第40話 帰還 #2
誤字報告ありがとうございます!
2019/7/12 機会→機械
その後、俺たちは具体的な話を進める。
【……という方針でよろしかったですか?】
「了承だ」
これからのざっくりとした流れとしては、
俺の中にある知性などの基本スキルはそのままにしておいて、
そのスキルの神力だけを入れ替える。
当初、俺はスキルも神力も全部入れ替えるつもりでいた。
しかし、女神曰く、その必要はないらしい。
そもそも、スキルとは入れることはできても
取り出すことはできないそうだ。
【スキルは取り出すことができないんですよー。
唯一取り出せるのはその人が死んでしまった後だけなんです。】
「ほーん。じゃあスキル授与式で与えたスキルは、
もしかしてそいつが死んだ後に回収してたりするのか?」
【正解です。
そして回収したものを再び別の人に渡して再利用している感じですね】
「ほーん…。
ちなみに基本的なスキルも回収するのか?」
【基本的なスキルは回収しないですね。
それらを抜いてしまうと、その者の転生後にもそのまま引き継がれてしまうので…。】
「引き継がれる……?
じゃあ、もしも記憶のスキルが抜かれたら、
死んで来世に転生した後、そいつは記憶障害者になるってことか?」
【その認識で合っています。
もちろん、記憶障碍者の方全員がそういう前世を持ってるわけではありませんよ?
基本スキルの回収は、よっぽどの罪人にしか行われないです。
なので、人の身で障碍をもってる方の大半は、
単純な病気などがほとんどですね。】
"よっぽどの罪人"、ね……。
勇者が実際に使ったスキルが入っているという勇者パック。
その中に、基本スキルがちゃっかり入ってる事実を鑑みて、
何も思うところがないわけではない。
が、今は関係のないことだ。
頭にふっと湧いた推測を、頭の外へと追いやった。
・・・
・・
・
そして話は進んでいく。
俺がテストするのは、
勇者パックの数多あるスキルのうち、
人が等しく持っている基本スキルの神力の検証だ。
これ以上、がめつく何かを求めるつもりはないが、
ひとつだけ、俺はお願いをする。
「基本スキルの神力全部を書き換えるのは勘弁してくれ」
知性や記憶も人間の基本スキルの一つらしい。
これらを書き換えられると俺の人格が消えてしまう気がしてならない。
なので、書き換えても問題なさそうなスキルに限定して話を進めていった…。
・・・・
・・・
・・
・
【それでは、心の準備はいいですか?】
「いいぞ」
【それでは……。サナ、お願い】
そういうと、俺の手の指に黒い指輪がはめられた。
飾りも特にないシンプルな指輪だった。
「なんだこれ」
【その指輪は、
神力の内容を読み込んで書き換える指輪です。
サナ、慎重にお願いね】
『わかりました』
そうして数分後、サナの作業はすぐに終わった。
『女神様、準備が整いました。』
【わかりました。
それでは、始めましょう】
【タケツ様。心の準備ができましたら、
「アウェイクン」と声に出してください。
そうすると、儀式が自動で始まります。】
「わ、わかった」
「……」
……や、やべえ、なんか緊張してきた。
妙に高まったテンションをほぐしたい。
俺はサナに話しかける。
「サナよ……」
『はい。なんでしょうタケツ様』
「いきなりこんなこと言われたら困るだろうが言わせてくれ。
俺、この儀式が無事終わったら結婚するんだ」
『い、いきなりですね!?
というかご婚約者の方いたんですか?!
お、おめでとうございます』
「すまん嘘だいなかった…」
『え、えぇ…?』
「そもそも彼女いたこと一度もなかった…」
『コメントしづらいこと
突然カミングアウトしないでくださいよ…』
「でも、無事ここで生きて帰られたら、
婚活を始めよてみようと思うんだ。」
『あー…いいんじゃないですか?
タケツ様もう16歳なわけですしね』
「俺決めてるんだ。
来年は嫁さんと子供と一緒に、桜の下で花見をするって……」
『結婚して一年で子供と一緒は物理的に不可能では……?』
「いや、ほら。サナがいるし」
『子供って私のこと?!
い、嫌ですよ私。そんな気まずそうな空間にいるの』
「浮いちゃうかな」
『絶対浮きます!』
「まぁ……実際浮いてるしな!!!」
俺はサナの透ける足元を見ながら言う。
『う……うまい!!!』
「ははは」
『あははは』
あははと響く笑い声。
白い無機質な部屋は楽しげな笑いに包まれたのであった。
【………い、いやいやなんですか無意味すぎるこの会話】
女神からやんわりしたツッコミが飛んでくる。
「どうした、声を荒げて」
【こ、この唐突に始まった取り留めのない会話は一体……?】
「縁起担ぎというやつだ。
意図的にわざと死亡フラグを立てておけば、
逆に死亡フラグにならない。そういう説があるんだよ。」
【し、新説ですね…】
「よし。それじゃあさっそく」
「アウェイクン」
【ちょちょっ、い、いきなり!?】
俺の気まぐれトークに振り回される女神を尻目に、
俺はゆっくりと目を閉じていく……
・・・
・・
・
目を閉じる。
それはいつも寝るときに見慣れた光景。
そこは光も影もない暗闇の視界だ。
黒い指輪を起動してから数秒後、
ふいに頭の中から声が聞こえた。
(PiPiPi)
(カキカエヲ、ジッコウシマスカ?)
