(余談)アリアの使った魔術の補足
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by あおのん
この回は本編に関係のないお話です。
下記に13話でアリアが使った魔術を解説しています。
本編には関係がない部分なので、読まなくても
本編のストーリー的には問題ない説明です。
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アリアがさらっと使った呪文についての解説。
アリアが使った魔術は、「冒険者魔術」と呼ばれるものです。
いずれ本編でも触れられますが、
魔法大国である王国が使う自称「正統派魔術」と、
冒険者であるアリアが使う「冒険者魔術」は、
その体系からして全く異なる物です。
体系は異なりますが、魔力を扱うという点では全く同じものです。
あえてわかりづらい喩えで両者を説明するなら、
正統派魔術は、ハリウッド映画のようにド派手で大味でダイナミック。
一方冒険者魔術は、地味でいてしかし繊細な心理描写の詰まった邦画、といえるかもしれません。
下記からが、アリアの使った魔術の解説です。
●強制
魔法でできた物体(魔力体)に魔力的な負荷をかける魔法です。
魔力体の「処理速度」を著しく下げ、
魔法体が存在し続けるための「メモリー」を圧迫させます。
わかりにくいので、今回の戦闘での使用目的を例に説明しましょう。
まずは前提の部分から。
敵は高速で飛んでくるナイフの接近に初めから気づいている様子でした。
これは、周囲に索敵魔法という範囲魔法を貼っていたお陰です。
ハンターハンターでいうところの円みたいなものですね。
さて、アリアの本命は2本目のダガーで敵にトドメをさすことでした。
1本目に気を取られている間に、2本目を死角から投げて仕留めるという作戦です。
ですが、そのまま2本目を投げたのでは
索敵魔法ですぐにバレてしまいます。
なのでアリアは1本目のダガーで
索敵魔法にステンリルをぶつけたことで、
索敵魔法の処理に"とある処理"を強制させることで負荷を与えました。
負荷がかかることで、処理に時間がかかり、
索敵魔法の処理に遅延が発生してしまいます。
その結果、索敵結果が術者に通知される時間が大きく遅れてしまったのです。
これによって、魔族の男の元には
2本目が口に刺された数秒後に
「ダガー飛んできてるよ!」
という今更な通知が届いていたことでしょう。
ではもう少し詳しく見てみます。
ステンリルの原理を理解するには、まず索敵魔法を深く理解する必要があります。
そもそもこの魔法は対索敵魔法に考案された魔法なので、
まずは索敵魔法の基礎を理解してから、話を進めましょう。
索敵魔法の基本的な概要は、
索敵魔法の範囲に入ってきた敵を察知し、
その位置と数を術者に知らせることが目的の魔法です。
さて、索敵魔法の原理的な説明をする前に、
まずは「魔力素子」という概念の説明をしなければなりません。
魔力素子。それは目にも見えない小さな魔力の粒子のことです。
魔法とはこの魔力素子の集合体だと言われています。
魔力素子は、別の魔力素子が近づくと互いに結びつきあって、
魔力値を互いに高めあう性質があります。
索敵魔法の超原理的な説明としては、
術者の魔力素子に、
外からやってきた魔力素子が近づくと、
上記の性質に従い、術者の魔力素子は魔力値を上昇させます。
索敵魔法は、
魔力値の上昇=敵がそこにいる、と判断して
処理を行うわけです。
この超原理的手法は理論上は可能ですが、
これをやれる人間も、やろうとする人間もこの世界にはおりません。
理由は2つです。
1つ。通知量が多すぎるため。
目にも見えないほど小さな魔力素子の魔力値が上下するたび、
敵が来たと言って通知するのでは
その通知量はものすごいことになってしまいます。
魔力素子は1平方メートルあたりに数十万と数があるので、
数十万の通知が一斉にきてしまうことでしょう。
2つ目。計算量があまりにも多すぎるため。
