第25話 優先事項 #2
(タケシ……)
アリア様の後をついて行った後も、
私の気持ちは礼拝堂に置いて行ったままだった。
町に向かって駆け出してからも、私は後ろを振り返ってばかりいる。
「オリビア集中して。自分がなすべきことを考えなさい。」
そんな私にはアリア様が釘をさす。
……その態度に私はわずかな苛立ちを感じ始めていた。
アリア様はタケシがどうなってもいいと思ってるんだ。
なんて冷たい人なんだろう。
(……あの。私なんかの護衛してていいんですか?
それならタケシのところに行った方が……)
せめて、アリア様がいれば少しは状況が変わるのではないだろうか。
私は恐る恐る提案する。
「ダメよ」
提案はぴしゃりと否定される。
「唯一この状況を打破できるのは、
助けを呼んで王国の最大戦力で魔人を討伐してもらうこと、それだけよ。
もしも道中でオリビアが攻撃されて、
万が一助けを呼びに行けない事態になったら
それこそが今考え得る一番最悪のケースだわ。
その可能性を潰すことが私にとっての最善手。
何を優先してでもオリビアを確実に街に送り届けるわ」
アリア様は振り向きもせずに、淡々と説明する。
「これは最優先事項よ。とにかく私に従って」
話は終わりと言わんばかりに、アリア様は駆ける脚を早める。
……結局、アリア様はタケシのことについて一言も触れなかった。
冷たい人だ、と思ってしまった。
この人の頭にはタケシのことなんてないんだ。
全ては王国のため、市民のため。
それは貴族としては100点満点なのだろうが、
農民である私には理解できなかった。
……苛立ちがつい、余計な一言を漏らしてしまう。
「……アリア様は、タケシがどうなっても良いとお考えなのですね」
言ってしまった、つい言ってしまった。
こんなこと言ってどうにかなるものでもないし、
そもそも何もできない私が言っていい発言じゃない。
言った後に罪悪感が私の胸をしめつける。
「……」
アリア様は私の発言を受けてひたすら無言だった。
何秒間かの沈黙の後、アリア様はゆっくりと語り出す。
「……オリビア。タケシがスキル授与式で言っていたこと覚えてる?」
え?
「その前に……まずはそうね。
色々と説明を省いていたから、現状をちゃんと説明するわね」
アリア様の声色が少しだけ柔らかいものに変わる。
「厳重に警備を敷いてる王都の、
その中枢と言えるこの場所に魔人が現れた。
この状況は、本来なら国民全員を避難させるべき緊急事態なの。
魔人は一人で国の一つ二つ滅ぼせるほどの戦闘力を持っているわ。
魔人の出現は王国の全勢力をあげて対処すべき緊急事態なのよ。本来なら、ね。」
アリア様は続ける。
「なのに助力は誰もこない。それどころか街は平常運転。
王国は魔人が懐にいるこの緊急事態に、気づいてすらいない。」
アリア様は街の輪郭を見る
「このまま警備もままならない状態で、
無警戒な町を大勢の人がいる中でもしも魔人が
暴れでもしたら一体何人が死ぬか……。
……考えただけで吐きそうになるわ。」
アリア様はギュッと拳を握る。
「だから私は最優先で、助力を要請するために動いてる。
確実に助けを呼びに行けるように、オリビアを護衛してる。
この行動に間違いはないと、私は胸を張って言えるわ。」
アリア様は断言する。アリア様の言うことは至極正論。
反論のしようのないくらい正しい。
……でも、そうじゃない。そうじゃないのアリア様。
本当に聞きたかったのはそんなことじゃないよ……。
タケシとアリア様が楽しげに会話している光景を思い出して、
言葉にしきれない想いが溢れて止まらなくなる。
アリア様は頑なにタケシについて触れない。
アリア様の頭には数万の民を助けることはあっても、
タケシを助けることはすでに諦めているんだ。
アリア様にとってタケシのことはどうでもいいことなの…?
あんなに楽しそうに話していたタケシを
大義を前にすれば簡単に見捨てられるものなの…?
(……)
言いたいことは山ほどがあった。
けれど、数万人の国民の命を前にして、軽々しくタケシ一人を助けることを優先して、
なんて言えるはずがない。
私は感情と理性に挟まれながら、黙りこくることしかできなかった。
「……」
そんな時、それまで走っていたアリア様が突然ピタリと走るのをやめたのだ。
「と、いうのが、合理的な判断に基づく理由の一つね。」
アリア様は言葉を途中で区切る。
足を止めて、後ろにいる私を振り返る。
「タケシは私にとっても友達よ。
まだ会って短いけど、何か運命的なものすら感じるくらい、
私はタケシのことを大切に思ってる」
アリア様は悲しそうに顔を伏せて続ける。
「……でもタケシはスキル授与式でいっていたわ。
王国の民のために命を捧げたい、身を粉にして奉仕したい、って。
それも涙を流しながら言っていたのよ?」
私もみていた。
タケシは泣きながら確かにそう言っていた。
「そんな彼ならこの状況で何を優先するか……。
そんなの、タケシなら民の命を優先するに決まってる。
何をもってしても…そう、自分の命を犠牲にしてでもね。」
アリア様は暗い表情のまま話を続ける。
「タケシなら味方の援護が来ないことに違和感に気づいていたはず。
もしも私が、全滅しかねないこの状況で、
勝算のない敵に特攻することを選んだら
きっとタケシは怒るに決まってるわ。」
「だから、私はタケシの代わりに、タケシが一番したかったことをするの。
最優先で、まずは助けを呼びに行く。
王国の民の命を守るために、助けを呼びに行く。
……タケシならきっと、そうするだろうから」
(……)
「あなたはどうする?オリビア。
もう無理強いはしない。あなたが行かないなら私が代わりに助けを呼びに行く。
タケシの意思を守るためにも、なんとしても私は助けを呼びに行くわ」
アリア様は再び問いかける。
「オリビアは、どうするの?」
(……)
アリア様が握手するように右手を私に差し出した。
その手のひらには爪の跡で血が滲んでいる。
私にはわかる。タケシを助けに行きたい衝動を、
拳をグッと握り締めて耐えたのだと、すぐに分かった。
(……わたしは)
私の気持ちは、もう決まっている。
さっきはただアリア様につられるように付いてきたけど、今はもう違う。
一歩踏み出す。
今度は自分の意思で、私は走り出す。
「……」
コクリとアリア様は頷くと、私たちは走り出した。
もう振り向かない。
前だけをみて、走り出す。
(……でも私はまだ、諦めてませんから)
(すぐに助けを呼んで、タケシを助けてもらいます。
私はまだ諦めてません)
諦めてない。タケシが生きてることを、私はまだ諦めていない。
「私だって諦めてないわ。タケシは死んでない。
生きてるに決まってる。きっと口八丁でまた乗り切ってるに決まってるわ」
二人顔を見合わせ一つ頷く。
私たちは街へと急いだ。




