第61話 決着
雨垂れ石を穿つ。
何十回と切り結んだ結果がついに身を結ぶ。
「は、は、……は……」
息は切れ切れ。
最初の頃はどんな攻撃もものともしない魔人だったが、
今やその体は満身創痍だった。
相変わらず切り傷こそできないものの、
至る所に打撲の痕が見て取れる。
「は、は、は……は、」
されども魔人は笑う。だがその笑う声も途切れ途切れだ。
いつ倒れてもおかしくないほどに消耗しきっていた。
(こ、この調子ならいけるでおい!)
そんな様子を、俺は余裕の表情で俯瞰する。
ジャイアンキリングいけるんじゃね?
なんかあまりに一方的だから逆に申し訳なくなってきたわー
「は、は、ははは……」
……しかし世の中とは、往々にして
順調な時ほど思わぬ落とし穴があるものだ。
何度目かの攻撃の直後。
アリアが魔人を斬りふせたそのすれ違い際、
魔人はボソリと何事かを呟いた。
「どう、したぁぁぁ…?」
「……?」
「最初、の、勢いはどうしたぁぁ?」
ボロボロになりながら魔人は続ける。
「攻撃の、キレが悪くなってきてるなぁぁぁぁぁ………?
最初ほどの苛烈さが、薄れてきて、るぞぉぉぉおぉぉぉぉ……???」
明確な挑発だ。
魔人はぼろ切れのような有様で、尚もアリアを煽っていく。
「……」
一方、アリアは魔人の言葉を完全に無視。
壁を蹴って方向を変えたかと思えば、再び魔人を切り飛ばす。
「ごはぁっ!?」
ゴルフのごときフルスイング。
されるがままに魔人の体は弾かれた!
(……なんかイジメっぽくなってきたなぁ)
神剣に弾かれながら、魔人の体は結界の壁へと激突する。
壁に投げつけられて潰れたトマトのように、
ズルズルとへばりつきながら落ちていく。
ひ、ひどい有様だ。
これではどちらが悪者かわからない。なぶり殺しである。
見てるこちらが同情しそうになるほどの一方的な展開だ。
「はは、はは、は……」
しかし魔人は不遜な態度を崩さなかった。
「ふ、ふふふふふ………
弱い。弱くなってるぞぉぉ……?
こんなものじゃないはずだろ君はぁぁぁぁぁ??」
地面に広がるスライムのように脱力しきって、
魔人は結界の床にへばりこむ。
立つことすらままならない酷い有様。
しかし、どれだけ追い詰められようとも魔人の態度は揺るがない。
「………っ」
アリアの表情が、動揺とまではいかないが、
ピクリと反応したのが目に見えた。
たしかに魔人の言う通り、俺からみても
アリアの攻撃は少しずつその苛烈さがなくなっていた。
(まーーー……気持ちはわかる。)
これほどの一方的な展開では、まるでこちらが悪者だ。
手が緩んでしまう気持ちも大変によくわかる。
「うーーーーーーんんんんん……???
やはり威力が落ちてるなぁ……?
憎しみが足りていないのかぁぁぁぉ……?」
血を吐き出しながらも、一向に挑発的な発言をやめない魔人。
俺はその態度に、段々と不気味さすら感じ始めていた。
(……なんだ?なんなんだこいつは?)
もはや魔人の姿は見るも無残な有様だ。
それでも余裕は崩れない。
ニヤニヤ笑う口角が下がる気配がまるでない。
(一体こいつは……何を考えている……?)
✳︎
「やはりどんなものも……」
「一口目が一番うまいものなんだなぁ……。」
魔人は続ける。
「今の攻撃からは、最初の攻撃ほどの
気迫も必死さも何も感じられない…。
残念だ…とても残念だ。」
「これではただの惰性。本気の憎しみも敵意もない…。
私の好みの責めじゃあ、ないなぁ…」
その減らず口は止まらない。
魔人は更に更に続ける。
「危機感が足りていないのか…?
危機感を与えてやれば、少しは変わるのか…???」
魔人はぼろ切れのように床に転がりながら続ける。
「ならば与えねばなるまい…
生命がおびやかせられる恐怖を、失うことへの危機感を…」
その言葉を皮切りに魔人は"変化"する。
アリアを打倒するためではない。
より自分の快楽を得るために、
より自分の好む責め苦を味わうために、
どこまでも自分のために、魔人は変化する。
「魔憎歪ム(マゾヒズム)よ。願わくば我が望みを聞いてくれ」
魔人は己の額に語りかける。
「この小娘は、あろうことか敵であるこの私に
憐憫にも似た同情で、私に手ぬるい攻撃を仕掛けてくるのだ…。
私が望むは心の底からの「軽蔑」と「憎悪」。
憎しみのない惰性の責め苦など、
私の好みでは全くない。」
そして額の瞳は光り輝く。
まるでその願いに応えるかのように、光を強める。
「欲するは憎悪。欲するは嫌悪。軽蔑こそが我が原動力にして原点。
だからこそあの小娘に絶望を。
圧倒的な危機感を授けてくれ、我が額の瞳よ…!!!!」
———そして、戦況は覆る。
まるでゲームのように、あっさりと、覆った。
・・・・
・・・
・・
・
「ゲーム」と「戦争」の違いとは何か。
子供達のする遊びのチャンバラと、
大人達が本気で殺しあう剣の鍔迫り合い。
両者の本質的な違いは何だろう?