数十万とある魔力素子を一つ一つ見て魔力値を測っていたのでは、
どれだけメモリーと処理速度に優れていても、
処理はすぐに落ちてしまうでしょう。
加えて、索敵魔法は値の変動を見る必要があるので、
現在の値、過去の値の2つを保持する必要があります。相当なメモリー領域がないと実現はなかなか難しいです。
それならばと考えられたのが
サマリー方式と呼ばれる古典魔法の理論魔術です。
魔力素子を一つ一つ見るのではなく、
魔力素子全体の合計値の変化を見る、それがサマリー方式の概要です。
この手法なら、数十万の魔法素子一つ一つを見ることはしないので、
通知の量も適切です。また、処理が落ちるということもないでしょう。
しかし、実際に使おうと思うと致命的な問題がいくつかありました。
1つ目は、敵の位置や数が判別できないこと。
この手法で取得されるのは、魔力の合計値の前後の値だけです。
どの場所でどれだけの数が魔力的に変動しているかわかりません。
サマリー方式は、範囲内に敵がいるかいないか、それしかわかりません。
2つ目は、処理時間があまりにも遅すぎること。
全体の合計を見ると言っても、一つ一つの素子を見ることに変わりはありません。
全体の合計値の前後の値しか必要としないので、
数十万とある一つ一つの素子の前後の値を保持しない分、先に述べた超原理的手法よりは、
メモリー的にはゆとりはありますが、
それでも、数十万とある魔力素子の魔力を直列的に測定するので、
処理にとても時間がかかってしまいます。
サマリー方式をきっかけに、索敵魔法の課題が明確になります。
旧魔法体系における、索敵魔法の命題。それは、
『リアルタイムで素早く計算し、
敵の位置と数を、適切な通知件数で通知するにはどうすれば良いか?』
ということでした。
それから索敵魔法はその長い歴史の中で一つの解決策を見出します。
名前をタケイチ式索敵法と呼びます。
タケイチ式索敵法では、
まず、索敵魔法で張られた全体の領域をある程度の大きさに分割します。
それから、分割した各範囲内に含まれる魔力素子の魔力値の合計値の変動を見て、
それぞれの範囲に敵がいるかいないかを判別するのです。
一つ一つの粒ではなく、大きな範囲をさらに分割して、判定を行なっているわけですね。
各範囲は三次元的に空間的に分かれています。
とある範囲で敵を検知すれば、そこに敵がいるし、
別の範囲で敵を検知すれば、そこに敵がいる。
範囲を分割することで、敵の位置の特定を可能にしました。
また、範囲がわかれているので
並列処理もしやすく、処理速度が速いのも大きな利点の一つです。
タケイチ式の登場により、索敵魔法の普及率は飛躍的に上がります。
ただ、一つ問題があったのは、通知量の問題でした。
優れた魔道士の並列思考処理のスレッドグループの最大値は24程度だと言われています。
索敵魔法を使う魔道士の多くは、
展開された広い範囲を24個に分割し、
並列思考で24個の範囲の各処理をそれぞれ行います。
各並列思考の処理結果は、処理が終わると同時にすぐに
メインの思考スレッドへ渡されます。
メインスレッドは、断続的に受け渡される24個のスレッドの結果を
時にはバラバラに、時には24個同時に人の脳へと伝えます。
当然24個の結果を一気に見るなんて真似、
人間にできるはずがありません。
上記の問題をうけて、
現代索敵魔法には「ターミナル」という技術が追加されました。
ターミナルは、24個のスレッド全ての結果が返ってくるまで待機します。
全データの結果を受け取った後に、
ターミナルは24個の結果を人間にわかりやすい
形式のデータに加工をするのです。
よくある形式としては3Dマップのような三次元形式で、
見やすいイメージを脳内に直接伝達します。
ここまでが、現代索敵魔法の原理です。
閑話休題。
さて、では実際にアリアのステンリルの魔法によって
起きた現象を考えてみましょう。
ステンリルは、処理に負荷を与えて、
索敵結果に遅延を発生させることを目的とした魔法です。
