第24話 優先事項 #1
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「この子は言葉が喋れない」
それがわかると、誰しもが同じ目をして私を見る。
『かわいそうに』
『苦労したんだね』
『優しくしてあげよう』
そこにあるのは純粋な優しさ。
同情だろうとなんだろうと、私のことを想ってくれている気持ちに嘘はない。
「ありがたいな」と、心の底から思う。
……ただ、その度に私はいつも思ってしまう。
(あぁ、またダメなんだ)
(この人とは友達になれないんだ)
優しいあの人達と私の間には一本の白い線がある。
私は「気遣われる人」
相手は「気遣う人」
区別するようにはっきりと線が引かれている。
その線は、飛び越えたくても太くて長くて超えられない。
そういう線が、わたしには見えてしまう。
(……きっとこの人達とはこれ以上の関係にはなれないんだ)
"友達になんてなれっこない。"
その線が見えた瞬間に、私はいつも諦める。
わかっている。
線引きしているのあの人達の方ではない。
線を引いて遠ざけてしまっているのは、いつだって私自身。
私は自分で引いたその白い太い線を、飛び越えられない。
私は……いつも一人だ。
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タケシとは、教会の前で初めて出会った。
ひたすらに無口な私に対して、気にせずにペラペラと喋るタケシ。
最初はただの無神経かと思ったけれど、
タケシは喋られない私の反応を見て丁寧に意図を汲み取って発言してくれた。
優しい人だな、と思った。
(私に気を遣ってる?それとも気づいてないだけ?)
私が人に向ける物差しは2つだけ。
発話障害者として気遣う人か、そうでないか。その2つ。
この人はどちらだろう?
ノー天気に空を見上げて口をぼけっと開いて呆けきる彼を見て、
私は3つ目の物差しを見出した。
(あっ……この人何も考えてないな)
タケシの口はアホそうに開いたまま。
喋れようと喋れまいと、たぶんこの人は心底どっちでもいいんだ、きっと。
言ってしまえば、私にそれほど関心がない。
気楽な人だなー
その時の私はそう思う程度だった。
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それから時たま会話をするようになった。
まぁ、会話といっても私は相槌を打つしかできなかったけど。
口が悪くて遠慮がないタケシの性格は、私にはとても"丁度良かった"
露骨に気遣われて、
「あぁ、私は気遣われなきゃいけない存在なのだ」と
思い知らされるよりは、これくらい遠慮がない方が全然いい。
一言で言えば、タケシの横は居心地が良い。
大雑把でプライドが高くて、でも小心者なそんな彼の色んな面を見ていくうちに、
私はいつしか、純粋に彼と仲良くなりたいと思うようになっていた。
私の気持ちは、
「友達になれるかどうか」から、
「友達になりたい」と気持ちへ。
受動的だったわたしが、初めて自発的にそう思った。
……どうしたら彼と友達となれるだろう?
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そんな私の瑣末な悩みを吹き飛ばすように事態は進行する。
礼拝堂のステンドガラスの上。
気づけば、私はタケシに押し出されて、
ステンドガラスから身を投げ出されていた。
(なっ…!?タケシは!?)
私の身を守るためにタケシが突き飛ばしたのだとすぐにわかった。
でも肝心のタケシは私に背を向けたまま。
一向に逃げ出す気配がない。
(タケシもはやく!)
私は叫んだ。でもタケシには届かない。
必死に手を伸ばした。それでも届かない。
落下とともに、タケシとの距離はどんどん離れていく。
……嫌な予感がする。
とてもとても嫌な予感がする。
(は、はやく!タケシ!)
背を向けるタケシの表情は見えない。
背を向けたまま微動だにしないタケシを見て、
私の猛烈な嫌な予感は強まる一方だった。
「……後から行く!先に行け!とにかく助けを呼べ!」
無言だったタケシはようやく声を上げる。
その直後、礼拝堂の中に降りたのか、姿が見えなくなってしまった。
(タケシ…?!タケシ、タケシ!)
何度も何度も名前を呼んだ。
(……ほんとに後から来るの?ほんとに?信じていいの?)
帰ってくるのは悪魔の呻き声だけ。……返事はもう返ってこない。
私は脳裏に浮かんだイメージを否定するように、
ステンドガラスを見上げてタケシを探し続けた。
されども事態は進行する。
されども地面は近づいてくる。
地面まで残り数メートル。そしてそのまま私は地面に吸い込まれるその寸前。
「逆加速 《ディ・アクシル》」
あと1メートル手前。
ぶつかる寸前に背中からピンとした声が響いた。
すると、落ちていく速度は急速に小さくなり、最後にはピタリと止まったのだ。
(!?こ、これは……??)
不思議な浮遊感に包まれながら、私はふわりと地面に降り立つ。
「オリビア。考え事は後にしなさい。
いまは為すべきことを為しましょう」
(……?!ア、アリア様!?)
後ろからの声に慌てて振り返る。
そこには、気絶して私に背負われていたはずのアリア様がすらりと降り立っていたのだ。
(お、お加減はもう大丈夫なのですか?!)
「大丈夫よ。というかちょっと前から意識は戻してたの。
おんぶさせちゃってごめんね。」
(い、いえ)
あまりに色んなことが同時に起きて、私の頭はパンク寸前になっていた。
そんな私の戸惑いなどお構いなしにアリア様は話を続ける。
「さっそくだけれどオリビア。
あなたはタケシの言った通り町に助けを呼びにいきなさい。
これだけ時間が経っても誰も助けに来ないのは異常だわ。急いで助けを呼びにいかないと」
(は、はい)
矢継ぎ早に指示が飛ぶ。
勢いに押されて私は言われるがまま、釣られるようにアリア様の後を追う。
「敵がいたら大変だから途中まで送るわ。行きましょう」
話はタケシのことを置き去りに進んでいく。
慌てて私はその場に足を止め、アリア様を遮った。
(アリア様お待ちください!タケシが!
タケシがまだ残っています!)
まさか気絶していたせいでタケシの今の状況を理解していない…?!
は、はやく事情を教えないと!
私はこのときそう思っていた。
そしてアリア様は私をじっと見つめ返し、こう返す。
「……大丈夫。タケシなら大丈夫よ」
(えっ…)
「それより急ぐわよ。ついてきて」
アリア様はあっさりと翻し、街に駆けていく。
タケシのことが心配で仕方ない私を置いて、
アリア様は前に進んでいく。
アリア様はタケシが心配じゃないのだろうか……?
どうしよう。どうすればいい?
どうすればいいのか、わたしにはわからなかった。
私の目線はタケシとアリア様の背中を行ったり来たり。
結局、一人置いていかれるわけにもいかずに、
わたしはつられるようにアリア様を追うしかできなかった。




