第46話 選択
周囲の索敵をお願いし、すぐに結果は返ってくる。
「うーん……。
周囲2kmの範囲を検索しましたが、1人しかいないようですね」
……少ないな。
(援軍はまだ来てないと考えるべきか)
唯一いるというその一人が誰なのかも気になる。
しかしそれよりも
(おかしい)
釈然としない。あまりにも釈然としないのだ。
(あれから一体何時間が経過した?
相当な時間が経ってるのにおかしく無いか…?)
前にもチラリと考えたことだが、
この政治的に重要な拠点の危機に、一向に援軍が来ないのは
どう考えてもおかしい。異常だ。
俺は黙考する。
何をするにしても、はっきりさせなければならないことがある。
それは、
「援軍がそもそも来ていないのか」
それとも
「実は援軍が来ている途中なのか」
現状はどちらなのかということだ。
それぞれの選択次第で、
俺のとるべき行動はだいぶ変わる。
(援軍がそもそも来ていないなら、
無理をしてでも助けを呼びにいけないといけない)
しかしそれは、
蛇に睨まれたこの状況で行うにはあまりに無謀。
無理がありすぎる。やりたくない。
(逆に、援軍がすでに来てる途中なら、
余計なことはせずに時間を伸ばすことに専念すればいいんだが…)
時間を伸ばすだけなら既に策がある…
あるにはあるのだが…そもそも援軍が来ていなかったら
何も意味がない。待っても最後は殺されてお終いだ。
(ど、どっちだ?)
(俺はどっちの行動をとるべきだ??)
思考はあっちに行ったりこっちに行ったり。
考え込む。考え込むが答えは出ない
(ダ、ダメだこれ!
1人で考えてもラチがあかんわ!)
行き詰まった俺はサナにふらりと相談してみた。
「サナよ…」
「はい。なんでしょう」
「何時間経っても、援軍が全然来ないんだが、
サナはなんでだと思う?」
「?来るのに時間かかってるんじゃないですか?」
「街は割とすぐそこにあると思うから時間はかからないと思う」
「それじゃあ、気づいてないのかもしれませんね。こっちの状況に。」
「えー…?そんなことあるか…?
ここってめちゃくちゃ重要な場所なんだぞ?
緊急時のホットラインの1つや2つ絶対にあるはずだろ?普通」
「たしかにそうですけど…。
タケツ様は、ホットラインって
具体的にはどんなものを考えてます?」
「そりゃなんか、魔法的なやつだよ。
遠い人に言葉を伝えるような魔法があるんだろ?きっと」
「そういう魔法もありますね。
でも魔法って状況によっては使えなかったりするんですよね」
「ほう。状況」
「たとえば……
結界がはられてる、とか」
結界。
その言葉に、直感的にピンとくるものがあった。
俺はすぐさまサナに質問する。
「質問だ」
「はいどうぞ」
「結界って、意識失ってる間も維持できるものなのか?」
「無理です」
サナは断言する。
「すくなくとも、詠唱するタイプの魔法は無理です。
詠唱したあと頭の中で魔法を管理する必要があります。
意識を失えばそれも不可能。絶対に無理です」
「詠唱の魔法ね…
となると、サナの魔法で意識を失ってる間、
結界は維持できずに消えてしまうわけだ」
「そうなります」
……ふむ?
なんだろう、何か違和感を感じる。
その話の通りなら、結界は消えていることになるのだが…
(本当にそうなのか?本当に結界は消えていたのか?)
何かが釈然としなかった。
俺の中の直感めいた理性が、そうではないと言っている。
はて…なんだろう。
しかし、一方サナは俺とは対称的に腑に落ちたように納得していた。
「そうなるとやっぱり、
王国はこちらの状況に気づいてないのかもしれませんね」
「根拠は?」
「意識を失っている間は結界が消えているはずです。
結界がないので入り放題です。かなりのチャンスです。
それなのに、誰一人として援軍が来ていない。」
「そうなれば、
『そもそも援軍自体来ていない』
『王国はこの現状を把握していない』
と、考えるのが自然のように思います。」
「うむ。そうだな……そう、だよな。」
サナが言ってることは1つもおかしくない。
至極真っ当、極々正論のように思える。
(なら俺は援軍を呼びに行った方がいいのか…?)
しかし、なんだろうこの感じ。
漠然としてるのだが、どうしても何かが引っかかる。
基本俺は至極現実主義者なので、
この引っ掛かりは、スピリチュアルな直感ではない。
単純に何かを忘れているのだろう。
(……ここで迂闊に決めるのは危険だ。よく考えよう。)
決断を先伸ばす。
整理する。俺に与えられた選択肢は2つだけだ。
⑴王国が既に軍を手配していると信じて、
援軍が来るまでもちこたえる。
⑵王国は事態を把握していないと判断して
俺自らが援軍を呼びに行く。
今のところでいうと、⑵が有力になるわけだが、
⑵が確定した瞬間、ぶっちゃけ俺は詰む。
(2)の意味するところはつまり、
この強大な敵を目の前にして、街までの数キロメートルを
逃げながら脱出しないといけないということだ。
そんなもんできるわけがねえ。
はっきり言って、サナの言う通りの状況なら
すでに俺は「詰み」なのだ。
一か八かで行動するしか選択がなくなってしまう。
それだけは、絶対やりたくない。
藁にもすがる気持ちで、俺は再びサナに質問する。
「……質問だ」
「はいどうぞ」
「こいつや俺はどれくらいの間、
精神が止まっていたんだ?」
「こちらと向こうでは時間の流れが違います。
なので……そうですね、
20分くらいは止まっていたことになると思います。」
20分……長いな。
そんだけ長い間、誰もこなかったってことは
やっぱり援軍は来ていないのか…?
