7
「開けて、いいですか?」
「もちろんさ。去年は花束しかプレゼントできなかったが、今年は奮発したんだぞ」
リボンがかかった包みを開封すると、折り畳んだ布が入っている。
「素敵な絹のストール!」
「輸入物だそうだ。ロズは黒髪だから白っぽい色が似合うと思って、な。気に入ってくれるといいのだが。店の主人と相談して決めたけれど、女物はよく分からなくて申し訳ない」
どこの洋品店かは分からないが、緊張しながら女性の品を選んでくれているヤンを想像すると心が温かくなった。
「優しい色合いですね。アイボリー、わたしこの色とても好きです。この系統の色の薔薇が素敵ですよね」
とろりとした質感のストールを、ロズリーヌは首に巻いた。思った以上に肌触りがいい。
「はは。そうしていると、白い薔薇を首にかけているようだよ。よく似合う」
「ヤンさん、ありがとう……」
「あと、これはお袋さんに持っていってあげなさい」
ヤンがまた小さな包みをくれる。軽くて、少し香ばしい香りがする。きっと焼菓子だと思う。ロズリーヌは、ふっと笑顔になる。
「母にまでありがとうございます」
ヤンの気持ちをありがたく受け取った。心がなんだかむず痒くなるけれど。
肌触りのいいストールに頬を寄せると、彼の優しさに包まれているみたいだった。薄手の作りになっているので、夏は日光よけに使えそうだし、冬場も色の違うストールと重ねてお洒落を楽しめそうだ。
「これからも頼むよ。今日はお疲れさま」
ヤンが長い手を振り、帰宅するロズリーヌを見送ってくれた。ロズリーヌはストールをなんども見て触りながら、軽い足取りで家路を急いだ。
帰宅すると、甘くていい香りが外に流れていた。ストールを外し、家に入る。モネルの姿を探すと、キッチンに立っていた。
「お帰りなさい。さぁ、お祝いをしましょう」
モネルの顔色がいいのでほっとしながら、ロズリーヌは食事の準備を手伝う。
「ちょうどいま焼けたところ。母特製の葡萄ケーキです」
まるで少女のように秘密のものを見せるみたいに古いオーブンを開けたモネル。甘い香りが濃くなった。
領土名産の果物を使ったケーキはモネルの得意料理だった。今日は葡萄のケーキを焼いたらしい。材料を揃えるのは大変なのであるもので作るのだが、それでも試行錯誤を重ねとても美味しくできるのだ。
ロズリーヌは野菜のスープ、鶏肉を焼いたものなど、質素だが心のこもった母の手料理を大事にダイニングへと運んだ。
着席したテーブルには、庭に咲く野花が飾られてある。小さな花があるだけで空間が華やぎ豊かになった。テーブルクロスも明るく見えるようになのか、黄色のものに変えてあった。
「お誕生日おめでとう、ロズリーヌ」
ほくほくとしたモネルの笑顔が嬉しかった。
大好きな母と、温かい料理。質素だけれど幸せな空間だ。没落貴族であるレーグル家だけれど、なにも背を丸める必要はない。胸を張って生きていきたい。
ひとつ大人になった自分はこれからどうなるのだろう。
(わたしは、なにをしたい? 夢は? どんな人間になりたい? まだ分からないけれど、なにか思いが芽生えたら、ひとつひとつ大事にしていきたいな)
いまいる場所で、自分にできることを精一杯やること。生きるってそういうことだとロズリーヌは思った。
「そうだ。お母様、これね、ヤンさんから」
ロズリーヌはヤンから預かっていた包みをモネルに渡した。嬉しそうに開封すると、中にはやはり美味しそうな焼き菓子が入っていた。こんがり焼き色がつき、木の実が散りばめられている。
「ヤンさんは本当に優しいわね。いつも申し訳ないわ」
モネルは頬に手を当てて困ったような顔をしながらも、嬉しそうだった。嫌がっているわけではない。
「お母様のことを気遣ってくれているから」
ただ気遣うだけではないことを、ロズリーヌは分かっている。ただ、モネルが自覚しているかどうかは分からない。
「あとね、ヤンさんに誕生日プレゼントをいただいたの」
「あら、まぁ」
スカーフを取り出して見せると、モネルは驚いた。
「お金を使わせてしまったのね。今度、お礼を言いに行かなくちゃ」
是非とも行って欲しいと思う。家で裁縫の仕事をするだけの日々は、ともすれば引きこもってしまい、余計に体に悪いと思う。
ヤンのおかげでモネルは喜んだり驚いたり、いまみたいに「お礼に行かなくちゃ」と出かけようという気持ちになっている。
出かけるためにきっとおしゃれをしようと思う。髪を結い、化粧をする。たくさんは持っていないけれど、余所行きのドレスを選ぶだろう。きっと心がウキウキするに違いない。その点においても、ヤンに感謝をしているロズリーヌだった。