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いや違うんです。本当にただの農民なんです  作者: あおのん
第3章 神界へようこそ!
47/120

第41話 帰還…したいなぁ #3


・・・・

・・・

・・



『"コール : exitコマンド"』


その言葉を初めて聞いたのは、

サナが忘れ物をしたといって、この部屋から出ようとしたときだ。


その言葉を唱えるや否や、サナはたちまちに姿を消して

部屋から出て行ってしまった。


「イグジットコマンド、ね」


目の前で起きた現象から考えて、

この呪文はこの部屋から出るための呪文なのかだろう。


部屋を見渡せば、扉らしいものは見当たらない。

呪文で部屋の出入りをしているのだと気付かされる。


(一応、覚えていた方が良さそうだな)


……大丈夫だとは思うが、

この部屋から無理やりにでも脱出しないといけない状況が、

今後も起こらないとも言い切れない。


"コールイグジットコマンド"


その魔術の言葉を頭の中で繰り返す。

決して忘れないように、何度も何度も…。


・・・

・・


そしてさっそく使う状況に陥ってるんだがァァァア!?!?


(イグジットコマンド!イグジットコマンド!

イグジットコマンドーーー!!)


しかし俺の言葉は空気を震わせない!

頭の中で反芻されるだけで、ついぞ言葉は出なかった!


試行錯誤を繰り返してから体感五分は経過した。

実際にはどれだけの時間が経っているだろう?


勇者と呼ばれる謎の声に体を支配されてから、

俺の頭はもはや完全なるカオス状態だった……!!



(ゆうしゃさまー!だいすきー!)

(勇者、愛してるぞ)

(勇者さーん!結婚してぇ!)

(ゆうしゃちゃん!すきよ!)

(ゆ、勇者!すきだ!だいすきだ!)



濁流となって流れ込む勇者の記憶。

俺の頭の中に、勇者の大量の記憶が映像となって流れ込む。

その映像は、俺にとってはもはやある種の拷問だった。


(ハァァァァァァ……

こいつの人生女しかでてこねええええええ

マジでキレそうなんだがぁぁぁぁぁ……)


記憶の男女比率は1:9。

マジで女しか出てこねえ。


ツンデレ、おっとり系、清楚系、騎士系、ヤンデレ系、etc…。

多種多様なラインナップが俺の記憶をピンク色に染めていく。

様々な需要に応えた完璧な布陣だった。


しかも出てくる女はみんな揃いも揃って、

勇者サマダイスキー好き好きチュッチュと

アピールしてくるのだから、マジでブチ切れものである。


(何で俺、見ず知らずの男にモテる自慢されてんの?)


モテない俺をバカにしてんのか?!

くそ!くそ!バカにして!バカにして!!


しかもこのクソイケメン野郎は、女にモテるだけではなく、

老若男女問わずにおモテでいらっしゃるのだ。

そこもまた大変に気にくわない。


性格がゴミクズだとか、足がめちゃくちゃ臭いだとか、

悪いところが一つでもあればかわいいものを、

この勇者とかいうやつには欠点らしい欠点がひとつもない。



誰からも愛される文字通りの好青年。

欠点ひとつなく、人のピンチに颯爽と駆けつける、超完璧勇者。


清廉潔白を絵に描いたような、まさしく理想的な勇者様である。


流れ込んでくる勇者の武勇伝を見て、

俺はこの勇者に対する感想を一言にまとめる。



(生きづらそうな生き方してんなーおい。)



完璧を演じすぎてて人間味がねえわ。


いるよなーこういうやつ。

自分に完璧さを強いちゃうタイプね。


根っからの完璧主義者じゃなくて、

周りにいい格好みせたいから、完璧であろうとするタイプな。


「できる男」

「成功願望の塊」

「見栄っ張り」

「自分が主役」


(動物占いやったら絶対に「チーター」って言われるタイプだわこれ。)


そんなことを思いながら、

当初は素直に記憶の映像を見続けていた俺だったが


(飽きたンゴ)


飽きた。

退屈なサクセスストーリー。

典型的な勧善懲悪なストーリー。

欠伸の出る思いで勇者の人生を早送りで流し見していく。


しかし、そんな成功続きの物語は唐突に終わりを迎える。

物語の終盤、勇者パーティはあっけなく全滅してしまったのだ。


(あー。このあたりの記憶が、

さっきの幼女のシーンに繋がるのか。)


