第31話 チート能力には目覚めない #4
人違いとわかった今、
俺が取るべき行動はなんだろう?
仮にここで、「俺タケツじゃねーよタケシだよ」と言って
俺にメリットはあるだろうか。
もしも人違いと分かれば、すぐに俺は解放され元の場所に戻れる。
そして、なすすべもなく悪魔に殺されておしまいだ。
消去法的選択。ハイリスクハイリターン。
あの悪魔どもから生き残るには、
ここで何かを得て帰るしか俺に残された道はない。
俺の取るべき行動は一つだけだ。
「君の話を聞いて、ようやく意識がはっきりしたよ。」
「そう、俺はタケツ!シチュウ出身のタケツだ!」
・・・
・・
・
なんとかしてこいつらを騙し通さなければならない。
だが、一か八かの勝負に出るのは愚か者のすること。
正体がバレた場合の打開策も準備したい。
(最悪でも、この幼女の力を借りられれば
状況は変わる気がするんだよなぁ…)
正体がバレてスキルをもらえなかったとしても、せめてこの幼女の力は借りたい。
胡散臭さ百点満点の幼女だが、
さっきの読心術といい、なにやら訳知り顔な様子もいい、
価値は十二分にありそうである。
特に、俺を無理やりこんな場所に連れてきた能力が興味深かった。
俺をこの場所に連れてきたときのように、
相手の場所を自由に変えられるなら、あの悪魔を
海底の奥深くに移動させたりもできるんじゃないだろうか?
あるいは、俺を安全な場所に避難させるでもいい。
(もう少しこいつらの事を知った方がいいな…)
少しでも情報を集めるべく、幼女に語りかける。
「話は変わるけど、どうやって俺を助けたんだ?」
せっせと作業を続けながら幼女は答える。
『エルピシア様のお力を借りてここにお連れしました』
「ほう」
『もうちょっと細かく言えば、
一時的に時間を止めて、タケツ様の精神を
こちらの世界に移動させた次第ですね』
「じ、時間を止めただァ……!?」
幼女はさらりととんでもないことを宣った。
(え?!な、なにそのとんでも能力?!
そんなのできたらなんでもできるじゃん…?!)
内心「やべえこいつやべえ」と若者言葉で埋め尽くされる心境だったが、
努めてクールに切り返す。
「時間が止まってる、ね。
もしも俺がこのまま戻ったとしたら、
悪魔の攻撃を受ける直前から始まるってことだよな」
『左様でございます』
「悪魔だけ時間を止めて、その間に俺が避難することはできるのか?」
あるいは、悪魔だけ時間を止めて、その間に俺が攻撃することは可能なのかどうか。
幼女は申し訳なさそうに返答する。
『……できないです。ごめんなさい。
あの空間にいる人間は全て時間が止まるので、
タケツ様だけ例外的に時間を動かして、避難させるというのは
この魔術の仕様的に無理ですね…。』
「そうか…」
仕様と言われればどうしようもない…。
正直、幼女の能力は期待していたものではなかった。
すごい能力ではあるが、今の俺にはあまり有用なスキルではない。
……だがポジティブに考えよう。
時間が止まる能力なんて、聞いたことも見たこともない。
俺からすれば常識の範囲外の能力だ。
そんなことができるなら、物理的に場所を移動させることも
できるのではないだろうか?
「……ちなみにだけど、
俺を元の場所じゃなくて別の場所に召喚するとかできないか?」
『む、難しいです。
私たちは物理世界に干渉することはできないんです。
私たちが干渉できるのは精神世界だけなんです。」
「そうか…」
落胆する。が、すぐに気持ちを前向きに切り替える。
(諦めるな。他にもこの幼女で
状況を打開できる手立てはあるはずだ。)
ここで諦めるわけにはいかなかった。
一か八かで、タケツくんになりきるなんてリスキーな真似はしたくない。
せめて、最悪のケースの打開策も用意してから勝負に出たい。
その一心で俺は幼女にしつこく質問を続ける。
俺の正体がバレて元の場所に戻された時、
この幼女相手なら泣いて頼めば多少のことならやってくれる気がするのだ。
問題はこの幼女が具体的になにができるのか。
そこを把握したかった。
少し考えてから俺はポツポツと質問する。
「……干渉できるのは精神世界だけ、だったか?」
『ええ。そうですね』
「さっき時間を止めたと言っていたが、
それって思いっきり物理に干渉してないか?」
素朴な疑問をぶつける。
幼女はたじたじになりながら答える。
『……す、すみません。
時間を止めたという言い方は正確ではありませんでしたね。
正確に言えば、タケツ様の周囲にいた存在の意識を一時的に止めたのです。』
周囲の意識を止めた…?
『周囲の意識を止めて、タケツ様の意識だけをこちらの世界に呼び寄せた、
というのが今の状況です』
「あの悪魔たちや魔人の意識も無理やり止めたってことか?」
『は、はい。そうでございます』
「……」
あれだけ強い連中の意識を、有無も言わさずに奪った…?
簡単に言ってるが、こいつとんでもなくすごいことをやってねーか?
「……ちなみに、意識を失った悪魔たちは
今どんな状態になってるんだ?」
『はい。意識が止まっているので、
棒立ちで立っているだけでございます。』
「つまり、今なら攻撃し放題ってこと?」
『そうですね。そうともいえますね。」
「……」
思わず黙り込む。
(え?それ最強じゃね?)
それなら今俺を向こうに戻して、
悪魔にとどめさせばそれで解決じゃね?
『ただ、先ほども言いましたが、タケツ様が向こうに戻った時点で
礼拝堂にいる精神体は全員動き出すので、
不意打ちするのは難しいと思われます。』
そうだとしても、だ。
(それならアリアに礼拝堂に来てもらって、
意識を失ってる悪魔に不意打ちするようにすれば……)
その場所にいるだけで意識が止まるなら、
遠くから矢でもなんでも攻撃すればいい。
"知り合いに念話を繋げられないか?"
とお願いしようとした矢先、黒髪女があわてて喋り出す。
『よし。下準備ができました!
それではいよいよ女神様を……!』
「いや、待ってくれ幼女よ。一つお願いが…」
『っ!あ、あれ?マニュアル……マ、マニュアルわすれちゃった!』
俺の言葉を遮り、幼女は慌てた様子で俺に言った。
『す、すみません!ちょっと忘れ物をしてしまったので席を外します!
少々お待ちください!』
「え?あ、あぁ。それは別に構わんけど」
怒涛の勢いで幼女が慌て出す。
俺をタケツと勘違いしてたり、忘れ物したりと
この女、かなり抜けているようである。
『ありがとうございます!それでは……っ!』
『"コール : exitコマンド!"』
「……うお!?」
何かの呪文を唱えたかと思うと、
女はその場から姿を消してしまったのだ。
「て、転移魔法かなにかか…?」
いや、物理には干渉できないとかいってたから、それとはまた別なのか…??
「イグジットコマンド、ね」
あの女が言った魔術の言葉を繰り返しながら、
手持ち無沙汰に何分間か待機したのであった。
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