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※アリアの視点


わたしの名前はアリア。

アリア・フランソワ。


……じゃなかった。


アリア・アリシエル・ムーン。

それが今の私の名前。


私の実家は遥か東国にある由緒ある家柄だった。

しかし、さきの大戦に巨額の支援をして大損した結果、

フランソワ家はあっさりと経済破綻し、

由緒ある歴史は紙切れのごとく家門ごと消え去った…。


それから私は遠縁にあたる王国の

アリシエル家に引き取られることになる。


アリア・アリシエル・ムーン。

それが今の私の名前。


アリア・アリシエル・ムーン。

無理矢理にでも擦り込むように、

私はその無機質な単語を何度も何度も繰り返した。


・・・・・

・・・・

・・・

・・


アリシエル家への養子縁組が決まった次の日。


アリシエル家の当主と初めて顔合わせをする当日、

私はなぜか教会に来ていた。



「アリシエル様。ぜひ、王国のために

お力をお借りすることはできないでしょうか?」


「……」


ここは教会の礼拝堂。

神官は真剣な面持ちで私に問いかける。


一方、わたしはなんとはなしに、

虹色に光る礼拝堂のステンドガラスを、

ただただ見つめていた。

神官の話が右から左へ流れていく。


(……なんでわたし、こんなことしてるんだろ)


本当なら今頃、わたしはアリシエル家の屋敷で、

これから家族になる人たちとはじめての

顔合わせをしているはずだった。


しかし、引っ越してきて早々、

「スキル授与式に参加せよ」と言い渡され、

あれよあれよというままに教会へ赴き、

気づけば、教会から王国の仕事につかないかと

勧誘されていた。


「———アリシエル様。アリシエル様。」


(……?)

聞きなれない単語が聞こえ、

フワフワとしていた私の意識が着地する。


あぁ、そうだ。私はアリシエル。

アリア・アリシエル・ムーンだった。


「アリシエル様。いかがでしょうか…?」


現実からひきもどすように、

神官の声がわたしの中に響いていく。


……気持ちを切り替えなきゃ。


「……王国の仕事というのは具体的にはどんな仕事ですか?」


「騎士団に参加していただきます。

騎士団としては、第3位騎士の位を授けようと考えているようです。」


騎士団の位は上から、

総長、団長、副団長、第1、2、3位騎士

それから第5〜10級兵士とつづく。


第3位騎士。かなり上の方だ。

どう考えても破格の条件。


私がもらった双剣無双というスキルは、

王国の創生神話にも出てくる伝説級のスキルらしい。

それゆえの高待遇なのだろう。


……少しの間考えてから、私は返答した。

「申し訳ございませんが、お断りしたく思います」


私はキッパリと断った。

騎士団という仕事に興味はない。

それに、提示された条件をどうしても

納得することができなかった。


(……あまりにも、高待遇すぎる。)

王国は私の実力を全く把握していない。

いや、そもそも"把握しようとすら"していない。


騎士に採用するというのに、

一度も私の戦闘実績について聞かれていないし、

神官の視線が私の腰の鞘に向かうことは

一度たりともなかった。


(噂通り、ほんとうにスキルが全てなのね。王国は……)


盲目的なスキル至上主義。

スキルだけをみて高い地位を与えてしまうその危うさ、

そしてなによりも、

私を評価しているように見えて、

その実、私自身を何一つ評価していないその姿勢。

盲目的なスキル信仰に、私は妙な苛立ちを感じていた。


「申し訳ございません。

養子の身であるので、私の一存では決め兼ねます。

また、私の個人的な意見で言えば、

個人的にすでに冒険者として活動しているので、

そのお話をお受けすることはできません」


私は再びぴしゃりと断ると、

返事も待たずにそのまま踵を返して教会を出てしまった。


【バタン】


一方的に扉を閉ざす。

……今のはさすがに礼節を欠いていただろうか?


ただ、私の気持ちもわかってほしかった。

幼少の頃から貴族としての仕事の傍ら、

冒険者としても力を磨いてきたのだ。


それなのに、私が育てた能力には目もくれずに、

ラッキーで偶々得たものの方が評価されるのは

正直に言って、屈辱でしかなかった。


(はぁ……つかれた……)


教会の外に出て、ようやく初めて呼吸をした気がする。

改めて今までの疲れがどっと蘇る。


……気持ちの整理なんて

ろくについていないまま、ここまで来た。


数日前に家が破綻し家族は離散。

名前が変わって、他所様の家についさっき初めて訪れて、

挨拶もおざなりに教会へとやってきた。


(これから私はどうなるんだろう?)