黒い指輪と会話をした直後、

謎の少女の声に、死なないでと声をかけられたことがあった。


今まさに、勇者が敵の攻撃で倒れようとしていたが、

あのセリフは、たぶんこの終盤のシーンにつながってるのだろう。


そして映像はそこで呆気なくもピタリと終わる。

視界はすぐに暗転し、素の暗闇に戻った。


(や、やっと終わった…)


な、なげーよ…

つーかこれ何のために見せられたんだよ…。


ダイジェストとはいえ、人一人分の人生を見せられたのだ。

疲れ切ってへたり込みたい衝動に駆られていたその時、

暗闇だった視界がパッと白く輝いたかと思うと、

ふと声が聞こえてきたのだ。



「僕の記憶は、楽しんでもらえたかな?」


どこか芝居染みたセリフに、俺は上を見上げた。


「君がタケシ君だね。こんにちは」


姿は見えねど声はする。

いかにもなさわやかイケメンボイス。

「この人優しそう」と自然と思わせる甘い声色。


上から唐突に聞こえてきたのは、

そんな爽やかそうな男の声だった。


「あん?だれだお前?」


って、この流れからして誰かもクソもないか。


「いや……おまえが勇者だな?」


姿は見えないが、声の聞こえる上の方角を、

睨みつけて言い返す。


「そうだよ」


勇者はあっさりと肯定する。


「はじめまして。タケシくん。

僕は勇者イレブン。声だけの挨拶になってすまない。

体はもう数百年も昔に朽ちてしまってるものでね。」


勇者は続ける。


「色々言わなきゃいけないことがあるけれど、

まずは謝罪させて欲しい。」


勇者はぺこりと頭を下げるように謝罪を述べた。


「こんなことに巻き込んですまなかった。

でも安心してくれ。君に危害を与えるつもりはないんだ。

僕の用事が終わったら、きみの体はすぐに返すつもりだから」



危害?

どうやら、人格を乗っ取って喋る事も動く事も出来なくするのは、

こいつの中では危害の定義に当てはまらないらしい。



「いきなり僕の記憶をたくさん見せてすまなかった。

体調に異常はないかい?」


「ねえよ」

俺はぶっきら棒に返事を返す。


俺の機嫌を察したのだろう。

勇者は平謝りして話を続ける。


「……本当にすまなかった。

本当はこんなことはしたくなかったんだが、

どうしても、避けられなかったんだ……。」



加害者のくせに被害者のような口ぶりで語る勇者様に、

俺はいつもの調子で噛み付いた。



「うるせえ犯罪者!さっさと俺の体返せよ!」


「……もう少しだけ借りたいんだ。

これも全ては妹をすk…」


「お前の妹とか知らんわ!はよ返せや極悪人!」


「……」


勇者が気持ちよく喋ってるところを、

遮るように俺は言葉をかぶせた。


"極悪人"

"犯罪者"


人生勝ち組のこいつのことだ。

悪者のレッテルを貼られたなんて経験はそうそうないだろう。


自分が正義の味方と信じて疑ってなさそうだし、

悪く言われるだけで地味にイラっとしてるに違いない。


(イライラしろー、どんどんイライラしろー)


だからこそ、意図的にこいつの神経を逆撫でしていく。


別にストレス発散がしたいわけじゃ無い。

俺の目的は終始一貫変わらない。


"なんとかして、俺の体で

イグジットコマンドの呪文を唱える。"


すべてはそのために、

俺はこいつを "怒らせたかった" 。



「ペラッペラな謝罪とか要らんからさ、

はやくお前が俺の体を奪った目的を話してくれや」


「……そう、だね。

謝罪は別の形でしっかりするとして、今は事情をしっかり説明するね。」



勇者は説明を続ける。



「僕の記憶を見てわかってくれたと思うけど、

僕は王国に…いや、神に裏切られたんだ。

そしてその結果、愛する妹を失ってしまった……。」


「待て」


「だから僕は神に復讐を誓い、妹を助けるため…」


「いや、待てって言ってるやろがい」


「ぼく……え?なに?」


「お前の記憶を知ってる前提で話されても、

こっちはひとつもわからんのだわ。」


「えっ!み、みてなかったのかい?

僕の記憶??」


「全く見てねーわ。

……いや?見てたと言えば見てたか。


お前のハーレムの中でなら、俺はあの幼馴染の子が一番かわいいと思ったかな。

なんで幼馴染ルート行かなかったの?

