※転生神の視点
順調に始まったと思われた
『お手軽勇者量産パック』の実験テスト。
しかし開始早々にあっという間に実験は座礁した。
「テッサ…テッサぁ…」
虚ろな目で、訳のわからないことを喋り続けるタケツ様。
私は汗をダラダラながしながら状況を見つめていた。
(こ、これはもしかして…。)
(いやでもまさかそんな。で、でもこれ完全に……)
明らかに様子のおかしいタケツ様を見て、
頭に浮かんだ一つの最悪のシナリオ。
「いやでもまさか」と現実逃避を決め込もうとしていた私だったが、
サナの一言であっさりと現実に引き戻される。
『め、女神様!
タケツ様の人格が乗っ取られかけてます!!』
【あ、やっぱり?】
や、ややややっぱりこれ人格乗っ取られてるわよね???
震える唇で、わたしはようやく言葉を口にした!
【ふ、ふ、ふ……】
【不祥事だわーーーーー!!】
私の頭はもう完全にパニックだった!
(ま、まずい!
まずいわこれ!?どうしよう?!)
これもしかして私の責任になるのかしら?
え、うそでしょ?どうしよう!?
(いやーーー!!!
神から降格されるのだけはいやぁぁぁぁぁぁ)
やっと先月の下半期会議の辞令で、
ようやく神様の地位に昇格できたのに!
やっと神の地位につけたのに!
まさかこんなところでドロップアウト!?!?
(いや!それだけは嫌よ!だって……)
頭の中に自然と流れる映像。
流れ出るのは、あの日あの時忘れられない同期との飲み会。
「エルちゃんならすぐ神になれるよー」
「私たちだって簡単になれたんだしー」
「時間が解決してくれるってー」
「どんまい☆」
と、余裕の表情で上から目線に私を励ました、
あの憎っくき同期の女神達…。
「わたしも二人みたいに立派な神になれるように頑張るね」
先に出世した同期たちを前にして、
愛想笑いでその場を濁した私の気持ちがお前らにわかるか……?
あの時、悔しさで歯を噛み締めすぎたせいで
前歯が欠けて、今やその歯は差し歯になってるこの私の!
この私の悔しさがわかるかぁぉぁ!?!?!?
あれから十数年かかったのだ!
……いや、盛った!数十年はかかった!
そしてようやく神になれたのに、
こんなところでわたしのキャリア人生は終わってしまうの……?!
【おりゃあ!】
気合一献!わたしは小指に手をかける!
そして小指をピキリとあらぬ方向へ折り曲げた!
痛い!痛みで叫びそうになるが、グッと堪える!
この痛みだけを感じるのよエルピシア!
冷静になれ!余計なことは考えるな!
冷静になるのよエルピシア!
(腹をくくるのよエルピシア!!!
ここで踏ん張らないでどうするの!!)
わたしならできる!
やればできる子エルピシア!
こんなところでやらかして、
降格させられるわけにはいかない!!!
私はピシリと自分の両頬を叩いて気持ちを入れ替え、
ピシリとサナに指示を出す!
【サナ!急いで指輪の機能を停止させて!】
が、しかし、
タケツ様の次の一言により私の指示は脆くも崩れ去る。
「主人なき黒き指輪よ。」
え?
「代行者タケシの名において命ずる。」
「私に服従せよ」
そ、そそそその言葉ってもしかして…?!
そしてその直後、ビーッ!というけたたましいエラー音が黒い指輪から発せられる!
『だ、だめです女神様!
指輪が言うことを聞きません!』
【んガァッ!?】
カエルを踏みつけたような声が出てしまう!
(い、今のって「絶対支配」のスキルの宣言句よね?!
え?なんで?なんでなんでなんで???)
「絶対支配」
それはあらゆるものを支配してコントロールする、超上位のスキルだ!
黒い指輪が「絶対支配」のスキルにより支配されてしまったとなると、
外部からこの指輪をコントロールすることは絶対に不可能……
……ってェ!
いやいや、そんな説明してるところではない!
【な、なんで…】
【な、なんで絶対支配のスキルが使えるのーーー!?】
勇者パックの中には、たしかに「絶対支配」のスキルが入っている!
けど、儀式を始めてから1分も経ってないのに、
こんな短い時間でスキルを一つでも入れるなんて絶対無理!
絶対に不可能!できるはずがない!
(なんでタケツ様は平然とスキル使ってるの??
どどどどういうこと???)
私は再びパニック状態に陥った!
じゃあどこからスキルを発動してるの?
いったいなぜ?どうして?どこからWHYYYYーーー!?
テンパり続けたそんな時、
サナは衝撃の事実を伝えてくれた!
『め、女神様!
スキルの発動元がわかりました!』
【ど、どどここなののの??】
『勇者パックです!
勇者パックの中に入ってるスキルが現在稼働中であることを観測しました!』
へっ……?!
『タケツ様の神力を勇者パックのスキルに読み込ませることで、
スキルを発動しているものと思われます!」
【なっ……に……?】
サナの衝撃的な報告に私は言葉を失う。
これまで以上の衝撃が、わたしを襲った。
その報告を聞くや否や、私はブツブツ呟きながら現象を分析する。
(勇者パックは、サーバーに保存されてるはず…。
それを、黒い指輪を通じてサーバーにアクセスし、
外から神力を流して入れて発動した……?)
