第26話 結界 #1
「ここの教会は、何隊かの騎士団が近くで常に駐在してるはずなの。」
走り出しながらアリア様は言った。
「彼らがこの強力な魔族の気配に気づかないわけがないわ。
なのに、現実として誰一人として助けが来ない」
(……なぜ誰も来ないんでしょうか?)
アリア様は結論づける。
「結界が、張られてるんだと思う」
(結界…ですか)
「結界って色んな種類があるけれど、
たぶん今張られてる結界は魔力妨害の類いのものね。
だから教会からの助力要請の伝波が届かないんだと思う。
それから……ん。」
アリア様は言葉を途中で止め、足を止める。
どうしたんだろう?
「それから……物理障壁ね。
オリビア、ここ触ってみて」
言われるがまま、目の前の何もない空間に手を伸ばしてみる。
【バリンッ!】
(えっ!)
指先に何かがはね返える感触が返ってきた。
目の前に壁がある…?でもどこをみてもそれらしいものはない。
あるのは空気だけだった。
「物理障壁に、光子透過……他にも色々付与されてるみたいね」
前を進もうとしても、前に進めない。
壁が邪魔して歩けない。
「これのせいで教会からの助力要請の念波が妨害されたのね……。
だから数時間待っても誰も助けに来ない、と。
魔人のこれだけの魔力の放出にも気づかないってことは他にも…」
アリア様が何やらブツブツとつぶやいている。
「オリビア、ちょっと下がっててくれる?」
そういうと、アリア様はダガーを取り出した。
何か小さく唱えたかと思うと、ダガーを前に投げつける
【カラン】
しかし剣先は虚しく弾かれる。
ぶつかった箇所を触ってみるが、特に変化はない。
「……硬いわね」
アリア様は一人黙考する。
(……)
わたしはそれを黙って眺めていた。
私にできることは何もない。
農民のわたしにできることなんて何もないんだ。
自分の役割を見出せず、居心地の悪さを感じながら、
アリア様の邪魔にならないよう無言で待っていた。
「……」
目を閉じて考えているアリア様。
そんな折、ふとアリア様はわたしに話しかけた。
「……オリビア。
オリビアはタケシがどうやって悪魔を倒したか、自覚してる?」
(え?)
自覚と言われても…
(……タケシは突然力に目覚めたって言ってましたけど…)
「たぶん違うわね。悪魔を倒したのはタケシじゃなくて、
全部あなたのおかげよ、オリビア」
わ、わたし??
「あなたの強力な魔力が、
敵の魔術を強化しすぎて暴発させてしまったんだと思うわ、きっと」
強力な魔力?魔術を強化……??
何を言ってるかわからず、私は困惑するばかりだった。
「単刀直入に聞くわね。
オリビアはもしかして魔力の数値とても高いんじゃないかしら」
わ、わからない。
今までの言葉の意味がわたしにはまるでわからなかった。
(……ごめんなさい。よくわからないです。)
謝罪とともにありのまま伝える。
「そう。やっぱり自覚がないのね。
でも間違いなくあなた魔力が高いわ。
見ててね?」
そう言ってアリア様は右手のひらを前に出す。
すると、手のひらからバイオレッドの赤い光の球体が出現した。
それは見てて眩しいほどの強烈な光を発していたのだ。
「目を覚ましたら、私の魔力が普段の何倍も膨れ上がっていたの。
魔力って、魔力の強いものがそばにいると増幅する性質があるのよ。
たぶん、魔力の強いオリビアにずっとおんぶして、直接触れられたおかげで
自然と強化されたんだとおもう」
アリア様は続ける。
「こんなに魔力が強化されたのは初めてだわ。
王国の強化魔法を唱えたってこんなに強化は出来ない。
無意識にこれだけやってのけるなんて、
間違いなく天賦の才ね。すごいわよオリビア!」
今までの真剣な表情から打って変わって、
ニコニコとアリア様がわたしを褒めてくれる。
(そ、そうなんですね、ま、魔力つよいんですね、わたし)
ほ、ほめられたっ。
急に褒められて、こんな状況なのに嬉しさを隠しきれずしどろもどろになってしまう。
「だから悪魔を倒せたのも全部オリビアのおかげ。
誇っていいと思うわよ?」
(……っ)
しかしそう言われた途端に、わたしの気持ちは暗くなる。
(……でも結局、役に立ちませんでした。)
悪魔達が蘇る光景が頭の中で繰り返される。
私の力で悪魔を倒せたのだとしても、
結局悪魔はすぐに復活してしまった。そのせいでタケシは……
アリア様は静かに首を振る。
「……いいえ、オリビアの魔力はとても役に立つわ。
それもこの状況を打破できるくらいにね。」
(えっ)
私の魔力で状況を……?どういうことだろう。
「オリビア。見ていなさい。
これがあなたの力の一端よ」
そう言って、アリア様は目の前の見えない壁に手を当てる。
「強化 《ミラータ》」
「強化 《ミラータ》」
「強化 《ミラータ》」
「強化 《ミラータ》」
アリア様は何度も同じフレーズの単語を繰り返す。
すると…
【ピキィッ!】
(えっ!?)
ガラスが割れるような音。
それからどこかぼやけて見えた向こうの景色が、徐々にクリアに見えてきたのだ。
(も、もしかして…あの壁を壊したんですか…?!)
「……魔術ってその魔術が保有できる魔力の絶対量が決まってるの。
だからこうやって、オリビアの魔力からもらった魔力を流し続けることで
限界を超えさせて、自己崩壊させたわけ」
(す、すごい……)
目の前に手を伸ばしてみる。
先ほど感じられた壁はもうどこにもない。
本当に消えてしまっていたのだ。
「それもこれも全部オリビアのおかげ。
オリビアのおかげで、外に助けが呼びにいけるのよ」
そういうと、アリア様はまるで妹を撫でるように、わたしの頭を優しく撫でる。
「誇りなさい。
あなたがいなきゃ、ここから外に出ることも叶わなかったわ。
よくやったわ、オリビア!」
優しく私に微笑みかけてくれる笑顔。
……優しい手。なんて温かい手なんだろう。
「オリビア。……オリビア?」
す、少しの間惚けてしまっていた。私は慌てて返事を返す。
(は、はい!すみません!)
「これで街に行けるわね。
ここから先は一人で大丈夫かしら」
(あ、はい!街もすぐだし大丈夫です)
「よかった。
それじゃあ私は礼拝堂に戻るわね。」
(……タケシをよろしくお願いします。)
「もちろんよ!」