幼馴染ルートはなんでいつも負け確なの?


とか思ったくらいには、見てたよ」


「そ、そうか。つまり肝心のところは見てくれなかったんだね…。」


勇者はどこか不満げにそう言った。


「おいおい、恨みがましく言われても困るぞ。


こっちは、いきなり意識飛ばされて、体も動かなくなって、

意識だけの状態で他人のオナニー自慢話を強制的に見せられたんだぞ?


誰がその状況で真面目に見るっていうんだよ」


「……」


「ぶっちゃけお前の事情を理解する義理もクソもないと思ってるが、

ホトケのタケシと呼ばれた俺の心は海よりも深い。

話くらいは聞いてやるよ。


でも長話はかったるいから、掻い摘んで説明してくれや」


「……」


(お?怒ったか?怒ったか?)


黙り込む勇者を前にして、

我が意を得たりと俺の口元はニヤリと上に上がる。


俺としてはできるだけこいつを怒らせたい一心だ。

ついでとばかりに言葉を付け足していく。



「短めに要約して説明しろよ?

ほれはよしろやオラ」


「………わ、わかった」



それから勇者は、自分の人生を語った。


ふわーっと要約するなら、


こいつは勇者として魔王を倒した後、

その強大な力を恐れた王国の人たちに裏切られ、追放されたらしい。


居場所も地位もなにもかもを失った勇者は

神に救いを求めたが、

魔王を倒したらあとは用済みとばかりに

冷遇された。


そのあと、勇者は神に立ち向かうんだけど、

なんかその過程で妹を失ったかなんかしたみたい。


だいたいそんな感じ。

まぁ、よくある勇者追放系のストーリーですわ。


とにかくこいつは妹を救い出したいらしい。

とりあえずそこさえ押さえときゃ話にはついていけんだろ。たぶん。


勇者が一通りの説明を終えたタイミングで、

俺は勇者に問いかける。


「そんで?」


「私は妹を…テッサを救いたいんだ…!」


「私が死んだあと、妹は私の代わりに神の呪いを肩代わりしてしまった!

そのせいで妹は、何百年経った今もきっと苦しんでる…!」


「ほーん。可哀想だな。そんで?」


「テッサを助けてやりたいが、

私の意識はあの勇者パックの中に封じられたままなんだ…!


もはや体はとうの昔に朽ちて、

今じゃ自由に動くことすら許されない存在になってしまった…。


だからタケシ君の体を貸してほしい!少しの間だけでいいんだ!

もちろん危険な真似はしないから!頼む!!」



勇者は長々と熱心に俺に語りかける。

しかし対照的に、俺の返事はシンプルそのものだ。


「そんで?」


「えっ…?」


いや、そこで困惑した表情されてもな。


「……あのなぁ、勇者さん。

赤の他人の俺からしたら、お前の事情なんて心底どうでもいいんだよ。


妹が神の呪いをうけた?

だからそれを助けたい?


もう一回言うぞ。


そんで?だからどうしたの?」


「い、いや、だからそれは……」


「俺が一番聞きたいのはさ、

お前がどれだけ気の毒な立場にあるかじゃないんだよ。


お前を助けることで俺がどんな利益を得られるのか、

それを知りたいだけなんだよ。」


「……」


「なぁ聞かせてくれよ勇者様。


お前は一体、どんなメリットを俺に提示して、

一体どういう風に俺を説得しようと考えていた?


どうやって俺を自分の味方につけるために

交渉しようと考えていた?」


勇者は口ごもり言葉を失う。

「そ、それは……」


「あー、いや。めんどいから説明はしなくていい。

わかるよ。お前の意図はよーくわかってる。」



つまりこうだろ?



「勇者様は、王国の人々のために命をかけて戦った。

それなのに最後は助けた神様や、王国の人たち全員に裏切られて、

無念にも死んでしまった!


あぁ、なんと可哀想な勇者様!

さらには勇者様の妹が、今もなお苦しんでいるらしい!

なんと可哀想な勇者様とその妹さん!

私が少しでも助けになれるなら助けてあげないと!


