第16話 ティタノデビル
———警戒。
俺たちに一切油断はなかった。
むしろ意図がわからない分、十二分に警戒していた。
しかし、とある"見落とし"をしていることに
俺たちはその時まで全く気づいていなかった。
そしてその見落としは
すぐに結果となって現れる。
【ビギャァァァァァァァァアアアアア】
「なっ!」
「え?」
(??)
突如、背後から体を引き裂かれたような奇声悲鳴が響き渡った。
「なんだ?!」
「……っ!まさか!」
アリアは慌てて教会の外側を見る。
釣られて俺も外を見るなり、すぐにその異変に気がついた。
「ま、魔族はどこにいった!?」
地面にダガーで縫い付けられていた魔族の姿が
どこにも見当たらないのだ!
に、逃げられたのか?
あれだけ弱っていたのに一体どうやって…?!
しかし考えている暇はない。
(タケシ!タケシ前見て!)
慌てた声でオリビアの念話が飛んでくる。
すぐさま振り返り、そして驚愕する。
「なっ……!」
驚愕で口が開く。
イマチュアデビルの一体が体を発光させ、
急速に巨大化していったのだ!
振り向いた時には既に10mには達する勢いである!
『GyaGyaGyaaaaaa!!!!!!!!!!』
咆哮。
体を包んだ発光が消えるに連れ、
視界いっぱいに映るのは鮫の顔。
10mはある大きな巨体に、
不釣り合いに小さな鮫の顔がついている。
口元から覗く無数の牙と、
黒い大きな巨体に握られた大きな斧。
イマチュアデビルとは姿形もなにもかも違う生き物が、そこにいた。
「ティ、ティタノデビル……?」
アリアが震える声で呟いた。
ティタノデビルと呼ばれた生き物は、
ゆっくりとその巨体を俺たちの方へと向ける。
「……あっ。あ、あ…」
そして無数の歯のついた口を大きく開くと、
紫色の光の粒子を口の中に溜め始めたのだ。
(……あれ?もしかしてこれ狙われてね?)
今にも口からビームでも出しそうな雰囲気なんだが?
「タケシダメ勝てない逃げよう、は、はやく」
アリアは震える声で早口に告げる。
あ、これマジでやばい奴だ
「おっけー!逃げるぞー!」
呆然としているオリビアの手を掴み、
俺たちは教会の外へとダイブする。
……しかし一手、遅かった。
・
・
・
・
【神官の視点】
スカウト生達と協力してイマチュアデビルを
討伐したのもつかの間、
空気が震えるほどの絶叫が礼拝堂をまるごと震わせた。
「な、なんだこの音はッ」
「ゆ、ゆれる!?キャァ!」
「うわぁぁぁぁ!!」
パニックになるスカウト生達。
何人かは地面にヘタリとしゃがみこみ、
身動きすら取れなくなっていた
【呪詛咆哮】
黒魔法の第6位魔術。
呪怨を込めた魔力を声に乗せて放つ黒魔法。
相手を恐慌状態に陥れる範囲魔法だ。
「くっ…手が…!」
とっさにレジストを唱えたが、
それでも、深層心理に植え付けられた恐怖が
私の手足をガタガタと震わせる。
「ま、まさか魔人がいるのか…?!」
これほどの黒魔法を使える種族はこの世に一つしかいない。
"魔人"
人間に仇なすためだけに存在し、
人間を滅ぼすためだけに生まれた種族。
人間にとっての絶対悪。
王国の八柱将ですら、勝てるかどうかも
わからない相手が紛れ込んでいる……!?
「む、むりだ」
【ズプリ…】
「む、むりだ。かてない」
【ズプリ…】
「勝てるわけがない!」
【ズプリ…】
最初は手足、次は腕。
ズプリズプリと、黒い沼に引きずり込まれていく。
敗北、死。
心が生きることを諦めたその瞬間、
手足にかかっていた恐慌状態は、心も体も全て支配する。
思考にすら到達しない。
理性は崩壊し、生存本能だけが言葉を発させた。
「し、しにたくない……し、しにたくない!」
『GyaGyaGyaaaaaa!!!!!!!!!!』
「?あ、あれは…」
ティタノデビル……?
……ははは。
魔人の次はS級指定の魔物が出てきた。
「あは、あははは…」
もうおしまいだ。この国は終わるのだ。
いっそ自害した方がこの恐怖から楽になれるか?
そう思い至り、剣に手をかけたその時である。
【ぽんっ】
「……え?」
それはあまりにも唐突で、脈絡のない光景だった。
例えるなら、
トウモロコシが弾けて小気味好くポップコーンになるような。
あるいは、太りすぎてズボンのボタンが弾けたような。
そんなコミカルで軽快さすらある光景。
私は口をワナワナと震わせながら呟いた。
「あ、頭が破裂した……?」
破裂、したのだ。
ティタノデビルの頭部が跡形もなく飛び散ったのだ。
『gy……』
バタンっ
紙芝居の蓋をパタリと閉じるように、
ティタノデビルは呆気なく地面に倒れる。
・
・
・
・
それからの光景は、あまりにも現実味のない光景だった。
『GyaGyaGyaaaaaa!!!!!!!!!!』
『GyaGyaGyaaaaaa!!!!!!!!!!』
『GyaGyaGyaaaaaa!!!!!!!!!!』
咆哮と共に、ティタノデビルが山のように次々と湧き上がるのだが、
その絶望的な光景は、ティタノデビルの頭が破裂共にあっけなく幕を閉じていく。
「い、一体これは…?」
この礼拝堂で、一体何が起きているのだ……?




