第5話 スカウト #1
無口農民娘は意外とひょうきんな性格をしているようです
逃げ込むように教会へ駆け込んだ後、
俺たちはシスターの案内の元、教会の奥へと誘われていた。
「教会の中は涼しくていいですねー」
「ふふ、外は暑かった?」
「そりゃもう。なぁ?」
「……」コクコク
「……暑い中待たせちゃってごめんね?」
「いえいえ、私らは農民なんで。
太陽に当たるのは慣れっこですよ」
「……」フンフン!
「そう?それならよかった。ふふ」
シスターさんがお上品に笑ってる。
あー、美人なシスターとのお話はたのしいわー。
王国に採用されなかったら、この美人シスターの
お婿さんに就職したい。どこ住み?どこ住み?
シスターさんとの雑談に花を咲かせるそんな折、
ちょうど曲がり角に差し掛かったところで
壁に刻まれた妙な文字に目がいった。
「ん?」
見たこともない不思議な模様に、俺は思わず声を上げて首を傾げる。
「なんだこれ…?」
絵なの?文字なの?
とにかく複雑でごちゃごちゃした有様である。
「そ!」
「れ!」
「は!」
「古 代 文 字 ね!!!」
フンス!と鼻息が漏れんばかりに
自信ありげな声が後ろから飛んできた。
誰の声かな?
聞こえないフリをして、俺は声のする方を振り向かない。
「古代文字はね?数千年前に滅んだ超古代文明がつかっていた文字なの!」
「この文字の形態は…丁度バブシニア期のものね!
大昔とはいえこの時代は技術、文化ともにとても洗練されていてね?」
「その高いデザイン性は貴族の間ですごく流行ってるくらいに卓越してるの!」
ペラペラペラペラ…
ありがたすぎて耳が聞くのを
遠慮してしまいます。ご高説ありがとうございます。
一向に止まらないウンチクトークに辟易しながら、
仕方なしに俺はゆっくりと後ろを振り返る。
案の定そこにはいるのは先程の金髪の貴族女様である。
……なんでこの娘ちゃっかりついてきてるんだろう?
「古代文字はこのレトロ感がいいのよね~。
数千年の歴史の重みを感じるわ!これぞ歴史ロマン!」
この女は俺たちが教会に入ったあとも
平然と後ろにくっついてきたようである。
ひまなのかな?
「ね、そうよねシスター!」
「う、うーーーーん……。
そうですね、そういう意味もあるかもしれませんね。」
「やっぱり!」
「でも他にも何か意味があるんですよね、その言い方的に」
「う、うん。」
貴族様の圧に翻弄されながらも、気を取り直してシスターが答えてくれる。
「この文字はね、設置型の魔法なの」
「魔法!?」
「魔法!?」
「ちなみにここに書いてあるのは風の魔法ね。」
「風の魔法!?」
「風の魔法!?」
はじめてみる魔法に俺は驚いた!
王都ではこんな日常的に魔法が使われているのか!王都の技術力ってすげー!
「古代文字って書くだけで魔法使えるの!?すごいわね?!」
……そして約1名、平民の俺と同じように驚いてる女がいる。
お前も知らないかったんかーい。
なんだったんださっきのドヤ顔語り。
農民無口ガール(仮)がクイクイと貴族女の袖を引っ張る。
さすがの無言魔神もこれにはツッコミを入れたいようだ。
「……??」クイクイ
「ん?古代文字知ってたんじゃなかったのって?」
「……」コクコク
「知ってはいたわ!
でも普通にただの模様だと思ってたわねー。
たぶん他の貴族もみんな知らないんじゃないかしら?」
ほんまかいな。
「……」ジ-
無口ガールはいかにも
「わたし、怪しんでます!」という顔で、貴族女を見上げている。
「…あなた、無口な割に表情はわかりやすいわね。
でも本当よ?わたしのお屋敷に古代文字が
たくさんあるけれど、こんな風に動いてるものは一つもないもの!」
ほんまかいな(二度目)
シスターが優しく補足する。
「今貴族様の間で流行っている古代文字は、
みんな字面だけ真似て書かれたものですからね。
魔法として書かれた古代文字は今の世の中にはほとんど無いんですよ」
そうなんですね!
シスター様は博識でいらっしゃいます!結婚してください!