………みたいな、お涙ごっつあん展開を期待してたんだろ?」


「……」


「俺の中の真心…同情心とか人としての良心とか、

そういう人間の善意を信じて、俺に呼びかけたわけだ。


「慈悲の心」で、

「ボランティア精神」で、

「人情の心」を持って、

哀れな自分のために、

きみの体を犠牲にして

力を貸してくれ、


…と、そう言ってるんだろ?お前は」


「……」



「俺からすると、何の交渉材料も持たずに

お前しか得をしない話を持ってくるなんて、論外中の論外だ。


あまつさえ、自分を犠牲にして、

無償で俺の体を提供しろとか言ってきた日には、正直お前の頭を疑ったね。



…だが、そうじゃない。

お前がしてることはお前からすれば

別におかしなことじゃないんだ。


お前は生前、

助けを求めて手を伸ばされたら、

どんな時でも迷わずに手を伸ばして助けてきた。


助けを求められたら助けるのが「当たり前」

そういう理屈の中でお前は生きてきた。


だからその逆も平気でやってしまう。


自分が助けを求めたら、誰かがきっと助けてくれる。

そういう甘い考えを疑いもなく実行してしまう。」



無言になる勇者に構わず、俺は言葉を畳み掛ける。


「……お前の論調には、お前のこれまで人生が嫌ってくらいに滲み出てるよ。


きっとお前は今まで、

自己犠牲の精神の下にいろんな人を助けて回ったんだろ?


そして、その助けた人達から感謝や敬意といった形で、

恩を返してもらってきた。


時には、助けてもらった人たちから、

逆に助けてもらったこともあったのだろうよ。」



「損得じゃなくて、人と人とが思いやりあって助け合う……的なそういう生き方?


絆パワーをフルチャージ!友情パワーで問題解決!

みたいな、なんかそんな子供向け番組みたいなノリの

生き方なんだろ?お前の人生って」



「……そうだ。

損得を抜きにして、互いを思いやりながら、

助け合って生きていく。

それが人として正しい生き方だと僕は思う。」


勇者は自身に問いかけるように、俺に尋ねる。


「……僕の生き方は、間違っているとおもうかい?」



「いや知らねーよ。

勘違いするなよ?別にそれが悪いとは言わんし、

お前と生き方談義をするつもりは毛頭ないよ。


生き方や考え方は個人の自由。

自由という名の自己責任だ。


悪いとは言わんし、言うつもりもない。」



俺はニヤリと笑いながら言葉を紡ぐ。


「……ただまぁ、その結果として

お前は、お前が助けた人たち全員に裏切られて無様に死んだわけだがな。


さっきの話だと裏切られたんだろ?

お前が頑張って助けた王国の人たちに」


「……」


「別にお前の生き方にどうこう言うつもりはないけど、


俺ならお前みたいな生き方は死んでもごめんだね。

あまりに無様。あまりに滑稽。報われなさすぎる。

…と、個人的には思うが、特に言うつもりはない。」


まぁ、言っちゃってるけど。


「……」


「まぁ、結局のところはすべて自己責任だ。


お前がそれで満足してるなら、俺がとやかくいう権利はないよ。

お前の命をお前がどう使おうと、お前の勝手さ。」


そして俺は、まるで今思い出したかのように

わざとらしく言葉を続ける。


「あれ?そういえば話は変わるが、


お前の大事な妹は、神の呪いとやらにかかってしまったんだったか?

可哀想に。同情するよ。本当に気の毒だ。


しかし、それもまた妹さんが選んだ道だ。

仕方ない。それもまた自己責任…」


ニヤリといやらしく笑いながら俺は続ける。


「……とは、口が裂けても言えないよなぁ?」


「それは………」


「お前がお前の独りよがりな理想を抱えて勝手に死んだのは別に良いとしても、

妹に関しては、完全にお前に巻き込まれただけだもんな。


自己責任でもなんでもなく、

勇者の身内ということだけでただ理不尽に巻き込まれただけ。


神の呪いだったか?やべーじゃんそれ。

超かわいそう。」


「うっ……」


「妹さん可哀想になー。

"俺なら"絶対そんなことにはならなかっただろうなー。」


「……」


「家族よりも赤の他人を助けることを優先しちゃうクズ兄貴を持ったせいで、

ひどい目にあわされたんだもん。


お前には同情しないが、妹さんには心底同情するよ。


あー、かわいそう。

"俺なら"絶対にそうはならなかったのに。

"俺なら"妹だけは絶対に救えたのに」


「……」


煽る、煽るに煽る。

そろそろ言い返してくるか?と思ったが、

いまだこの勇者は言い返してこない。

ひたすらに無言を貫いていた。



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