖かい。
その暖かさが不気味なほどに心地いい。
その妙な居心地の良さに、うつらうつらと
視界が重くなり始めたその時、
ようやくサナが俺の言葉に応じて、答えてくれた。
✳︎
【ピシリ】
例えるなら、水が凍った瞬間の音。
そんな短いと音と共に、世界は再び停止する。
俺の体もあの男の体も何もかもが停止した。
「……はぁ…!はぁ!、はぁ…!!」
俺の体が幽体となって外に飛び出した。
サナが見事に時間を止めてくれたようだ。
「はぁ……はぁーーーー……」
そして、少しずつ冷静を取り戻しながら、
俺はこれまでの困惑を一気に解放した!
「く、くそがああああ!!!!
痛ええええええええ!!!
なんだよこれ!!!なにが!?何が起きた!?!?」
まるで状況が飲み込めない!
援軍が来たと思ったらそいつに
いきなり腕を切られたのだ!
わ、わけが!わけがわからん!
なんで魔人を倒した俺が攻撃されてる!?
なんで瀕死になるまで追い込まれる!?
俺が何したっていうんだよクソが!!!
罵詈雑言が休むことなく頭を埋め尽くす。
が、段々と文句を言う気力も減ってきた。
「は、はぁ、はっ、は、はっ……」
(く、くそ……息が荒い!くそっ……!!)
幽体になったら体の痛みが
治まると思っていたが、
まったくおさまる気配がないのだ。
サナの力で幽体になった今でも、
右腕が焼けるように痛かった。
「タ、タケツ様!!!!」
サナが顔面蒼白で俺の元に駆け寄る。
「サ、サナ。治癒魔法つかえたりしないか…?」
もはや息も絶え絶え。
俺は縋るようにサナに尋ねる。
「ご、ごめんなさい治癒は……
で、でも精神魔法のヒーリングなら使えますから!!」
そう言って、サナが何かを唱えると同時に、
俺の体の痛みが不思議と収まっていくのを感じた。
「………ただ斬られただけじゃなさそうですね。
魂ごと斬りつけられてます…。ひ、酷い……」
サナは泣きながら必死にヒーリングを唱えてくれる。
痛みが和らぐとともに、
少しずつ俺も冷静さを取り戻していく。
「あ、ありがとう…まじ助かった…」
そう言いながら、チラリと生身の体の方を見る。
「体の方も治療できないか?」
「……今治療したのは、魂だけです。
体の方はわたしの魔法では
干渉自体できないんです……ごめんなさい」
「……わかった」
だがとりあえずはサナのおかげで時間は作れた。
幽体で空中に浮きながら、
上から自分の体を見下ろす。
「……これはひどい」
あたりは自分の血で血だらけ。
たった30秒程度の時間で、俺の体は
あまりにも無残な有様に変わり果てていた。
「……」
傷口に大量に刺さった瓦礫を見る。
傷口はもうぐちゃぐちゃだ。
大陸一と言われた王国の回復魔法技術を使っても、
右腕はもう治らないかもしれない…。
「……」
歯をくいしばる。ギュッと目をつぶる。
それから俺はもう一度戦況を俯瞰する。
「……今この間、
正確にいえば時間は止まってないんだったよな?」
「はい。そうです」
俺に両手を当てて回復魔法を唱えながらサナが答える。
サナの時間を止める魔法は、正確にいえば
周囲の精神を止める魔法だ。
体の時間を止めることはできない。
だから、今こうしてる間も
俺の体は刻一刻と死に近づいている。
「……このままここで時間を潰して、
王国の他の連中が来るのを待つのが一番なんだが…」
礼拝堂にいる人間の精神が止まってるだけで、
外の時間は動いているのだ。
待っていれば、きっと王国の他の連中もくるはずだ。
外から騎士団の連中がやって来れば、
あのキチガイ野郎を止める手立ても
あるかもしれないんだが……。
「けど、そうすると俺の体が死ぬ。」
そんないつ来るかも
わからないものを待っていたら確実に死ぬ。
あの手この手と必死に考えを巡らすのだが……。
(……打つ手がねーじゃねえか。)
やべえ…。死ぬぞマジでこれ…。
・・
・
【ピシ…】
さてどうしようかと悩んでいた俺に、
再び絶望が押し寄せる。
【ピシ…】
「あん?」
「えっ…」
サナと俺は、同時に空を見上げる。
さきほど、魔法が展開された時の音が、
氷ができる瞬間の音ならば、この音は真逆だ。
その音は、例えるならば冷やしすぎた氷が、
自ずと自らひび割れるような、そんな亀裂音。
【ピシ…】
【ピシ…ピシ…】
亀裂音は徐々に徐々に大きくなる。
目の前の空間が、ピシリピシリとひび割れ始めたのだ。
「う、うそ…」
サナがポツリと呟いた。
そしてその瞬間に、「絶望」が押し寄せる。
【ピキン……!!!】
今までにない大きな音ともに、
目の前の景色がひび割れ崩壊する。
あっという間もなく、サナの魔法が破壊されたのだ。
そして時間は再び再開される。
パラパラと空間が割れる中を、
1人の男がゆらりゆらりと闊歩した。
「へー、すごい。こんなこともできるんだ。」
止まらない。
この男は止まらない。
男はサナの魔法をいとも容易く破壊する。
停止した世界が、強引に再開される。
「さー、もっと戦おう。
君の本当の実力を見せてくれ」
絶望は、まだまだ続いた。
タケシのほのぼの日常シーンはいつ書けるんだろう。(遠い目)
それはそれとして、
新連載はじめました!
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「ディベートしないでイチャコラしてる弁論部員2人の話。」
日常ラブコメです!よろしくお願いします!