……何だこの声?変な声してやがる。
カタカナっぽくてすげー聞こえづらいんだけど。
(ジッコウ、シマスカ?)
あん?それ俺にきいてんのか?
いいよいいよ。はよ実行しろ。
(ショリ、カイシ、シマス)
ピピッと再び音がなる。
黙ってされるがままにしていると、
再び声が聞こえてきた。
(ゆうしゃさま!ゆうしゃさま!)
「あん?」
すると今度は、先ほどまでの無機質な喋りから打って変って、
どえらい流暢な喋りが頭の中に響いてくる。
「あれ?きみ声変わりした?」
(しなないで!おねがい!
おねがいだから……っっ)
「……はぁ?」
小さい女の子の声だろうか?
まったく聞き覚えのない声だった。
(しなないで!ゆうしゃさま!
いっしょに帰るって約束したよね?
ゆうしゃさま!ゆうしゃさま!)
「いや俺勇者じゃねーし。死なねえ……し?」
その叫びはあまりにも悲痛に満ちていた。
もちろん俺にはこの女が何を言ってるか全くわからない。
全くわからない。
全くわからないのだが……
その声を聞いていると、全く知らない相手のはずなのに、
だんだんと俺の気持ちまで悲しみに満ちていくのだ。
「あぁ…すまない、テッサ…。
私はもうここまでのようだ……」
「テッサ…君だけでも逃げるんだ……」
すると、今度は妙にはっきりとした声が聞こえてきたのだ。
この声だけは頭の中ではなくて、しっかり耳から聞こえてくる。
(今度は別のやつが現れたし。
なんなんだこの茶番劇は…!?)
何の脈らなくもなく、突然勇者と少女の声劇が始まった。
訳がわからんが、これもこの黒い指輪の機能の一つなんだろうか?
待機してる暇な時間の間に、演劇を見せてくれてる的な?
歯医者さんで上を見上げると、絵画が貼られてて鑑賞できる的なやつ?
しかし、そんな俺の予想はすぐに否定されることになる。
突然聞こえてきた男の声とともに、
同時に聞き馴染みのある声も耳に入ってきた。
【テッサ…?】
『タケツ様なに言ってるんですか?』
困惑する二人の声が聞こえた。
え?俺?ま、まさかこれ俺が喋ってるのか?
「すまないテッサ…すまない……
だが君だけは必ず…必ず助けるから……」
……!?!?!?
お、遅れてようやく理解する!
このセリフ喋ってるのは他でもない!
俺自身が喋っていたのだ!
口がペラペラと勝手に動き出していることを
ようやく自覚する!
(こわいこわいこわい!なんか俺の口が勝手に喋り出してるんだが!?)
というかなんで俺はそれに気づかなかった!?
ま、まるで俺の口が俺の口じゃないような、
そんな不安に襲われる!
"おいどうなってんだクソ女神!!"
声を出そうとする。
が、しかし声が出ない。
"あれ?!こ、声ってどうやって出すんだっけ?!
俺いつもどうやって喋ってた??"
寝る前に呼吸の仕方を意識したら
呼吸の仕方をド忘れしてしまって息苦しくなるような、そんな感覚。
俺は何も伝えることができずに、
されるがままに謎のセリフを喋らされ続ける。
「テッサ……テッサぁ……」
俺の口は相変わらずペラペラ勝手に喋っていた。
『……女神様、これ』
【サナ!止めて!早く機械を止めて!】
『は、はい!』
変わらず訳のわからんことを喋り続ける俺の口先。
そして、少しずつ、更なる異変が俺を襲った。
(あ……?やべえ。
なんか意識が遠のいていく……?)
な、なんだこの感覚は……?
地球に縛り付けてる重力が、
俺一人だけを離してしまったような。
あるいは、バンジージャンプの最中に自分からロープを切ってしまったような。
あるいは、帰りの燃料を持たずに果てのない宇宙に旅立ってしまったような。
そんな、
"取り返しのつかないことをしている"
という不安だけが俺の心を埋め尽くす。
何かが、何か取り返しのつかない事態が進行している。
そんな直感が俺の危険察知アラームをビンビンに鳴らしている。
「テッサ、俺も絶対にそこにいく。
そこにいくから…どんな罪を犯してでも、絶対に…絶対に……」
謎のセリフはもはや自然と口から流れ出ていく。
喋れば喋るほどに、そのセリフを喋る自分自身に
違和感すら感じなくなり始めていた。
(あ、やばいわこれ。)
かろうじて残った理性の中で、
冷静に俺は現状を理解する。
(俺の人格、乗っ取られかけてるわこれ)
足掻きたくとも、足掻けない。
そして俺の記憶の中に、濁流となって勇者の記憶が流れ込み始めた。