では、タケイチ式索敵魔法に負荷を掛けるために、
具体的にはどんなことをやっているのでしょうか。
今までの話を振り返りながら考えてみましょう。
タケイチ方式では、大きな範囲をいくつかの範囲に細かく分割します。
そして、各範囲の中に含まれる魔力素子を、1つずつ検知して、魔力値を計測します。
1つずつ魔力素子を見るのはとても大変なことですが、
範囲は小さく分割されているので、一つのスレッドが計算する魔力素子の全体の量はそれほど多くありません。
タケイチ方式の最も優れた点は、
大量の魔力素子を一度に測定しないところです。
並列思考により分割されたスレッドは、実は処理スペックが若干劣っているのですが、
測定する魔力素子の量が少ないので、処理速度が劣っていても、十分に測定することができます。
一方、サマリー方式では、魔力素子の測定を広い範囲で一度に行おうとします。
範囲内に含まれる全ての魔力素子を計算しようとするので、
測定対象となる魔力素子はとても大量となります。
処理は当然大変重いです。
さて、以上を踏まえてステンリルの魔法定義を考えます。
結論から先に書きましょう。
処理に負荷をかけるためにステンレスは何をしたか。
ステンレスの魔法定義の内容は、
「索敵魔法で展開された範囲の一部分に、膨大な魔力を集中させる」です。
ステンレスの魔法は、
タケイチ方式で区切られた狭い領域に対して
膨大な魔力を集中させます。
それにより、
①魔力素子が増えることで計算量が増えてしまう
②並列思考が分割されたことで、処理性能が落ちているので、大量の処理が追いつかない。
上記の現象が発生します。
いわば、擬似的にサマリー方式と似た状態を作り上げているのです。
また、「ターミナル」についてさきほど話をしましたが、
ターミナルはその性質上、全てのスレッド処理が終了するまで待機し続けてしまいます。
1つでも処理が返ってこないと、待機し続けて結果を通知しないのです。
アリアがステンレスを発動した時も、
索敵魔法のターミナルは上記のように延々と待機状態に陥っていたと思われます。
それが結果として、
通知結果の遅延に繋がったわけですね。
●初期化
● 加速
後の説明のために、あえてわかりづらい説明を先に記載します。
初期化は、媒体内に保持されている魔力的性質を適用させることをさします。
適用する魔力的性質は、デフォルトで設定されている値です。
加速は、媒体内に保持されている魔力的性質を適用させることをさします。
適用する値は、運動エネルギーを保持した値です。
もう少し詳しく見てみましょう。
まずは、魔力素子の性質について触れる必要があります。
魔力素子には、先に述べた「互いに魔力値を高め合う性質」のほかに、
自身のもつエネルギーを「保持」する性質と、
互いの性質を「真似る」性質があります。
「真似る」性質について、
炎を例に、「真似る」という性質について掘り下げましょう。
ここに、炎のエネルギーを持つ魔力素子と、
魔力エネルギーを持つ魔力素子があるとします。
それぞれのエネルギーは「保持」の性質に従い、
魔力と炎のそれぞれのエネルギーを保持しています。
これら2つの素子が近づき、結び合うとこれら2つの素子は互いのエネルギー的な性質を「真似る」のです。
真似る、は少しわかりづらいですね。
コピーする、という表現も正確ではありません。
重ね合う、が正しいでしょう。
魔力素子は互いの性質を重ね合い上書きするように動作します。
2つの魔力素子は互いの性質を上書きしあい、最終的には2つとも同じ性質を有する魔力素子となるのです。
先の例でいえば、
「真似あった」結果、魔力と炎の性質を持ち、かつ、2つのエネルギーを重ね合わせた2つの魔力素子が誕生します。
この魔力素子が集合して「魔法」になったものを
現代では炎魔法と呼ぶのです。
さて、理解を深めるため、
私はこの質問をみなさんに投げかけなければなりません。
『混ざり合った2つの魔力素子は、
永遠に混ざり合ったままなのでしょうか?』