今まであえて言葉にしなかった不安が、

明確に言葉となって私にのしかかる。


『家族はあれからどうなっただろう?

『これから新しい家に住むことになるが私はやっていけるだろうか?

『アリシエル家の人はどんな人なのだろう?

『家に置いてきた弟はあれからどうなったのだろう?


疲れとともに、蘇るように今後の不安が積み重なっていく。


(はぁ……)



深いため息をついていると、

ふいに教会の前の2人の男女が目に入った。


(あっ……あのひと

神官に喧嘩売ってた人よね?)


数時間にも及ぶ長い儀式だったが、

参加した全員が、あの男のひとのことだけは

覚えているに違いない。

それほどに目立っていた。ものすごく目立っていた。


私はあの時の彼の半泣きな顔を思い出して、ふふっと笑う。

こっそり近づいて、後ろから彼をちょっとだけ観察してみる。



この国では珍しい真っ黒な髪。

顔は優しそうなお兄さんという感じ。

この大人しそうな目ためで、

神官と真っ向から対立したのだから信じられない。


(すごかったなぁ…ほんとにすごかった…)

教会でのあの時の光景は、今でも私の脳裏に焼き付いて離れない。


一歩も引かずに自分よりも上の人間と

正面から立ち向かう少年の姿に、私は目を離せなかった。


「なんであなたはそんなに堂々と言いたいことを言える……?」

「どうしてあなたは理不尽に立ち向かえるの……?」


言葉にならない声が、私の中で何度も何度も木霊する。


頭の中に浮かぶのはあの日の父の姿。

「お前のためなんだ」と父は何度も何度も繰り返した。

そう言って、父は私を捨てて去っていった。


家族の名前も何もかも捨てさせて、

私は見知らぬ土地の知らない家へと放り投げられた。


父に「お前のためだ」と言われるたび、

言いたいことは山ほどあった。


「知らない人の家になんて行きたくない」

「遠くの場所なんて行きたくない」

「貧しい暮らしでもいいからそばにいたい。」

「家族なんだから、大変な時こそ助け合おうよ」


言いたかった。でも言えなかった。

一番言うべきときに、私は何一つ主張することができなかった。



そして流されるだけの私が、スキル授与式で彼と出会った。


(……私も彼のようになりたいな)


心からそう思う。

神官と半泣きになりながらも正面から言葉を交わした少年の姿を、

わたしは純粋にかっこいいと思った。


あの時私は、彼から勇気をもらえたのだ。

この少年と出会えたおかげで、

私はさきほど、神官の前で毅然と断ることができた。

この少年のおかげで、私は少し変わることができたのだ。



私はじっと彼を観察する。

気づいてくれたりしないかな?


後ろをグルグル歩いてみたり、背伸びしたりしてみたりする。


しかし青年は惚けた顔で空を見上げたまま、

一向に気づく気配がない。

……一抹の不満が私の中で生まれ始める。


(もう少し…おはなししてみたいな)


『スキル授与式かっこよかったわね!』

『あなたの生き方にすごく共感する!』

そんな気持ちを伝えるよりも先に、私はもっと彼のことを知りたいと思った。

……うん、そうだよね。


(よしきめた!声をかけてみよう!)


わたしも彼のように

やりたいことを素直に言って、素直にやってみよう。

やらないで後悔するのは、もうあの日を最後にしよう。


緊張しながら、私は少年に声をかけにいく。

日照りの話をしているようだったので、

私も昔住んでいた場所の話をネタに話しかけてみる。


「あー………そうなんですねぇ。東も大変ですねぇ。」


(ブッ!!)

私は心の中で爆笑していた!


(すごいこの人!

仮にも貴族の私を相手に、ものすごーーーく

めんどくさそうな顔してる!!)


な、なんてわかりやすいひとなんだろう!

この人明らかに私を煙たがってる!


一目見ただけで気持ちが全てが伝わった。

隣にいる少女も気づいているようで、

怒られやしないかと、私と少年の顔を

行ったり来たりしている。


ふふふ。楽しい。

自分でもよくわからないが、すごく楽しい。


(……私もこれくらいわかりやすかった、

何か変わっていたのかな?)


……よし決めた。

この人の前ではありのままで行こう。


ありのままの素をさらけ出そう。

やらない後悔よりもやって後悔だ。

あとのことなんてもう知らない。


私はワクワクした気持ちを隠さずに

笑顔で元気よく少年にはなしかけた。



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