※神官ライラの視点
前話ではタケシは10人の味方を使って、さらっと悪魔を40体討伐していましたが、
その時のクソ野郎タケシの様子を若い神官こと、ライラさんが語ってくれてます。
タケシよいしょ回な上に回想なのでよまなくても本編に差し支えはないですね
タケシくんと別れた後、
私は急いで入り口に向かい、現場に到着していた。
入り口付近には行き場を失った市民たちがしゃがみこんでいる。
確認できた市民の数は20数人。幸い負傷者はいないようだ。
「一箇所に集まってください!
いま敵の攻撃を受けています!危険なので固まってー!」
煙の中で必死に大声をあげて、市民の人たちを見まわし指示をだす。
神官の私を見て安心したのか、市民たちの表情に
すこしだけ落ち着きが戻っていた。
(さて、彼らをどう避難させるか…)
私は入り口をみた。
アイアンの壁を四角くくりぬいた入り口は、原型を留めていないほどに破壊されてしまっている。
周りの壁も瓦礫となって崩れてしまい、徹底的に攻撃された痕跡が見て取れた。
ここからの脱出は難しいだろう。
(そうなると、ステンドガラスからの脱出になるが…)
しかしこの濃い煙だ。
敵がどこにいるかもわからない中を
大人数で移動するのはあまりにも危険すぎる。
あたりを灰色一色に染める濃い煙。
私は改めて、"煙"を観察した。
(この煙はなにかの魔法だろうか……?)
灰色の煙。1m向こうは何も見えない。
とても濃い煙だった。
索敵魔法で敵の位置を割り出そうとしても、
煙の魔力ノイズが邪魔をして、正確に索敵ができない。
煙の中に探知を妨害する魔法が組み込まれているようだ。
敵の目的は十中八九、この煙にまぎれて
死角から攻撃することだろう。
当初は、敵の意図を警戒して攻撃に備え迂闊に動かないよう様子を見ていた。
しかし…
(全く攻撃してくる気配がないな……。
今のうちに逃げられないだろうか?)
一向に本格的な攻撃が始まらないのだ。
あれから5分ほど経ったが、あまりにも敵に動きがなさすぎる。
最初はこちらの動きを誘う罠だと
思っていたが、そうでもなさそうだ。
なにかトラブルでもあったのだろうか?
いずれにせよ、これはチャンスだ。
(動くなら、今しかない。)
意を決して、私は動き出す。
「皆さん!これからステンドガラスから避難しようと思います!
敵が大人しくしている今のうちに……!」
そう言おうとした矢先のことだ。
「っ!?」
『Gyaaa…』
『Gyaaa…』
『Gyaaa…』
「……!……!」
私は口に手を当て無理やりに息を止める!
突如、煙のあちこちから、悪魔の気配が無数に発生したのだ!
(召喚魔法を使えるのか!?)
突然の敵の出現は、典型的な召喚魔法だ。
【召喚魔法】
黒魔術の第5位魔法。
それは魔族が得意とする定番魔法の一つだった。
(くっ…!魔族の手先がいるのか!?召喚した張本人がどこかにいるはず。
一体どこにいる……!?)
しかし見渡せど見渡せど、煙しか見えない。
クリームのように濃い煙が不気味に渦を巻いていた。
(………)
敵の姿もろくに見えない。
自分の位置すらもままならない。
敵の数は数十は超え、召喚士を倒さない限り
数は永遠に増え続ける。
(こ、この状況で戦闘を行えというのか…?)
ふ、不可能だ。
あまつさえ、十数人の市民を守りながら戦う?