やはり王国はこの事態に気づいていない…?
(……いや)
ちがう。そうじゃない。
俺の中で何かがピンとくる。
引っ掛かりの正体に、ようやく俺は気がつかされる。
(それ以前に、結界は本当に20分の間
消えたままだったのか?)
根本的、本質的、前提に対する疑問。
頭に浮かぶのはあの"2人"の顔。
サナの説が正しいと仮定するなら
どうしてもあの二人が取るはずの行動と繋がらないのだ。
違和感1つ目。
あの二人が20分の間に予測される行動は、
考えるまでもなく決まっている。
あいつらだって援軍が来ない現状に違和感は感じていたはずだ。
あまつさえ、自分たちじゃ手に負えないレベルの敵の出現だ。
絶対に、確実に、最優先に援軍を呼びに行くに決まってる。
もしも、サナの言う通り、
結界が綺麗さっぱり無くなってるのなら、
すぐさま援軍を呼び込んで、俺を助けに来てるはずだ。
20分もあれば、それくらいのことは可能なはずである。
しかし、現実として援軍は一人もいない。
おかしい。変だ。辻褄が合わない。
加えてもう1つ。2つ目の違和感。
仮にもしも、助けを呼びに行く途中で何らかのトラブルがあって、援軍を呼べなかった場合。
そんな状況だったとしても、
あの二人なら絶対にここに来るはずだ。
俺を助けるべく奔走してるはず。
しかし、サナは先程、
「周囲には一人しか人がいない」と言っていた。
その一人はおそらくアリアだ。
アリアは、俺を助けるべくこちらに向かっている、
あるいはもう既にすぐそこまで来ている。
ならオリビアはどこにいった?
オリビアだけはここから逃げ出したのか?
いや、考えにくい。
ティタノデビルと対面した直後、
ビビりながらも逃げ出す選択を選ばなかったオリビアが、
ビビって逃げ出すとは俺には到底思えない。
2つの違和感がどうしても俺の脳裏をつきまとう。
サナの仮定を信じると、何もかもが繋がらないのだ。
どうしてもあの二人の取りそうな行動と結びつかない。
それこそが、俺の感じた違和感の正体だった。
(王国はこちらの状況を把握していない、と、
サナは言うがやはり俺にはそうは思えない。)
俺はあいつらを信じる。
あいつらなら、きっと何が何でもこの状況を王国に伝えたはずだ。
なので、俺は援軍が来ない新しい理由を考える。
"こちらの状況を王国は把握している。
しかし、援軍を出せない理由があった"
援軍を出せない理由。
サナは"結界はもうない、入り放題だ"というが、
俺にはどうしてもそうは思えない。
2人の取り得る行動を考えると、
今この瞬間も、結界が存在するとしか思えないのだ。
未だに結界があるからこそ、援軍は来れていない。
そう思えて仕方がないのだ。
そんな仮定のもとに、俺はサナにとある質問を投げかける。
「質問だ」
「はいどうぞ」
「意識を失ってる間も、結界を維持する手段って存在するか?」
「え?……そうですねーー……」
黙考。そしてサナは答える。
「……そう、ですね。
可能か不可能かでいえば可能です。」
「ほう」
「魔法文字を何かの物に書いておけば、
魔法は術者がいなくても起動するはずです。
…まぁ、結界となると、
相当に複雑な術式になるでしょうが。
扱えるものはかなり限られると思います。」
魔法文字。
神界でもサナが使っていた言葉だ。
前に確認したところによれば、古代文字と魔法文字は同義の言葉である。
(そういえば、教会の古代文字がかかれた壁は、
書いた本人が死んでから何百年経っても動き続けてたな)
それならば、術者の意思が止まっていても動くはず。
不思議なことではない。
サナはさらに話を補足する。
その捕捉された話によって、事態は確定する。
「……ダジャレみたいなんですけど、
魔法文字には、文字を書くのに一番適していると考えられてる物体があるんです。」
「物体にかかれた魔法文字は
術者の意思を引き継いで、
文字に書かれた魔法を実行します。
それを魔法文字術者たちは、
『術者の意思を継ぐ石』
と言って、
好んで大理石や、石に魔法文字を書く習わしがあるんです。」
「ほう!」
「なので、もしも結界を魔法文字で発動してるなら、
絶対に何かの石に書いてるはずです。」
石というキーワード。
俺はすぐさまピンとくる。
当然、思い出されるのは"あの石"のことだ。
オリビアとティタノデビルから逃げた後に、
悪魔が倒れていたその真下で見つけた石。
俺が拾ったあの石と、結界を維持するというその石は自然と結びつきあった…!
「そ、そういえば見たわ!古代文字がかかれてた石!」
「!本当ですか!?」
「あぁ!
あの悪魔の親玉の…たぶん落し物と思われる石をみつけたんだったわ!」
「と、となると、
石による結界の線が濃厚ですね!」
「うむ。さっきの話からかなり状況が変わるな。」
「ですね。
石を使っているのなら、結界は未だに維持されているはずです。
つまり、援軍がいても、
入ることができない状況ということになりますね」
そして俺は結論づける。
「……なら今優先すべきは、
結界の破壊、というわけだな」
「そうなりますね。
ちなみに、その魔法文字が書かれた石ってどちらにありますか?」
「俺のポケットの中だ。
意識をなくして棒立ちになってる方のな」
「少し拝見したいです」




