第23話 絶望の淵 #3
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『魔神の名において命ず。
復元せよ。さらば蘇らん。魂の記録を借り受ける
【リバイバ・ログ】』
声が聞こえた。
その途端に状況は一変する。
『Gyaaaa!!!』
『Gyaaaa!!!』
『Gyaaaa!!!』
そいつが何事かを唱える、
破裂したはずの悪魔達の頭部は時間でも戻したかのように蘇る。
再び繰り返される同じ光景。
たったそれだけのこと、そいつが一言声をあげただけで、
俺の今までの行為は全て水泡に帰した。
「なっ……え……?」
蘇る悪魔の山。
礼拝堂に再び鳴り響く悪魔の呻き声。
俺は言葉もなく、ただ見つめることしかできない。
それから悪魔を復活させた張本人は、
ゆっくりと俺の前へと舞い降りる。
『逆に魔力を流し込んで魔術を暴発させるとはな……。
このような力業、到底人間にできる所業ではない。流石だよ、貴様は』
男は宙に浮きながら、俺たちを…否、俺だけを一点に見つめていた。
その姿は、薄汚れて煤けた外套で身を包み、外套からはわずかに顔が覗いている。
わずかに見える顔には何十個もの目。
大小様々な目がこちらをギョロリと睨んでいた。
明らかなる異形の存在。人に似て非なる化け物が忽然と姿を現したのだ。
『褒めてやろう。神力に違わぬ実力だ。』
流暢に人間の言葉を話すその異形。
その声を俺は知っていた。
その声は、アリアが口にダガーを突き刺し、地面に墜落させたあの男の声だ。
あの時は人間然とした見た目だったが、今やその姿は化け物そのものに変わっていた。
そして悪魔は宙に浮いたまま、品定めするように俺をじっと見る。
「……」
『…先程からずいぶん静かだな。
さっきまでの元気はどこに行った?』
品定めする視線。
俺の一挙手一投足を慎重に観察する眼差し。
試すような、あるいは見極めるような鋭い視線を悪魔は俺に向けた。
そして悪魔は語気強くこう言う。
『もしや俺様に、恐れを抱いたか?英雄よ』
そういわれた瞬間に、まるで向かい風がザワリと吹く感覚に襲われた。
冷や汗が止まらない。戦闘のど素人でも伝わる質量を持ったプレッシャー。
悪魔から放たれる濃密な圧に、俺は吐きそうになる。
…が、グッと堪える。絶対表に出さない。死んでも今感じている恐怖を出してはだめだ。
こいつは俺の反応を見ている。
俺が何を考え、どう感じているかを、俺の身振り手振りから盗み取ろうとしている。
「……」
表情を隠すように俺は俯く。
どんな些細な情報アドも、取らせてはいけない。
ふざけていた俺の心は冷や水を打ったように冷静になる。
【冷静に回答しないと、死ぬ。】
【回答をミスると速攻で死ぬ。】
危険アラームがこれでもかというくらいに頭の中で鳴り続ける。
ここでビビったらその瞬間に死ぬ。
少しでも弱みを見せて、格下だと終われたらこいつは即座に攻撃してくる。
気のたった犬の前で走って逃げると追いかけられるのと同じように、
弱気を見せたら殺される、そう俺の直感が警告した。
(……やつの心理を探れ。想像しろ。)
やつは何故こんなことをきく?なぜ問答無用に攻撃しない?なぜ力でねじ伏せずに対話してきた?なぜ俺を探ろうとするような質問をした?なぜ俺のことを素直に賞賛した?なぜ俺を英雄とよぶ?奴の言う神力ってそもそもなんだ?
矢継ぎ早に疑問を頭に投げ入れる。
……そして数コンマの短い思考の末、俺なりの答えを導き出す
(舐められるな。恐れさせろ。
なんでもいいから警戒させろ。相手に後手を踏ませろ)
肝っ玉をすりつぶし、俺は恐怖で震えそうになる脚をグッと踏み込んで殺す。
冷静沈着を装って、俺はありもしない虚勢を張った。
「……ふふふ」
『…何がおかしい?恐怖で頭でもおかしくなったか?』
「いやぁ、お前は本当によく喋るなぁ、と思ってな、クソ悪魔」
俯いていた顔を上にあげ、不敵な笑みを浮かべて
悪魔のプレッシャーを正面から迎え入れる。
『……』
「俺がお前に恐れを抱いているか、だったか?
なら逆に聞いてやるよ。
なぁクソ悪魔。お前、そんなに黙り込む俺が怖かったのか?」
『……』
「黙り込んで、何を考えているかわからないこの俺が、そんなに怖かったか?