……勝てるはずがない。
元騎士としての経験が、冷徹に判断した。
攻撃が本格的に始まれば、数分とは保つまい。
「し、神官様!」
そんな時、市民の中から数人、
手をあげるものがいた。
「わ、わたしはスカウト生です!少しなら戦えます!」
「わ、わたしも!」
「俺もだ!」
無数の魔物の気配を感じ取ったのだろう。
流石に私1人では多勢に無勢とかんじたのか、スカウト生達が助力を申し出てくれた。
「……ありがとう。助かるよ」
私は絞り出すようにニコリと笑う。
スカウト生がいたのは思わぬ誤算だった。
……それは良い意味ではなく、悪い意味で。
(無理だ。勝てない)
成人になりたての、素人同然のスカウト生が
加わったところで戦況が変わるわけがない。
むしろ、貴重なスカウト生を失いかねないこの状況は、
完全にマイナス要因でしかなかった。
「……」
私の思考は、どう守るかよりも、
どう最小限の被害に止めるかにシフトしていた。
『最小限の被害とは?』
震えながら手をあげるスカウト生と、
二十数人の一般市民の顔を見比べ、
冷酷に自問自答する。
『市民とスカウト生、どちらの命が重いのか?』
『最優先で生かすべきは誰か?』
『王国にとって、どちらが有益か?』
そんな思考がまず真っ先に出てしまう自分に嫌気がさす。
だが、決断しなければならない状況だった。
(……迷っている暇はない。決断しなければ。)
覚悟を決めたその時、
私の頭に声が聞こえてきた。
・
・
・
・
それは私からすれば、救いの手、
神の救済に等しかった。
(上からだと戦況がよくわかるので、
指示を出したいです。よろしいですか?)
タケシくんの声が聞こえる…!
なんと……なんということだろう!
この絶望的な状況に一筋の光がさしたのだ!
(うん!もちろんだよ!)
これならいける!
戦況が見渡せるなら、あとは私とアリア様と、
騎士団から派遣された制裁者2人で対処すればまだ望みはある…!
わたしは意気揚々と語りかける。
(確認したいんだけれど、敵は何人いるかわかるかな?)
(38体です)
(………っ!そ、そうか…)
喜んだのもつかの間、
私は再び絶望に突き落とされた。
(多い、ね……)
(えぇ。そうですね)
ダメだ。多すぎる。
この戦力ではとてもじゃないが勝てない。
……タケシくんは話を続けた。
(ただ、アリアの話によると、
悪魔の正体はイマチュアデビルとかいう、下級の悪魔らしいです。
神官さんの周りに人がたくさんいるみたいですけど、
少しでも戦えそうな人ってどれくらいいますか?)
(う……ん。そうだね)
スカウト生たちのことを教えるかどうか、一瞬悩んだ。
彼は少しでも戦闘できる者がいるなら、戦闘に使う気でいるようだ。
【イマチュアデビル】
悪魔の中では最下級の悪魔だ。
中堅冒険者ならば軽々と倒せるレベルの魔物。
しかし素人同然のスカウト生は……ギリギリ、といったところか。
(ん?神官さん?おーい)
(……)
……私は先ほど、自身に問いかけた内容を
再び繰り返し問いかける。
『市民とスカウト生、どちらの命が重いのか?』
……私の気持ちは初めから固まっていた。
王国の管理を司る者として、
将来の貴重な人材の卵を危険な場所に送るわけにはいかない。
外道と罵られようとも、王国の犬と言われようとも、
20数人の市民の命と7名のスカウト生の命は、
スカウト生の命の方が重い。
今年は数百人受けて二桁にも満たない人数しか、
有用なスキルを見つけられなかった。
そのうちの貴重な7名なのだ。
ここで殺されて人材を無駄にするわけにはいかない。
これからの将来のために、
スカウト生だけはなんとしても守らなければならない。
……しかし問題はそれをどう伝えれば良いか。
素直に言って分かってくれるはずがない。
これは王国の身勝手な理論でしかないのだ。
私はほんの数秒ほど、黙りこんでしまう。
(きこえてます?おーい)
(………あぁ、ごめんごめん。
通信が切れてしまったようだ。もう一度いってもらえるかな)
(わかりました。
神官さんの周りで戦えそうな人ってどれくらいいます?)
(いや、私以外には誰もいないよ)
(誰も、ですか?)
(あぁ)
(……なるほど。
でもいるんですよね?そこに
スカウト生の方々が)
(!?)
どうしてわかった!?
な、なんと返そう。言葉が出ない。
私はまたも無言になってしまった。
(まぁ、今のは勘で適当にカマかけただけなんですけどね。
真面目な神官様の性格からして、その反応は
私の勘が当たっていたようです。)
(……)
もう誤魔化しようはないようだ……。
私はありのまま、話をした。
(…うん。そうだね。ごめん。
スカウト生が7人いる。全員戦闘向きのスキル持ちだよ)
(そうですか。
それならなんとかなりそうですね。)
(……スカウト生も使う気かい?)