それは、根底にエンターテイメントが有るか無いかだと俺は思う。
戦争に感動はない。
見ているものを興奮させるような逆転劇も存在しない。
戦争の結果というものは、
大概の場合は武力と国力の差によって、戦う前から決している。
そこにあるのは強者による弱者からの搾取の図、
あるいは、弱者がより弱者から搾取する構図だ。
大番狂わせなんて起きる余地もない。
待っているのは非情なまでの現実的な結果のみ。
それが「戦争」というものだ。
ならばゲームは…?
対するゲームはいくらでも逆転劇が起こり得る。
観客を楽しませるべく、"そういう風に"ゲームはできている。
クイズ番組の最後の問題は得点が三倍逆転チャンス、
得点の入りにくい野球では9回裏でサヨナラ逆転ホームラン。
ゲームの盤面とは簡単にひっくり返るものだ。
演出されたドラマを見せるために、いくらでも都合よくひっくり返る。
"外で見ている誰かを"楽しませるために、ゲームは脚色される。
"ゲームをコントロールする存在"によって、
ルールはいくらでも書き換えられる。
楽しませるためにゲームとは存在する。
それこそゲームの本質だ。
……そして、この戦いは「ゲーム」なのだ。
少なくとも奴と、奴の額の瞳にとってこの戦いはゲームにしか過ぎない。
それを俺たちは痛感することとなる。
「あの小娘に絶望を…。
圧倒的な危機感を授けてくれ我が額の瞳よ…」
魔人のその一言に答えるように、
額の瞳は発光する。その光は徐々に大きく、
そして目に見える形となって膨張した。
「!?!?ま、まずい!アリア撤退しろ!」
「う、うん!」
礼拝堂の空中に突如出現した光は、
魔人を核として、更に更に拡大する。
慌てて俺はアリアに声を上げる。
しかしもはや手遅れだ。
はじめは人間大だった光の球は、あっという間もなく光の速度で膨張。
巨大化したその光は礼拝堂の大半を飲み込む勢いで広がった!
「お、おいおいおい!!」
光は質量を持つエネルギー体。
急速に巨大化する光は、触れるものみな吹き飛す。
光の速度から逃げられるはずもない。
光はそのまま結界ごとアリアを吹き飛ばしてしまった!
「っ!?きゃああああああああ!!」
そして礼拝堂の天井めがけて
弾き飛ばされるようにアリアの体は吹き飛んだ。
神剣もその勢いに弾かれあらぬ方向へと回転しながら飛んでいく。
暴虐武人に光は暴れまわる。それでも尚、光は止まらない。
光は膨張し続け、礼拝堂内部を半壊させる。
地面5メートル近くを抉るほどに光は巨大化すると、
瞬く間に光は消えてしまった。
建築美のすいを集めた礼拝堂に、もはや見る影もない。
まるで丸い球を押し付けられたかのような景色だけが取り残された。
「……」
なんだ、これは。
「ア、アリア……?」
「……」
返事はない。
アリアは礼拝堂の壁に突き刺さるようにめり込んでしまっている。
いくらまってもアリアからは返事が帰ってこない。
なんだ?なんだこれは…?
なんなんだこれは…!!!
「……ふ、ふざけんなよ、おい。」
震えながら拳を握る。
礼拝堂の女神像は完全に崩壊。
壁も床も何もかも、巨大な球でくり抜かれたようにひしゃげている。
「こ、こんなの…こんなのって……」
……握りしめる拳が痛い。
力を込め過ぎて指先の感覚は停止する。
俺は怒りそのままに、魔人に激昂した。
「ふ、ふざけてるぞこんなの…!!!!」
『アリアに危機感を与えろ』
魔人は額の瞳にただそれだけを願った。
たったそれだけ。それだけのことで盤面はひっくり返った。
こんなもの、チェスをやっている最中に
ゲームボードをひっくり返すのと同じだ。
魔人の言葉1つで、唐突に出現した謎の光1つで、
アリアの頑張りも、サナの結界も、俺の策も、
全部何もかも無に帰してしまったのだ。
「ゆ、ゆるせねえ…」
ふざけてるふざけてるふざけてるふざけんな……。
突然目覚めた力でピンチを脱出?なんだそのご都合展開は。
ご都合主義。ご都合主義ご都合主義ご都合主義……。
何が願いを叶える力だクソ野郎。
俺が一番嫌いなその言葉を、あいつはその瞳で体現している。
ご都合主義であのクソ魔人はいとも容易く戦況を覆したのだ。
(主人公にでもなったつもりか…?)
握った拳がポタリポタリと血を流す。その痛みすらも、俺の怒りは忘れさせる。
「人間を舐めるなよ変態クソ野郎がぁ…!!!」
そして俺は怒りそのままに行動する。
吹き飛ばされて天井に突き刺さった神剣を一瞥し、
俺はステンドガラスから落ちるように降りる!
【ドサァ!】
背中から無様に落下した。
足が痛い、手も痛い背中も痛い。だが構うものか!
俺は足を引きずりながら走り出す!
「おらぁ!クソ魔人!こっち見ろや!!」
「ん……?」
魔人はゆったりとこちらを見下ろす。
「貴様かぁ…。そういえば貴様もまだいたのだったなぁ」
魔人はゆっくり右手を振るう。
「男はいらん。死ね」
魔人は即座に攻撃魔法を放った。
俺めがけて紫色の光が接近する!
「はんっ!」
この魔法が当たったらどうなる?
そんなもん死ぬわボケぇ!!
だがそんなもん知ったこっちゃねえんだよ!!!
あんなご都合主義野郎、俺がぶっ倒す!!
そして俺は、必殺の呪文を唱えた。
その瞬間に戦いは決する。長い戦いがついに、雌雄を決したのである。