答えはいいえです。
エネルギーと性質は永遠に保持されるものではありません。
魔力素子は"必ず"時間とともに空の魔力素子に戻ります。
先の例で言えば、2つの混在した魔力素子は必ず空の魔法素子に戻ります。
炎単体の魔力素子でかんがえれば、
炎本体から放出された炎の魔力素子は、
熱の放出とともにゆっくりと空の魔力素子に戻っていきます。
これを「魔力素子の回帰の法則」と呼びます。
ただし、この法則が適用される場合とされない場合があることに、魔術師は注意しなければなりません。
魔力素子の状態はいくつか段階が分かれていることが
現代魔法では判明しています。
1つは「アクティブ」。
魔力素子が活性している状態です。
炎の魔力素子が常に熱を放出するのは、この状態にあるからです。
保持しているエネルギーを常に放出し続けます。
魔力素子の回帰の法則に従い、エネルギーを全て出し尽くした後は、
必ず空の魔力素子に戻ります。
もう1つは「非アクティブ」
魔力素子が空の状態です。
中身が何もないというわけではありません。
潜在的なエネルギーを内包したまま、外部に出さないようにしているのです。
魔力素子には、状態を不変に維持する性質があることがわかっています。
例を挙げるなら、
木材は空の魔力素子を自然放出していますが、
この状態は「非アクティブ」な状態です。
潜在的には、炎のエネルギーを内包していることが近年の研究でわかっています。
木に火をつけるとよく燃えるのは、潜在的に炎のエネルギーを持っているためだと、
現代魔法では考えられています。
もう一つ身近な例をあげれば魔道士でしょう。
魔道士は魔力というエネルギーを持った魔力素子をもっていますが、
その性質が失われることはありません。
常に魔力を放出し続けて、枯渇してしまうことは起きません。
それは、非アクティブという形で、魔力が保持されているためです。
また、この状態を不変にする性質を用いた道具としては、「冒険者バック」などがあげられます。
冒険者のもつバッグに入れた食べ物が腐りにくいのは、この性質のおかげでもあります。
さて、前提的な説明はこれくらいにして、
本題に戻りましょう。
初期化、加速の魔法は、
これまでの話に出てきた魔力素子の
基本的性質をベースに作成された魔法です。
あのダガーには、実はとあるエネルギーを持った魔力素子が内包されています。
そのエネルギーは「運動エネルギー」です。
ダガーには、運動エネルギーを持った魔力素子が埋め込まれています。
もちろん、そのまま入れたのでは回帰の法則に従って、すぐに飛び出して空っぽになります。
なので、先に述べた「非アクティブ」な状態で、
魔力素子をダガーに閉じ込めているのです。
アクティブな状態にならない限り、
非アクティブな魔力素子は、エネルギーの性質を保持し続けます。
初期化と加速の魔法定義は、
「それぞれの処理で指定された非アクティブな魔力素子の塊を、
アクティブに変更する」ことなのです。
本質的にはどちらも同じことをやっていると言えます。
●隠遁
索敵魔法に察知されないことを目的とした魔法です。
用途は索敵魔法で自分の位置を悟られないようにするためです。
強制の魔法と目的が少し似ていますが、
強制の魔法は、あくまで遅延させるだけなので、
もしも敵を仕留めきれなかった場合は、
2つ目のダガーが飛んできた位置も何もかもが
バレてしまいます。
万が一に備えて、唱えられたのがこの魔法です。
上にも書きましたが、自分の位置が伝わらないように、
とあるカモフラージュを行います。
原理的にはやっていることは至極単純です。
索敵魔法は、範囲に何かが入るたびに術者に通知します。
なので、その逆手を取って、隠遁の魔法は
全範囲から異物が侵入しきたように見せかけるように、
ダガーが飛び立った瞬間に、索敵魔法の全範囲に向けて、
魔力の波をぶつけます。
術者視点では、そこら中に敵が発生したような
通知を受け取るはずです。
魔法定義は「魔力の波を全方向から同時に放つ」です。