(当たり前でしょう。)
タケシ君は切々と続ける。
(それが戦闘スキルを与えられた者の、力を持つものの義務です。
女神様は力なき民を守らせるために、スキルを与えているはずです。)
私の思惑に既に気づいているのだろう。
先回りをするように、切々とその口は語った。
(……)
言葉なく、私は押し黙る。
(……農民はその農民スキルで民の食を守り、
兵士はその戦闘スキルで力なき民の命を守ります。
農民は兵士よりも貧しい暮らしですが文句は言いません。
なぜなら兵士は命をかけて農民の暮らしを守っているのですから。
兵士は力の無い農民を見下したりなどしてはいけません。
兵士が元気に戦えるのは、農民が生活を支えているおかげなのですから。
互いに互いを支え合っている両者に
本来差なんて無いはずです。違いますか?)
(……うむ)
(そうしてこの国は回っています。
それがスキルを中心に回っているこの国の、
法律よりも重い大前提の原則です。
神官様。私は間違ったことを言っているのでしょうか?)
(……君が正しいよ。タケシくん。
すまない。わたしからはこれ以上
何も言うつもりはないよ。君に従う。)
(ありがとうございます)
……反論のしようがない。
神官の言われることじゃないな、と私は自分自身を嘲笑した。
それじゃあ、と言って
念話を切る間際、タケシくんは最後に一言こう言い残した。
(神官様は色々と心配しているようですが……
でもたぶんその心配の必要はありませんよ?)
(え?)
(そうは絶対にさせませんから。
誰も死なせるつもりはありません。私は)
(……)
そう言う彼の声には
いっぺんの迷いも曇りもなかった。
神官に転職するまでの10年間、
騎士として働いていたこの私が、
不覚にも、16歳の少年に全てを委ねたくなるような、
そんな頼もしさを感じてしまったのだ。
………賭けてみるか、彼に。
(だって僕チェスは得意なんですよ!大丈夫ですって!)
(……)
年相応にハハッと笑う彼に、
私の不安は募るばかりだった。
・
・
・
今、目の前で起きてることが、俄かには理解できなかった。
タケシくんは10人それぞれに指示を出しながら、
悪魔たちを順調に減らしていた。
(異常だ…ありえない)
イマチュアデビル40体を倒そうと思えば、
普通なら中堅冒険者が15人は必要だ。
しかし、それを我々は10人で討伐している。
人数だけ見ればマシに見えるが、
その内訳は、
上級冒険者1人、
中堅冒険者クラスが2人
見習い以下が7人なのだ。
残酷なほどに、戦力が足りていない。
仮に善戦してたとしても、確実に死傷者が出る。
多少戦術を齧ったものなら確実に撤退する状況だ。
しかし現実は、真逆である。
圧倒的なこちらの優勢だった。
おまけに負傷者ゼロの奇跡を易々と達成していた。
(一体彼はどんなマジックをつかったんだ…?!)
彼はこの戦いを「チェス」に例えていた。
しかし、彼が今やっていることはチェスなんてものじゃない。
敵のコマはこちらの手番を待ってはくれないし、
リアルタイムで動く敵のコマに合わせて、
逐次味方の全てのコマに指示を出してつづけなければならない。
おまけに20数人の一般市民という、
敵に見つかっただけでチェックメイトのコマが大量にいるのだ。
そんな状況で、タケシくんは
こちらに被害を出さずに、着実に敵を減らしていっているのだ。
それはもう「チェスが得意」なんてものではない。
「軍師」と言って差し支えない才能だ。
私は彼の指示に従いながら、その才気に戦慄していた。
・
・
・
(……本当に信じられないな)
今や悪魔の数は1桁に迫る勢いで減っている。
作戦決行前、私は彼に作戦の概要を尋ねたことがあった。
『作戦は至ってシンプルです。
神官様は悪魔をある程度いためつけてください。
ある程度でいいです。
そしたら、あとはスカウト生さん2人掛かりで
悪魔を倒してもらいます。
作戦の基本はこれだけですね。』
『……わたし1人でかい?