つまりは、
スキルを機械に代行させて実行しているということ。
でもそんなことが可能だと言うの…?
あまりの"発見"に、私の頭はあっという間に冷静になる。
頭の中でスキル理論を組み立て検証する。
(……な、なるほど。理論上はたしかに可能ね…。
でもまさかそんなことができるなんて…。
常識にとらわれすぎてその発想はなかったわ…。)
「人に植え付けなければスキルは発動しない」
そんな常識を根本から覆す革命的な発見だ。
わたしの頭からは既にタケツ様のことは
スリッパが脱げるがごとくすっぽ抜ける。
新発見に夢中になっていた。
弊社テンセイシンカンパニーの元商品研究開発部の部長としての本能が、
当時あくせく汗水流して働いていた頃の自分を蘇らせる。
(そ、それができるなら、サーバーにスキルを埋め込んで
大勢の人にそのスキルにアクセスさせることもできるはず…!?!?)
強い強力なスキルを沢山の人間に与えることができる……?!?!
この発見から導き出されるあまりの大発見に、体が震えだす!
タケツ様のことなんてすっかり忘れて、
私はその世紀の発見に身震いした!!!
(せ、世紀の大発見だわあああァァア!?!?
ヒット商品誕生!?!?!?
術者が死んだ後にスキルをいちいち回収しなくてもいいし、
同じスキルの複数人使用も可能になるじゃない!?!?
うわぁぁぁぁ即商品化しなきゃああああ!!
これは売れる!売れるわ間違いなく!!)
もはやわたしの頭には、商品開発のことしかない!
どこにどう展開するか、いや。いっそこの技術を軸に独立しようかしら?!
一人思索に耽るそんな私に、サナが戸惑いながら声をかける!
『め、女神様?女神様??』
……はっ!いけないいけない!
い、いまはそれどころじゃない!
コホンと咳をついて、わたしは再び気持ちを切り替える。
【……ということは、
いまペラペラと喋っていられるのは、
「発話」のスキルを勇者パックに代行させているおかげということね。】
そしておそらく、今ペラペラと喋っているのは、
勇者パックの中の「人格」のスキル。
この勇者パックを元々所有していた"彼の人"の人格だろう。
【でもそれなら対策は簡単だわ!】
【サーバーとの接続を切断して勇者パックとの接続を
切って仕舞えばいいだけの話だわ!
サナ!おねがい!】
これで問題は解決!
…かと思われたが、そうは問屋が卸さない。
『は、はい!わかりま…』
「代行者タケシの名において命ずる。
サナ・アルカナ、私に服従しなさい」
なっ……なぁああああ!?!?
【サナ!サナ・アルカナ!
返事をしなさい!】
『……』
【サナ?サナ???】
『……』
ギャーーー!
(さ、最悪の事態だわ!)
サナの意識が完全に乗っ取られた。
起きうる最悪の事態が今まさに起きている。
(やばい、ほんとにやばい。)
脂汗がダラダラと流れる中、タケツ様は淡々と喋り続ける。
「黒い指輪よ。
代行者タケシの名において命ずる。
スキル「記憶」「人格」の神力を最優先で追加しろ。
既存の神力は削除しなくていい。
追加版として追加しろ。
終わったら一旦私に報告をしてくれ。」
「カシコマリ、マシタ」
事態が淡々と進行していく……。
くううあ……っっっ
残された手段としては、私がサーバーにアクセスして
タケツ様との接続を切断するしかない。
でも……でも………
【パスワードなんて知らないわよおおおお!!!】
サーバーにアクセスするにはパスワードが必要なのだ!
しかしパスワードなんて覚えてない!
だって全部サナがやってくれてたんだもん!!
【どうしよう……どうしよう……!!】
万策尽きたまさにそのときである!
タケツ様の一言で、一筋の光明を私は見出したのだ!
「コ、コール……」
【え?】
「イグ……イグジッ……」
明らかに今までとは違う調子で話されるその言葉。
途切れ途切れに必死に喋ろうとするその声に、
私はハッとなり大声を上げる!
【タケツ様!?タケツ様なのですね!?】
「……イグジッ……ト……」
しかし返事はない。
何かを必死に喋ろうとするばかりだった。
……もしかして、タケツ様は何かの言葉を必死に伝えようとしている…?
私は固唾を飲んでタケツ様を見守った!
【何か伝えたいことがあるんですね??
どうぞおしゃべりください!頑張って!】
「イグジッ…ト……」
【ふれー!ふれー!タケツ様!
がんばれー!がんばれー!できるできる!】
「……」
【がんばれ!できるできる!気持ちの問題だよタケツ様!
タケツ様ならできる!】
「……」
あれ?急に黙り込んでしまった。
どうしたんだろう?
しかし、そう思ったのも束の間、
タケツ様は一呼吸で全ての言葉を絞り出す!
「コール……イグ、ジット、コマンド……!!」