反射的に心の中で求婚するが、
シスターは聞こえていないのかそのまま話を続ける。
「今ではこの教会のような、
昔からの建物にしか残っていないんです。
知らない方が多くても仕方ないことと思います。」
へー。
「……こんなに便利なのになんだかもったいないわね。」
ごもっともな意見である。
砂漠地帯にこれがあれば、それだけで救える命もありそうだ。
「そうですねー……。
書き方がわかればいいんですけど、知ってる人が誰もいないんですよね。
王国がまだ出来たばかりの……それこそ神話の時代からあるものみたいなので」
王国は数千年前から続いているとかなんとか。
そんな大昔の文字なら廃れても仕方ないかもしれない。
「研究して使えるようになれば需要かなりありそうよね、これ。
研究してる人はいないのかしら?」
「はい。研究してる人もいるにはいるみたいですよ?
でも王国は古代文字の研究には
補助金はだしてくれないのであまり盛んではないです。」
シスターさんは言葉尻に、
聞こえるか聞こえないかくらいのトーンでポツリと呟いた。
「……戦闘魔法の研究は国から補助金がでるのですごく盛んなんですけれどね…」
ほーん…。
さすが武力で名を馳せた王国。
民の生活よりも戦力優先なんだな。
まぁ、強大な戦力を持てたおかげで、国として盤石の地位を築けたわけだし
個人的には仕方ないことのようにも思う。
……そんな話をしながら
俺たちは魔法の風が吹く廊下を進んでいく。
しかし。
「……」ペタペタ
「ん?おーい。置いてくぞー」
無口農民ガール(仮)は古代文字によっぽど興味があるのか、
その場にとどまって、ずっとペタペタ古代文字を触っていた。
「ほれなにやってんだ。はやくいくぞ」
「……」コクン
古代文字を触るのをピタリとやめてついてくる。
素直な子である。
……そんな折、俺はとある小さな違和感に
気がついてしまった。
「……あれ?」
「?」
ん?なんだろう?
何かがさっきとちがう。
ここの通路、見た目は変わってないけど、何かが…。
何かが…さっきよりも、
静かになったような…?そんな気がする。
「なんか…風止まってねーか?」
「?」
『え?そんなことないよ?早く行こ?』
と言わんばかりに首を振り、無口娘は俺の袖を引っ張った。
「……いや、止まってる。間違いない。」
古代文字に手を押し当ててみる。
やはり先程までは爽やかに吹いていた風が今は一つも感じなかった。
「?」
気のせいじゃない?と言わんばかりの
キョトン顔で俺をみる無口娘。
「お、おまえもしかして…なんかやったか?」
「?」
無口ガールはキョトン?という顔をして
可愛く首を傾けた。
……しかし、眼を離さずにジッとみていると、
次第によく出来たキョトン顔にダラダラと汗が流れ始めたのだ!
「おまっ…わかってやがったな!?」
「?」キョトン
「そのキョトン顔はもう通用しねーんだよ!
みろその額の汗を!」
「!」ハッ!
ハッとした表情をする農民娘。
意外とひょうきんな性格してやがるなこの娘ッ!
【タッタッタッ…!】
「おーいー!なにしてるの2人ともー!」
ハッ!なんかきた!
「どうしたの?置いてかれちゃうわよ?」
「い、いやー!ワルイワルイ!イマイクヨ!」
「……!……!」コクコク!!
あれ?なんで俺が焦ってるんだ??
は、反射的に庇ってしまった!
「そう?まぁいいわ!
じゃあ早く行きましょう?シスターさん待ってるわ!」
「は、はーいーただいまー…」
【ぽんぽん】
「あん?!」
肩をトントンされる感触。
半ギレ気味に振り返ると、無口娘がグッと指を立てていた。
……へし折るぞ!その指!
・
・
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「あのー、ところでアリア様?
魔法の道具が壊れることってあるもんなんですかねぇ?」
「え?うーん、そうそうないと思うわよ?」
「で、ですよねーーー!」
「空を魔力の強い龍が飛んだりすると
魔力計測値が壊れることはあるわね。
それがどうしたの?」
「いえ?特にはないですよ?
ちなみに、壊れた魔法の道具って直すことは……」
「無理。絶対無理ね。
魔法道具は生き物と一緒で壊れたら絶対直らないわ。
買い直すしかないと思う」
「あっ。そうなんですかー。
ちなみにですけどここにある古代文字って、
買うとしたらいくらくらいすると思います?」
「島が一つ買えるんじゃないかしら?」
ブルッ…と後ろで誰かが震えたのを俺は感じた。
……この話は墓場まで持って行こう。
俺はそう心に誓った。