え?どうなんだ悪魔さんよ。」
『……ッ』
「教えてやるよ、お前の本心を。
お前がさっき言っていたことはただのお前の願望だ。
お前は俺を格下だとただ思い込みたいだけ。
ペラペラと敵である俺に喋り出すのは不安で不安で仕方がないからだ。」
畳み込むように言葉を紡ぐ。
「本当に恐れているのは俺じゃない。
恐れてるのはお前だ、クソ悪魔」
『貴様……』
悪魔が喋るのを防ぐように、俺はさらに言葉を煽る。
「そんなに怖かったか?たかが人間の俺が(笑)
そんなに怖がるなよ悪魔様(笑)
俺は別にお前に害を加えるつもりなんてねーよ(笑)」
汗ひとつ垂らすな。言葉を恐怖で吃らせるな。
俺は恐怖に震えるその顔に、ニヤリとした表情を上から貼り付けて、悪魔を煽る。
これは賭けだった。
奴が何を考えているかわからない以上、
無力な俺にはこうして意味ありげに見せかけるしか残された道はなかった。
奴が俺の何かに恐れて、躊躇していると、
頭で勝手に決めつけて行動するしかもはや道はない、そう俺は結論を出していた。
そして奇しくも、俺はその賭けに勝利する。
『き、きさま……ッ!言わせておけば人間風情が!!』
感情の現れは動揺の現れ。
俺の言ったことに思うところはあった、ということだろう。
悪魔は感情に身を任せて両腕を振り上げる。
明確な攻撃動作だ。
(死ぬ、これをうけたら絶対に死ぬ。)
横にいるオリビアをチラリと見る。
……絶対に止めなければならない。この攻撃だけは。
俺は己の恐怖心を全力で押さえつけ、
無理やりに、笑顔を絞り出す。
【ニヤァ…】
『ッ!』
ピタリ、と。
悪魔は両腕から発射する何かをピタリと止める。
『あえて挑発して何かを企てる策士』
こいつから見える俺はそんなところか。
"意味ありげにニヤリと笑って、相手を警戒させる"
しょうもない作戦、子供騙しの作戦だ、こんなものは。
しかし、こいつはそんな子供騙しすら間に受けた。
それほどにこいつは俺を警戒しているということに他ならない。
確信する。
やはりこいつは俺の"何かに"ビビっている。
(……ここからどうする。どうすればいい)
多少は相手の警戒心は強められた。
しかしこれからどうする?虚勢を貼る以外に俺に何ができる?
(戦闘力も何もない俺がここから生き残る手段はあるのか…?)
考える。ひたすらに考える。
「……」
そして考え抜いた結果……やはり答えはでなかった。
言うまでもなく、そんな手段はない。
圧倒的な力の前に、喋りなど無価値。
当然、この後の展開は決まっていた。
『……魔術はもう使わぬ。』
異形は警戒するように一気に俺との距離をとった。
その代わりに右手を振り上げる
『ならばこれだ。……どう対処する?英雄よ』
男が振りかざすと、悪魔達が続々と背に羽を生やし、空を飛ぶ男の後ろに並んだ。
今にも前に突撃せんと、鼻息荒く息巻く悪魔達。
(た、たけし。たけし……っ!!)
オリビアが俺の袖をグイっと引っ張る。
……物理、攻撃に切り替えるつもりか。
あの様子からして、悪魔達を一斉に突っ込ませて攻撃するつもりなのだろう。
それだとオリビアで魔力を暴走させる手は当然ながら通用しない。
(タ、タケシ!逃げなきゃ!は、はやく!)
「……」
……他に残された手は何がある?
刹那の黙考。そしてすぐに結論は出る。
実行する前に…そうだ。オリビアに言わなければならないことがあったんだ。
最後だししっかり謝っておこう。
「………オリビア。すまん。
慢心した俺の明らかな失敗だ。
こんな危険なことさせてしまって本当にすまん。
あとお前を利用しようとしてすまん。」
(そ、そんな長々と謝ってる場合じゃないよ!
謝るのはあとでいいよ!だからはやく!)
「あぁ。逃げよう」
……オリビアの手柄を横取りするクズ極まった作戦だったが、
唯一、俺の愚策にも1つだけ評価できるところがあった。
「お前だけは、逃げろ」
そう言って、俺はオリビアの胸に手を当てる。
この悪魔のターゲットは完全に俺だけに向いていた。
こいつは俺が魔力を暴発させていると思い込んでいるようだ。
ならば狙ってくるのは俺一人のはずだ。
そして俺は、オリビアの胸に当てた手をグッと前に押し出す。
(え……?)
オリビアの体は後ろへと重心が崩れていく。
そしてそのまま、体は外へ。
オリビアは驚いた顔のままステンドガラスの外へに消えていく。
ステンドガラスに立ち、
俺は上からオリビアに最後の指示を出した。
「当初の作戦通りいくぞ!
オリビアは助けを呼びに行け!
とりあえず町に向かって全力で走れ!王国の騎士団に助けを求めてこい!!」
(なっ…!?タケシは!?タケシもはやく!)
オリビアの悲痛な叫びを、俺は背中で受け流す。
敵のターゲットは俺一点に絞られている。
お前と一緒に逃げたんじゃ共倒れだ。一緒に逃げるわけにはいかない。
(は、はやく!タケシ!タケシ!!)
「……」
眼前に迫るは悪魔の大群。
鋭く尖った爪が、俺に向かって振るわれる。
…………あぁ、クソがっ。
ロクでもない人生だったな
結局農民のままおわるのかよ、俺の人生は。
俺は目を閉じて、運命に身を任せた。
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少しでも続きが気になったり、
良いなと思ったら作者ほんと大喜びです。
喜び勇んで自分で絵も描き始めちゃうくらいに喜びます。
作者を救ってやろうと思った方は
是非ポイントかブクマ登録を何卒よろしくお願いします。