騎士団2人はどう使うつもりなのかな』
『マッチョ…いえ騎士団員様のお2人には
一般市民の護衛をお願いします。
状況によっては、一般市民20人を二手に分かれて
逃げてもらうこともあるので、私の指示に従ってください』
『ウホゥ』
『ウホゥ』
……この作戦を聞かされた時、
私はすぐに作戦の概要を破綻を予感した。
騎士団員2人は護衛に回されているので、
実質的な戦力は私1人だけ。
明らかに私への負担が大きすぎる。
『この作戦では長くは保つまい。』その時の私はそう思った。
……しかし、結果はどうだろう?
結局私がやったことと言えば、
「指示された場所に行き」
「不意打ち気味に悪魔を数発切り込み」
「そのまま指定の場所へ逃げる」
本当にただそれだけなのだ。
唯一まともな戦力であるはずの私が
はっきり言ってろくに仕事をしていないのだ。
それなのに敵が着々と減っていく。
「……一体どうやって敵を減らしているんだ…?」
純粋に疑問だった。
指示を受けている最中、私は思わずタケシ君に聞いてしまった。
「え?さっき言ったじゃないですか。
神官さんが手負いにした悪魔を
スカウト生2人で1匹をボコらせてるだけですよ?」
「……正直何もした気がしないんだが。」
「スカウト生の人達も神官さんと同じようなこと言ってましたね。
上手いこと負担を分割できたってことですよ。はは」
「……」
私は黙考する。
だとしても、これほど上手くいくものだろうか?
『もしも、スカウト生2人のパーティが、
同時に2匹以上の悪魔とエンカウントして、
負けてしまったらどうなったか』
『もしも、スカウト生2人が1匹の悪魔に
やられてしまったらどうなったか。』
戦力はギリギリ。
少しでも想定外のことが起きて、人が欠けでもすれば
チームはあっという間に破綻していた。
しかし現実として、破綻は起きなかった。
これが偶々なのか必然なのか、私には判別がつけられなかった。
黙りこくる私を気にしてか、タケシくんは説明を続ける。
「まぁ、ポイントをあげるなら、
神官さんが悪魔を切った後に
指示した場所に正確に走ってくれたおかげですかね。」
「…?あれに一体何の意味が?」
「ヘイトコントロールと敵の配置移動のためですね。
あれのおかげで誰かに敵が集中することもなく、
かなりスムーズにいけましたから。
加えて、この煙とこの礼拝堂の広さも味方してくれました。
諸々の要素がうまくプラスに働いてくれたおかげで、
スカウト生さんたちでも簡単に不意打ちできたんですよ。」
……。
私は思わず絶句した。
ヘイトコントロール、と彼は簡単に言う。
彼が言っていることを言い換えれば、
40人の悪魔のヘイトを私一人でコントロールしたと
簡単に言っているのだ。
もしも通常の戦闘でそれをしようとすれば、
私は確実に満身創痍になっている。
すぐに複数の悪魔に囲まれ、
身動きが取れず袋叩きにされる図が容易に想像できた。
しかし、これまでの戦闘の中で、
私が1対1以外の状況で悪魔と対面したことは
一度たりともなかったのだ。
そこにきて、ようやく、この作戦の要は
どこにあったのか私は理解した。
『敵味方全ての動きを把握した上で、
判断ができる卓越した並列思考能力』
『敵味方含めた完全なる配置コントロール』
『スカウト生に一切のヘイトを向けさせない、
かつ、複数の悪魔のヘイトが一斉に向かないよう行われた
完璧なヘイトコントロール。』
彼はこともなげにこれらをやってのけたのだ。
(偶々うまくいったのではない。
必然的に成功したんだ。)
彼の軍師としての適性に、私は戦慄する。
「思考」という点で、彼の基礎スペックはあきらかにずば抜けている。
「……タケシ君。きみは軍師が向いてるかもね」
「………………ははは。」
妙に乾いた笑いが聞こえてきた。
この子は……本物だ。
私はタケシくんへの評価を、より一層高めた。




